「見つかったか?」
「いえ、駐在どころか、住民もいません」
ネズミさんはのんびりとココヤシ村を訪れ、イジワルく駐在を引き連れて村のど真ん中を歩こうと、そんな算段をしていた。
ところが生憎、村人たちは留守である。残念そうに立ち上がると、ダラダラと歩き始めた。
「村の外れだったな。どういうわけだか知らんが、ま、ゆっくり行こう」
「足があっても一億ベリーですからね」
「チッチッチ。我々海軍からは逃げられん」
追従とも言い切れない笑いが広がる。楽しそうだ。彼らはどことなく、ウキウキワクワクしながら村外れに向かった。
「ごめんくださーい」
当然だが、返事はない。なんか思ってたのと違う。どいつもこいつも、つまんないなぁという顔をしていた。
ネズミさんがドアノブに手をかける。
「必殺!! 火薬星!!」
その顔面で小爆発が起きた。目、鼻、口、耳と、繊細な器官が集中する場所で、急激な気圧変化が起こったのだ。
ネズミさんは白目を剥いた。立ったまま気絶した。
「た、大佐ぁッ」
驚く海軍の前に、二人の男が現れる。互いに背中を向けあって、抜いた刀を肩から下げるように交差させて。
要はカッコつけて登場した。
「これでも俺たち、賞金稼ぎ」
「海軍との付き合いも、それなりにある」
「支部によってピンキリあって」
「確かにクソみてぇなところもあったがよ」
ババンと見栄をきる。
「お前らみたいに腐った奴らは!!」
「ついぞ見かけたことがねぇ!!」
「必殺!! 連続鉛星!!」
正確に、容赦なく、関節の弱いところを撃ち抜かれて、海軍たちが地面に転がる。ヨサクとジョニーは、見栄をきったまま、それを眺めた。
「ウソップの兄貴、そりゃないぜ」
「俺たちの見せ場は?」
「いいから縛るぞ。こんな奴らにこれ以上、場を乱されたくねぇ」
「金は回収しますかい?」
「どこにあるんだ?」
「さあ?」
なんでもかんでも推測だけであれこれ準備を整えてしまう龍驤の便利さを感じる。だが、準備と機転なら負けていない。
そして、そんな金を運ぶ準備も、この大人数をどうにかする手段もない。
なのでスッパリ切り捨てる。
「放っておこう。それよりロープ足りるか?」
「一応、海軍だぞ? 大丈夫か?」
「ああ、アンタ駐在だったな。コイツら、預かれるか?」
「詰めれば?」
疑問形なのは、本当にギュウギュウに詰め込む必要があるからだ。こんな村にある留置所とか、ちょっと不良の家出を手助けするようなものでしかない。
「じゃあ、そうしよう」
ウソップは見事なミカン畑を見回す。
「ここに置いとくのは忍びねぇ」
えっちらおっちら、おじいちゃん先生が向こうに見える。初めて気づいた一同が、なんであんなに頑張っているんだろうと、首を傾げる。
ウソップがナミの家を駆け上がった。
「どうした!?」
みんながびっくりした。ウソップが海上を指差す。
「海軍?」
「どこの支部だ?」
「ゴサへの救援か? だが、あの方向は」
「どうする?」
男たちは、手早くネズミさんたちをぐるぐるにした。
おじいちゃん先生はくたばった。
バチンとゴムが縮む音がして、ルフィの拳がアーロンの顎を撃ち抜いた。ルフィの腹は、アーロンの牙で噛みちぎられそうになる。
キリバチを捌きつつ、ゾロの足がアーロンの膝を横から蹴り、ルフィをなんとか逃がす。その頭上に、跳ねられたキリバチが弧を描いて強襲する。
なんとか両手を掲げて防ぐが、その場に縫いつけられた。牙が迫るが、今度はルフィがアーロンの腰を反らして、ゾロを逃がす。
「しぶてえな」
「こっちのセリフだ、人間ども」
「ゾロ、休んでていいぞ」
「怪我でもしてんのか?」
互いに怪我だらけである。
「お気遣いは結構だ」
「ハッ、してるように見えたか?」
言っている最中に、アーロンの顔が疑問に塗れた。ルフィは訝しげに視線を追った。ゾロも、一度口の剣を外す。
「ハチ?」
「アーロンさん!! 逃げるんだ!! 海軍が、第66支部だ!! アーロンパークが壊滅した隙を狙って、」
横からサンジが飛んできた。ハチはかろうじて防いだが、地面を転がっていった。
「邪魔はさせねぇよ、タコ野郎。ソテーにしてやる」
「龍驤は?」
「治ったよ。なんだ、ありゃ?」
「不思議生物」
「どけ!! どけよ!! アーロンさん、早く!!」
「お前だけか? ハチ」
「あ? 生き残りは船に詰めて来た!! だから、早く!!」
アーロンはキリバチを担ぐと、腰を落とした。戦闘体勢だ。
「なんで!?」
「お前だけ逃げな。俺はコイツらを殺す」
「そんなことしてる場合じゃねぇんだって!!」
駆け寄ろうとするのを、サンジが阻む。
「だから、邪魔はさせねぇって」
「うるせぇ、どけ!!」
ハチは剣を取り出し、それを振り回した。サンジは冷静に捌いて、ハチを転がす。遠ざけるつもりだ。ハチはがむしゃらで、サンジは面倒そうだ。
「お前らどけ」
アーロンが呟いた。ゾッと背筋に寒気の走った二人は飛び退いた。ルフィが叫ぶ。
「サンジぃ!!」
「シャーク・ON」
「は?」
「DARTS!!」
かろうじて避けて、カウンターで足を入れた。触れた瞬間、サンジは飛ばされた。勢いは止まらず、体当たりがハチに炸裂した。疑問と痛みと衝撃で涙を流しながら、ハチもまた飛ばされていった。遠く、海に落ちる音がした。
アーロンは振り返り、麦わらの一味に立ち塞がる。
「仲間じゃなかったのか?」
「仲間じゃねぇ。仲間じゃねぇのさ」
キリバチを捨てた。もう、そんなものを持つ余裕もない。
「アイツは、俺のダチだ。手を出すな」
「そうか!」
ルフィが笑った。釣られたのか、アーロンも笑った。笑ったまま身構えた。
「さあて、下等種族が一人増えたところで、俺は取れねぇぞ?」
「げっ? 巻き込まれた」
「言ってねぇで、立て。来るぞ?」
「アーロンだっけか?」
「なんだ?」
「俺たちが勝つぞ!!」
「やってみやがれ!!」
それぞれが大技の体勢に入った。アーロンは四肢を地面に、ルフィは腕を振りかぶり、ゾロは腕を交差させ、サンジは飛び上がった。
「シャーク・ON!!」
「ゴムゴムの!!」
「鬼!!」
「首肉!!」
その激突は、爆煙を空高く吹き上げた。
その空を龍驤の艦爆が編隊を組んで飛び去る。
向かう先の崩壊したアーロンパークは、更に海軍の艦砲射撃に晒されていた。
その日、アーロン帝国は滅んだ。
宴である。島を一つまるごとあげての、大宴会である。
その片隅で、龍驤はヤサグレていた。
「えーと、まぁ、そのような経緯になります」
泣いた理由を吐かされた。端的に処刑である。おかしい。功労者のハズだ。
ルフィは飽きて、さっきから料理を持って来ては食い尽くし、持って来ては食い尽くしている。戻って来なくていいのに。
ウソップは村の中心でパフォーマンスだ。興味がないのも、それはそれで。
ナミはなんの色もない表情でただ聞いている。怖い。
ゾロとサンジは酒の肴で、なんでかノジコが龍驤を膝に置いている。やめて。後頭部が幸せである。
「仲間ねぇ」
「全部、ウチの推測や。真実はわからん。前世もな」
統制が失われて、軍からも国家からも孤立して、そうした兵士が誇り高く死んだのか、外道に墜ちたのか。
どちらも真実であり、間違いなのだろう。なんの記録にも残っていない。玉砕したのだから。
ただ、龍驤の頭の中に、記憶としてあるだけだ。それも、龍驤が死んだ後の出来事として。
「つまり、ホームシックだろ?」
「なんだかんだ、キミが一番、決定的にデリカシーがないな」
「不名誉過ぎるだろ!?」
サンジが涙目である。さもありなん。
「アンタにも、姉妹がいるの?」
「ウチが一番下やねん。一番上が一番しっかりしとって、上二人はダメダメやねん」
「そうなの?」
ほのぼのしているが、ずっとナミの視線が刺さっている。タンクトップの腕には包帯。戦いでついた傷ではない。
「いい加減、機嫌を直しなさいよ」
無言で酒を飲む。カクテルとかじゃなくて、本格麦ジュースなのがなんとも強い。そして、ため息をついた。
「迷惑な話よね。大昔の、それもグランドラインのことで、こんなことになるなんて」
「せやな」
異世界から問題を持ち込んですいません。
「それで、お前、海軍となに話した?」
「サンジっ。今、食ったメロン……!! なにかのってなかったか!?」
「そりゃのるさ。生ハムメロンだからな」
ルフィが旅に出た。多分、戻ってこない。だって、前菜だもの。こんな宴もたけなわの頃にあるわけがない。
ゾロは苦虫を噛んだ表情だが、龍驤はケタケタ笑っている。
「大したことやない。ウチらの旗を登録してきただけや」
「旗の登録? 海賊旗だろ?」
「旗より、船を気にしよ? この大海賊時代に、ドクロなんぞありふれとる」
旗がない船などありえない。それが海賊であっても、海では旗を掲げるものだ。クリークのような外道でもなければ、誰もが従うルールである。
だから、意匠だけでビビッてくれるならと、そういう旗を掲げることはある。
要は海軍に目をつけられなければいいのだ。
「紐付きかよ」
「そんなんで紐付きになれりゃ、大海賊時代なんぞにはならん」
龍驤が悪い顔をしているので、ゾロとサンジは黙った。またぞろ面倒なことを考えているのだろうが、龍驤以外にとっては便利なだけだったりする。
それでのた打ち回るのは龍驤なので、放っておくことにした。
ところで、龍驤も酒を飲みたい。
「ダメよ。まだ、小さいんだから」
「ちゃうもん。ウチは不思議生物やから、年齢とかないもん」
「うるさいわよ、0歳児」
ナミが厳しい。ノジコが過保護だ。
「なんでや? アーロンの懸賞金、二千万やで? アーロンパーク潰して、ネズミさん潰して、周辺の平和を取り戻しつつ、最寄りの支部まで巻き込んで、復興の道筋つけたやん? なんで酒も飲めんの?」
「自業自得でしょ!?」
「ダ〜メ。我慢しなさい」
「なんや、この姉妹。最強か」
お手軽である。実際、こうまで龍驤の意思が通らないことがない。なんだかんだ、龍驤を甘やかすのが男性陣である。
逃げ出そうともがくのを抑えられ、ゾロが寝入り、サンジがナンパに向かった。
滅ぼされた街の子供の怨みつらみを笑い飛ばし、医者先生を労い、食って飲んで歌って、踊り明かした。
夜の闇に女の子と消えていくサンジや、どう迷ったのか駐在さんと話すルフィ。
出来るなら、全て記録したい。後からどうだったなんて、推測するしかないような歴史はごめんだ。
恥ずかしくても、面倒でも、俺たちはこうだったと胸を張りたい。きちんと墓の前で語れるように。
夜通し楽しんで、早朝。龍驤は島を歩いていた。頭上には偵察機。島の地理と、風景を楽しむ。
「川もないのに、田園か」
それも、こんな海辺で。
井戸はある。ため池もある。水を確保しようという、意思は見える。ニヤニヤ笑いつつ、水の出どころを探す。
複数ある、円形の湾。波に削られたのではあり得ない。なのに、あるべき川がどこにもない。規模は違うが、見覚えはある。
これは砲撃跡だ。
ココヤシ村に戻ってきた。龍驤はそれの前に立つ。
海水淡水化施設。この世界で、農業を可能にするほどのロストテクノロジー。金持ちが遊びの船に取り付けるような、ありふれた技術。誰もが、当たり前過ぎて気にもしない、どこにでもある機械。
世界政府が、世界政府である最大の理由。
「なにを隠しとる? なぁ? この世界はなんや?」
ろ過装置ということは、透過膜がある。膜分離技術だ。
不純物を取り除き、純粋な物質を作り出す。
それは、つまり、核だ。
龍驤は確信している。
この世界には核がある。
核があるのだ。
「ファンタジー? SF? 上等やないか。龍驤ちゃんが来たで。オカルト代表、艦娘の龍驤ちゃんが」
何かを隠している。とてつもない、壮大ななにかを。誰かが、懸命に隠している。
悪党の企みを、白日に晒す。ぶち壊す。
こんな楽しいことはない。
旅の目的がまた増えた。まったくもって、退屈しない。
龍驤の高笑いが、島に響く。
朝っぱらから不気味な少女が目撃されて、旅立ちに支障が出た。龍驤の説教にはナミが必要だからだ。
流れで村人たちとの別れを済ませ、一人一人と抱きあったり、握手したり。いざ出航と船に乗り、みんなが手を振るなか、ナミは背中を向けた。
ドッサドサと財布が落ちる。
「じゃあね、みんな!! 行ってくる!!」
「戻ってこい!! このガキャーっ!!」
血と、汗と涙は置いて来た。
船に残るは、海賊として稼いだ金。
泥棒猫が、盗んだ金。
「アーロンのことは許さないけど、同情はするわ」
「ほぉか」
「アンタのことは許してあげるけど、同情なんかしないわよ?」
「キミは、スゴいなぁ」
空は快晴。
風は軟風。
風車がよく回る。