生きる理由は見つからない
だが、戦う理由なら見つけられた。
龍驤は急行した。めっちゃ頑張った。フランキーを肩車して、第一ドックまで最大戦速で到着した。
一応、事情も説明した。
後頭部が最悪だった。でも、サイズ差があった。
第一ドックは、つまり、まあ、なんというか、崩壊していた。
ルフィもそうだけど、ウソップとナミがだね。弱いのだ。
だから、手加減が出来ない。最大威力で暴れる。龍驤の装備を一部使用可能なウソップと、天候を操るナミの全力だ。そして、打撃、雷無効なゴムのルフィが前線を張る。いくらガレーラの実力が高かろうが、意味はなかった。
器用に張り巡らされるロープは、すべて狙撃された。どんな素早い動きも、雷には敵わない。
ルフィに打撃は効かず、刃物を持てばやはり雷が落ち、追い詰められたところに、ウソップが爆弾を投げた。
そこまでやっても、一味に殺す気はなかった。ガレーラが強かった。
二人をここまで戦えるようにしたのは、龍驤です。
「取り消せよ!! メリーはまだ、死んじゃいねえ!!」
「職人としての判断じゃ。殺されても、曲げたりせんわい」
「この」
そこで、龍驤が介入した。ルフィの頭を叩いた。
「役立たず。ほとんど、なにも出来とらんやんけ」
実際、そうだった。このケンカ、圧倒したのは、二人のおかげだった。ゴムであることはすぐに看破され、単純な打撃など使ってもらえなかった。
船長は、壁にもなれていない。ただ、囮になっただけだ。ボコボコにされた。ウソップの機転と狙撃に助けられた。一番の破壊力はナミだ。
「妖精さん、修復」
わーいと嬉しそうに、妖精さんが散って行った。なにかを作るのが大好きなわりに、自分たちではなにも生み出せないのが妖精さんだ。いや、作れないわけではないが、つまりそれは艦娘みたいなもんなわけで、怒られるらしい。
誰に、なんぞ、絶対に知りたくない。
「なんで止めるの!?」
「そうだ!! こいつら、職人だからって」
「間違っとらんよ。悪いのはウチや」
どういう意味で、誰がなのか。自分が悪いと言う龍驤も珍しくて、迷いが生まれた。
龍驤はボロボロになってアイスバーグさんと思しき人物を守る、ガレーラカンパニーの面々へ進み出た。
「申し訳ない。話を聞いて頂けるとありがたい」
「都合のいい話だな」
『アイスバーグさんまで巻き込んだんだ。この島にこれ以上いられると思うな』
「すぐに、全ドックの職人が集まる。貴様らはオシマイじゃ」
龍驤は落ちているノミを拾った。それで指を落とした。
「腕一本までは置いていく。話を聞いては頂けまいか」
後ろの三人が色めき立つ。それを見て、アイスバーグさんが進み出た。
「アイスバーグさん!?」
「パウリー、俺に任せろ。フランキーを連れて来たのか?」
「あれはついで。ナミ〜!! そいつに三億払って!!」
「はぁ!? なんでよ!?」
「嬢ちゃんたち。ちょっと、こっちで話そう」
あのチンピラ、親切だ。ルフィたちを宥めてくれている。特に、ルフィを捕まえてくれた。
「お前、なに勝手やってんだ!!」
「ネタバレ、ダメ言うからやろうが!! 次から全部、説明すんぞ!?」
ルフィが不満そうに黙る。そこまで嫌か、ネタバレ。
たぶん、嫌なのは長い話。
本当に頭が痛い。しかし、マジで龍驤の責任なので、言い訳も出来ない。
「指なんかいらねえ。うちは工具も一級品だ」
「あ、大丈夫。明日には生えるから」
なに言ってんだ、こいつ。
思ったことが、口から出ない。
「話を聞いてくれてありがたい。それでなんやけど。まず前提としてな? ウチは転生者やねん」
「なに言ってんだ、お前」
今度は思わず、口に出た。
意味がわからなすぎて、身体の自由がきかない。
「んで、キミらをバカにするつもりは一切ないんやけど、ほんでも、正真正銘、メリーって船は、文字通り生きとるんや」
「待て、ちょっと待て。前提と言ったか? それが、前提?」
あらゆる論理は、前提が正しくないと始まらない。つまり、前提を共有しないと、あらゆる話し合いは成立しない。
共有するのか。
「今のを、信じろと?」
「こちらをご覧下さい」
龍驤はタブレットを取り出した。映し出したのは、前世の、そのまた前世というか、紆余曲折というか。
「これ、ウチの前世、における、最初の計画なんやけど」
「なんだコリャ?」
「これは、船か?」
『珍しいタイプだな。装甲艦? 帆がないようだが』
「これ、便利ですね」
一人だけ感想が違う。龍驤が画面をスライドする。
「これが見直されたやつ」
「全然、別もんじゃねえか」
そりゃ見直したのは、排水量だからね。
「それがこうなって」
「いやいや」
「こうなって」
『オイオイ』
「こうなってって」
「なにか、不安になるのう」
「最終的には、こう」
「アホなんじゃないか?」
紆余曲折あったのだ。世界の事情に振り回された。理不尽に軍縮を強いられた。頑張ったけど、予算という物理制約の前には、どんな工夫も悪あがきに過ぎなかった。
「なんだ? この重心は?」
『そもそも、これはスクリュー船か? 大きさは、寸法はどうなっている?』
「この真っ平らな甲板は、なにに使うつもりなんかのう?」
「これ、曲がれるのか?」
アイスバーグさんの問いに、龍驤は首を振った。
「曲がれなんだよ?」
四人はうめき声を上げて、設計図に見入っている。すでに、拡大、縮小はもちろん、スワイプも使いこなしている。
「そんなわけで、さらに改修を重ねたんや」
もう、言葉もないのか、口からは感情を乗せた息だけが漏れた。
「で、事故があって」
第四艦隊事件だ。
「ペッシャンコじゃねえか!?」
「その反省から」
『もう、一からやり直せ』
「それ以降も細々と」
「酷いのう」
そんなこと言わないで。
「で、撃沈したときの、被害状況」
「うーむ」
死んでるよね。でも、復旧作業を頑張った記録を添えた。
この期に及んでも、まだ戦おうとしているのだ。それは船がどうこうではなく、戦士や軍人にとっての仕事でもある。
そこに、プロの判断があるのだ。
異世界はわからないし、子供の戯言に付き合うつもりもない。
だが、なんと言ったらいいのか。彼らは職人だ。職長でもある。設計図が読めるだけでなく、書ける人間だ。それを実現するのも、させるのも仕事だ。
龍驤が見せた設計図の合理性も、特異性も、ちゃんとわかる。そこに仕事があることは、嫌でも理解出来る。共感する。
同時に、こんなもの、異世界でもなきゃあり得ないと。
それ以前に、ちょっと色々あり得ないとわかるのだ。
「これ、通して全部、ウチなわけやけど、ご感想は?」
「うーん」
ないよ、感想なんか。なに言ってもダメな気がする。
竜骨を変えただけで別の船と、そう判断する世界にはない常識が、存分に示されている。
最大戦速で来た龍驤は、艤装を展開したままだ。証拠になるわけではないが、チラチラと見比べられる。
「被害状況を見せたのは、これで四時間は保ったからや。機関さえ生きとりゃ、曳航は可能やった」
そうでもないと思う。曳航を諦めた理由は、浸水の激しさなはず。
職人たちは噛みついた。
「いやいや、こんなもん曳航出来るはずねえだろ」
『出来たとして、どうするんだ?』
「穴を塞いだところで、もはや別、うーん」
最初から、ずっと一貫して別物です。でも、龍驤なんです。
とことん、常識が通じない。
「ところで、こいつをどう思う?」
「見事に真っ二つじゃ」
様々な、様々な意味で最高峰の駆逐艦。我らが天津風である。彼女は実に、数奇な運命を辿る。
「こっから、復帰しました」
「嘘だろ?」
微妙。でも、仮船首の映像は衝撃的だ。
「なんなら、自力航行させられました」
「お前ら、船をなんだと思ってるんだ?」
アイスバーグさんに叱られた。
そう。ツッコみどころが多すぎて、龍驤が提示したものが、まるで事実であるかのような前提が出来た。術中にハマった。
誇張はしているが、事実でないとも言いにくい。天津風はともかく、船首断裂後に復帰して、武勲艦となった艦は存在する。
ちょっとオモシロおかしく、混ぜてみただけだ。
「見てわかるように、ガキがなにもわからんまんま海に出てな? その間、触れる常識はウチやったわけや」
だから、なんと答えればいい。哀れむのも同情するのも違うが、それ以外にどうしろと。
惨い。こんなものを常識として、この過酷な海を渡ってきたのか。船をただの道具として、使いつぶすような旅を強いられたはずだ。
むしろ、先ほど見た船への深い愛情が、愛おしくすらある。
で、背後を指差す。第一ドックは直っている。
「不思議やろ?」
「そうだな」
それですませてよいものか。あの、ピカピカです。さっきまで崩壊してたのに。
「もう、テメェらで直せばいいんじゃないか?」
「いやいや、ウチも妖精さんも、異世界のもんやから不思議やねん。でもな、メリーは、なんか自力で不思議やねん」
「関わりたくないんじゃが」
「そんなこと言わんと頼むて!! 絶対、混ぜたら危険やん!!」
ドン引きである。ガレーラカンパニーのトップ層が、揃って逃げ腰である。
「クラバウターマンだ。聞いたことあんだろ?」
フランキーがやって来た。ルフィたちは落ち着いたようだ。
これまでの旅や出会いが変だったことに、今さら自覚が生まれている。
そして、アイスバーグさんたちだけではない。第一ドックが片付いたおかげで、這い出した職人たちまでも、興味を持って聞き耳を立てた。
「事の真偽はええ。でも、わかるはずや。あの子らが、なにに腹を立てたか。うちらにだって、メリーがもう走れんことは薄々わかっとる。それでも、死んだ、という言葉だけは撤回してもらえんか?」
龍驤は訴えた。
フランキーが龍驤からタブレットを奪い取って、集まった職人たちと、あれこれリアクションしている。
なんか、馴染んでる。
アイスバーグさんは、頭をかいた。
被害は、ない。なくなった。多少、ケガをしたぐらいだ。気にすることじゃない。
それよりも、だ。グランドラインに長く住んでいても、これほどの非常識と出くわす機会なんてなかなかない。正直、なにを信じていいのかわからない。
ただ、若者の真っ直ぐさは、否応にも理解させられた。信じられないからと、思考を停止していては、この海で生きていけない。
それに対応出来なければ、グランドラインで船大工など名乗れない。
世界は、非常識だ。
「どうだ? カク」
若い職長は、苦しげに眉を潜めた。ケンカはケンカとして、決着はついたと弁えた。感情は横に置いた。
「判断は変えん。変わることはない、が」
しかし、プロとして吐いた言葉である。簡単に飲めない。迷う若者を、ベテランたちが押しのけた。
「見せてくれ!!」
「触らせてくれ!!」
「なんなら、乗せろ!!」
「なんなんじゃ、お前ら!?」
だって、クラバウターマンだ。クラバウターマンである。
船大工たちは目を輝かせていた。
真に大事にされた船にしか現れない、伝説の妖精。まことしやかに語られる、レインコートの精霊。
憧れじゃないか。そんな船を造れたら。そんな船に出会えたら。
船大工として、一度は触れてみたいじゃないか。
さっきまで、ドン引きしてたけど。
この世界の人たちって、悪意がなさ過ぎて、けっこう手の平クルックルする。
なぜかそこに混じるつもりなフランキーを買い物に蹴り出して、職人たちと麦わらの一味は、遠足みたいな気分で歩き出した。なぜか、そうなった。龍驤が煽った。
ケンカは物理的に、なかったことになった。
「なんか、釈然としねえ」
騙され慣れた三人は、ずっと首を傾げていた。
「これは、生きて、る?」
メリーでお散歩した。乗り込んでみたアイスバーグさんが、常識を崩壊させている。
メリーは動いた。帆だけ張ったら、後は勝手に。
なんなら、帆さえ勝手に開きそうな勢いだった。一緒に乗った職人たちは、無邪気にはしゃいでいる。
羨ましい。
「死んでへんやろ?」
そうだけど。確かにこの状態を、死んでいるとは言わないけれど。
しかし、船としては死んでいると言わなければならない。次の島まで行けない船を、ウォーターセブンは認めない。
渡れなくて孤立した島や人間がどうなるか、よく知っているからだ。
でも、遊覧船なんだよ、この船。本来、向こう岸へ行く船じゃない。
「危なくって、岸から離れらんねえ。それでも、まあ確かに。生きてはいやがるな」
船の生き死にを決めるのは人間だ。壊れたら死ぬのか、魂が残るのか。龍驤は意図して、日本的な感覚を一味へ植えつけた。
結果、こんなことになってしまった。わざわざ、味方を敵に変えた。
海賊だから、敵はいる。ロジャーのように、まるで世界の不都合が自分たちのせいであるように言われることもある。
「ウチに言わせると、たかが操船の感覚が違っただけで生きるの死ぬの、大げさに思えるんやがな」
「まあ、お前ならそうだろう」
アイスバーグさんたちが造っているのは、帆船である。砲の配置や口径を変えることですら、大問題だ。重量バランスが変わる。波や風への対応が違う。沈み方も、曲がり方も違う。
しかし、それが大問題になるのは、素人しかいないからだ。
龍驤の世界の海賊や水夫は、何隻もの船を渡り歩き、引き抜いて、奪い合うものだった。
様々な船を経験する。そうして、船長になる。ちょっと違っても、船は船として割り切っている。
だが、この世界は違う。抑圧された陸地から連れ出してくれるものだし、まさに生活の場である。海も船も、仕事で漕ぎ出す場所ではない。そこでしか生きられないから、そうして生きているのだ。海賊は陸地に基盤を置いていない。
プロフェッショナルというには、プライベートが関わり過ぎている。
操船の具合が違うというのは、そのプライベートを勝手に変えられたようなもので、文句を言わない人間を探す方が難しい。
また、水夫は地縁によって結びついている。地元の仲間で構成されている。その繋がりが、船にも適応される。
海を渡る交易者であるにも関わらずだ。そして、文化的衝突を、あっちこっちで起こす。
今回のように。
こんなケンカは、ルフィたちに限ったことではない。何度も似たようなことはして来た。慣れたクレーム対応だ。
腕っぷしだけで乗り越えてきたが、それは暴力だけの話ではない。ウォーターセブンは負けない。
この世界で、四皇すら越える地位を築いているのだ。
ケンカなどしてはいけなかった。
最悪の敗北だ。ウォーターセブンを滅ぼしても、麦わらは船を失うだけ。二度と手に入れることは出来ない。一味は解散だ。海賊など続けられない。
あり得ない、短慮なことをルフィはしたのだ。だがそれに、ナミやウソップも乗った。
仲間を守ることだったからだ。誇りに関わることだったからだ。
ならば、トラブルを避けるのは龍驤がやらなくてはいけなかった。いつもいつも、煩わしいまでに考察を重ねていたのは、このためだったはずだ。
一味に迷惑をかけてまで。
立て続けに、旗へ泥をつけた。
「とりあえず、紹介状の件はなしやな。頭を冷やして、一味で話し合って、それからまた、縁があったらな」
「これぐらいのトラブルは日常茶飯事だ。いつでも待ってる」
「どんだけ?」
職人を殺しかけて、ドックを丸ごと潰したんだが。
ありがたいが、それはそれで怖い。
なんだかんだ、ブスくれていた船長も、純粋にメリーを称える職人たちへ、心を開いている。それは、メリーの死を告げたカクに対してもだ。
人はいつ死ぬのか。
道具は。
簡単なようで、答えなどない。
メリーのような例は、滅多にないことだ。
職人に一味が心を開くのと同時に、受け入れなければならないこともある。
「どう看取ってやるかな?」
「それは、お前らで考えることだ」
「ちなみに、こういうときのための、メモリアルなサービスに興味はない?」
アイスバーグさんには、聞きたいことがあった。どうしても、麦わらの一味と話したいことが。
でもなぜだろう。苦渋の決断を口に出した。
「言ってみろ」
トラブルを起こすこともあるが、常識が書き換わる瞬間は楽しいものだ。新しい、未知との遭遇は素晴らしい。
ガレーラと麦わらの出会いは、幸福だった。