龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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龍驤はウソをついている


わかったつもりでわからないのが常識

「そんなわけでやな。ウチはちょっと、常識を学びに行く」

「お、おう」

「スマンが、キミらもよろしく」

 龍驤が出て行ってしまうと大騒ぎで帰ってきたルフィ。ところが、老人と戻ってきた龍驤は冷静に、詫びと勉強のためにウェイトレスをすると言う。

 海賊を止めるとか、仲間じゃなくなるとか、そういう話ではなかった。

 安心はしたが、どこか不穏な雰囲気も漂う。

「戻って来るんだよな?」

「一年後やが」

「は?」

「その間、こちらのオーナーゼフの人脈で外洋船を仕立ててもええ。そのまま出航してもウチなら追いつける。その辺は好きにして。金はあるし」

「待て待て待て待て」

「いや、一年?」

「落とし前やぞ? ルフィの首でも差し出すか?」

 差し出したあとである。帰ってきてよかった。

 もちろん、バラティエは海賊と違う。そんなことにはならないが、カタギとも言い難いのだ。もしかしたら、あり得たかも知れない未来である。

 ルフィの強さを信頼していたとしても、悪フザケをする場面ではなかった。つまり、龍驤だけは本気でルフィを縛っている。

「その辺の流儀はどうなん?」

「まぁ、ケースバイケースだな。今じゃ金で解決することも多い。昔堅気なところと揉めりゃ船長以下、身柄を全部押さえられちまうことも珍しくねぇ」

 つまり、若い彼らの感覚だと、命をかける場面だという発想が生まれないのだ。せいぜいが吹っかけられるぐらいだろうと考えていた。

 激動の時代であるからか、ジェネレーションギャップもヒドい。

 龍驤にしてみたら、切腹か、エンコか、金か、という違いだ。

 江戸、戦後、現代が同じ時代に混在していて、どれも間違いなく常識なのだ。

 グランドラインにはそれこそ時代を創ったような古い怪物もいる。この時代の寵児がいて、ルフィのようなニュージェネレーションが絶えず生まれている。また、人身売買のない東の海で培った常識は、海賊時代全体の常識ではないのだ。

 なんなら、東の海の常識ですらない。彼らはジョリー・ロジャーをつい最近掲げたばかりである。

 海賊の世界は無法であっても、ルールがないわけではない。

 トラブルになってしまうと、命のやり取りになる。

 人死もない、今回のようなうっかりミスでも、だ。

「わかるか? 誰かが海賊の流儀を知らんと、この先やってけんで。それに、キミらナミに頼り過ぎや。ちゃんと操船せな、海戦なんか出来んぞ?」

 ナミは航海士だが、船長、剣士、狙撃手、艦娘で、水夫がいない。

 船に船そのものが乗っていて、船を動かす人材がいない。

 老人は頭を抱えた。

「この面子でよく海に出たな」

「多分、なんとかなるんよ、これで」

 なるけれど、だ。人外三人と天才二人。それを知らなければ、子供の集まりだ。

 船という巨大な資産を持って海に出てくる通常の海賊とは、一線どころか、次元が違う。

「メリー号は乗り捨てかよ」

「グランドライン舐めるな。一周出来た船は唯一、海賊王の船のみ。メリー号がその器か? 無茶させることが愛情やないんやぞ」

 設計段階から無茶だった女の言葉だ。説得力が違う。

「それに、仲間は増やさんつもりか? というか、既に食糧庫の容量が不安」

 原因である二人を見る。

「俺もか?」

「酒がただで降ってくるとでも?」

「降ってくるぞ、グランドラインなら」

「ウソでしょ?」

「信じて欲しいわけじゃねぇさ」

 老人が泰然と呟くと、龍驤が首を振った。ナミの顔が青ざめ、全員がそれを見る。

 一味に事態の深刻さが浸透した。

 天気、酒。

 わけがわからない。

「コックが足りんようにやな、ウチらには足りんものがあり過ぎる。ここらでちょっと考えようや。特にナミ。キミが一番、ケジメがいるやろ?」

「どういうこと?」

「言いたくなければええ」

 と、言いつつ、ルフィとウソップの興味を引いた。話したところで鼻をほじるだけのくせに、隠されると暴こうとする悪ガキの見本である。

 特に仲間が脱退の危機である。ウソップはともかく、ルフィに下手なウソが通じないパターンだ。

 面倒臭い。

 そうしていると、店で騒ぎが起こったようである。龍驤は老人と共にレストランに向かった。

「どうする?」

 四人は顔を見合わせる。

「とりあえず、アイツが一番おかしいよな?」

「自分勝手だし」

「不思議生物?」

「異世界転生だっけ?」

「いや、だから勉強しに行くんだろ?」

「一人で?」

「仲間を頼れよ」

 もっともではあるが、誰も返事が出来なかった。

「どう頼るんだ?」

 ルフィが首を傾げる。

「常識っているか?」

「いるわ!!」

 

 

 龍驤は自分が異物だと知っている。何故なら、妖精さんが一番の異物だからだ。

 その影響下、創造物なら当然である。

 一味は未熟であるが、そんなことはどうだっていい。助け合い、高め合うから仲間なのだ。龍驤の経験は役に立つはずだった。

 ところが、これまでの旅で未熟さが問題になったことはない。多少、非効率かも知れないが、未熟さなどそれぞれの能力で越えている。

 航海術などなくとも、ルフィもゾロも生き残る力があり、既に単純な強さなら龍驤を越えている。

 ナミはそんな素人をどこへでも連れて行けるような天才である。

 ウソップは彼らをサポートする小器用さと気遣いがあり、龍驤よりも砲撃が上手く、何も教えなくても工夫が出来る発想力がある。

 今、龍驤はナミが囚われているものと暗闘しているが、それが必要なのか、確信が持てない。

 例えば、ナミがこの一味から抜けたとして、ルフィが諦めるだろうか。

 諦めないとしたら、追いかける。

 ナミを抜きに航海すれば、ウソップなら一度で要領を掴む。

 そしたら、もう安心だ。

 ルフィは素直に指示を任せて従うだろうし、ゾロはそんな船長の立場を守るだろう。

 そしてナミが戻れば、その天才と合わさって瞬く間に腕を上げて行く。

 龍驤が指摘した彼らの未熟さは、龍驤さえいなければ、自然と解消されたはずなのだ。

 龍驤が役に立とうとするほど、彼ら自身の成長や学習を阻害し、勝手にイラついて不和を招き、船長であるルフィの立場を危うくして、ゾロの精神にダメージを与え、ナミを不安にし、ウソップに気を揉ませる。

 要は害ばかり。経験に基づく前世の常識が邪魔をしているからだ。

 龍驤は一味にとって本当に異物なのだ。

 酷く落ち込む。

 誰よりも、龍驤が成長しなければならない。そうでなければ状況は変わらないし、互いに不満しか生まれない。

 そうなのだが、どうしようか。

 料理長と副料理長が、揃って客をボコしているのだが。

 なんかもう一人加わってケンカがおっ始まりそうだが、表じゃなくて厨房なのか。

 やはり、ここでも常識は学べないのか。

 というか、常識を判断基準にしようというのが間違いなのだろうか。

 でも、基準というからには、こう平均的というか、アイツらのぶっ飛び具合と比較出来ないと意味がないような。

 わからない。

 龍驤は混乱している。

 だから、「お客様、一名様入りました」の声に反応し、「いらっしゃいませ」と頭を下げ、席に案内して言った。

「ただいま、メニューとお冷をお持ちします」

「お、おう」

 なんとも言えない空気がレストランを支配した。ついでに逃げようとしていた海軍を指して、

「お連れ様ですか?」

「いや、」

 蹴っ飛ばした。海軍として、ちゃんと飯を食わせてくれるところで騒ぎを起こすなど許せない。

 兵士など、厄介者として追い出されるのが普通なのだ。軍人として節制された生活を強いられた若い男というのは、そういうものなのだ。

 大尉という地位があればなおさら知っていなければならない。

 兵の休みというのは、店も含めて上官に手配する義務がある。

 そんな人間が悪評を広めるようなことをすれば、指揮下の兵たちは上陸しても楽しむ店がない。

 家族でもいればいいが、独身者はただ疎まれるだけになってしまう。

 それでは守るべき国を恨むだけだろう。

 それは龍驤の常識だ。シャバの常識ではない。

 一応、ふらつきながら撃たれた下っ端を回収していった。不埒なことを考えていそうだが、振り向いてコックたちの顔色を窺うと、少しも動揺していない。

 むしろ、心底見下していた。判断は間違っていない。龍驤は混乱する。

「誰だ、あの美少女」

「新入りだ」

「ナイス接客!!」

 常識、学べないかも知れない。

 

 

 出したお冷をすぐさま飲み干したので、新しく注ぐ。メニューは持って来たが、中身は本格的な洋食ばかりだった。値段帯も種類も幅広いが、龍驤にしたら胃のもたれそうなメニューである。

「お客様、いつから食べてません?」

「いいから、食い物を持ってこい」

 と言われても、だ。断食していたところに、こうした重いものを詰め込むとヒドいことになる。これが龍驤の常識だ。

 しかし、多少やつれてはいるが、そこまで内臓が悪くなっているようには見えない。ちょっと青黒いのは、肝臓なのか貧血なのか。

 人間としての作りが、前世とは違うのだ。

 龍驤の常識では、大砲も銃も爆弾も、火薬を使うものは玩具ではない。武器だ。

 しかし、ここまで火薬が溢れた世界だと、どうしようもなく、文化として子供の玩具になってしまう。

 現代にだって爆竹や花火があるのだ。ウンコの山など、そりゃもう、大喜びだろう。

 村の悪ガキだったウソップが火薬を扱っているのも、その延長だ。

 だが、実際に危険かつ武器であることも間違いないため、大人の分別としてちゃんとしなければならないという意識も生まれる。

 海賊になったウソップも、自分の管理下にあるものはちゃんとしている。

 そこまでは龍驤も推測出来るし、間違いではない。

 ところが、ルフィのように大砲などものともしない能力者がいて、ゾロやゼフのように大砲と対等に立ち向かえる人間もいるのだ。

 そうした強者にとって、一般に流通している武器など玩具も同然となる。

 逆に、ビビるような奴は弱者なのだ。なのに龍驤はルフィを怒った。気持ちが止められなかったのだ。

 龍驤が彼らの母親や姉ならともかく、倫理としてそうした扱いを咎めるのは、強者側であるウソップも含めた男たちへの侮辱である。

 保護者が必要な子供ではなく、彼らは倫理に楯突く海賊であり、一人前の男なのだ。

 しかしながら、三人は良い子なので、龍驤に言われるとちゃんと反省してしまう。

 それだとマズいのだ。変に悪ぶらなくてもいいが、本当にちゃんと反省するので、このまま続けると真っ当になってしまう。

 真っ当な人間に、バカな夢を追うことなど出来ようはずもない。

 三人の夢は、バカの一言である。

 まさか、こんな形で彼らの夢を妨害することになるとは思わなかった。夢は夢として、海賊にならなきゃいいのにってぐらい、彼らは本当に良い子で、どうしたものかと迷うあまり、龍驤はウェイトレスをしている。

 随分な混乱具合である。

 そんなわけで、前世を基準にやっていいこと悪いことを判断するわけにはいかない。

 様々な疑念はあるが、幸いにもここにはプロがいて、どうしたわけか、龍驤の接客を見物している。

 龍驤は聞いた。

「大丈夫やろか?」

「ん? ああ、そいつの顔色は酒だろう。つっても、確かにバターやらたっぷりのメニューじゃキツイか」

「へぇ、顔色から健康状態を把握出来るのか。ジジイにしてはいい人材を見つけてきたじゃねぇか。美少女だし」

「金はあるのか?」

 龍驤は男を見た。

「鉛玉でいいか?」

 額に突きつけられた銃を器用に捻る。男を含めて、みんなポカンとした。銃は龍驤の手の中である。

「構わんよ。ウチが下取りしよ」

 シロップ村はのどかだし、メリー号は遊覧船。飾りのような大砲以外だと、まともな武器も積んでいない。というか、麦わらの一味はまともに武器を積んだことがない。

 最悪、龍驤の資材にもなるし、一食分ぐらい大丈夫だ。

 海のど真ん中にある割に、このレストラン良心的だし。

「いやいや、金がねぇなら客じゃねぇだろ」

 イカ野郎がそれを止める。オーナーに顔を向けても、目を合わせてくれない。なにか訳ありか。

 龍驤は困ってしまった。

「腹を空かせたやつを放ってはおけんなぁ」

 ルフィ以下、龍驤の料理で順調に餌付けされている。みんな育ち盛りかというぐらい健啖だ。おかげで、龍驤も絆されている。

 誰かに物を食わせるのは、転生して初めて持った趣味と言えるかも知れない。

 なにより、陸軍の飢えは海軍の不甲斐なさだという意識がある。勝てなかった龍驤としては、責任を感じるのだ。

 龍驤は迷う。

「なぁ、施しは侮辱か?」

「え? いや、」

「なら、外に停めたる海賊船まで行こ。奢ったる」

「え? いや、どういうことだ?」

「入ったばっかやけど、休憩もらっていい?」

「さっさと帰って来いよ」

 オーナーはさっと踵を返して行ってしまった。イカ野郎が慌てて付いていく。残ったのは、クエッションマークを大量に浮かべる顔色の悪い兄ちゃんと、初対面のチャラい兄ちゃんだけだ。

「飯作れんのか?」

「素人やが」

 龍驤は戸惑う兄ちゃんを担ぎ上げた。暴れても、ものともしない。

 入ってきたときとは逆に、同情の視線を注がれながら、二人は店を出た。

 サンジはタバコを咥えてそれを見送った。

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