サンジを除いて、風呂は適当な男どもであるが、それほど臭うということはない。
メリーに乗っていて、悪臭に悩むことはない。
ゾロが一番、臭わない。意外かも知れないが、トレーニングと乾布摩擦がセットな人だ。毎回、汗をかいてはゴシゴシ擦る。そのせいで、体毛が薄いような気がする。
頭もどうぞ。
ウソップが一番臭い。働き者だし、機械いじりもしている。バンダナとかヤバい。
でも、比較の話だ。まったく、海賊船らしくない。
なぜかと言えば、毎日、甲板掃除をしているからだ。それも海賊船らしくないが、どういうわけか、ちゃんとしている。
グランドラインに入る前から、自然とそうしていた。船乗りというものはそうするものだと、船長が率先した。
間違いなく、海軍式である。
すごいことだ。おかげで、風呂なんか入らなくても、びしょびしょになる。遊びまくるからだ。
龍驤が檣楼をお気に入りにしている理由は、それである。下にいたら、被害者になる。ちなみに、ミカン畑の前ではフザケないと、血で学んだ。
そうして洗濯物も増えて、やはり水浸しになる。で、掃除してと、風呂要らずな生活だ。
洗濯はサンジが率先し、大活躍だ。着ているのがスーツなので、バカどもには任せられない。しかしてだいぶヨレてきて、最近は諦めてTシャツとかにしている。糊とか、食べられる。
女性陣の下着を洗うと、龍驤は震える。二人とも細いのに、ブラジャーだけが巨大なのだ。カップ一つが、男たちの頭よりもデカい。被ってもネコミミにならない。もったいない気もするが、なんか遊べない。
恐怖を覚えるレベルだが、それを繊細に洗わないといけない。もっと、安物にして欲しいが、そこは譲らない。ちなみに、艦娘である龍驤に洗濯物はない。
二人とサイズが違って、本当によかった。着せ替え人形は嫌だ。
麦わらの一味は、とても清潔である。メリーはいつもキレイだ。あと、フジツボとかいうオヤツ。
龍驤は、海賊というものについて、いつも考えている。
意外に生活力のある一味だが、例外がある。男部屋だ。
なんで、そこだけ掃除出来ないのだろう。
たまに、龍驤がオカンを発揮する。一緒に航海しているはずが、ときたま信じられないガラクタを溜め込んでいることがある。
たぶん、釣果。
ガイコツはやめてくれ。
ある日、どうやって運び込んだか、海王類の下顎のでっかい骨を飾っていたのだが、三日と保たなかった。すぐ壊した。
手に入れた宝を大事にしないとか、海賊にあるまじき。
なにせ、船長室がない。そこに飾るべき、戦利品とかお土産ってのがない。
奪った旗も、トンジットさんにあげてしまった。
海賊って、本当になんだろう。そもそも、船長が船長として、船長していないというか。
不意打ちばっかり食らっているチート観測手としては、文句も言いにくい。
航空戦力のない世界で空母いたら、普通は無双するはずなんだが。
宝に興味もないし、地位にも執着しない。悪ふざけはするが、堅実に毎日を生きている。
やめたらいいのに、海賊なんか。
でも無理だ。ルフィの身元を証明するには、ガープかドラゴンの認証が必要だ。つまり、海軍か革命軍である。
まったく、自由ではない。運命は決まっている。ルフィがルフィとして生きるには、何者でもない立場から、名声を高めて自分自身を確立するしかない。
海賊をやるしかない。
自立するとか、アイデンティティを持つとか、人間なら当たり前のことだ。成長とともに、普通に通り過ぎていく。艦娘の、龍驤だってする。
でも、ルフィには無理なのだ。
だから、海賊王を目指す。極端。
もっと、妥協してくれないかな。
「これは、少年が大人になる物語」
「なに言ってんだ、テメェ」
「疑問符をつけろ。バカと決めつけんな」
答えは沈黙であった。龍驤は気を取り直す。
「それでは負け犬ども!! 準備はええか!? 反省会をします!!」
「え? ヤダ、面倒」
「解散!!」
「やれやれ」
男たちは、呆れ、首を振りながら振り向いた。ナミが仁王立ちしていた。本調子でない、ロビンもいた。
「戻れ」
「ハイ」
誰が船長だろう。男たちは体育座りで、龍驤の前に陣取った。
暇なのだ。
麦わらの一味は大事をとって、ロングリングロングランドに停泊していた。大事はとったが、元気なので、やることがない。
「これまでの研究から、以上のことがわかりました。能力は殴り合いに便利で、覇気は射程が伸びます」
「逆じゃねえか?」
サンジの疑問はもっともだ。ルフィがそうであるように、能力というのはどれも超人的なものである。特に、ロギアの規模というのは身に沁みている。
どこからどう見ても、かくとう、ではなく、まほう、のコマンドだろう。
「フォクシーとエネル。どっちが強い? 殴り合いでや」
ルフィと正面から殴り合えるフォクシーと、一発食らうたびにダウンするエネル。どちらが強いかと言えば、エネルで間違いがない。
間違いがないが、迷う。エネルの強さは、能力による底上げであることも、間違いがないからだ。
能力がなかったら、エネルは殴り合いで敵にもならないのではないか。逆に、フォクシーは能力がなくてもそこそこ強い。そんな気にもさせる。
だが、どちらとも直接、戦闘経験があるのはルフィだけだ。あんまり知らないので、反論する材料がない。肝心の船長は、下唇を巻き込んで考えている。
よくわかっていない。
「気をつけろ。きっと詐欺だぞ」
「ああ、騙されねえ」
「なんなん、キミら?」
敵対するな。仲間だぞ。
でも、なんか、素直に聞きたくない男子。
「理屈はええ。これだけ聞け。どんな能力者も、覇気の達人も、ウチみたいに銃や大砲を持っとるわけやない。畢竟、巨人を相手にしとるだけ。それだけや。強いが、手は届く」
「いや、届かねえけど」
ウソップが手を上げた。いや、ある意味一番届くだろ、とは誰も言わない。巨人相手に、拳、剣、足、蹄で挑む人間の気持ちを思いやって欲しい。
パチンコとか、もろにゴリアテですけど。
覇気は知ったが、使えているのかいまいちよくわからない。別にロギアでなくとも、ノロノロにされたら手も足も出ないのだ。
フォクシーだから勝てた。勝てたが、能力への対策は、なにもないと言っていい。
それでは、青キジに勝てない。周囲、60kmを凍らされて終わりだ。
「巨人とおんなじや。当たったらアカンのやから、当たるな。受けるな。避けろ。でなければ、打ち破れ。巨人の一撃を」
覇国ですね。あれを打ち返せるなら、どんな理不尽だって大丈夫です。間違いない。
「舐めるな。それだけや」
見た目がどんなであれ、能力者や覇気使いである以上、それは巨人なのだ。
ルフィはゴムだから、相手の攻撃を怖がらない。それはいいことだが、通用するかは別だ。どんな敵にも立ち向かう勇気は称えるが、海賊は勝たないと意味がない。
誰にもなれないばかりか、奪われる。
ゾロもサンジも、まずは受けてしまう。自分の腕と足に、絶対の自信があるからだ。
ルフィと違って、能力に頼らないところはいいが、悪魔の実は受けたら終わりの能力ばかりだ。斬れない、蹴れない。そんな敵には、すぐに退いて距離を取らないと。
押し通る強さは、まだない。それを認めるところからだ。世界の広さを知らないカエルの自信では、海を渡れない。
知って積み上げた自信なら、きっと太陽にも届く。
龍驤は無理です。一万メートルでも、ゼイゼイする。
「マジで戦略が立たん。自殺に付き合う気はないからな。あくまで、冒険やからな? リスクは承知しても、自暴自棄なら止めるかんな?」
「そういえば、そうだったな」
そうだと思った龍驤は、ルフィを殴ったのだ。それが出会いだった。覚えていたことに、びっくりだ。
「なんや、恨んどるんか?」
「いーや、心配してくれるやつは、いいやつだからな」
ちょっと、ウルっと来た。それを知っていて、止める村長や祖父を置いて、ルフィは海へ出たのだ。
そうとして生まれてしまったがために、ルフィはまだ、そうとして生きられない。海賊王にならない限り。
普通の少年が、普通であるために、常識外れの成果を求められる。嫌な時代だ。
終わらせてやろう。
「さて、出来んことを出来もせんのに、やろうとした船長以下、負け犬三人。なにもせんかった、ウチとナミ。大将なんてもんに、先に手を出したロビン。それに比べて、ウソップとチョッパーはようやった」
「え? 俺?」
「いや、え? でも、助けられたのは奇跡みたいなもので」
「船長。仕事や。褒めろ」
「え?」
注目がルフィに集まる。そんなことになるとは思わなかった。
「ルフィが、仕事?」
だから、甲板掃除とかやってるでしょ。船長の仕事かっていうと、そうじゃないかも知れないけれど。
ルフィは鼻息荒く立ち上がった。いつもは全然、そんなことはないわりに、それらしいことをする憧れは持っているのだ。
動揺する二人の前に立つ。
「よくやった!!」
「それだけかよ」
しかし、充分だったようだ。ウソップの顔がクシャッと歪む。
「俺は、バタバタするばっかで、ただ騒いでただけで」
「あの大将の前から、ロビンを連れ出したな」
チョッパーも泣き顔だ。
「俺、わかんなかったから。これでいいかわかんなくて。医者なのに、どうしたらいいか」
「でも、やり遂げたな」
うんうんと、みんなで見守った。
「俺なんていらないんじゃないかと!! お前らについていけないんじゃないかって!!」
「バカ言うな。仲間がいなきゃ、海賊王になんてなれねえんだ。ちゃんとついて来いよ」
チョッパーが抱きつく。
「ごめんよ、ルフィ!! 俺、強くなるよ!!」
「まあ、強くなくても、そのうち俺が全部、ぶっ飛ばすけどな」
うんうんと、ナミはロビンを連れ出した。部屋へ戻そうとする。
「まだ、見ていたい気もするけど」
「もう少し、休んでないとね。すぐに騒がしくなるし」
名残惜しく、船内へ消えていく。
残った三人は、凸凹と並ぶ。
負け犬と呼ばれて、恨んでいる。
「偉そうに。真っ先に逃げ出したやつが」
「得意な距離に下がったんですぅー」
「足止めぐらい、出来ただろうが」
「不器用なんでね。キミら巻き込んだら悪いやん」
ビキッと空気が割れた。
「テメェの爆弾じゃ、かすり傷一つ負わねえよ」
「試してみるか? そういや、バギーに刺された傷は、背中やったか?」
「オイオイ、調子に乗るなよ? 海の上じゃねえんだ」
「陸ならなにが出来るって? 転がっとるだけやろ、ボールマン」
「プッ」
「お前……」
「かっこよかったぞ」
ゾロとサンジが見つめ合う。
「似たようなもんやんけ、マリモモ・ゾロが」
「ブフッ」
「テメェ……」
「飼ってもらえよ」
ビキビキッと、血管が浮き上がる。
「そもそも、テメェが水平線の向こうとやらで、あの大将を始末しとけば、話は早かったんじゃねえか?」
「役立たずが。なに探してんだ? 人の粗か?」
「おうおう、ずいぶんお役に立って帰ってきたんやな。それも、迅速に」
「外でやれよ?」
「上等だ!?」
船長の一言で、三人は仲良く、メリーを降りた。ルソッチョは、船べりでそれを眺めていた。
「バカだなー」
「置いてくか? あいつら」
「仲間だからなー」
しょうがない、というふうに、見物していた。
暇なのだ。ろくなことはしない。
「絆創膏と、氷の準備しよ」
チョッパーは飽きた。
それはもう、ケンカというより、戦争だった。
「そろそろ、出航しよう」
一味解散の危機はいつか。
今でしょ。
エースが見つけても、黒ひげは逃げる。龍驤はそう言った。
おそらく、状況が整っていないからだ。
力が欲しいだけなら、白ひげの跡目を狙う。あっという間に最強だ。野心があって、そうしないのはバカだ。
「七武海に、空きがありゃよかったんだがな」
「どうしますか?」
「こうなりゃあ、やるしかねえさ。多少、バクチだがな」
わざわざ、白ひげを敵に回したのだ。そうでないと果たせない野望のために、仁義も親も、兄弟も裏切った。
それがなんなのかは、どうでもいい。どんな夢でも、見るのは自由だ。それだけわかれば、充分である。なにをしようとしているかなど、どうだっていい。
くだらない。
「エースの例もあります。自ら、手を下すのは?」
「どう考えたって、俺たちよりいい候補がいるだろう?」
新聞をガサガサと捲る。
「ちくしょう。海賊なら、目撃情報が載ったんだがな」
「上手く、いきませんね」
ニタァっと、口角が引き裂ける。
「そうでもねえさ。世界は戦争に向かってる。俺の計画よりも、ずっと大きくな」
どこかの、誰も知らない場所で、闇が蠢く。
「この広い海で、欲しいもんを探すのは大変だ」
「だからこその海賊」
「奪えばいいんだ。出来るか出来ないかじゃねえ。力も仲間も、金も女も、すべて手に入る。やらねえ理由がねえ」
「では、まずは?」
「でっかい騒ぎを起こさねえとな。インペルダウンに、収監して貰えるような」
そこで、顔を上げた。無人島の夜は、なにも見通せない。
自殺志願者でないなら、白ひげを敵に回す時点で、四皇と同等以上になろうとしているのは明白だ。
だが、それを成すために、クロコダイルは二十年をかけて準備をした。赤髪がそれを成したのは、たった六年前。
それ以外は、白ひげと同じ、ただの伝説でしかいない。海賊も海軍も、世界政府も。
焚き火を消した。今さらだが、怠る理由にはならなかった。
七武海だけが、目まぐるしく変わった。監視は厳しいと思われがちだが、下界に興味のない世界政府直属。
勢力を拡大する抜け道は、異世界人にすら見つけられた。ならば、それをじっと考え続けた男は、異世界人などより、もっと大胆なことを仕出かすだろう。
しかし、無駄だ。目的をどこに設定しようと、戦争に必要なものなど、決まりきっている。
金はどこかにある。土地は空にもある。技術は転がっていて、時代は転機を迎えている。
この世界で、海賊が容易く奪えないものとは。
人手だろう。それも、質の高い。
フリーのベテランを探しているんだろう。
楽園という長い試験を終えて、四皇の前へ面接に現れるルーキーたちと、同等程度の人材が欲しいんだろう。
赤髪は集めた。クロコダイルは育てようとした。
ならば、黒ひげはどうする。わかりきっている。そうしたから、エースに追われている。
この広い海で、目的なんぞ持ってしまったらどうなるか。この世界にも、異世界にも軍人はいる。
エースは追い続けている。逃げているのではない。
龍驤は教えた。
「逃げるんなら、カームベルトや。そこに人目はない」
エースは従った。ジンベエが手伝った。
そして、見つけた。世界を炎が照らした。世界に火をつけるために。
「ティ〜チぃっ!!」
「ゼハハハ!! 愛してるぜ、エース!! お前を求めてた!!」
「殺してやる!!」
歴史に残らない、歴史の岐路。
「ハデにどういうこと?」
そこには、バギー船長がいる。
なんで?