あと、日常系の別作品も
時系列とかいう考えても無駄なやつ
海賊の一日は早い。龍驤はハンモックを揺らす。
「おい、起きよ。ナミ」
このハンモックは、フカフカである。
「う〜ん。眠い」
「グダグダ言っとらんと、早く。日が昇るで」
幼くぐずりながら、慣れた仕草でポトンと落ちる。
猫のように身軽だが、そこからのナミは引きずるようにキャビネットへ向かった。簡単に化粧水と日焼け止めをする。
この時間だと、サンジですら、まだ起きていない。
「ほぅれ、さっさとしい」
「これぐらいは許してよ」
女性の身支度は大変だ。龍驤には縁がない。お風呂で、どんな肌トラブルもリセットされるからだ。徹夜も食事も、なんにも気にしないでよい。
たまに、二人から縊り殺されそうになる。
龍驤は六分儀やらクロノメーターやらを、艤装から取り出した。
「行くで」
「はいはい」
星図を作るのだ。星空を見て、日の出を観測し、黄道を定める。
島ごとの季節からは、一年の動きが読めない。公転の周期や、地軸の傾きはわからない。地道な調査が必要だ。
「昨日の夜空は、覚えとるか」
「まあ、だいたい?」
星座は世界中にある。どの文化、文明でもある程度同じだ。織姫、彦星に、北斗七星。ベガにアルタイル、こぐま座。重要なのは、星の配置や、並びを覚えることだ。
真っ暗な海で見上げる満天の星空は美しい。あまりにも煌めいて、どこになにがあるかまったくわからない。
それでも見つけられる組み合わせを、星座と呼んでいる。
よく無理矢理と言われるが、その通り。星座は、無理矢理に作ってある。それでも、位置を知らねばならないからだ。
「んじゃ、座標からやな。日の出までに求めてみ」
「うーん。じゃ、やりますか」
二人は、黙々と作業する。
時計とは、そもそも月や太陽がどの方位にあるかを示すものだ。逆に言えば、時計があるなら方位がわかる。アラバスタに時計塔があって、航海に使わないはずがない。
だが、使えないのだ。海図がないから。
風と波に翻弄される海では、方位だけわかっても意味がない。
自分の位置と、島の位置がわからなければ。
その点、ログポースさえあれば、島の方角は特定出来る。この世界は、それだけを頼りにしてきた。
歴史と同じく、この世界の星座も消されたのかも知れない。少なくとも、船乗りが星の話をしないなど、あり得ないのだから。
やってんなあ、とは思う。
「どうや?」
「あった。あの三連星は見覚えがある」
オリオンのベルトみたいな並びだ。腕も足も、毛皮も見当たらないが。
異世界の夜空は、当然、龍驤の知る夜空とは違う。それでも、伝えられることは伝える。ナミの作業を見守り、手元を照らす。
こんなことはやらなくても、ナミなら一味をどこへでも運んで行けるだろう。それでもナミは毎日、早起きをして、龍驤から学んでいる。
やがて、東の空が明るくなった。ナミはアセアセと、複雑な計算を熟す。
これもまた、歴史を紡ぐことだ。
「味噌、借りるぞ」
「いや、好きに使え」
航海術に比べれば、料理には長い歴史の蓄積が残る。独学のナミと比べるのもアレだが、サンジの師匠は海賊だ。
それでこの腕と知識なのだから、ゼフは類まれな料理人だったのだろう。
三ツ星シェフとその弟子が海賊なんかやっていると考えると、この世界の歪さを実感する。
世界政府を中心とした、封建的な社会である。自由なんかない。
食卓に毒を盛り、寝所に刃物を持ち込む。そんな当たり前が、この世界にも息づいている。
だったら、料理人は抱え込むだろう。それは金持ちのステータスであるだけではない。安全保障だ。
そうした社会では、最高級のバイオリン職人より、床屋のような生活に密着した職人の方が、地位が高くなる。料理人も同じだ。
下手をすれば、準貴族である。
つまり、海賊堕ちした腕のよい料理人というのは、むしろなにも信用が出来ないということになる。せっかくの安定した地位を失った人物と、見做されかねないからだ。
もしかしたら、食事に毒を混ぜるかも知れない。権力者に逆らう人間かも知れない。犯罪者で間違いない。
ところが、船を所有出来る金持ちが、わざわざ船を使って訪れるような、海上レストランを経営していた。充分に、繁盛していた。
もちろん、ゼフやサンジの力量もあろうが、腕のよい料理人というのは、彼らだけではない。バラティエのシェフたちもそうだし、ナノハナの酒場もそうだ。
ルフィは島を訪れるたびに、食い道楽を楽しみにしている。
料理という文化の裾野が、とんでもなく広いのだ。庶民に開け放たれている。
はっきり言うが、簡単ではない。食の多様性など、優れた文明の背景なしには、発展のしようもないからだ。
戦前も戦後も、なんなら現代すら知る龍驤を驚かせるような食文化など、農業も航海もまともに出来ない世界で、育まれるはずがない。
イギリスとドイツは、片方がないせいでああなのだ。きっと。
サンジの腕が一流でも、龍驤に知識で劣る。美味いものを知っている。そのはずである。
ところが、足元にも及ばない。
素材の扱いとか、そういうことではない。料理とは錬金術。化学なのだ。
その膨大な組み合わせから最適解を見つけるのは、ただ腕だけでは為せない。時間が、試行錯誤が必要だ。
なんで、レシピの数でも、工夫でも敵わないかね。マヨ、プリンはともかく、ラーメンはおかしいだろ。
それがある、ということは、歴史があるということだ。それも、龍驤の世界に匹敵する。もしくは、上回るような。
「トーストするで」
味噌パンである。なんという地域限定。
「おう。ナミさんはどれぐらいだ?」
「あー? 後、三分? 以内、たぶん」
「了解」
それはそれとして、目玉焼き一つすら、出来立てお好みバッチリ焼き加減を目指すこのコックの振る舞いには、もっと本質的に敵わないものを感じる。
料理も技術だが、技術と言えばこの男。
ウソップ、狙撃手である。
パチンコの腕なら既に至高だが、そっちじゃない。
なんでだ、このイタズラ小僧。
飛行機もないこの世界で、ルフィという素材から、回転翼機を作り出した異才。
あらゆる意味で、真似出来ない。出来るなら、エースこそ飛行ユニットを使う。スモーカーだっていい。世界の頂点、その勢力が、誰もその発想に至っていないのだ。
創造力が異次元。
竹トンボを大きくした。強力なゴムを使った。それだけで、空飛ぶ船を上回る上昇なんて、普通は実現出来ない。
エネルの履いたロギアの下駄は、本物だったのだ。
まず、本当にゴムで出来るなら、ルフィは自前でやる。空気が特殊なこの世界では、飛べるか否かは、そもそも身体能力に属する。どれだけ理不尽に見えても、能力で可能ならば世話はない。
ルフィ単独では出来ないことを、ウソップは手助けしてみせた。言わば、悪魔の実の能力を、技術で上回った。
なにをしてくれているんだろう。
その発想に、龍驤というイレギュラーが無関係とは言わないが、それ一つでこれか。
世界初飛行とされる功績は、距離260メートルの高度10メートルである。
比較にもなんないんだけど。
上昇高度は、確かに推力、つまりエンジン出力に左右される。どれだけ足掻いても、足らない力では上がれない。
だから日本は、工業力の差で、手も足も出なくなった。
それを補いやがったんかい。
技術の壁を越えるのは、ルフィが格上を乗り越えるよりも、物理的に不可能なことだ。
なぜなら、物理だからである。
精神で上回るのは精神だ。技術でも、物理でもない。
ちなみに、ルフィはクロコダイルに勝った。龍驤が殺意と怒りを増し増しにしたのを、萎えさせている。
引き分けにしといたけどね。
それはそれですごい。島を出たばかりの未成年がやる所業じゃない。単純に生き残ること、そのものが。
それでも、まぐれだってあるが、技術にそんな誤魔化しはない。
言い訳のしようもなく、ウソップは龍驤よりも優れている。ぜひ、自覚して欲しい。
そんな地味に不可能を可能にした男は、図面を眺めていた。自分の工房に座り、真剣に見ている。
珍しい。
いつもは、思いつきで組み立てて、失敗する。
ダイアルを入手したことで、パチンコやクリマ・タクトの改造に勤しんでいたはずだったが、どうしたのだろうか。
構想が固まったのか。ウソップにしたって、随分と早いが。
「なに見とるん?」
「妖精さんに貰ったんだ」
「なにを、見とるん?」
「黄金船の見取り図」
恐怖に駆られた龍驤は、それをビリビリにした。
同じ船に乗っていても、クルーとしゃべることは、意外と少ない。グランドラインにあって、遊覧船として文句のない性能を発揮するメリーだ。たまに、仕事で声を合わせるだけである。
たまに。
龍驤は、ナミとはよく話す。観測手と航海士だし、遠慮のない仲でもある。
サンジともそれなりだ。龍驤も料理はする。
ロビンとは趣味が合い、チョッパーはかわいい。
ウソップは、向こうから話しかけてくる。技術的なこととか、妖精さん関連とか、突然、思いついたギャグとか。
で、ゾロは寝ている。船長は、探さないといない。
責任者。
「どこやぁ!!」
この狭い船内で、行方不明になるな。あれか。暑いから船倉に紛れたか。それとも、天気がいいから、龍驤の特等席で昼寝か。
こういうときは、妖精さんを観察するのだ。彼女らは、クルーと同じ遊びをする。ゾロのように寝て、サンジのように料理して、ウソップにまとわりつき、ロビンのようにすましている。航海だってする。
お医者さんごっこは許さん。
今はどうだ。寝ているのか。はたまた逃げ隠れしてやがるか。
「そォこぉかぁ?」
小さいなりして、妖精さんは隠れんぼが苦手である。というか、見つけて欲しくて仕方がない。隠れる素振りを見せる妖精さんの近くに、イタズラ小僧はいる。
まあ、なんにせよ。チョッパーを巻き込んだ時点で、勝負は決まっているのだが。
「げ、バレた」
「しまった!! なんでだ!?」
「いや、俺はワザとかと」
妖精さんより下手か。海賊にしろ、妖精さんにしろ、逃げ隠れしてくれないと、むしろ困る。
一通り、鬱憤を晴らしてから、ルフィと向き合う。ルフィは手すりに、しゃがみ込む。
「なんだ? ネタバレか?」
「かも知れん。船が一隻、近くにおる」
「なんだ? 海賊船か?」
「とも、言い切れん。近づいてええか?」
「なんだ!? 幽霊船か!?」
テンション爆上がりである。船旅は暇なのだ。早く、音楽家でも入れないと、お話のネタが尽きる。
で、シーモンキーが出た。
「いい加減にしとけよ!? この猿がッ!!」
「諦めろよ。もう、運命なんだよ」
軽率に海中から不意打ちしやがって。対潜能力はないんだってば。こっちも軽率に、深海棲艦へ化けるぞ。脳みそが美味いってなあ。
「十二時の方角に、船発見!!」
「お、出番か?」
「さっき、言ってたやつか」
「いつの間に起きてきたん?」
その場にしゃがむと、頭上を刀が振り抜けていった。
「首やなくて、額狙った?」
「カッパになれ」
酷い。龍驤を斬れないのも困るが、軽率に斬られても困る。工夫もダメ。
船へは警戒しつつ、親切にもしたのだが、なんのまとまりもなくて、波に呑まれていった。シーモンキーもいなくなった。不可思議な、余韻だけが残った。
なんにもわからなかった。だから、なにかを期待して、観測手を見た。
龍驤が甲板にめり込んでいた。四つん這いだった。
「どうした? お前」
「あー? んー? えー? どゆこと? どうしたらええん?」
「なんだよ? なにがあんだよ?」
わからないことをするな。わからないんだよ。
龍驤はそのままの姿勢で、しばし、船長を見た。
「ま、ネタバレか。さあ、ロビン、言ってお上げなさい」
「島が見えてるわ」
「早く言えよ!!」
一味はルンルンになった。
常識組だけが、苦い顔をしていた。
「こっそり教えろ。なんなんだ?」
「島には海賊がおる」
「だからなんだよ?」
「まあ、そやろな。それはええか」
邪魔をしないなら、ナワバリは尊重する。いちいちケンカは売らない。というか、陸地でケンカをしないのは、海賊における一定のマナーだ。
麦わらですら守る。たぶん。
「空中におっさんが」
「なに言ってんだ、テメェ?」
「ウチは異世界人やもん」
当世界人でもわからない。というか、世界のせいにするな。麦わらは無関係だ。
「普通の島だよな?」
「グランドラインの島や」
「うっ、島に入ってはいけな……ウソだ。改造はやめろ」
「残念」
妖精さんたちが、本当にがっかりしている。チョッパーも出番かと、目を輝かせている。
「あの船といい、わからないことだらけだぜ」
「いつものことやな」
どの口で。
しかし、実は船については、心当たりがある。あのいじけよう、見覚えがある。
「ありゃ、ギャンブルでスッテンテンになったやつの反応や」
龍驤も目を輝かせて、ニンマリ笑っている。
なんか、嫌な予感がする。