龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

126 / 129
異世界ってさ

 物質の性質は、分子配列によって変わる。

 水と氷の違いは温度ではない。分子の並び方だ。

 人類はこの事実をずっと利用してきた。

 人工的に分子配列を変えることで、土器を作り、金属を扱い、セラミックやカーボンなど、新たな素材を生み出してきた。

 言ってみれば、人体がゴムになったり、砂になったりぐらいなら、なんの不思議でもない。

 空気だって、条件によっては固体のように振る舞い、衝撃波となる。常識はスーパースロー映像によって覆された。

 まして、ここは異世界。そういうこともあるのだろう。

 悪魔の実が不思議なのは、可逆性の変化であることだ。

 エントロピー的な意味で、変化ってのは、起こったら戻らないもんである。

 水で考えてみよう。凍って、溶けて、蒸発する。逆もまた然り。だが、この変化にはエネルギーが加えられている。

 基本的に火を使ったり、太陽だったり、電気でもって、水は分子配列を変える。

 戻っているのではなくて、その都度、変化しているだけだ。

 これが結構、手間がかかる。

 たくさんのエネルギーが必要なのだ。

 土器を作るには、丸一日、粘土を焼かないといけないし、鉄は溶かすだけでなく、鍛えてやらねばならない。

 人体から別の物質。別の物質から人体へ。悪魔の実の不思議なところは、実は能力そのものではなく、裏付けとなるエネルギー源なのだ。

 諦めたとも言う。

 というわけで、質量の出番である。エネルギーは質量。質量はエネルギー。脂肪もガソリンも、火薬や核であっても変わらない。

 取り出す効率が違うだけで、みんな質量である。

 食べたら誰でも使えるのが、悪魔の実。鍛えたら誰でも使えるのが、覇気。どちらも、身体能力として発現する。

 じゃあ、この世界には体重以外の質量があるんだね。

 これが龍驤の結論だ。

 で、その質量は、ロギアのような疎になっても同一性を失わず、エネルギーを遠くに届けたり、遮断したりする役割を果たさなければならない。

 よくわからないので、龍驤はそれを魂であると仮定した。

 なんか、量子的な意味で情報処理とか出来そうじゃん。

 龍驤は現実を見ない。これは慈悲である。

「食わせたんは、あんま意味なかったかな?」

「おい、やめろ」

 そこまでわかったら、わかってないが、あとは技術へ落とし込むだけだ。

 物理学など知らん。世の中、なにもわからなくても工夫は出来るし、しないと渡れない。頑張らないと。

 幸い、肉体は可愛らしい艦娘だが、龍驤の魂は戦艦である。日常生活のために課せられた制限を上手いこと取っ払ってやれば、龍驤は空母として十全に振る舞える。

 これ、覇気じゃねえかと思いつきへ飛びついたわけだ。

 都合がいいとか、悪いとか気にしない。艦娘なんぞ、悪魔の実より悪魔的に決まっている。必要だからやる。軍隊とは、妖精さんとは、邪悪なものなのだ。

 で、この覇気の性質は、空気が泥であることと、関連がある。

「要はあれか。力を加え続けとる間は流動性を保持し続けるが、慣性運動へ移行した途端、粘性が上がるんか」

「よくわからんが、すぐにやめるんじゃ」

 ダイラタンシーと逆。チキソトロピーというやつか。

 塗れるけど、取れないみたいな性質だ。ケーキとかに生クリームを絞ると、その形のまま飾りになる。ペンキは乾いていると言えばそうだが、水を加えずとも、練ると柔らかくなったりする。

 力を加えているときは流動性のある物体として扱えるが、静置しているときは固体のように振る舞うのだ。

 で、空気って惑星が自転している以上、常に力が加えられている状態だ。一見して性質が違うとは、わからない。

 カームベルトのような気候があって、初めてなんかおかしいなって気分になる。

 そして、この性質を利用すると、ただの空気鉄砲が風来砲になる。

 不思議だ。ノロノロビームで空気はノロノロしないのに、覇気だと最悪、覇国する。能力に比べて、覇気は空気との相性が高い。

「うーん、着弾の急制動で固着化するんか。覇気ってのは、そこを解決する手段なんやな」

「やめろと言っている」

 龍驤はルッチに吊り上げられた。頭、鷲掴みだ。ブランブランした。龍驤は気にしない。

「こうか?」

 的がないので虚しい。一万トンモードは、すでに解除している。

 当初の勢いをなくしたパウリーと、傍観者のロビン。そして、龍驤だけが駅に残った。CP9は空を走って戻ってきたが、龍驤に止められた。碇が足に絡んだルッチが、パウリーの前でビタンとした。

 友達として、パウリーはもう、ルッチへ声をかけられない。

 で、龍驤は試し撃ちを始めた。その間、CPは頑張ったが、妖精さんが邪魔をした。鎖が絡みついた。

 尊厳がだいぶ死んだ。

 諦めて、大人しくなった。それでも焦燥に耐えられず、ついに龍驤へ手を出したら、咎められなかった。

 だからとりあえず、バカの頭蓋をメキメキ言わせている。

 一体全体、この状況をどうしたものか。

 フランキーはもちろん、麦わらにも逃げられた。そして、海列車が横転している。

 CP9も龍驤も出ていきたかったのに、これでは出ていけない。

 実は、やるべきことは、はっきりしている。

 アイスバーグさんに、ガレーラに修理を頼むのだ。

 さっきの今でか。

 こんな頭の痛いときに、敵対する麦わらが姿を眩ませている。これがイヤらしい。

 転進は言い訳と言われるが、兵隊は走るのが商売。走っていなければ、隠れている。だから、後ろへ向かって前進することは、運動戦の範疇でしかない。

 この理屈を実に自由な感じで運用すると、ゲリラかロンメルになる。補給さえなんとか出来たら、とんでもない威力を発揮する戦術だ。

 そして、ついさっきCP9は正体を表して、現地行政、及び住民と対立した。麦わらは地元と連携しているのに、こっちはみんなの敵。

 どうしたらいいかわからない。

 そんな意図はなかっただろうに、的確にこちらの嫌がることをやってくる。

 どうせ今頃、サンジ辺りが吹き飛んだ迷子の世話をしているだけなのに。

 これが麦わらと敵対するということだ。

 龍驤はヤサグレている。

「なんのつもりだ?」

「自覚もないか、素人ども。邪魔やから、海列車修理しとけ。船大工やろ?」

 龍驤はどうしていいかわからないが、こいつらは決まっている。

 退路の確保が最優先だ。本気でバスターコールをするつもりか。

 青キジがどんなつもりであるにせよ、CP9が任務を失敗しないと発動しないのが、バスターコールである。

 まあ、世界政府の役人が失敗したらどうなるかって話だが、程度ってもんがある。

 中将という同格を五人も揃える以上、バスターコールの目的は地上制圧だ。海軍はネイビーではなく、マジな意味でマリーンなのだ。

 空いている最高指揮官が、天竜人でも驚かない。

 ロビンが経験した地獄は、バスターコールの入り口でしかない。人間の想像を、人間が越えるだろう。

 で、覇気のぶつかり合いは、下手したら核爆発だ。実際の衝突で核反応が起きるかはともかく、あの見事なまでに制御され、指向性を持たされた覇国が、まったく集束せずに破裂したら、島なんか丸ごと消える。

 艦砲射撃なんておまけなのだ。

 当然、艦隊戦を想定した作戦ではない。となれば、青キジがぶつけようとしているのは、艦が破壊されても問題なく上陸出来る戦力。

 空を駆けるCP9の上位互換だ。

 立場ない。

 もはや、任務に従って、ロビンとフランキーを連行する以外にやることがない。そして、それは龍驤の目的と合致する。

 これに逆らってウォーターセブンを危険に晒せば、世界政府の敵になるのは、手配もされていない小娘ではなく、CP9の方だ。

 そんなことは、考えずともわかる。

 はずなのに、わからない。

 なんで味方が、味方の、しかも重要拠点の、さらに一般人を巻き込むことについて、なんの疑いも持たないのだ。

 だけでなく、自分の都合を優先しやがる。ウォーターセブンなど、どうでもいいかのように。

 自分がそうであるだけでなく、青キジもそうだと信じられるのが怖くて仕方がない。海軍まで、ガープまでそうだったら、どうすればいい。

 少なくとも政府の役人にとって、当たり前なのだ。そんなことは。

 嫌悪感だ。龍驤は我慢している。

 こんなやつらと話すのは、嫌で嫌で仕方がない。

 悪を成さないのは、その方が都合がよいからだ。なのに、わざわざ悪を成して、都合の悪い方向へ向かう。

 麦わらとまったく逆だ。あいつらはワガママで、自分のことしか考えないが、だからこそあんまり悪いことはしない。

 バカだけど、ちゃんと頭がついているからだ。

 本当に、面倒臭い。ウソップなら、なにも言わずにやってくれることを、こいつらはしない。

 任務に忠実だと言えば聞こえはいいが、自分で判断が出来ないだけだ。人形め。

 同族嫌悪である。

 いや、まあ、ルッチさんに関しては、フランキーの身柄に人生がかかってそうなんで、冷静じゃないんだが。

 それもこれも、CPの長官辺りが独自の判断をしているからだと思うと、臨機応変も良し悪しだ。

 龍驤も自分の判断で家出しているわけだし。

 上手くいかないね。

 龍驤はヤサグレている。

「自由にさせると思うのか?」

「今さら、これに意味あると思ってへんよな?」

 龍驤は海楼石の枷を見せつける。ずっと自由ですが、なにか。

「役人風情が偉そうに。表に出た以上、キミら特別な誰かやないねんで?」

 CP9は闇の正義を掲げ、殺人すら許された組織だが、明るみに出ちゃったら、そんな無茶は出来ない。今の彼らは、コーギー氏と変わらない小役人である。

 本当に、なにをやっているんだろう。

「安心せよ。死人だったフランキーが、設計図の継承後もウォーターセブンに残った理由を考えりゃ、もう終わった話や。説得してくるよ」

 龍驤がそうであるように、フランキーもこの島やアイスバーグさんを危険には晒さない。

 この島を出ることについて、始めから同意が出来ているようなものだ。

「頼んでいない」

「そもそも、探せんやろ? その顔晒して、聞いて回るつもりか? 裏町の顔を?」

「政府に逆らうようなバカはせんじゃろうて」

 要は、住民がフランキーを売るだろうと言っている。かつて、同じことがあった。

 龍驤は心から、憐れむようにカクを見た。

「誰がキミらに協力すんねん?」

 八年前、この島は、一人の英雄を世界政府へ差し出した。

 海列車を造り、島を救った男だった。

 理由は暴力への嫌悪でも、魚人への差別でもない。ただ、世界政府へ逆らうことの意味を知っていた。今、ロビンが誤魔化している恐怖がそれだ。

 英雄ですらないフランキーなら、苦もなく差し出すだろう。

 ところが、もう若いのはその恐怖を知らない。アイスバーグさんが、凄く上手に付き合ってたし。

 役人も海軍も、自分たちの都合で動いている。つまり、どちらも天竜人の代理ではない。正義などの名目で動いている。

 ルッチも青キジも知らないだろう。知っていたら、脅しになど使わない。

 もはや、彼ら自身が証明している。世界は変わった。バスターコールなんて、怖くないんだ。

 だから、別に逆らう。海賊が海に溢れて、人々がそれを歓迎する。

「流した血の量さえ忘れた木偶の坊が、弱者が強者を食い物にするこの現実で、なにが出来るつもりでおる? また、騙されたいんか?」

 このやり取りが現実逃避な龍驤に、逃げ場はない。

 バカしかいないせいで、ウォーターセブンが焼かれ、CP9は粛清され、海軍は造船拠点を失い、麦わらはそのど真ん中に放り込まれ、龍驤は本気を出さなければならない。

 こっちとら、観光しに来とんねん。

「ここで戦争は始めるつもりなら構わん。約定はなし。この島も、住民も、キミらの安全も保障せん。つーか、また鎖で巻く」

 妖精さんがこんにちは。

 ルールは守る。妖精さんは、約束を破らない。その範囲内であれば、無敵である。

 強いからだ。

 割りに信用はない。

「そんな条件じゃったか?」

「聞かへんかったやろ?」

 龍驤は一万トンモードをオンにする。

「約束は交わすもんや。奪うだけしかしてこんかったキミらには、想像もつかんことかも知れんが」

 社会ってのは、お約束で出来ている。神も悪魔も変わらない。だって、信じるものだから。

 ご利益がなくなれば、捨てられる。一方的な関係など続かない。関係がなければ、社会じゃない。価値がない。

 海賊ですら、信用を築いて取引する。価値を生み出す。

 CP9は支払った協力の代償に、なにを差し出せるのか。価値はあるのか。龍驤の質量が場を圧する。

 身体能力の一部であり、単なる質量を、どうして覇気と呼ぶのか。

 この世界の人間には、それを感じ取れる機能があるのだ。ルッチは龍驤の、有り余る質量を読み取った。

 スゴイ覇気。つまり、デブ。

 ハッタリには充分だった。ロビンでさえ、今の龍驤には青ざめた。自分ではあんまり、変わった気はしないのだが。

 デブい龍驤はこれ以上駅を壊さないように、気をつけて歩き始めた。

 CPは追って来なかった。パウリーがこれからどうするのか、ちょっと気になった。

 そして、思い出した。

「そういや、援軍が来るはずやったやん?」

「そうなのか?」

「なぜ、知っている」

「線路を走ってくるから、お迎えしてあげて」

「どういうことです!?」

 龍驤は街へ繰り出した。

 約束がある。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。