「『真意を心に口を閉ざせ』」
「そう書いてあるの?」
ナミが横から声をかけるが、それどころではない。龍驤の仮説通り、ポーネグリフの古代文字が無造作に刻まれていた。
ただ、ゴミと呼ぶべきものはあった。燃やされた書籍の残骸を見つけた。
この都市は戦い、負けたのだ。少なくとも、撤退した。
歴史という名の情報は、処理されたはずだ。
ならば、なぜこの文字が。慰霊碑には使われていなかった文字である。
「『歴史を紡ぐ者』 紡ぐ? 閉ざせ? まさか、語ってはいないの?」
「ど、どうしたの?」
「『大鐘楼の響きと共に』 答えは、過去にはないのね?」
ナミは青褪めるロビンの肩を抱く。ロビンは考える。
「派手だな。天井が焼け落ちてく」
護衛のサンジは、呑気に都市を見上げていた。龍驤の爆弾によって、雲が蒸発し、木の根や枝が燃えていく。
言葉には意味がある。数学とは違う。
見て、わからないのだ。読み解かなくては。
真意を心に。
つまり、行動とは別だ。心は目に見えない。だから、隠せという意味だ。真意とは裏腹に生きろと言っている。負けても、戦いをやめなかった証だ。
口を閉ざせ。
黙るとか、秘密にするとか、そんな単純ではない。隠せという指示は、すでに心という言葉で示してある。口を閉ざす仕草は、反抗の意志だ。あえて言うなら、なにもするな、耐えろという意味でもある。生き延びろという、願いかも知れない。だが、諦めるなと言っている。なんのために。
歴史を紡ぐ。
過去形ではない。現在形、または進行形だ。これを刻んだ者は未来を見据えているのと同時に、過去からなにかを受け継ぎ、それを渡そうとしている。
「いつなの?」
紡ぐ、というのは、生産工程である。完成品ではない。受け継がれるのは、紡がれた歴史ではない。紡ぐという行為そのものだ。
語るでも記すでもなく、紡ぐのはなぜなのか。バラバラのもの、絡み合ったものを解して、縒り合わせる。これが紡ぐ。
だが、繋ぐではない。秩序と方向性へ偏った言葉だ。政治や軍事のような、混沌に由来した言葉ではない。だからと言って、生活に根付くような親しみもない。そして、生産者と消費者を分ける言葉でもある。
沈黙し、心に秘め、素材を集めて縒り合わせ、決して従わず、終わりなく、仕事を続ける。誰かのために。
理性だ。紡ぐとは、学問を、そして信仰を表している。
我らは誰だ。それを、誰に言っているのか。シャンディアか、自分たちの末裔か、それとも別の誰かか。
伝えたいことは。
真意を心に、口を閉ざさなければならない者を肯定し、それを我らと定義したのだとしたら。
「大鐘楼」
ロビンは上を見上げた。石の天井しか見えない。ロビンはそのまま、外へと向かった。
「え? ちょっと!? ロビン!?」
「危ない、ロビンちゃん!?」
爆撃は、まだ止まない。だが、炎に炙られて、シャンドラの都市は400年ぶりに青空の下に帰ってきた。ロビンは目を凝らすが、見えない。
涙でなにも見えない。
「一人じゃなかった。わたし、一人じゃなかったんだわ!!」
例え、それが遥かな過去であったとしても。海の彼方であっても。
『我ら』がいる。
ぼやける視界に、それは輝いて見えた。実際にキラキラだった。
マクシムが上空にいた。
ロビンは走り出した。
「えーッ!? まさか!?」
「危ないってば!! ロビンちゅわん!?」
付き合う二人は大変である。
エネルに襲撃された龍驤は、あらゆる意味で、雷を落とされていた。
「目障りなのだ!! お前も!! アッパーヤードも!! 空のなにもかもが!!」
八つ当たりだと思う。龍驤は、本気でそう信じている。
「だから落とすと? いやいや、キミ。積帝雲の規模、わかっとる?」
「わたしの視界を塞ぐな!!」
「本気で思っとるなら、まず自分のまぶたを抉れや、無能」
空気が帯電している。エネルに近づくだけで、雷撃が飛ぶ。
ロギアは環境を変える。環境は自分を取り巻くものだから、龍驤の身体までは問題ない。だが、自然そのものであるロギアの体内と、環境の境は曖昧なものだ。
出会ったばかりのエース以下の腕前と評価していたが、その境界がどんどんと広がっている。
おかげで、砲撃一つが命がけだ。帯電した砲弾が、いつ誘爆するかと、気が気でない。
しかし、放電してやらないと状況は悪くなるばかりである。錨を握って、エネルの錫杖と打ち合いながら、龍驤はヤサグレる。
「中途半端に、サイコを発揮しよってからに。狂気が足らんのや、お前ェっ!!」
「なんで、わたしが叱られる!?」
「ただの観光やぞ!? 巻き込んだの、お前やないか!!」
入国料だって、ちゃんと払った。メリーを誘拐されかけても、話し合いに応じた。
まあ、多少、禁足地をうろちょろして迷惑をかけたかも知れないが、ただ通り過ぎるだけだったはずだ。
「我は神だ!!」
「知るか!!」
足元のミルキーロードが、電熱で痩せていく。こっちは足場が心元ないのに、エネルは船長みたいにビュンビュン、ビュンビュン。
「鬱陶しいわ!!」
だから、船長のノリで蹴飛ばした。エネルは驚いている。
「なぜ、雷の速度に対応出来る?」
「ウチの世界より遅いしな」
物理攻撃には、もう驚かない神である。
空気の組成が違うと、光速も変わる。例えば、光は屈折する。これは戦車と同じ曲がり方をしているからだ。
片方の回転速度を下げると、戦車はそちらに曲がる。手漕ぎボートでもいい。片方だけ漕ぐと曲がる。
つまり、光だろうが電気だろうが、邪魔するものがあったら、速度は落ちるのだ。
そして、雷は空気中で曲がりくねって、稲光という現象を起こす。半導体の回路も、そうした速度差を利用して設計される。
どれだけ電荷を高めても、空気は絶縁体だ。抵抗で溢れている。龍驤の世界でも起こることなのだ。空気が泥なこの世界であれば、より影響は顕著だろう。それでも速いが、後はもう、勘とコツだ。
「なぜ恐怖しない!? 我は雷だぞ!?」
「自分で造って気づかんか? 人類が、どれだけ電気を利用してきた思うとる? お前なんぞ、炎の次に弱い!!」
制御出来るから、利用するのだ。恐ろしくないとは言わないが、龍驤は軍人でもある。
脅威ならば、いくらでも対処してきた。炎を利用して、武器を作った。電気で物を動かし、探り、通信を行ってきた。
幾千の波を越えて、嵐を進んだ。大変な目にあった。
だが、敵だったのは自然ではない。人間であり、アメリカであり、英連邦だ。あるいは、フランス、ドイツ、ロシア、中国などの大陸だ。
雷なんか、ただの静電気だ。台風の方が怖い。
「お前なんか怖くねえ!! ぶっ殺してやるぁ!!」
「絶対にフザケているだろう!?」
いきなり素人くさく、錨を突きつけてきたら、マントラがなくてもわかる。
「歴史や、歴史。先人への尊敬なしに、その叡智は受け取れん。まさかキミに、簒奪の悦がわかるとも思えんしな」
先人の偉大さを理解していれば、エネルの信仰の対象は、自らの能力や恐怖ではなく、その知恵になっていただろう。
そして、自分をその末裔だとでも名乗ったはずだ。
しかし、エネルの恐怖を構成する原風景は、いつ崩れるかもわからない不安定な雲海と、風を生まない積帝雲の上空に表れる、小さな雷雲。それだけだ。
夕日を見て、突然センチメンタルになる思春期か。
「実に可愛らしいもんや。ガキが」
つい先日、そこを通り過ぎた艦娘がマウントを取る。
「貴様が言うか」
「褒めてくれてありがとう」
龍驤は舌を出した。マントラがあっても、見た目しか評価出来ないバカへの皮肉である。
当然だが、すべてがハッタリだ。電圧と電熱で、龍驤の内部はボロボロだ。ただ、人間ではないので、それが麻痺やショック症状へ繋がっていない。艤装も、半分は火を吹いている。
エネルも気づいて、落ち着いてきた。
「限界は近いのではないか?」
「そうでもない。キミらがマントラとか言っとるもん。青海じゃ、覇気言うねん」
「それで?」
「覇気は意志に乗る。つまり、神経経路を伝うんや。キミがどんだけ電圧に物を言わせても、効果は低いはずやで」
覇気と能力は打ち消し合う。もちろん、電荷にプラスとマイナスがあるように、利用の仕方によっては便利で、幅を生むだろう。少なくとも、慣性や重力よりも制御はしやすい。
人体という抵抗を雷が通るとき、一番の経路は皮膚だ。単純に表面なので。次に、筋肉や血液、そして神経だ。
血液や筋肉は電解質を含んでいるので、とても電気が流れやすい。ただし、不純物も多分に含んでいる。
電気が減速したり、加速したりして、エネルギーも失われやすい。よって、被害は熱によるものだ。
その点、神経は最適だ。そもそも、電気信号を流すための器官である。
落雷による被害は、電熱による火傷よりも、この電気信号の不調によるところが大きい。だから、蘇生措置が結構効く。
致命的な肉体の破壊までには、至らないことも案外、多いのだ。
つまり、丈夫な異世界人が覇気を使うと、ただの雷はギャグ漫画レベルのお仕置きにしかならない。
「キミ、ただの雷しか撃てんやん」
「貴様……ッ!!」
エネルは神ではなく、ギャグ要員である。恐怖ではなく、笑いの化身である。
「ざまあない」
龍驤は指差して笑った。異世界人でもなく、覇気もまだ未熟で、使いこなせないのに。
「笑うなぁ!!」
「アホか、ボケ。敵も味方も死に絶えて、首だけになっても笑うてくれるわ」
艦載機を指揮しながら、龍驤はエネルを見据えた。エネルは、空爆が来るか、砲撃が来るかと身構えた。
爆発も雷鳴も、原理はまったく同じである。出力出来るエネルギーは似通っている。ならば、どちらが上手く扱えるかだ。
エネルの速さか、龍驤の手数か。アホみたいに喚き散らしていたのが嘘のように、二人は見つめ合った。
マントラはとっくに妨害されて、逆にジャンクな情報を山ほど叩き込まれている。耳を塞ぎたいくらいだ。
筋肉ではなく、電圧で加速するエネルの動きは読みにくい。静電気を孕んだ空気は、イオンを立ち昇らせて、蒸発していく。
上空には、龍驤の指揮する航空機が螺旋を描いている。
このままなら、二人が存在する空間ごと消し飛ぶ。臨界は目の前だ。
それが突然、クリアになった。時が止まった。二人は無言で、同じ方向へ視線を向けた。エネルが乗り捨てた、マクシムが見える。
なんか、上昇している。
「なんで、わたしの船がお前たちに占拠されているんだ?」
「ウチに聞かれても」
「なぜ、デスピアが起動している? なにをしたのだ? 貴様の仲間だろう?」
「ホントに知らん。なに、その物騒な名前? いや、いつの間にあんなとこ? ついに、世界を滅ぼす気にでもなったか? あの魔王トリオ」
雷と艦娘を混乱の渦に叩き落としながら、マクシムが離れていく。乗っているのは、言わずと知れた妖精さん。なんか悟りを開いているガン・フォールさん。
そして、魔王少女と悪魔の子と、プリンス。
吐き出した雲から、雷を補給している。
なんか、察した。
「どうしてただの人間が、ああも雷を扱えるのだ!?」
「知らん言うとんのや!! なんか、気づいたら出来るようになっとった!!」
「イカレているのか!?」
「これが青海や!! 参ったか!?」
青海の人間が、全力で否定しそうである。龍驤もヤケである。
思惑が外れた。
ここでエネルを引きつけて、ルフィを勝たせるつもりだったのに。
味方がわけのわからんことをしてくる。船長を追い越していく。あのバカ、また遊んでる。
「上手いことルフィをけしかけられたと思えばこれか!? まったくノーマークやったわ!! キミらだけは!! 常識を大事にしてくれると思っとったのに!!」
もう一人のバカが、両手をついて泣いている。同情はしないが、気味が悪い。サイコパスもドン引きである。
船を盗られた当事者を前に、ここまで哀れに被害者を装えるものなのか。
「なにがしたかったのだ?」
「ウチが聞きたい」
サイコパスは社会性がないから、社会的常識に乏しいだけで、拘りの強い常識的な人間である。実は普通なのだ。
病気や障害とは、ちょっと違う。
だから、本物に出会うと戸惑う。
龍驤としては、戦う理由を全部消してしまいたかっただけだ。もう、和解のきっかけもある。
後は感情だけ納得すればいい。で、感情を昇華するなら、思いっきりやったらいい。殺し合いでさえなければいいのだ。
だから、演習って形に出来ないかなって、龍驤が妖精さんを巻き込んでいたりする。演習なら轟沈はしないので。
そもそも、流れを作っているのはルフィであって、龍驤がなにかしたわけではない。
大破した人間がどうなるかは知らない。
「海賊に、ケンカを売るべきやなかったな」
エネルは飛べない。マクシムは上昇する。
夢に置いて行かれた神は、ちょっと泣きそうだった。
そんな神に、龍驤は申し訳なさそうに追い討ちをかけた。
「このままやと、人型機動兵器に改造されそうやけど、戻れる? 無理そう?」
神はこたえない。