先に部下たちが回復し、弱ったクリークだけが這いつくばっていた。旗艦の乗員たちだ。直ぐ様裏切るようなことはないが、頭は悪い。
悪いが、慣れてもいる。
見物客の中に海軍がいるのを見つけて、クリークの命令なしに回頭しようとした。帆も、舵も壊れている。とてもすぐには動けない。
それでも腹を満たした水夫たちは、勤勉に働いた。
奴らはわかっていないのだ。
もはや、クリーク海賊団は騙し討ち以外に略奪方法がない。旗を見かけただけで通報され、支部ではなく本部戦力が動く。気ままな航海すら難しい。
バラティエは、海上にあるレストランだからなんとか辿り着けたのだ。彼らに自由があれば、餓死が待つ状況で、補給も出来ない停泊地に身を潜める理由がない。腐ってもクリーク海賊団。ただ、襲うだけのことで、目標をいちいち吟味することもない。
問題は、どう逃げるかなのだ。
奇襲であれば、通報は遅れる。白旗や海軍旗で偽装し、入港までしてしまう。内側に潜り込んで混乱を起こし、残虐に働き、手早く制圧する。人海戦術で根こそぎ略奪し、足取りを追われないように火をつけて皆殺しにする。
海軍へ通報が届いた頃には、別の海上にいる。
手段を選ばないのではない。選べない。
殺すのは楽しみのためではなく、一人の村人だろうと脅威だからだ。
最初はよかった。街一つまるごとの戦果は凄まじい。どこに寄港しても、まるで王のように振る舞えた。
だが、すぐに通報された。滞在出来る時間は三日、一日と減っていき、ついには補給さえ旗を降ろさねばならなくなった。
名前の力がなければ、王にはなれない。金があっても騒ぎは起こせない。顔が売れて、せいぜいが部下を遊びに行かせるだけになり、部下が調子に乗るたびに、そんな港も消えていった。クリークには、海賊艦隊の提督という立場だけしか残らなかった。
海上で人間に何が出来るというのだろう。
結局、クリークに支配出来たのは奪うことしか出来ない寄生虫の集団だけだ。
だからこそ、グランドラインを目指した。
逆らう者のいない権力を、武力によって達成する。欲のために裏切り続けた男は、思い通りにならない環境など我慢が出来なかった。東の海は、クリークには小さ過ぎた。
そのはずだ。
こんなボロ船では、海軍の監視船は振り切れない。船を奪わなければならないが、このボロ船で襲えるのは、航海などまともに出来そうもない海上レストランのみ。
周辺にどれだけ民間船があっても手は届かない。これだけの目があると、海上レストランを奪っても標的になるだけで、騙し討ちに使うのも無理だ。
追い詰められているのがわかる。逃げ場がなくなっている。もしかしたらと思わせるなにかが、全て罠である。
それでも勝利しなければならない。勝てなければ生き残れない。
身を守るため着込んだ鎧に、山ほどの武器を仕込んだ。自分に逆らう者、敵対する者。全て殺さなければ、気がすまない。
欲であったものが安心になり、保身になる。クリークはもう、後戻りすら出来ない。
艦隊をまるごと失っている。
今はまだ、誤魔化せる。失敗だ。ミスだ。足りないものがあった。グランドラインが非常識だった。悪魔の力だ。
本当は紛れもない敗北だ。クリークはその責任を取らされてしまう。
このまま海賊として海軍に追いつめられ、滅ぼされるその時に。
賢いクリークには先が読めた。
クリークは決意した。
捨ててしまおう。こんな海賊団。名前も、部下も。
もう、彼の生存の邪魔でしかない。
一人でならば、奪える船もある。自分一人ならもう一度やり直せる。
勝手に動く部下たちを褒め、追従し、飯を手に入れた。腹を満たし、力を取り戻したクリークは、側にいた部下を仕込んだ剣で突き刺した。
ギンの目の前で。
「ドンっ!! どうして!?」
こいつが一番邪魔だな、と思ったクリークは、仕込んだ銃口の全てをギンに向けた。
その場にいた部下はそれを目撃した。
ガレオン船が斬られた。
「いい船に乗ってんじゃねぇか」
「バカだなー、アイツ」
水夫としてちょっとだけ成長したルフィが、クリークを辛辣に罵倒した。
誰がどう見ても、鷹の目の船はいいものじゃない。船としての機能を全て横に置いても、悪趣味だ。
「突っ込むとこ、そこかよ」
隣に来たサンジも悪態をついた。鷹の目は帰るところだ。呼び止める理由がなかった。不測の事態に備えるなら、ルフィの隣と判断した。
「貴様に用はない。失せろ」
「黙って船を置いていけぇ!!」
ゾロの治療をしながら、龍驤は悲痛な表情で唇を噛み締めた。
黒歴史が形を持って喚いている。
一味の世話を全部やっていたのは、龍驤の勝手で、一味はそれに付き合っていたに過ぎない。船の動かし方とか、知らなかったのだ。
もちろん、仕事の配分とかは船長の仕事だから、ルフィの未熟なり、落ち度だろう。問題ではあるが、なんのことはない。
教えればいいのだ。
龍驤は得意だ。一味が素人の集まりなど、初めからわかっている。龍驤自身も、そうしてやると豪語した。龍驤が一番貢献出来ることは、経験だったはずだ。
自分でやるのではなく、指示を出すなり、手伝わせるなり、いくらでも方法はあった。
しかし、龍驤はその全てを自分で熟したのだ。
一種の独占欲かもしれない。
役に立つとか、必要とされるとか、大好きなのだ。
一味がちゃんとしてしまうと、そういう気分を味わえなくなってしまう。
もちろん、前世の記憶もある。ルフィもゾロも、ウソップさえ、目指すところは命がけである。夢を叶えられればいいが、失敗して死んでしまったら、龍驤はその手伝いをしたことになる。
黎明期の空母として、また、中途半端な改装艦として、訓練に携わることの多かった龍驤は、結果として何人もの教え子たちを戦場に送ったことになる。
丁度、ルフィたちと同年代だ。
それは辛い。
楽しいことと辛いことが並んでいたので、楽しい方に流れた。
それだけだ。
龍驤自身もちゃんと把握はしていなかったが、そんな風に欲に流れたらマズいと危機感が囁いたのだろう。
自分のワガママというか、それを放置する船長や仲間に文句や不満が出た。
そりゃ、操船に関わることなど、下手すれば龍驤の空回りに思えたし、大砲で狙われているのにナミやウソップさえ避難もしないとか、常識の違いというのは確かにある。どう教えていいかもわからない。コックをプロに任せるように、なにが基本なのかは龍驤もわからないのだ。文句も言いたくはなる。
だからと言って、ワガママに付き合う仲間を、ワガママに付き合ったから不満に思うのは、思春期が過ぎた。
そんな、複雑というほどでもない矛盾する心に混乱し、自分は一味に必要ないと思いつめたまではいい。
ここにはゼフがいた。非常に経験豊富な上、丁度年頃のお子さんについて悩む、ナイスミドルが。
結構簡単に言語化され、龍驤の悩みは晴れた。
晴れたが、あまりの恥ずかしさに、龍驤は最悪、一年は一味から離れることも辞さない構えだった。
直前、龍驤はイキッて船長の胸ぐらを掴んでいる。それこそ、詫びがないと戻れない。でも、正直に言えない。
もちろん、早く帰りたくもあったが、なにかきっかけがないと踏ん切りがつかないのも確かで、丁度いいきっかけになるのに、無駄な抵抗をするサンジがもどかしかった。
自分で離れておいて、帰るためにアレコレ画策するのだから世話はない。
龍驤にも自覚はある。
そして、この忙しいときに無視出来ない位置で、自分の狭い範囲で思い通りにならないと癇癪を起こす、三歳児メンタルのバカが、でっかい図体で暴れているわけだ。
龍驤は羞恥心に耐えている。
「救いようもない。懲りぬ男だな」
「ああアアっああぁああッ!!」
シロップ村だの心当たりのあるやらかしが重なって、懲りないという言葉がクリティカルヒット。龍驤の受忍限度を越えた。かろうじて縫合する手元を維持しながら、艦載機がクリークに殺到する。
鷹の目の別れの言葉はかき消された。船の残骸とともに砕け散ったクリークだけが残った。
「大丈夫か、お前?」
「ゾロより先に死ぬかも」
自業自得である。
「うっひょー。花火みてぇ」
身体中に火器を仕込んでいたからだろう。鎧が砕けて、それらも誘爆したらしい。残り火のようにパチパチを音を立て、薄紫の煙を吹き出していた。
「ちょっとまて!!」
「あれ、漏れてねぇか!?」
残党たちが騒ぎ始める。
「なんだよ?」
「MH5だ!!」
「ドンの切り札!!」
「だからなんだよ?」
「毒ガスだ!!」
「ドン・クリーク!!」
ギンが慌てて、煙の中心であるクリークの元に泳いでいった。
「なんでそんなもん、海賊が持ってんだよ!!」
「どっかで盗んだんやろ」
黒歴史を始末した龍驤は、清々しい顔でゾロの腹を縫っていた。駐機させた艦載機を傍らに置いて煙を吹きさらし、ちゃっかり自分たちの安全だけ確保している。
「こっちにも寄越せ!!」
「しゃーないなー。持ってたげて」
「お前、さらに遠慮がなくなったな」
ウソップがパシられた。残党たちは、海に潜ったり、ガスマスクを被ったりと忙しい。
「これ、ギンも持ってんのか?」
「多分」
もう、敵も味方もない。ここには遭難者と、その救助者で飯を用意したレストランしか存在しない。
龍驤の艦載機によって煙は晴れた。ギンとクリークの姿はどこにもない。
「賞金、貰いそこねた」
「まぁ、いいよ。早くナミを追おう」
「流石に一日ぐらい安静にせん?」
「構わねぇよ。さっさと行こう」
「その怪我で普通に会話に参加してくんな」
「あァ!?」
「凄まれても」
「慎みを持て、俺のように」
無事ではない。
だが、元気だ。
ゾロは懸命に抵抗した。なんなら、鷹の目に抗うより頑張った。
だが、傷を理由にベッドに縛り付けられ、血が足らず、熱もある。限界があった。
下卑た顔で仲間三人が見下ろしている。
「ウヘヘヘ」
「大丈夫、任せとけって」
「無理すんなよ、ゾロ」
龍驤の手には、尿瓶。尊厳の危機である。
「せめて、龍驤はやめろ!!」
「そんなこと言いなや。傷つくで」
「そうだぞ。どうせ俺たちもやる」
「大丈夫、任せとけって」
「やめとけ」
サンジがそれぞれを拳骨で成敗した。ゾロの縄を解き、立たせてやる。
「ありがとう、ありがとう」
「流石に見てられねぇ」
ゾロは泣いていた。
まぁ、悪ふざけだ。龍驤以外は本気ではない。流石にそれは、惨すぎる。
「チィッ!!」
「本気の舌打ちやめろ」
「チンコなんて見てオモシロいか?」
「ウチだけ恥ずかしいの不公平やもん!!」
「ゾロを巻き込むな」
「うん。俺もやだ」
ゼフから話を聞いたサンジが一味にバラした。龍驤は死んだ。これからは復讐に生きる。
トイレをすませたゾロが清々しい顔でベッドに戻った。死にかけの男には見えない。
これは凄いぞ人体なのかどうか、龍驤は悩んでいる。
「明日には出るぞ」
「お供します」
「まぁ、うん。せめて、船が手に入るとこまではな、送ってくで」
ヨサクとジョニーの船は、龍驤が沈めた。
「お前、問題ばかりだな」
「甲斐性、甲斐性」
腹は立つが、流石に殴れない。この傷を見た龍驤はただの子供だった。持ち直した後は、何故かだんだんヤサグレていったが。
「ところでサンジ。仲間にならねぇか?」
「いいぜ。俺も連れてけ」
ルフィが驚いた。ウソップもだ。ついでだと、龍驤も驚いておいた。ゾロは呆れている。
「意外か?」
「おう。また断られるかと思った」
「それも断るんだろ?」
「うん」
ポカリと殴る。
「確かにジジイには恩がある」
「遭難して助けられたんやったか」
「なんで知ってる」
「秘密」
サンジが龍驤を指差した。三人は無理無理と手を振った。
「ジジイはそれで、海賊を続けられなくなった」
「船員を失ったからやで。もともと、レストランは引退後の夢やそうや」
サンジが龍驤を指差した。
「ちょっと大人しくしろ」
「いやや、ウチも入れて」
「聞いてていいから」
「ほら、茶を入れてやるから」
龍驤はブスくれた。
「まぁ、とにかくだ。ジジイとも話したがよ。別に明日、明後日、ジジイが死ぬわけでもねぇ。恩を返したければ、世間を見て、夢を叶えてからでもいいんだ」
とにかく、色々話した。最近はどうにもぶつかるばかりで、ゆっくり語り合う暇もなかった。どんな店にしたいか、どんな料理を作るか、どんな奴を雇い、どんな内装にして、どんな機能と、キッチンを入れるか。
あんなに語り合ったのがウソみたいに、仕事漬けになっていた。なんなら、互いに避けていたかも知れない。
まるで世間知らずの子供のように扱われるのは困ったが、ゼフは約束した。
たかがオールブルーを見つけるぐらいのことで、いなくなったりしない。やりたいことは、全て出来るんだ、と。死なねぇ、と言ってくれた。
それだけでサンジはなんだか楽になって、付いていってもいいと思えた。
不思議なことだ。あんなに、自分でも拘っていたのに。
「つっても、ジジイだからな。あんまり長くはいられねぇぞ?」
「大丈夫だろ」
「一年ぐらいか? 距離的に。やから、あちこち遊び歩いたとして、だいたい三年とか?」
「舐めてんな」
「なんだ、その楽観主義」
「お前ら兄妹かよ」
ルフィと龍驤は見つめ合い、舌を出し、煽り倒して、拳を打ちあった。
「なんの合図だ」
「ほらほら、ウソップも」
「ゾロー。サンジー」
「痛えよ」
「ごめん」
流石に酒はなかった。あと一人迎えに行けば、次はグランドラインだ。
「そういや、サンジの夢ってなんだ?」
「ハーレムか?」
「ウチはいや」
「頼んでねぇよ」
ゾロが寝た。声は落とした。
しかし、語り合うことはいくらでもあった。
その流れでルフィにちゃんと詫びを入れられた龍驤は、ゾロの隣で断末魔の痙攣をした。
バラティエに身元不明のウェイターが何人か増えた。その代わりに、予備の船は枯渇した。
今回、麦わらの一味に稼ぎはなかったが、充分な食糧とコックを乗せて、航海士を迎えに出航した。
どんな別れがあったか、男たちは忘れようとするかも知れないが、龍驤はずぅっと忘れない。
バラティエは海上レストラン。
ギンとクリークの行方はわからない。