成長著しい0歳児龍驤は、無事厨二病に罹患し、かろうじて致命傷を負いながらも離脱に成功した。
そして得意げにナミ救出作戦を説明して脱線に脱線を重ね、七武海という制度について大いに語っている。
「つまり、七武海を使えば天上金を払わんでも、非加盟の国または地域を、政府の影響下に置けるというわけや」
振り返ったらウソップと正座したまま爆睡する賞金稼ぎコンビしかいなかった。
ルフィはかろうじてメリーの頭の上で逆さまに顔を向けていたが、サンジは飯の準備を、ゾロはいびきをかいている。
「お? 終わったか?」
龍驤は丸まった。高二病も終わった。大二病は厨二病への回帰らしい。
「で、結局どうするんだよ?」
「ウチに聞くな。船長はそっち」
話を始めたのは龍驤である。
「そもそも、どこに向かってんだ?」
そこからか、という顔をしているウソップも知らない。まぁ、それが麦わらのスタイルである。というか、ネタバレ禁止らしいし。
「あっち」
「へー、あっちか」
「それですむんか」
「お前が驚くな」
実際、一般人が地理を知る術はあんまりない。あっち、という方角だけわかればいいのだ。それが経験則で船を動かすということである。
適当に船を出して、数日で別の島に着くと知っているルフィやナミは、おかしいのだ。
つまり、龍驤はルフィが常識的な反応をしたことに驚いていた。ルフィが成長したのか、龍驤が染まったのかわからないが、驚天動地である。
ご飯の時間だ。
「早くナミさんにお食事作って差し上げてぇよ。お前らじゃなくて」
「なら、ウチ作ろか?」
サンジに睨まれたが、龍驤はムカつく顔をした。食事中でなければケンカになったかも知れない。
「そういや、どうなったんだ? お前らの話は」
ゆっくり茶をしばくゾロが尋ねた。ウソップが真面目に答える。
「七武海ってのはヤベぇ」
「鷹の目が七人いるらしい」
「よくわかったよ」
龍驤は知らぬ顔である。自然とルフィに視線が集まる。
「なんだ?」
「まぁ、考えてねぇよな」
当たり前である。直感に生きるルフィにとって、ナミに助けが必要なのは疑いようもない。ルフィの中で、それは事実なのだ。だったら、仲間である限り迷わない。
だが、手を組むだけと言っていたナミの言葉を蔑ろに出来ないゾロは、そこまでは踏み込めない。ただ、なにか事情があっても、ルフィを説得するなら自分でやればいいとも思っているので、力ずくで連れてくるつもりだ。
ウソップは自分に出来ることすらわかっていないので、なんとかするだろうと思っている。お手伝いだ。
サンジは事情を知りたいとは思うが、無条件でナミの味方だ。なんなら、ルフィとも戦う。
考えることがなくなった。ナミ救出作戦とか、幻だったのだ。
「いやいや、兄貴方」
「行き先はアーロンパークっすよ?」
ナミが幹部だというのは割れている。場所も周知だ。龍驤は海軍支部で知った。仕事をしているのか、いないのか、わからない海軍である。
七武海の関係者だった背景も含めると、海軍は手を拱いているようにも見える。そんな海賊の拠点に向かうのだ。船がないので、連れ回されるしかない二人が文句を言った。今度は龍驤に視線が集まる。責任者はお前だと。
「ウチの射程って、本来、水平線の向こうなんよな」
鷹の目相手にぶっ放した結果は見た。ガレオン船の一部が、文字通りこの世から消えた。自分たちの船が、玩具みたいな飛行機で沈んだのも、それがたくさんあるのも知ってはいる。
そんな火力を水平線の向こうに届けられるとなると、単純な強さを基準に恐ろしさを語るのも難しい。
「アーロンを潰す気ですかい?」
「行ってみてからだな」
必要ならそうするということだ。軽く決まった。
賞金稼ぎコンビは働き者で、かつ素人でもないのでルフィやウソップとともに操船に向かう。
サンジは片付けをし、ゾロは龍驤の前で服を脱ぐ。
「そんなガキ相手に」
「殺すぞ、テメェ」
包帯の取り替えである。
肋骨がまともに両断されているため、固定しなければ最悪、歪んでしまう。それは剣を扱うゾロにとってよろしくない。
だが、包帯が分泌される体液を吸い、傷が乾くのも治りが悪くなる。よって、交換は頻繁に行う。
ゾロは嫌がったのだが、船長に言いつけた上で泣くぞと脅した。
「骨がくっつき始めとるがな」
だからではないが、そうなっている。湿潤療法とは本当になんの関係もないので、意味がわからない。なんなら、骨折は骨折という状態であって、傷とは別の概念だから、どうなんだ。
龍驤は混乱している。
とにかく、傷より先に骨が治るのか。いや、傷も治り始めているのか。
縫うような傷は、再び開かなくなるだけでも二週間はかかると言われる。というか、素人なので中縫いとかしていないし、陸に上がったら絶対に医者に見せようと思っていたのにこれだと、見せる前に抜糸しなければならなくなる。筋繊維というのは、基本的に増えないので、ちゃんと繋がないと不安なのだが。
まさか、傷の治りがよくて不具合が生じるとは思わなかった。龍驤の知識は大丈夫、大丈夫と宥めにかかるが、軍医は当時最大級の死者を出したアレだし、剣の達人は達人だがアレだし、いや、あの人は乗艦していないはずで、むしろ同僚艦の記憶が艦艇ではなく、艦娘なのだが。
「どうした?」
「わかりたくない」
「そ、そうか」
「いっそセロハンとかないかな」
気分を変えるために、話題を逸らす。
「あるぞ?」
そして、目が死んだ。石油あるのか、ないのか。とりあえず、精製技術がないと無理だし、セロハンが精製物だとすれば、出てくる廃棄物が燃料だから、使わないと危険だしもったいないし。
なら、なんで帆船。
「ありがとう。ちょっとわけてくれるか、ウソップ」
「おう。元気出せよ」
もしかしたら、そういう樹脂かも知れないが、見分けはつかない。考えるのをやめたい。
「おい、そんなんでくっつけるのか?」
「水を吸わんが、傷は覆うからな。包帯替える手間は減るで」
「そんなジュクジュクで、治るのか?」
耐えきれず、龍驤は崩れ落ちた。そんなの関係ないぐらいに治ってるので、説明のしようがないのだ。
無駄とまでは思わないが、せっかくのチート知識が何一つ無双に結びつかない。
「どうでもええ」
龍驤はゾロをセロハンテープでぐるぐる巻にした。大量に使われたウソップが泣いた。毛の少ないゾロだが、ないわけではないのでなんとなく嫌な予感を抱えた。こういうときだけ目敏いルフィがワクワクしている。
「お前には任せねぇよ」
「えー!? いいじゃん」
脱毛が先か、到着が先か。
「どれぐらいで追いつくんだ?」
「同時ぐらい」
「ナミさんは助けを求めてんだろ? もっと早くなんないのか?」
「相手、ナミやぞ? ウチらの腕じゃ、それでも上出来なぐらいや」
なんなら、もっと差が出来てもおかしくはない。ナミの方が小型船なので、そもそも足が速いのだ。普通は長くて、帆が大きい方が速いのだが、この世界だと長さに比例して横にもでっぷりするのでそうなる。なによりも、風を読む効率が違い過ぎる。
狙撃手であるウソップもそれなりだが、ナミのそれは神がかりだ。それでもこの結果は、なんとなく、追い風があるような感覚だ。
「お前だけなら行けんじゃないか?」
「いいの?」
ルフィの一言に、龍驤が目を輝かす。
「なんかヤバいんだろ? 行ってやれよ」
龍驤はナミを追いつめ、疑心暗鬼にさせた。比較すれば普通の女の子だと言えるナミが、海賊相手に詐欺や泥棒を働くような事情がある。
そんなものが不確かになってしまえば、ナミが寄って立つ場所などない。あるとすれば、それは自分が騙している仲間ではなく、残してきた家族や故郷であるはずだ。
そんな境遇を強いているのがアーロン一味なのは、彼女の海賊嫌いからも明らかで、こんなものに一人で決着をつけに行ったのだとしたら、危険なだけではすまない。
すまないが、ほとんど同時にはつけるのだ。つまり、間に合う。
それでもヤバいとルフィが言うからには、間違いなくヤバい。同時では足りないのだ。根拠はどうでもいい。
龍驤の頭が切り替わった。
「聞け」
テーブルに地図を広げる。コノミ諸島の地図だ。
「いつの間に」
「ここが最近、まるごとアーロンに潰された港街、ゴサや。この奥に、ナミと住民を集める」
「お、おう」
「アーロンパークは潰す。奴らはウチを狙う。流石に魚人相手に、海上では戦えん。ウチ、対潜能力ないし」
「そうなのかー」
「陸に上がって来たところを迎撃する。恐らく、仕留めきれん。ウチの大砲も、爆弾も、グランドラインでは通用せん。それは鷹の目でわかった。コイツらは腐っても元、七武海傘下の海賊どもや」
「おいおい、どうすんだよ」
「ちなみに、ウチらで一番火力があるの、ウソップやから」
「は?」
「徹甲弾あるやろ? アレ、一発で街一つ吹っ飛ぶで?」
「使えねぇよ!?」
「ウチも殺せる。ルフィとゾロは、装甲をひしゃげさせるだけやな」
「なんだよ?」
見上げられたサンジが不機嫌そうに聞く。
「赫足は鋼鉄に足形つけられたって聞くけど?」
「……まだ、そこまでじゃねぇよ」
「構わん。それ、軍艦を蹴り飛ばせたって意味やから」
海賊が蹴り飛ばせる海上の鋼板とか、他にない。
ガープの日課らしい。たまに朝、電伝虫するとうるさい。気さくで元気な祖父さんである。あと、怖い。
龍驤は冗談だと信じたかった。というより、比喩だと思っていた。戦艦をボコスカにしているなど。
ゼフと話すことで、掛け値なしの現実だと気付いた。
龍驤は軽空母。非情にも程がある。
なんなら、一番SAN値が削れる作業であるが、情報収集は怠れない。向こうも孫の話が聞けてホクホクである。それでいいのか、海軍中将。
実は祖父の監視付きとか、ルフィには言えない。でも、楽しいのでやめない。ルフィ並みの直感と、龍驤以上の経験と教養がある将校とか、間違いなく伝説級である。
めちゃくちゃ勉強になるのだ。
常識はないけど。
「キミらはメリーで、ウチらを襲うコイツらの背後から強襲しろ。それで勝てる」
「ホントかよ?」
「キミらのが強い」
龍驤は断言した。サンジは真顔に、ルフィとゾロは笑う。ウソップは疑っていた。
「やってみせろ。戦士なんやろ?」
「お、おうとも!!」
まだ固いが、フォローはしてくれる。仲間だから。
「質問は?」
「ねぇな」
「シンプルだ」
「お、俺に任せろ!!」
ルフィを見る。
「行ってこい」
空母龍驤。友軍救出のため、出撃す。
ナミは考えた。
考えて、考えて、考えるということがどれだけ辛いか思い知った。現実というのは、本当に無情だ。
ナミの目的は、村を買うことである。龍驤の協力によって、資金は出来た。いつでも買える。帰りさえすれば。
形になって初めて、そんなものは実現しないのだと気付いた。
村を買ったら、どうなるのか。もう、あの時には戻れないのは当然として、なにが変わるのか。
魚人に怯えなくてすむのか。海軍が守ってくれるのか。船を出せるようになるのか。みかんは売れるのか。
アーロンの支配から自由になれるのか。
なれるはずがない。
金を稼ぐために誘われて、バラティエに関わった。ほんのちょっとしたイベント。ナミは賭けの胴元になっただけだが、見せられた。レストランを経営するだけで取り引きされる物資の量と動く金と、人々のやり取り。
物流というものを。
村のそれから、魚人を排除出来るはずがないのだ。
状況はもっと悪くなる。
村を買えないならいい。苦しくても、生きていける今なら。
だが、支配から逃れたと喜んでも、村だけで生きていける訳ではない。食べ物もいる。道具もいる。薬や、酒や、例えば本だって、みんな外から来る。
その全てに、今以上のみかじめを要求されたら。遅らせられたら。数を限られたら。嫌だと言われたら。
単なる嫌がらせが、人を死なせる結果になる。
もう一つ教えられたことがあった。
クリーク海賊団のことだ。東の海での取り引きから排除された集団の末路。
それをしたのが、海軍だというのだ。
アーロンにやられて苦しむのも恐ろしいが、世界政府が、それをアーロンにやったらどうなってしまうのか。
海軍が人々を助けてくれないことは知っているが、もしも龍驤の言うように、殺すための組織なら。
死ぬのは弱い村人からだ。
そうなのだ。誰もがアーロンを単なる海賊だとしか思っていない。だからみんな、自分を被害者だと思っている。海軍に賄賂を渡しながら、コソコソし続けるのだと勘違いしている。
違う。アーロンは真剣に帝国を築こうとしている。世界政府と、海軍と敵対するのは、今でないだけで、必ず起こることなのだ。
そして、アーロンに国を宣言された瞬間に、村人たちはアーロン帝国の住人となる。
例えばアーロンに金を払って、ナミが領主になれたとしても、それはアーロン帝国で身分を保障されているに過ぎない。みんながみんな、支配地域の人間は例外なく、非加盟国の人たちと同じに扱われる。
つまり、海賊。
加害者になるのだ。被害者でいたければ、アーロンと戦って死ぬ以外にないのだ。そう扱われるのだ。助かる術どころか、助けを求める術すらなくなる。自分たちでなんとかしなければならない。
そうだ。今なら助けを求められる。何を諦めていたのだろう。自分には航海術があり、好きに出入り出来る権利がある。アーロンに与えられたものだが、ただ一人、自由に動ける。
アーロンに買収出来たのだ。ならば自分にも出来る。
手元にある金と、村の金。合わせて一億ベリー。それだけあれば、海軍を動かせる。村人を助けられる。
思いついたら、ナミはバラティエを飛び出していた。
ルフィたちは海賊だ。巻き込むことは出来ない。それに、海賊に助けられたら、やはり海軍に目をつけられるかも知れない。それは、村人の迷惑になるかも知れない。
なによりも、海賊を連れて行って、村人に信用されるわけがない。ナミは裏切り者だ。
育ての親を殺されながら、アーロンに金で転んだ魔女なのだ。
それに、ルフィたちとは手を組んだだけだ。海賊は嫌いだと、仲間にはならないと言い続けた。
実際に、みんなの前で、自分の取り分と一味の取り分を分けた。龍驤は手強いので、ルフィやゾロの人の良さにつけ込むようなこともした。詐欺まがいのやり方で、金を巻き上げたりもした。
責められても、そうやって生きてきたのだと胸を張った。
たくさん、ウソをついたのだ。
仲間を大切にするルフィや、筋を通すゾロ。誰かのために命をかけるウソップに、責任にうるさい龍驤。
海賊を名乗るくせに、ナミの方がよっぽど汚い。
なんでだろうか。これ以外に方法はないと、そう信じてきた行動が、全部裏目に出る。
誰も、ナミのことなんて信用しない。オオカミ少年なんか、比較にならない。
ナミはアーロン一味の幹部。本当の海賊なのだ。
そもそも、ナミ自身が助けを求められる人間ではない。
それでもいい。海軍に捕まっても、村が助かるなら。
「いい奴らだったなぁ。楽しかったなぁ。また、仲間に入れてくれるかな?」
村が見えた。これで村は助かる。必ず、そうする。でも、涙が止まらない。
ナミの人生は、これで終わるのだ。そうだとわかっていても、また海に出たかった。
覚悟してきたつもりだが、ルフィのように強くは生きられないようだ。
ならば、潔く泣こう。今のうちに全て流してしまおう。陸に上がって、ノジコにバレるわけにもいかない。
ずっと、ウソを突き通そう。
「おお、おお。遅いと思ったら、泣いとるんか、お嬢ちゃん。なんや言うてみ。この龍驤が、バッチリ解決したるでなぁ」
ナミは海面に飛び込んだ。龍驤はしっかり受け止めた。
「ハイハイ、辛かったなぁ、頑張ったなぁ。でも、あんま押し付けんで。腹立つから」
これをマッチポンプという。