休みの奴は退屈に殺されてまえ
「いや、待てやお前」
「え? なに? どうしたの?」
「すまん、気にせんで」
ナミと合流し、滅ぼされたゴサの街を走り抜けているわけだが、思わず突っ込みが口をついて出た。
全ての家が、文字通りひっくり返っていたからだ。本当の本当に文字通りで、逆に説明が難しい。
この世界の人間なら、魚人怖いとなるかも知れないが、あいにくと龍驤は異世界人である。形を保ったままの建築物にこそ、恐怖を覚えた。ものすっごい基礎がしっかりしてらっしゃる。
そう、基礎だ。コンクリートらしき何ものかに柱を立てているだけではない。もう、建築物全体が基礎と一体となるような、組み立てるとかではなく、積み上げるに近いような作りをしている。
木造なのに。
例えばそれが、ピラミッドのような石造建築なら、建材の重みで自然とそうなる。だが、木は軽いのが身上だ。上下も逆さだし。
どちらも基礎を基準に重量を支えているが、木造建築は基礎が柱を支え、柱が梁を支え、梁が壁面を支えるという構造をしている。
ならば、梁が歪めば壁が落ちるし、柱が曲がれば、屋根ごと崩れる。
柱と梁は継ぎと呼ばれる切れ込みと、釘やネジで連結される。
この連結は、重力という一定方向のベクトルがあることを前提として、構造を支えられるように計算される。
つまり、逆さになって重力の方向が変わったら無理だ。切れ込みの摩擦は役に立たないし、柱を梁が支えるといった逆転にも耐えられない。釘やネジも摩擦を利用しているので、やはり、こうなった木造建築は崩れるのが自然だ。
石造建築は、まさにこの重力と摩擦を利用して、空間を確保する技術である。しかし、木造建築よりは重力の変化に強い。
例えば地震とかだが、わかりやすいのは陶器、粘土だろう。
多少転がったところで、皿や茶碗の形が失われることはない。これは細かな粒子がそれぞれの重みで摩擦を生むのと同時に、それらを強くする粘性によって、構造を保つからだ。
ここにある建築物も、そんな粘性というか分子間力というかで、粘土とか金属みたいな塑性を発揮しているものと思われる。
つまり、接着剤。
柱が折れて、梁が壊れて、壁が破れても、凄くくっついているから、無理矢理支えあって、家のままで崩れないとかいう無茶。
怖い。
家一軒分の重みでも構造を保つ粘着力とか、下手すれば宇宙技術である。
そう、宇宙。
発想さえあれば、この世界、全然月に行けるのだ。つまり、ウソップになんか囁くと、大陸間弾道ミサイルとか作り始める。それぐらい、こんな超技術が市井に溢れているのはヤバい。
超怖い。
確かに、ウソップは天才だと龍驤も認めざるを得ない片鱗を感じてはいるが、どれだけ贔屓目に見ても、歴史的とか世界一とまでは思い込めない。
バギーみたいなのもいるし、民間での技術開発は盛んなのだ。
マジで怖い。
油断していたら、とんでもない未来技術が飛び出してきてもおかしくない。だいたい、こんな接着剤が普通の街の建築に利用出来るなら、それで作ったコンクリートとか、ダイヤモンドより硬いかも知れない。
基地攻撃と海戦に、自信とかなくなってしまった。
人間が怪獣なだけではない。そこらにある家とか船ですら、龍驤では歯が立たない可能性が出てきたのだ。
ルフィたちを煽っている場合ではない。龍驤自身も研鑽しなくては、本当にただの観測手になる。
それでもいいかな、とちょっと思ったが、戦艦であることは龍驤の矜持でもある。艦種ではなく、船としての立場の話だが、戦えないのでは、もはや艦娘ですらない。
異世界なんぞに来ただけでもアイディンティティが揺さぶられているのに、捨ててしまったら跡形もなくなる。
頑張らなくてはならないが、それにしてもだ。
「なによ?」
「別に」
ナミは正真正銘の普通の女の子である。こんな地上で行う宇宙戦争に生身で巻き込まれるとか、かわいそうな話だ。ゾロ、サンジ、ルフィのような人外でもなく、ウソップのように桁外れの技術もなく、天才とはいえ、出来るのは天気予報と航海だけ。
龍驤だって余裕があるわけでもないので、ナミも自分の身は自分で守らねばならない。
本当に気の毒である。龍驤は、出来ない約束はしない質なので、ただただ同情するしかない。
「なんなのよ、その目は‼」
「出来るだけ頑張るからな、ウチ」
「その勝手に納得して、勝手に結論出すのやめろ‼ アンタ、反省とかないの!?」
「反省はしている。でも、改めない‼」
「胸を張るな‼」
「ちっちゃいからか!? ちっちゃいからそんなこと言うんか!?」
「ぶっ飛ばすぞ!?」
その言葉を宙で聞く龍驤だった。
あっさり体勢を立て直し、ひらりと着地する。
「アンタ、そんなこと気にしてた?」
「アーロンパークにドカンと突撃してな。水柱が晴れた時、魚人どもの視線がこっちを向いたんや」
「それで?」
「がっかりされた。キミのせいや」
「言いがかりよ‼」
「だって、姉ちゃんもそうやん‼ ていうか、みんなそうやん‼ 多分、この世界でウチだけなんや‼」
「そ、そんなことないでしょう!?」
「そのうち育つわよ」
「育たんよ? 不思議生物やから」
沈黙が流れた。佗しい。
「状況がわかっているのか?」
ナミに付いて龍驤を迎えに来た駐在さんが、呆れながら二人を叱る。ナミはブスくれたが、龍驤は気にしない。姉ちゃんが喜んでいるし、じいさんは死にかけているし。
「負ぶろか?」
「だぃ、じょぅぶじゃわい」
男の言葉だ。尊重したいが、実は急いでいる。バカをやっているが、逃げている最中なのだ。せめて、何も言わずに担ぎ上げた。老人も黙って空を仰いでいる。
途端に沈黙が続く。龍驤がから元気なのは、初対面でもわかった。先ほどの凄惨な姿から仕方がないとは思うが、ナミは気に入らない。
「どうしたのよ?」
「この街で何人死んだ?」
「そりゃたくさん」
「皆殺しやないんか」
龍驤の言い方にゾッとした。まるでそれが当たり前のように。
「キミら奴隷ってなにか知ってるか? 魚人だけやないが、それがどんなもんか」
大人二人は黙り込む。だが、若い姉妹はピンと来ないようだ。
龍驤は逆さまになった家を見上げた。
話に聞く種族主義と、奴隷も知らない被支配民と、この光景が結びつかない。
「なんか、気持ち悪いなぁ」
「なにがよ?」
「キミら、癇癪起こして引っこ抜いた草を、逆さにして植え直したりする?」
「なに言ってんの?」
「でも、これってそういうことやろ?」
改めて見直すと、確かに異様だ。執拗に、丹念に、丁寧に、全ての家がひっくり返されている。
壊すなり、火をつけるなりした方が、よっぽど手間がかからない。見せしめとしても充分だろう。
だが、龍驤は首を振る。
「意味があるかようわからんようなことを、繰り返し、繰り返しする時って、悲しい時やない? 何度も何度も、キレイになった皿を洗い続けたりとか」
心当たりはないが、わかる気はする。なにか集中することを見つけて没頭したい時は、だいたい辛いことがあった時だ。
「つまり、アーロンはな、人間に反逆されて気鬱になっとんねん」
「はぁッ!?」
「癇癪やったらもっと見境がない。こんだけの執拗さやのに、目的にも思想とも合致せん。あまりに不自然でなぁ」
「気にし過ぎじゃない?」
「だって、皇帝陛下として下々の民に恐怖と教訓を知らしめすため、お仕事頑張ったんやと、これ見て思う?」
光景を指さしながら言う。
四人は想像してしまった。
逆さのまま、構造を維持しているのは優れた建築技術かも知れないが、そんな風に街を変えたのは、アーロンの腕力であり、技術であり、意思だ。
魚人の腕力で叩きつければ、どれだけ丈夫な家でも崩れる。というか、それでも壊れない家とか、本格的に超技術である。
アーロンはどっこいしょと持ち上げて、比較的そっと置いた。
それを全部でやったのだ。
凄いことなのだが、間抜けである。
「んな、アホなこと、誰かが止めるやろ。止めても続けるとか、もはや精神疾患を疑うで?」
止めなかったか、応援してたとしたら、魚人全体が病んでいる。もしくは、真剣にバカか。
支配されている身としては、コメントしづらい。
龍驤も、それ以上、説明しづらい。
大東亜共栄圏を企図した帝国主義の尖兵として、アーロンにその意思があったとはとても思えないのだ。
なにせ、皇帝とその基幹兵力の制服が、アロハとハーフパンツである。
作ったのは城ではなく、リゾートのようなアーロンパーク。
玉座はビーチチェアだった。
魚人国家を謳って海に門を拵えたはいいが、客が来ていても閉め切りでは、ちっとも歓迎していない。一番分厚い壁と、大きな鉄製の扉を備えた唯一の防御設備として、むしろ海からの来訪者に対して拒否感すら伺える。
実際、支配地の住民を雑に減らすくせして、魚人の移民を受け入れていないし、人間の奴隷などで補充もしない。
誰がどう考えたって、こんなものは遊びであるというはっきりしたメッセージだ。だから、海軍もまともに相手しない。
下っ端ならともかく、運営や意思決定に関わる幹部クラスにも自覚がないと、とても説明出来ないぐらいに、ノリノリで自殺しにきている。
派手に滅びるつもりで集まった、お祭り集団。それが、アーロン海賊団だ。
この四人には、とてもではないが話せない。
「だから、同情しろっての?」
それでも、充分だったらしい。ナミは立ち止まり、顔を険しくしている。
龍驤はじいさんを降ろして、駐在さんに預けた。
「親の仇に同情してなにが悪いねん。キミを育てたんが上等だっただけやん」
だが、龍驤には通用しない。ナミが同情したと決めつけて、それを責めないという戦術に出た。ついでにちょちょいと、位置を指示する。
「アンタになにがわかるのよ!?」
姉ちゃんを指差した。
「似とるやろ?」
「ノジコよ」
頭に思い浮かんだ人物がそのまま重なって、ナミは返事出来ない。ナミを指差す。
「でも本当は、こっちの方が似とるやろ?」
男二人に確かめる。なんとも、返事がしにくい。
「親子とはそういうもんやし、姉妹はそうやって育つ」
言い返せない。龍驤がなにをわかっているのか、ナミの方がわからなくなった。
「親の仇やからってな、許してええし、同情してええ。せんでもええし、復讐したらええ」
「だから、なにが言いたいのよ」
「自由に生きろ。道は作る」
「……ク・ON!!」
龍驤が振り返る。
「DARTS!!」
ひっくり返った街が、更にまるごとひっくり返った。家々を吹き飛ばしたアーロンは、龍驤を捉えられずに影を貫いていった。
どこから飛んで来たのかもわからないが、どこに飛んでいったのかもわからない。ただ、瓦礫だけが散乱する。ナミは背中をひっくり返ったままの家に阻まれて、初めて後ずさりしていたことに気づいた。
生身でここまでするアーロンが凄いのか、大砲で再現するバギーが凄いのか。この世界なら駆逐艦でも、戦艦になれるだろう。なんで龍驤がドロップしたのか。
「未熟やなぁ。狙いをつけるんに、いちいち足を止めたら読まれるて」
「返せッ。同胞を返せぇ!!」
「自分が連れて来たやん。こんな死地に」
「かぁえせぇぇッ!!」
「道、出来たでぇ?」
「ここ通るの!?」
「先にアーロンいるけど!?」
慌てふためく姉妹。男たちも、真剣に避難先を探す。龍驤はニヤリと笑う。
「冗談やんか」
これがグランドラインのレベルだ。丈夫な鎧だの装甲を着込んだだけの提督やら艦娘では、太刀打ち出来ない現実というやつだ。
艤装を展開した途端、アーロンは視界から消えた。
「中途半端に理性を残しよって」
曲射で追うが、近過ぎる。高く打ち上げ過ぎて当たらない。アーロンは、建物があろうとお構いなしに移動する。偵察機からも見えにくい。
「ウチの高角砲より威力が高いんやけど」
体当たりとも呼べないような、ただの横移動である。まさに怪獣だ。武器だの火力だのより、肉体なのだ。
「アレ? ウチ、ヤラレ役?」
映画なら、そうだ。下手したら、空母は乗り物か足場である。四人に逃げる方向を指示しながら考える。
ダメっぽい。
「やってみぃよ、アァン!? 自衛隊とは一味違うぞ、ゴラァ!!」
時代も違う。とにかく、意地を見せる時だ。アーロンが砕いた家ごと襲いかかる。まるで、砂で目潰しをするように無造作だが、飛んでいるのは瓦礫とアーロンだ。右手にはノコギリというより、解体するという意思が形を持ったような武器が握られていた。
「見えとるわ!!」
貫けぬまでも、砲弾の衝撃力で吹き飛ばす。宙に浮いている間なら、それが出来ると信じて疑わなかった。もはや、戦艦の装甲に弾かれる音がした。アーロンは耐えた。
「物理法則ぐらい仕事せぇや、ボケェ!!」
そんなことを言ったからか、龍驤自身が砲弾になって飛ばされた。いくつの建物を貫通したかわからないが、とりあえず生きてる。口の中が木屑と血で溢れた。右肩が外れ、肘があらぬ方向を向いた。攻撃を防いだ左手は、なんだかよくわからない形をしている。
肉体は大損害だが、装甲である服は無事なので小破だ。まだまだ戦えると、呪いの言葉が出る。
「小さくてよかった」
軽過ぎて、衝撃がほとんど逃げた。刃筋という概念をどこかに忘れてきたのか、ただ力一杯振られただけなのも助かった。気休めにもならないが。
「よくも!! よくも同胞をッ!!」
「知らんゆうとるやろ?」
天に向かって叫ぶアーロンに、急降下爆撃が突き刺さる。今だに溢れ続ける涙が蒸発した。熱波が瓦礫を粉砕する。
「お陰で火種には困らんで?」
爆撃はアーロンだけでなく、その周囲にも華を咲かす。それらは燃え盛り、合流し、旋風となってアーロンを包み込んだ。火柱が渦を巻いて駆け上る。
アーロンは火傷した。
「生き物アピールやめや」
ほぼ真空の中で、衝撃波すら生む風に晒され、金属すら融解する熱と炎の地獄である。なんなら、手持ちで一番の手札だ。
「粉塵爆発の方が効くとかないよな?」
本物の戦艦すら沈めた手段だ。そんなものに負けるはずもないが、もはやオカルトだ。艦娘の得意なのだが。
そう、得意分野なのだ。
「同胞を、同胞を返せぇッ!!」
「ウチのやり方で返したら、多分、女の子になるで?」
「アアァァァぁぁあ」
慟哭なのか咆哮なのかわからない。いや、間違いなく慟哭だ。アーロンは泣いている。
非道を働いてきたとはいえ、哀れを誘う。例え、コイツらの目的が心中にしか思えなくても。本人を含めた誰が否定しようと、あの非合理な玉砕が起こったのは事実だ。第二次ソロモン海戦。
折れ曲がった右腕を叩きつけてまっすぐにする。
「ドロップが先か、深海棲艦が先か。艦娘は、怨みに爛れて沈むのか。赤い水干は黒に染まるか」
龍驤は立ち上がる。アーロンの目が、こちらに向く。
「舐めるなよ、小僧。ウチが相手したんは多頭の龍、リヴァイアサン。サメ如きでは歯型もつかん」
国家という化け物の中でも、超一流。建速須佐之男命の偉業に因む、怪獣退治の逸話。厄除け、荒神、嵐神。母神殺して捨てられた、兄神祓う十拳剣。
負けたけど。
「なーに七生報国、生まれ変わったんや!! 次は勝つ!!」
異世界だけど。
僚艦はいないけど。
提督も、鎮守府も、帰る場所はどこにもないけど。
簡単に影響されて、流されてしまうぐらいに心も弱いけど。
「来たぞ、龍驤!!」
仲間がいる。旅をする友が。
「基地航空隊!!」
艦載機に勝る数と量。戦艦ではなく、地上基地を吹き飛ばす火力が、一人の魚人に叩きつけられる。
「女王様とお呼び!!」
もうテンションがわからない。出血がヒドい。とりあえず、龍驤は目を回した。逃げればいいのに、ナミが駆け寄ってくる。
「幸せやでぇ、ウチは。深海なんかに呑まれるもんか」
もはや痛すぎて気持ちがいい。アドレナリンでドボドボだ。
麦わらの一味。本隊、到着。