フランキー一家のあばら家に来たが、入りにくい。真っ当に商売をしに来たはずなのに、なんか身代金交渉をしに行くみたいだ。
お宅の手下、預かってます。
どうしたもんか。本当にどうしたもんか。
龍驤は悪くない。明らかに、フランキー一家が悪いので、助けられない。妖精さんのオモチャを取り上げられない。
しかし、こんなところで迷っていても仕方がない。あばら家自体は、なんか秘密基地っぽくて素晴らしい。女は度胸と、中に入った。
「邪魔すんで」
「邪魔すんなら帰んな」
「ほな、酌でもしよか?」
男が酒を飲んでいた。ヤサグレた雰囲気だ。雰囲気だけしかわからないのは、仮面を被っているからだ。
どうやって飲んでんの。なんか、ローブも着ていて、中身が全然わからない。
「なんだ、テメェ?」
傍らの女たちが二人、龍驤を威嚇している。情婦という感じではない。それなら、雰囲気でわかる。
情婦ではないが、忠誠心は高い。大げさな仕草で男が止めると、女たちは控えた。軍人とは違うが、統制は取れている。
噂に違わぬ男のようだ。
「ココロさんに聞いてな。裏に顔が利くんやって?」
「そりゃあ、裏町のスーパーな顔といや、俺のことだが?」
「なんで、そんなけったいなカッコしとんの?」
いつまでも、雰囲気しかわからない。仮面から覗く目が、意外とパッチリなぐらいか。
聞いていた話からすると、これでは交渉にならない。なにかの呼び水になればいいと思った。
男は立ち上がると、リズムを刻み始めた。
なにを呼んでしまった。
「え? なに?」
「買いたいものが、あるんだよ」
「三年前から狙ってた」
「必要経費が二億ベリー」
リズムに合わせて、女たちも参加する。
「中途半端に稼いでは」
「ヤガラレースで、一文なし!!」
「賞金首を仕留めては」
「飲んで騒いで、一文なし!!」
「苦節三年経ったけど」
「今日も今日とて、一文なし!!」
「出掛ける準備はしたけれど」
「お金の当ては、まったくなし!!」
実にファンキーなダンスとともに、龍驤へ向けて煽りを入れてくる。
「用があるなら、聞いてみな?」
「さあ!! アニキの名前を聞いてみな!!」
「恥ずかしがらずに聞いてみな!!」
「誰ぇ?」
知ってるけど。
オーディエンスまで巻き込んで、盛り上がりは最高潮だ。バッとローブを脱ぐ。ドコドコ、ドコドコ、床を叩く。
「うーん、フランキー!! スーパーだぜぇッ!!」
決まった。フランキーポーズ。
「なんやこれ?」
わからない価値観である。新撰組とか名乗りそう。好きなタイプのバカだ。
とりあえず、気風はいい。金もないのに、組織を運営出来るのは、かなり人間力が高い。その点だけなら、白ひげだ。
クロコダイルを見習え。
よくわからないけれど、話をしてくれる気にはなったようだ。さっきまで、ヤサグレてたものね。
今は怒りに満ちている。
「小娘がなんの用だ、アアン? 舐められたもんだぜ」
「船長は、ガレーラの方に行っとってな。申し訳ない」
「ガレーラぁ!? だから、なんの用だ、コラァ!? こちとら、泣く子も黙るフランキー一家だ!!」
ダメだ、このおっさん。買い物出来なくて、いじけている。よっぽど欲しいものだったのだろう。
なんで麦わらみたいな小さな船をわざわざ襲ったのかと思ったが、こういう親分の雰囲気を察してか。龍驤を知らないのは、親分が獲物と認識していないからだろう。たぶん。
慕われているようだ。
裏町で情報を集めた。
チンピラで、ケンカっぱやく、騒ぎも起こす厄介者で嫌われ者だが、認められてもいた。
必要悪と言えばよいのか。産業都市であるウォーターセブンは、華々しい都会である。よって、夢破れた若者たちが、故郷にも帰れず、屯する。
これが治安を悪化させる。まともな就職をしないのだ。夢を諦めないから。
で、食い詰めて悪さをする。それを集めて、飯を食わせてやっている。
悪い、悪党とは言われるが、手配されるようなことはしていない。手下たちも、切羽詰まった状況で、よそ者を選んでいる。
最低限、都市に迷惑をかけていない。
道理を弁えた、大人の態度だ。向こう見ずなだけではない。
なかなかいい男のようだ。枯れてもいない。
二億、という金額は大きい。それで船が造れる。
水に浮くビルを、一棟建てるのだ。決して、軽くはない。
中小の企業で、純利益から人件費まで引いて一億を稼ぐなど、そうそう出来るものでもない。出来ないとは言わない。
下手か、良心的な証なのだ。しかし、下手には見えない。バカに見える。
バカやって事業が継続するなら、むしろ上手い。
夢がある。なのに、何年か前にわざわざこの島へ来て、手下を率いても、海賊になることはない。
稼ぐだけならこの手の男だ。いくらでも手段はあるはず。現代と違って、解体屋で糊口をしのぐには腕もいる。ゴミは金にならないからだ。
では、土地柄を生かした賞金稼ぎはどうか。
海賊の賞金額百万から数千万までは個人の賞金稼ぎ。億付近からは、中小、大手の企業体。十億辺りからは、国家規模での討伐を想定している。
そもそも、懸賞金が強さの指標にも基準にもならないので、適当だ。懸賞金は、リスクヘッジである。
手を組めば、もちろん制裁などもあるだろうが、命は惜しいものだ。この世界で、海賊は交易者。取引した方がいい。
倒しても1700万にしかならないなら、クリークに降伏して一回分の利益を差し出した方が、船も無事だし合理的だ。
それなのに、港や街を襲ったクリークは、懸賞金の額を上げてもらえなかった。
裏切っても金にならない犯罪者と、誰が交渉する。海賊は常に、一般人に対して、懸賞金以上の価値を提示する義務が生じているのだ。
一般人が海賊を忌避するのではない。海賊こそが、一般人を信じられなくなる。懸賞金はそのためにあり、そうやって人々を守っている。
海賊の勢力拡大を防ぎ、戦争を抑制するのが目的で、誰かに首を取って欲しいわけではないのだ。
要はまあ、賞金稼ぎは儲からない。ルフィに拾ってもらえてよかった。騙し討ちの機会なんて、そうそう転がっているものでもない。
海賊のナワバリとやらに、龍驤単騎で殴り込みでもしないと、割に合わなかっただろう。とんでもねえことになったはずだ。
そして、この街は海賊を客として扱う島だ。絶対に、賞金稼ぎなど成り立たない。
なら、どうしてこいつはヤサグレているのか。
稼げないやり方で街を守りつつ、解体業もやって腕を腐らせず、他人の面倒を見て、夢を取り逃す。
「さてはキミ、不器用やな?」
「いきなりなんだ、テメェ? ケンカ売ってんのか!?」
いいな。なんか、いい男だ。変態だが。
ローブの下、海パンだった。まさかの、けったいな格好こそが、常識的だった。お出掛け用って、そういう意味か。
この島以外じゃ、すぐ逮捕だもんね。この島でもだけど。
露出狂が露出してなくて、話になるわけがない。
聞いてはいたが、ビジュアルの衝撃が凄い。おっさんのブーメランは見たくない。ただもう、いちいちツッコむのも面倒というか。
ちゃんと収まってるならいいかって。
龍驤はヤサグレている。
最近、意味が違って来た気がする。乙女心は、まだ健在だろうか。
「売って来たのはキミらやろ? うちの船で、キミの手下を預かっとるで」
「なんだと!? どういうことだ!?」
「ザンバイたちが、先走ったんだわいな」
フランキーが、龍驤を睨みつける。完全に、敵と見做した。
「テメェ、なにしに来やがった!? さっさと言いやがれ!!」
「その身体、見ていい?」
時が止まった。フランキーは固まった。女二人も、目を白黒させた。なんと返せばいいか、大いに迷って、確かめた。
「この、スーパーなボディをか?」
「うん。隅から隅まで、じっくり見して欲しいんよ」
「なに、卑猥なこと言ってんだ?」
「見してくれたら、手下はすぐに放す」
フランキーは迷った。とにかく、迷った。なんかこう、迷ったのだ。
なんにも考えられないのに。
なにを言っているんだろう。本当にわからない。
でも、この身体で手下が助かるって。
「ちょっとだけだぞ?」
言ってしまった。深く考えてなどいなかった。なんなら、自慢のボディだった。龍驤は子供だし、本当に卑猥な意味だなんて、思ってもいなかった。
ちょっと嬉しかった。ポージングした。
「許可が出たで、妖精さん」
「なんだ、コリャ!?」
それ以降について、詳しく語ることは出来ない。
「アーッ!! アーッ!?」
「アニキ!? アニキー!!」
「やめるんだわいな!! エッチなんだわいな!?」
「アァァーっっ!!」
その日、フランキーハウスからは、豚のような悲鳴が鳴りやまなかった。
「ヒドい目にあったぜ」
「目の毒だったんだわいな」
災難である。妖精さんは満足だ。実に、満足である。
「オモシロな身体しとるね」
「まあな。俺はサイボーグだ」
うん。とんでも技術。
でもね。海列車に比べれば、大したことないんだ。その程度。
二人は本題に入らず、技術談義を延々としていた。
「あの巨大さで、あの喫水。線路で支えてんやろうけど、秘密は車輪やろ? どんな構造しとるん?」
「なかなか、お目が高いな。一応、車体は二重構造だが、あれは水面を進んでんじゃねえ。常に海中を登ってんだ」
「あー、なるほど。奇跡のような重量バランスやな。となると、機関車と客車では別か」
「そうだ。客車なら、そこいらのマヌケどもにも真似出来るが、機関車はウォーターセブンでしか作れねえ」
「いやいや、客車だけでも大層なもんやぞ? 真似出来るなら褒めてやらな」
「ケッ、下らねえ。その程度の腕なのさ」
雨降って地固まるだろうか。仲良くなってる。まあ、裸の付き合いだ。一方的なものだけど。
「海列車に詳しいんやな」
「なにが言いてえ?」
「充分さ。その答えだけでな」
超カード化したい。海列車最高。龍驤はウキウキしているが、フランキーは警戒する。
「テメェ、政府のまわし者じゃねえだろうな?」
「ココロさんにも言われたわ。やっぱ、そういうのあるん?」
フランキーは少し考えて、重く口を開いた。
「ガレーラには、よく出入りしてる」
「応じる気配は?」
「アイスバーグはそんなんじゃねえよ!!」
龍驤はびっくりした。
「あの、なんや。うん、わかったから」
「わかるんじゃねえよ」
フランキーは落ち込んだ。
モズとキウイには、わけがわからない。ただ、秘密の会話なのだろう。口は挟まなかった。
「で? 本当になにしに来たんだ?」
「いやあ、仕事を頼みたくってな」
「アアン? 安くねえぞ、うちは。金はあんだろな」
「現金ですぐなら、三億。それ以上となると、時間はかかるかな」
「なんなりとお申しつけ下さい」
「現金やな」
二重の意味で。
「んな大金で、どうしようってんだ? いくら俺様がスーパーな裏の顔と言えど、解体屋兼賞金稼ぎに過ぎねえぞ?」
「アダムって知っとる?」
フランキーは答えずに、時計の方を振り向いた。
「あとちょっとで、海列車が出るな」
「キミも、それ買うつもりやってん?」
「見るだけだ。見るだけ」
なんの言い訳だろう。ちょっとよくわからないが、龍驤もたまにしか出ないと聞いている。ちょうどよく確保出来るなら、そうしたい。
いちいち、偶然には驚かない。
「ほな、現金がすぐにいるな」
「本当にあんのか? 二億でいいんだぞ?」
「とりあえず、その辺は上手く、アーッ!?」
「なんだよ!?」
龍驤はいそいそと立ち上がると、急に騒ぎ始めた。目に見えて、焦っているのがわかる。
「うちの船長がトラブル起こしとる」
「は!? なんでわかるんだ!?」
「しかも、ブレーキ役の狙撃手と航海士が船長の味方しとる!?」
「なんだ!? なんなんだ!? お前ら、ガレーラとこに話、持ってたんだろ!? どんだけ、血の気が多いんだ!?」
ガレーラである。海賊相手でも怯まないどころか、適当に宥めて仕事を進めるのも慣れたものだ。
海賊だって、生活の場にすらなる船に手を抜かれたくない。
トラブルなどそうは起こさないはずだが、やってるらしい。
どうやって知ったんだ。
「あー、ヤバい。これ、ヤバい。もしかして、ウチのせいかも」
龍驤の顔が青ざめている。
業界最大手とケンカなんてしたら、余所に話を持っていくのも難しい。
船がない海賊なんて、海賊じゃない。
それだけでなく、考えてた段取りが、全部崩れる。
「お前のせいってなんだ? なにがあったら、海賊が船大工とケンカすんだ? 金はあんだろうよ?」
龍驤は絶望的な顔で告げた。
「ウチ、転生者やねん」
「なに言ってんだ、オメェさん?」
わかる。でも、そうなんだもん。
第一ドック前に、ルフィたちはいた。
船長から現金を引き離すことで、輸送の手間はずいぶんと軽減された。
本当に信用がない船長である。ほとんどがルフィのせいだが、龍驤のせいもある。
海賊として手配されることを避けたため、名声や悪名がないのだ。
名声はともかく、悪名なんてと思うだろうが、背景には武力がある。権力や経済力と同じく、なにかが出来る、ということがわかりやすい。
ある意味で、有能だと言える。ならば、支払い能力もあるだろうで、取引も出来る。
これが信用だ。泥棒や詐欺師は逃げてしまうかも知れないが、強盗なら武器ぐらい向けてくるだろう、ということだ。
安全保障がそうであるように、武力を誇示することは、単なるコミュニケーションである。
じゃあ、話も出来るよね。そんな現実がある。
その上で騙すのが、イギリスだ。
「おじゃまします!!」
シロップ村から、なんにも変わっちゃいねえ。旅の小僧のまんま、こんなところまで来てしまった。
「おっと、待つんじゃ。余所者じゃな?」
今回は、ちゃんと止める人がいた。東の海の長閑さはない。
しかし、人、だろうか。ウソップとシルエットが一緒だ。鼻に骨があるタイプの人類なんだろうか。
船大工では、あるらしい。
ココロさんの紹介状は効果抜群で、とりあえずメリーを見てもらえることになった。
「そうか。メリーをどうするかも考えねえと」
「まだ生きてんだもんな? ただ、置いてくってわけにもいかねえか」
「でも、売るって言ってもねえ」
どっかの誰かが、奴隷の話なんかしたもんだから、かなり抵抗がある。
「ワハハ。その辺は、ゆっくり考えればいいわい。どんな船を造るのか、の参考にもなるしのう」
職人から見れば、どんな航海をしてきたとか、操船の癖なんかもわからないではない。
解体するのか、中古に回すのか。船なんて金のかけどころはいくらでもある。なんというか、メリーを直せるなら直したくもあった。
ここが一味との別れでも、生きているなら、と。
雑に扱っていたようで、毎日磨いて、掃除をしていた。ともに死線を潜ったし、そこで暮らした。
船乗りが船へ向ける感情というのは、特別なものがある。大自然そのものの海にあって、寄って立つものは船しかあり得ない。
海と空と、自分たちと船しか存在しない。そんな日々を過ごす。
船が死に、沈むとき、何人の船乗りが運命をともにしたか。
いよいよか、と思って、一味は少ししんみりした。
ポツポツと、思い出話なんかをした。
ドックの外ではあったが、職人たちはそんな若者たちを、目を細めて見守った。
邪魔するべきではなかった。でもなんか、集まって来てた。
すっかり時間が過ぎた。
「どうしたんじゃ、お前ら?」
「いや、なんか、懐かしいっつーか。ああいう道具に対する思い入れって、最初の頃はあったよな?」
「なんのことじゃ? え? アイスバーグさんも?」
「ご苦労さん。説明してやってくれ」
おっさんどもが、若さへのノスタルジーを爆発させている。カクには、まだちょっとわからない。
説明は、冷静には聞けなかった。
「ダメじゃな。あの船は死んでおる」
だって、メリーが、ここまで連れて来てくれたメリーが、もう死体なんだと言われて、黙っているわけにはいかないじゃないか。
「取り消せよ!! 今の言葉!!」