考えろと言われて、考えてはみたものの、考えることが出来るのは二人だけ。
片方は新入りであり、片方は隠し事がある。
材料となる知識もない。
よって、一味はお見合いをしている。
「アイツの役職ってあるのか?」
「オモシロメカ娘」
「戦闘員だろう」
「参謀? 会計? なんなら、アンタより船長よね」
ルフィはショックを受けている。
「結局のところ、それじゃねぇか? アイツ、ずっと仕事探してるぞ」
帆さえ張れば、勝手に進む船である。もし、常識が必要だとして、それだけは非常識だと気づかなければいけない。短い付き合いではあるが、龍驤が不満そうなのはそれだけだ。
当然だが、異世界転生した龍驤には立場がない。同時に見た目や言動よりも幼く、自分もない。加えて艦娘であるため、何かと役に立つことで、認めてもらおうとする。
責任というものをはっきりさせたがるところもあった。
龍驤は仕事を、役割を求めている。
一味以外に寄る辺がないといえば可愛いが、それに大人しく収まる龍驤でもない。
四人とも、仲間であればそれぞれ得意分野を生かして勝手にやればいいぐらいに思っていたのだが、言葉にしたことで理解出来た。
自分たちの船を持って、はっきりしたことがある。
龍驤一人で全部出来る。
索敵範囲は半径、150キロ。ヨサクのような例があったとて、それが船なら龍驤の敵ではない。艦載機だけでなく、龍驤には高角砲も機銃もある。
力は百人力で、妖精さんもいる。一人で操船は可能だ。ナミほどでなくとも、充分な航海術もある。
家事は万能。なんなら、掃除も洗濯も任せっきりである。金の管理はしているし、三人の胃袋は掴まれた。
艦娘の、空母の面目躍如である。
ルフィとウソップは遊んでいればいいし、ゾロは鍛錬と酒と昼寝を繰り返すだけだ。ナミは指示を出すというより、要望を伝えれば首を傾げたり、虚無になりながら後は勝手にやってくれる。
龍驤が全部、勝手にやってしまう。
思い返して、冷や汗を流す。
楽なのだ。
生活が充実している。
アイツの勝手にさせてたら、お世話されてしまう。
そもそも、料理が出来る龍驤がいるのにコックを探す理由が、四人を甘やかし過ぎるせいで食糧不足が起こる懸念からである。
「あれ? 俺、海賊してないぞ?」
「気づいてしまったか」
「そんなことあんのかよ」
「マズいわね」
マズい。このままだと、龍驤に船を乗っ取られる。一番マズいのは、そこまでやっておきながら、その理由を龍驤が自分の至らなさだと思っている点である。
これ以上完璧にされたら、完全に乗客だ。ウソップはともかく、拳闘と剣術を操る二人など、譲って貰わなければ出番がなくなってしまう。
特にルフィは、誰かの船に乗せてもらうのではない生き方を選んだのだ。例え、技術や知識を誰かに頼ることになったとしても、進路は自分で決めなければ顔向け出来ない。
珍しく現実を直視してルフィが青ざめた。怒られると悟った子供のように。
「やっべぇ。絶対、ぶっ飛ばされる」
「誰にだよ」
怯えるルフィに疑問は届かない。情けなく、ウソップに縋りつく。
「とりあえず、掃除当番とか決めようぜ。アイツの役職とかは後でいいだろ?」
出ていったばかりの龍驤が帰ってきた。
船に戻るなり役職は何がいいと聞かれたので、先鋒と答えた。
後ろにペンペン草も残さない。空母とは突撃すること。
大元が揚陸艦だから。
男三人が深刻に黙り込み、ナミが大爆笑していた。龍驤は首を傾げる。
「まぁ、ええ。飯にすんで。ちょいとお客もおるけど」
見ればわかる。龍驤の頭の上でビッチビチ跳ねている。元気だ。龍驤がズボンとジャケットを握っているので、大変惨いことになっている。それ以上はボロンするし、ジャケットが絡まる。
「わざわざ戻ってきたのか?」
「そろそろ腹減ったやろ?」
本気で理解した。放っておいたら、養われる。危機感はマックスに達した。
「邪魔するぜ」
「邪魔すんなら帰って」
「じゃあな」
あまりにもスムーズに追い返した。ウソップの身体は反応したが、言葉は出なかった。手だけが泳いでいる。
「いや、ちょっと待て。思わず帰るところだぜ」
「何しに来たん? あ、こちら、副料理長のサンジさん。みんなご挨拶や」
一味が頭を下げた。順調に躾がされている。催眠術にも弱い単細胞たちだ。訓練艦としても名を馳せた龍驤の洗脳に抗う術はない。
ちなみに龍驤にその意図はない。
「ホントに海賊か? まぁいい。キッチンを借りるぜ。元はウチの客だ。引き取ってもらった礼に腕を奮ってやるよ」
「飯奢ってくれんのか?」
ルフィの一言で、そういうことになった。一応、龍驤も手伝う。賞金稼ぎたちと肩を組みながら、それを応援するルフィ。
「いいキッチンだな」
「海賊船らしくはないがな。使いやすいで」
一番余裕があるのは、保存性がよく、龍驤の好みである米だ。
一味には生米から炊くパエリヤ。空腹の兄ちゃんには既に炊いてある米を使ってリゾットだ。
「ギンだ」
「グランドラインに行ったのか!?」
「どんなとこだった!?」
出汁をほとんど吸わせておじやのようにする。腹も膨れて消化にいい。
「下処理は敵わんな」
「料理は愛情だ。だからこそ、一手間が光る」
どうやら、ちゃんと体調に合った料理ができるか心配だったらしい。他の材料は、サンジが持ち込んだ上等なものになった。
入ってきたときは単純に目つきの悪い兄ちゃんだったが、今は楽しそうに鍋を振っている。
辛そうなギンにまとわりつく悪ガキを排除しながら、手際よく配膳が進む。フォークにスプーン。ランチョンマットと前菜代わりの小鉢。そして気づく。
「なんか手伝う」
「私も」
「なんや、珍しいな」
危機感。危機感が。
あっという間に出来た。
本当に腹が空いていたのだろう。一口食べてギンが泣き出した。一味も負けじと食べ始める。
「美味いか?」
「クッソウメェ!!」
「一つ一つの具材の、風味や歯ごたえなんかが生きとる。それを米と出汁がまとめとって、一口ごとに楽しいな」
「死ぬかと思った! もうダメかとッ」
「おかわりするか?」
「やめとけ。腹を壊す」
温度差。温度差もヒドい。
その様子を一通り眺めて、サンジは席を立った。
「仕事に戻るぜ。店の裏に海賊どもが残した小舟があるから、好きに乗ってきな。もう捕まるなよ」
「面目ねえ」
「いいさ、腹を空かせた奴に食わせてやるのがコックだ」
「アンタは食ってかんの?」
「なぁ、仲間になってくれよ」
その提案は唐突だった。アホウ鳥が鳴いた。その隙間に龍驤が動いた。
気がつけばサンジは座っていて、龍驤が酒を注いでいた。
「はっ!?」
「ちょっと味見してくれん。まだ若いんやけど、ウチで漬けたんよ」
「え? いや、」
糠漬けを使った味噌汁だ。味噌も龍驤手作りである。サンジは思わず受け取った。好奇心に負けて、一口すする。
「確かに。でも、爽やかだな。風味がいい」
「せやろ?」
「なー、なー。この船のコックになってくれよ」
ニタリと龍驤が笑い、ルフィを除いてみなが戦慄した。
サンジは食べ物を残さない。出された物を片付けるまで、席を立てないのだ。そんなサンジの事情まではわからないが、誰が見ても明らかなことがある。
味噌汁が熱々だ。
「ご飯もあるで?」
炊きたてホカホカだ。いつの間に準備したのか。もはや、拷問の類だ。急ぐと口の中がベロベロになってしまう。ルフィすら冷ましてから食べるので、食事量が減るという裏技。彼は猫舌だ。
「テメェっ」
「ウチは仕事に戻る。ウマいこと言っとくさかい、ごゆっくり」
龍驤は錨は外して、メリー号を漂流させた。
サンジの必死の指示でバラティエに戻る頃には、一味の腕も上がっているはずだ。
閉店時間になってもサンジは戻らない。だが、誰もあんまり気にしない。
龍驤が上手くやっているのもあるが、客前に出る機会がなくなれば、コックは基本的に厨房から出ない。片付けなんかも手際はいいし力もあるので、それまでの煩わしいことを全部任せられた。なんだかんだ、副料理長であるサンジを中心にやって来たことである。
思わずゼフも勧誘する。
「もう、ウチで働かねぇか?」
「戦いに生きられんのなら、始末はつけるよ。軍艦やなくなったとして、ウチは戦艦や。こんな世の中で、力は捨てん」
「転生ってやつか」
「ウチは異物や。海賊以外に身の置きどころはない」
「変わんねぇさ、誰だろうとな」
「そりゃそうや。世界が変わっても何も変わらん。やが、何もかもが違う。それが人の世やよ」
手の中で温めたブランデーを一口含んだ。吸うのではなく、鼻から抜いて香りを楽しむために。
「何歳だ、小娘」
「0歳」
とことん、不思議生物である。
「連れてくのか?」
「そうならええな、とは思っとる」
「アイツには夢があるんだ」
「羨ましいな」
「俺と、同じ夢だ」
「ええ息子さんやな」
ゼフは黙った。
「息子、じゃねえよ」
「ほな孫か? 変わらんて」
「そうだな。些細なことだ」
「船長はウチやない」
「些細なことだ」
「そうやな。でも、大違いやで」
二人して笑い合う。
「苦労しているようだな」
「前世で慣れとる。なんとかするよ」
「奴らにさせればいいじゃねぇか」
「ガキやってん。ウチが育てた兵隊は。お国のために、いっぱい殺したんよ」
「なるほどな」
「変わらんよ。なんにも変わらん。でも、大違いなんや。アイツらはもう、ウチを置いて逝ってしまったんよ」
夕日の沈む海に、メリー号のシルエットが浮かぶ。
「迎えに来たようだぞ?」
龍驤は鼻を鳴らす。
「義理は果たす。あの兄ちゃん、クリークの手下なんやて」
「どうとでもなるさ」
「それでもや。やっとこさ、ウチの出番や」
「おっかねえな」
「アンタが羨ましい」
ニヤリと交わし、二人はグラスを打ちあった。
静かな時は貴重だ。
「おーい!! 戻ったぞ、クソジジイ!!」
「仕事放ってどこ行ってやがった、ボケナスぅ!!」
「龍驤!! テメェ!!」
「遭難するとこだったでしょ!?」
「なんか言ってけよ!!」
「疲れた!! メシ!!」
騒がしい日々は尊い。
「なんや、引き込めんかったんかい」
「もうちょっとだと思うんだけどなー」
「しかし、グランドラインってとこはおっかねえな。急に具合が」
「医者も探すか」
「それもいいな」
一味で笑い合う。
「海賊艦隊か。どんなもんだ?」
「東の海を逃げ出した雑魚やよ」
「最弱の海だぞ?」
「海賊の敵は海軍や」
「そういうこと?」
「手が足りんのはどこも同じやがな」
漂流しただけで死ぬなら、この一味は存在しない。金があっても相手にされず、奪うことにも限界が来て、数を頼りにとりあえずグランドラインに入っただけだ。
単なる経済制裁である。
大尉ぐらいなら店の一つに頭を下げればいいが、それが船一隻になり、艦隊にもなればどうなるか。
モーガンのいた基地と街でも、軍艦の世話をするには足らなかったのだ。
帰ってきて、まだ死を待つだけの航海をしているのは、誰も信用出来ないからだ。頭数はいても、仲間がいない。
「じゃあ、大したことねえな」
「烏合の衆か」
「イヤイヤ」
「単純よね」
単純でいい。命がかかっているのに、難しいことなど考えてはいられない。
龍驤は考え過ぎた。
逆に言えば、ルフィもゾロもそれぐらい懸命に生きているのだ。ウソップの方が余裕がある。
龍驤は仲間たちを見回した。
サンジを巻き込む形にはなったが、一味の顔つきが変わった。
自分たちの船を、自分たちで動かせるようになったのだ。それは自信になる。
この海は誰かに頼らなければ生きていけないが、頼りきりになっては生かされるだけになってしまう。
龍驤がいなければ、この時代だ。ルフィもゾロも、仲間を生かすことに全力で取り組めた。
その覚悟も信念も、きっと頼りになっただろう。
だが、龍驤がいる。有象無象なら簡単に跳ね返す、最強の空母が。
ゾロはまず、龍驤を越えなければならない。だから、鍛錬は苛烈で、メキメキと力をつけている。まだ斬ることは出来ないが、龍驤の装甲を破壊出来るのだ。龍驤は鉄どころか、鋼である。
その意味では、ルフィも強くなってはいる。
だがルフィはやはり、育ちがいい。甘やかされることに慣れている。周りに恵まれていたのだろう。寂しがりやなこともある。
煩わしいまでの連帯を強制され、孤独に決断するのがリーダーだ。今は連帯に振り回され、孤独を嫌がってはいるが、大丈夫。
そんな環境でも、最低限、一人で生きていけるだけの力を身につけた男だ。龍驤にやられっぱなしではない。
少なくとも、龍驤はガープよりマシなハズだし。
それに、筋道は立てている。
「そろそろ選べ。ルフィは頼りになるで」
「なんのことよ?」
「なんやろなぁ」
着々と追い詰めている。答えが出るのもすぐだろう。
悪辣に笑う龍驤と、深刻に悩むナミを見比べて、男たちは思った。
早くなんとかしないと。