偉そうなことを言った次のセリフに、ルッチは驚いた。
「キミらの潜入は、四年以上前か。五年、うーん六年。赤髪の四皇就任か。若いのが出て来て危機感? しっくりこんな。やはり、上と下で認識の違いがあるか。どうも青キジの動きがわからん」
古代兵器への認識がどうなっているかを知りたいのだが、当然、答えはない。
「知らずに俺を非難したのか!?」
「そこじゃなかろう?」
「ちなみに、どこやろ? 異世界人からすると、あらゆることが違和感で」
困ることを言うな。こっちも同じだ。ずっと違和感に苛まれている。情報は錯綜している。
ロビンが悶えている。
「ねえ、無理。もう、無理。お願い、止めて」
ロビンの懇願に、龍驤は悲しい顔をした。まるで、女子高生のように笑うじゃん。
失われた青春を謳歌しているようでよかった。笑いのツボは、ヤサグレたあきつ丸だが、よいことのように思える。
なんであいつ、たまに特高の要素が混じるんだ。
龍驤より情報戦で無双しそうな艦娘を思い浮かべて、帝国軍の層の厚さを実感する。
「なんで負けたんやろ?」
現実逃避だ。諜報機関がここまでグダグダとは。
組織がトップダウンだとしても、情報は必ずボトムアップになる。現場が大事なのは、このためだ。
情報は判断をするために必要だ。なのに、階層が複雑で高いほど、情報源との間に距離が出来る。
よって、情報を収集するための機関は、そうした階層をスキップするよう、デザインされる。
スキップせずに、色んなものを詰め込んだのが、アメリカと日本だ。少なくとも、参謀を挟んじゃダメよ。判断なんかしないんだから。
参謀には、指揮官から情報を下ろして、内容を評価させるべきである。
じゃないと、参謀が指揮官を操り始める。つまり、組織構造に欠陥があると、参謀という比較的地位の低い人物を掌握するだけで、色々と出来てしまう。情報戦とは、こうした分析から行われる。
あそこが弱点、ここが弱点とお互いに切磋琢磨して磨かれていくのだ。
やってた組織と、やってない組織では、もはや文明レベルで違う戦いになる。
構成員がジェームズ・ボンドでも、掘っ立て小屋の原始人では世界を救えない。
頭が痛い。こんなんで、世界規模の治安維持に責任を持ってたのか。各国に任せた方が、よほど上手くいったはずだ。
ところが、世界を分断し、歴史を失わせて愚民化政策をやってるもんだから、まさにノウハウと技術の蓄積である諜報がこんな有り様に。
まあ、諜報機関と名乗ってはいるが、実際は防諜機関なのだろう。スパイではなく、スイーパーというやつである。
都合の悪いものを消すだけで、そもそも手に入れたい情報などないのだ。
自分の都合以外に、守りたいものなどなにもない。
「青キジもか。ガープの弟子と聞いたが」
あれに育てられると、みんな世界の敵になるので、なんか釈然としない。四皇とか、絶対にやつが育てたろ。覇気的な意味で。
歴史を消し飛ばすためにバスターコールまで持ち出すとなると、天竜人に近い価値観の人物かも知れない。
あまりにも過剰反応だ。
ロビンは有能だが、そこまでする必要があるほど危険だろうか。古代兵器も同様だ。絶対に、白ひげの方がヤバい。
なんなら、青キジこそ危険だ。大将はみんなそう。七武海だって、軒並みそう。
ガープがそう。
冷戦時代より危ないと思う。
これはつまり、悪魔の実への対抗手段が確立しているという意味だろうか。覇気とは別に、もっと便利なものがあるのか。
覇気が悪魔の実の対抗手段であるように、悪魔の実も覇気への対抗手段になり得る。
覇気は鍛えなきゃいけないので、愚民化政策がそのまま世界を弱体化させる。
世界政府は、悪魔の実を怖がらないといけない。
ところがどうだ。
世界が滅びそうな情勢なのに、誰にも危機感がない。悪魔の実を規制しない。
火薬もそうだが、危険物に対して、実に無造作だ。なにか理由があるはずだ。でないと、危険物じゃないという結論になる。
ガープが。
わからない。なんで、あれを放置出来るの、世界政府。ガープと互角というだけで、四皇も大将もみんな怖い。
この鷹揚さが、なぜか歴史には発揮されない。
謎だ。実に興味深い。
怪獣より危険視される歴史とやらが。
「外敵へ用いられるべき刃が、内に向いとる」
そもそも、内や外という概念で語るべきなのか。この世界で、世界は定義されているのだろうか。
されていないのだと思う。冒険に憧れるルフィを軽視し過ぎた。
そもそも、大海賊時代の始まりを忘れていた。
歪められていて、気づかなかった。
「なにがあった?」
海から来る脅威とは、ドリーさんとブロギーさんだと思っていた。
冒険とは、ノーランドさんのように、国家が主導するものだと思った。
でも違うようだ。
自由を求める誰かがいて、新天地を探す誰かがいて、そこで独立した人々がいたのだ。
ルフィの憧れる海賊が。開拓者が。
それは、本当に素晴らしいことだ。海沿いに暮らし、内陸から搾取され続けた人々が、真っ白な土地を見つけて、国を作るのだ。実にワクワクする物語だろう。
働けば報われる。奪われるなら戦うのだ。高潔な魂と、誠実な日々が、毎日を形づくる。
きっと楽しいと思う。人生が輝くものになる。そんな国家が、この世界にはあった。ルフィが憧れた。
今はない。どういうわけか、ナワバリだとか、海軍基地とかになっている。もしくは、村や街ぐらいの規模しかない。
その隣には、なぜか地形が変わるほどの砲撃跡。
『ナカッタコトニシタノ?』
なんでそうなったか、なんて決まっている。この世界でなにが起こったのかなんて、考えなくてもわかる。
「龍驤、怖いわ」
ロビンが海楼石に繋がれた手で、龍驤の肩を抱いた。その細い手首を見た龍驤の目が、ギョロリと動く。CPは息を呑んだ。
「海楼石の影響か。今さら堕ちるつもりもないが、無視も出来ん」
うるさかった小娘が、静かに沈み込んだ。
「フランキーは、明日の早朝に帰る。どうするか、よく考えるんやな」
もはや、尋問とかする空気ではなかった。しなくても、だいたい答えてくれたし。
帰ってくるんだ、フランキー。
なにがなんだかわからないうちに、よくわからないことを分析された。何一つ、理解が出来ない。
完全に、龍驤が圧倒していた。
部屋は無言に包まれた。動く気力は生まれなかった。
ロビンがションボリしている。
「もしかして、臭うとかない?」
「それは大丈夫」
「ワシら、ホントにバカにされとるんじゃな?」
「匂いで追えないの?」
「ナミさん、俺をなんだと」
出来そうな気もするが、サンジより前に、チョッパーへ聞いて上げて下さい。
役に立とうと張り切っている。
仲間が誘拐されたのだが、ルフィは昼寝とか言い始めるし、そもそもなにがどうなっているのか。
アイスバーグさんは頭を抱えていた。怒涛の出来事に翻弄されるなか、仲間を犬みたいに使おうとするやつらとか、どうしたらいい。
真剣にバカだから、真剣にバカをやりやがる。
「助けに行くったって、あいつら助けがいるタマか?」
「最低だな、マリモ!?」
「仲間だろ!?」
「女の子なのよ!?」
そうだけど、そうなんだけど、素直に頷けない。たぶん、世界で最も危険な二人組である。
ここはウォーターセブンだ。爆弾一個落として、水路を使えば、龍驤ならいくらでも逃げられる気がする。
「やってねえってことは、その気がねえんだ。メリーの飛行機が飛んでる以上、合図ぐらいにはなるだろうしな」
いないと思ったら、ウソップはそれに備えて檣楼へ登っている。あたふたしているだけのメンバーは、不満以外のなにかを言おうとして、諦めた。
「ルフィに文句言ってくる!!」
「ああ、うん」
アイスバーグさんは顔を上げた。
「ニコ・ロビンが裏切った可能性は?」
「裏切るとしたら、龍驤だ。そんときゃ、腹を括るしかねえ」
「ロビンちゃんの理解者なんだよ。歴史が趣味らしいからな」
歴史と言っても、龍驤のはまったく学問ではない。まともな資料を参考にしないのだ。ほぼすべてが、龍驤の考察や推測である。
戯言と言っていい。
だが、仮説としては成り立つ。ロビンはそうして与えられた課題を、実際の資料から確かめていく。成果はほとんどない。
それでも、二人が楽しそうに話しているのを見ている。ルフィが冒険するように。ウソップがイタズラするように。ナミが天候を。サンジが料理を。チョッパーが医学書を読むように、笑ってロビンは過ごしていた。
決して、考古学ではないんだけど。
「あれで嘘をつけるのは人間じゃねえ」
「要は、龍驤だ」
なんて信用がない。スパイガジェットの妖精さんが、驚愕している。あと、笑い転げている。
アイスバーグさんは考えた。見るからにいがみ合ってそうな、この二人が息を合わせる意味を。
記憶の中に、笑いあった記憶がある。裏切った彼らとの思い出が、確かに存在する。
なにもかもが嘘だと思っていたが、その瞬間に共有した感情だけはホンモノなのか。
「すまねえ。しっかりしねえとな」
「しっかりしたところで、どうすんだって話だが」
「どうすると思う? あのバカ、どこまでやると思うよ?」
「めちゃくちゃになるのは確定なんだな?」
冗談や慰めだと思ったのに、本気で裏切りを心配してるんだ。
ここまでの文脈で、潜入していたCP9より、誘拐された龍驤の思惑を問題にしている。
これからウォーターセブンで起こる被害は、CP9のせいではなく、あれが黒幕だと言っているのだ。
意味がわからない。
「早くどうにかしねえと」
本当にしっかりしないとダメだ。こいつらに任せていたら、一番ドックぐらいじゃすまない。
たった三人で、ガレーラの誇る船大工たちを追いつめて見せた。ニコ・ロビンはもちろん、他の三人も人外の領域だろう。
それが警戒する異世界人。仲間だろとか、言いにくい。CP9も仲間だったんだ。
「俺は、大丈夫だ。ガレーラも。狙われることはないだろう。フランキーのバカはいつ戻るんだ? いや、人手を出して駅で捕まえりゃいいな」
「あー、残念だが、どうなんだろな」
「この島から出てくっつってたから、手を出すと噛みついてくんじゃねえか?」
「どういうことなんだよ!?」
わからない。CPの目的を阻止すればいいんじゃないのか。なんで誘拐されたやつが、実行犯の手伝いをする前提なんだ。
「あいつの戦争は、本物の戦争だ。クソの投げ合い。この島でおっ始めたいか?」
「こればっかりはな。気に食わねえが、賛成だ。その上でどうするか、だ」
「古代兵器だぞ!? 世界政府に渡せってのか!?」
「相手は、異世界兵器だもんよ」
なにそれ。
もう、話し合いなど進まなかった。
「そもそも、これって誰かに話せるか?」
「いやッ!? でも、それは!!」
「話せねえなら、俺たちだけでやるのか? なんにせよ、相手は世界政府だぜ?」
「そうだけど!!」
懊悩するアイスバーグさんと、それを見て調子に乗ってきたイジメっ子たちが、不毛なやり取りを交わすだけだった。
「とにかく、探しに行きましょうよ!! 仲間でしょ!? なんで、寝てんのよ!!」
「そうだぞ!? 心配じゃないのか!?」
「うるせぇよ」
ルフィはハンモックで、麦わらを顔に被せて揺れていた。
そんな気取った寝方、これまで一度だってしたことないくせに。寝相の悪さとだらしなさで、ゾロをありがたく感じるぐらい。
とにかく、ナミとチョッパーは二人を助けたいようだ。しかし、ルフィはそれに乗らない。フランキーに会うと言ったあとは、一味と目も合わさない。
一通り怒鳴りつけて、鬱憤を晴らしたら、そんな態度を落ち着いて見れるようになった。
ルフィはどうやら、真面目なようなのだ。真剣に休んでいる。なにかに備えている。
ナミは船長に尋ねる。
「どういうつもりなの?」
知らなければならない。仲間だから。
ルフィは帽子を上げて、ナミを横目で見た。それから、ポツリと言った。麦わらは心臓に置いた。
「これまで、楽しかったよな?」
「これまで? 航海のこと? グランドライン?」
「山に登って、桜を見て、砂漠で戦って、空飛んで。楽しかったよな?」
「だからなんなの?」
「でも、俺たち海賊だ」
フォクシーから、なんだって奪えた。どんなことだって言えた。ケガはしたが、死闘などとはとても呼べなかった。舐めていたし、遊んでいた。
仲間と誇りを賭けていたのに、あのゲームで命を賭ける必要だけはなかった。だから、フォクシーに愛嬌を感じる。
麦わらでなければ、人間をハンバーガーにしていた海賊たちだ。
そして、負けた。
大将という、本当に強い敵と会って、なにも出来なかった。龍驤はなにもしなかった。ルフィは決闘に持ち込んで、場を濁すしかなかった。
確かに、仲間は守れた。
でも、ルフィは完膚なきまでに負けた。船長が負けたのだ。
情けをかけられただけで、麦わらの一味はあそこで終わっていた。メリーが死体なら、この一味はもはや残骸である。
まだ続けたいなら、もう一度、背骨を入れ直さなければいけない。
前とは違っても、前と同じように旅をするために。
「ナミ。ロビンと龍驤は、うちを出ていくつもりだぞ?」
「ウソでしょ!?」
「なんで!? なんでだ!? 仲間だろ!? 仲間だよな!?」
「さあな。あいつらがどういうつもりかは、知らねえ」
あまりの落ち着きぶりに、二人は言葉が出て来なかった。ルフィは麦わら越しに胸へ手を当てたまま、虚空を眺めた。
「俺たちは自由だ。でも、約束したんだ。いいか、ナミ、チョッパー」
いつものクソガキが、どこにもいない。二人は自然と、背筋を伸ばす。
「追いかけるぞ。勝手は許さねえ」
船長命令が下された。
この場にいない両翼も、相棒も、動き始めている。
「了解!!」
動揺していた二人も、目に力が宿った。ルフィは寝た。
二人が戻ったリビングでは、アイスバーグさんがイジメられていた。