港への係留許可が出て、退屈していた一味も、龍驤のロープワークを見てはしゃいでいた。
今だけは龍驤が神である。コロンビア。
「でっけぇ街だな」
「俺、死刑台見てくる」
終わった。
「ほな、ウチはあれこれ手続きしてくるわ」
「手続き?」
「係留費やとか、商船やない証明とか、登録がきちんと出来とるかとか」
「面倒だな」
「全部やっとくよ。船長の航海方針とは真逆やもん。ただ、不自由の代わりに手に入るもんが、後々の自由に繋がる。具体的には金」
「うむ。任せた!」
お金があった方がいいのはわかるが、稼ぐのは不自由という舐めた価値観の船長である。
その方針だと、人から奪ったり襲ったりも出来ない。少なくとも、海での海賊行為は航海術と計画性が必須だからだ。
海賊をしないとなれば、なにかしら仕事をする必要はあるが、命をかけた冒険というのは、実を言って年寄りが死に際に旅行へ行くのとそんなに変わらない。
道楽だから。
普通はそこまで思い込めないので、せめて海賊ぐらいはするのだが、この一味は極まっている。
仕様がないので、ここだけは龍驤が世話をする。
ただ、運だけでなんとかしそうな一味なだけに、龍驤は全力を出すと決めた。
役に立っているのか邪魔なのか悩むぐらいなら、その全てをひれ伏す結果を出せばいい。
幸い、船長は自由にさせてくれる。
「止めた方がよくない?」
「なんか、世界征服する勢いだぞ?」
だって、ルフィだけじゃないもの。ゾロだって適当するだけで、名を上げた賞金稼ぎだ。大海賊時代に、東の海とはいえ、海賊狩りの二つ名を得ている。
山賊だっているのに、そんな賞金稼ぎオブ賞金稼ぎみたいな二つ名、どれだけの結果を積み上げたのか。賞金を稼ぐならそりゃみんな狩るだろうに、ゾロだけがそう呼ばれたのだ。
ナミだって龍驤に言わせれば魔海であるこの海で、普通の人間の女の子のまま、一億を稼いでいる。
人外だったらまだ救われたが、天才だった。
サンジも天才だ。今から独立して、充分なノウハウと腕もある。
ウソップは、もう別に運とか関係なく、なにをやっても食っていけるし、どこかで成功する。
こんな一味で認められる成果とは。
「燃える」
「危険だ。鎮火しろ」
「諦めろ。もう、船長がいねぇ」
こんな栄えた街のど真ん中で高笑いをするちっちゃいのと仲間だと思われたくない。
龍驤を残して、一味は散っていった。
港湾管理所で不審に見られたが、手際のよさで乗り越えた。
しかし、海軍の派出所では通らないようである。やたら葉巻を咥えた本部大佐の前で、龍驤はニコニコしていた。
なんでか、兵士のみなさんがアタフタしている。
手には船籍申請の紙。一番わかりやすく、デカデカと麦わら被ったジョリー・ロジャーが張ってある。
「賞金稼ぎねぇ」
「ここには、グランドライン入り前の補給に来ただけや。邪魔はせんよ」
「なんでドクロなんだ?」
「かっこいいから」
「かっこいい?」
どちらかと言えば、ちょっとほのぼのする意匠である。だが、龍驤の面の皮は厚い。
「まぁ、いい。騒ぎは起こすなよ」
「それ無理やわ」
「は?」
「着弾、今」
轟音が派出所を揺らした。偉そうに座っていたソファからズリ落ちながら、大佐が龍驤を睨む。
「どういうこった?」
「バギー一味が、港に侵入。適当に砲撃かまして逃げた」
「なんでわかる?」
「賞金稼ぎとしての有能さを見せとるだけや。グズグズしとらんと自分で確かめぇ」
「てめぇの船もあるはずだが?」
「外したよ。小さいし、旗も下ろしたからな」
「狙われる自覚はあるんだな?」
龍驤が側の兵士に目配せした。なぜか、兵士が姿勢を正す。
「情報では、バギー海賊団と交戦して、奪われた財貨の大半を取り戻しています」
「そういうこっちゃ」
表情は変えていないが、不機嫌そうだ。信用して貰おうとは欠片も思わないが、楽しくなってきた龍驤である。
「他に情報は?」
「はっ、これは。なかなかのものですね。短期間に、大物ばかりと関わっています。道化のバギー、百計のクロ、海賊艦隊提督クリーク、そして、ノコギリのアーロンを捕縛しています」
「凄いでしょ?」
アベレージ三百万と言われる海で、一千万超えばかりと問題を起こすとか、逆に賞金稼ぎとしてあり得ない。
生活がかかっているのだから、わかりやすく簡単な山賊から始めるだろう。海賊狩りとか、普通なら揶揄の類だ。
明らかに不審だが、少女である。
龍驤はふんぞり返る。大佐は冷たく見下ろすが、なんとなく部屋の空気が和んでいく。
港からドタバタと海兵が駆け込んで来て、襲撃の報告をする。横目で、あの偉そうなガキはなんだろうと思っている。
「船舶への被害は?」
「まだ、確認は取れていませんが、桟橋はほぼ壊滅です。流された船の回収にかかっていますが」
「よし、そのまま続けろ。三等部隊を応援に回す。勝手に出航させるな」
ギロリと龍驤に目を向ける。
「それで? てめぇの船長はどこだ?」
「死刑台」
むんずと龍驤の襟首を掴む。なんとなく、にゃーと鳴いた。
「一等部隊で包囲、住民の避難を急げ!! たしぎはどこ行ったぁ!? 呼んで来い!!」
大佐は武器の十手を担いだが、なぜか龍驤は担がなかった。
軽いのかも知れないが、少女をぶらんぶらんしながら歩く海軍士官に、住民がドン引いていた。
龍驤は一生懸命、愛想を振りまいた。
「あ、どーもぉ。気にせんで、気にせんで。あ、お嬢ちゃん危ないよ。オラ、大佐を囲んで先導せんか、兵隊ども。金魚のフンやないねんぞ」
「黙れ」
金はあったが、肝心の剣がなかった。しかし、親切なマニアと店主のおかげで、納得のいく品をタダで手に入れた。
有名な銘入りが世に八十振しかないのに、その一つを持ってて、二振をいっぺんに。
右腕も流石、右腕である。
上機嫌なゾロは、どう説明していいのかわからない魚を担ぐウソップとサンジを見つけた。
「お前、まだ泥棒してんのか?」
「違う!!」
ついでに、風呂敷みたいなビニールを担いだナミとも。
「雨が降りそうなの。船に戻った方がいいかも?」
「そう思ってんなら、なんで街の中心に?」
「私はもうちょっと買い物を楽しみたいもの。アンタたちがどうにかしなさいよ。ちょうどよさそうじゃない?」
「まぁ、一度荷物を置いてくるか」
「確かに、俺の用はすんだな」
「なら、俺はナミさんの荷物持ちを」
「おかしいよなぁ? このエロコック」
ウソップがキレる。かわいそう。
「で、アイツは?」
「はは、まさか」
「いるぞ」
我らが船長が、ドーンと死刑台に乗っていた。
「やっぱりかぁ!!」
「そんな気はしたわ!!」
「来てよかっただろ?」
「偶然だ、偶然」
その目の前で、ルフィが拘束された。魚を落としたウソップが、パチンコを構える。
「待て。俺たちが行く」
「いいのか?」
「むしろ、お前らじゃなきゃ船の出航準備はスムーズに行かねぇだろ?」
「あ、私も?」
「ああ、そういや。囮にはなるか」
ナミは懸命に首を振った。
「させねぇよ。人ゴミが邪魔だな」
ウソップが指指す。
「海軍だ。左右から誘導してる」
「ってことは、この正面は封鎖されるぞ。早く行け」
「かなりの嵐が来るわ。外洋に出ないと危ない」
「聞いたか、クソコック。手早く片付けるぞ」
「誰に物を言ってんだ」
バギー海賊団の興行が始まった。
龍驤は目を擦っている。どうしても信じられない。どうしてこんなことが起こるのか。
「どうした? 船長が捕まって泣いてんのか?」
「これがアルビダ」
懐から手配書を取り出し、大佐に渡す。スモーカーは黙り込んだ。
「悪魔の実って不思議」
「そうだな」
手配書が回覧されていく。全員が現実を受け止められない。
「住民の避難は?」
「芳しくありません。誘導に従わない住民も」
「すいません、遅れました‼ ちょっと腰が抜けてて!!」
「抜けてんのは気合だけじゃ足りねぇか、このバカタレが!!」
「あ、こんにちは。迷いこんじゃったのかな?」
本当に抜けてる娘である。最初の言い訳から龍驤への態度まで、底抜けである。スモーカーが顔を覆う。
「賞金稼ぎだ」
「龍驤や。バギーとアルビダが広場中心を占拠。見物の住民を緩やかに拘束、人質にしとる。四方から避難は進めとるが、間に合わん。部隊は包囲こそ終えたが、突入には住民が邪魔」
「あ、えっと?」
「大佐だけでも真ん中に強襲すりゃ、捕縛は可能や。が、タイミングが難しい。少しでも取り逃せば、騒ぎの中心付近にいる住民に被害が出る。外から突撃しても同じ。状況は把握したか?」
「は、ハイ!! でも、あの死刑台に捕まってる人は?」
「ウチの船長や」
「俺を知ってやがんのか」
ルフィを囮にする手順をすぐさま理解した。抜けているだけではない。が、それを龍驤に言うのでスモーカーがフォローする。
「白猟やろ? ほれ、ウチのクルーが突撃した」
「住民の誘導を急げ!!」
「あの、ご親戚ですか?」
龍驤の報告と、スモーカーの命令を正確に把握している証拠ではあるのだが。そうなんだけど。
「黙って準備してろ。バギーがどっちに逃げるかわかるか?」
「そいつは有料やな」
「船長が捕まってるってのに、薄情な女だ」
「嵐が来とる」
「嵐?」
「この街は広場を中心に放射状の構造をしとる。周辺の海風も乾風も、街に流れ込んでこの広場へ。広場は今、バカ騒ぎと人熱れで暖まっとる。つまり、ここには上昇気流がある」
「なにが言いたい」
「見とれ。あれがウチの船長や」
海賊王になるという宣言が聞こえた。ゾロとサンジが、突破に手間取る。流石はバギー一味というべきか、逃げ足と連携が段違いだ。突破はされても、誰一人ダウンしていない。ちゃんと、このあとのことを考えながら戦っている。
それでいて、きっちり邪魔だけはする。やられ役すらも堂に入っていて、派手な演出を忘れない。
あの二人は、手応えなど欠片も感じないのに進めない現状へ、焦りを募らせていることだろう。
「全力でふざけとるなぁ」
見ている観客が楽しそうだ。海軍にとっては最悪だ。捕縛を焦って住民に被害が出ると、海軍だけが恨まれてしまう。
バギー一味の分別は、誰の目にも明らかだからだ。住民に被害が出ないのに、普段はなにもしてくれない政府のルールだけを押し付けられたら、腹も立つ。
こういう時、本当になにもしない奴より、普段なにかしてくれる奴の方に矛先が向くのだ。
そういう、なんか嫌らしいことをしてくるのがバギーだ。人を貶めて、自分を上げるのが得意というか。
逆に言えば、部下の能力をちゃんと把握して、ウマいこと実力を出させる天才でもある。だから、ゾロとサンジが翻弄される。
龍驤も低空飛行させた艦載機を、上空の積乱雲に突っ込ませた。
なぜだか、その声が聞こえた。
「ゾロ、サンジ、ウソップ、ナミ、そんで龍驤」
「やめてくれ」
「ワリぃ、俺、しんだ」
落雷が、バギーを貫いた。龍驤は思わず絞り出した。
「そこまでは」
湿った海風と、島からの乾風。そして、たくさんの人間が行き来することで、この街には巨大な静電気が生まれていた。積乱雲がそれに誘われたのかはわからないが、広場で起きる上昇気流と合流すれば、落雷が起こることは予想出来た。
予想は出来たが。
「いや、ちゃうねん。流石にこんな結果までわかってたわけやないねん。やめて、こっち見ないで」
龍驤は逃げ出した。
有料で情報とか売れなかった。
あんなにハッタリを効かせたのに。
もう二度と、ルフィの運命力とか利用しない。
ルフィがどれだけ命をかけているとは言っても、それを利用して金儲けをしようとした龍驤は、流石に罪悪感に苛まれた。
苛まれ過ぎてダッシュしていた。あの場にいた海兵たちの、バケモノを見るような目が痛々しい。
本当に痛々しい。
だって、本当のバケモノはルフィである。嵐が来たのは偶然だし、そのタイミングで広場で騒ぎを起こしたのは、バギーである。龍驤も条件が満たされやすいように艦載機を動かしたし、一瞬があればゾロとサンジがなんとかすると思ったし、泰然としているように見せながら、最悪、ルフィを巻き込んでも砲撃を加える準備はしていた。
その最後の一瞬に雷が落ちた。他のどこでもなく、バギー本人に。誰も諦めなかった場所で、ルフィだけがクルーのために決断した。遺言を残したのだ。
龍驤だけでなく、ゾロやサンジまで手が止まった。
それで死ななかった。
誰の助けも借りなかった。
ただ、天が味方した。
笑って切り抜けた。
こんな状況をドヤ顔で自分の手柄なんかにしたら、一生の恥である。戦術家として立ち直れない。でも、なんか手遅れな気がする。
「あのバカどうした?」
「放っておけ」
龍驤は立ち止まり、ルフィに襲いかかった。
「こんのボンクラぁ!! おかげでウチが恥かいたやろがぁッ」
「なんだぁ?」
背中にしがみついて頭をガジガジしている。
被害はなさそうなので、呆れるだけで好きにさせた。
途中、ゾロを名指しでたしぎちゃんが来た。悲壮な表情でゾロと剣を合わせたが、我慢出来ずに聞いた。
「どうしたんですか、龍驤ちゃん?」
「こっちが聞きてぇよ」
そして、白猟のスモーカーが立ち塞がる。
「あ、こちらこの街の海軍大佐で、スモーカーさん。ご挨拶や」
「どーも」
「ちわー」
「じゃ、そういうことで」
「まぁ、待て」
「ノリの悪い」
捕まった。だが、相手は海軍であって、警察ではない。戦闘が始まった。雨の中でも、煙は縦横無尽に広がって、逃げ道を塞ぐ。
「コノヤロ!!」
「バケモンがぁ!!」
「雑魚に用はない」
「アレは!?」
龍驤が艦載機を手に立ち向かう。
「プロペラ・バリアー!!」
プロペラの風で、煙の形を変えて遊んでいるのか、防いでいるのか。
「まともに相手する気にもならねぇよ」
「ウチもや」
ルフィとサンジが取り押さえられた。龍驤が正面に立つ。背負った十手に伸ばした手を、上から抑えられた。
「嵐や言うたやろ?」
「フフフ、私を知っているのか?」
「知らんよ」
「てめぇらッ!!」
「本当に知らんから。冤罪やから」
「政府はてめぇらの首を欲しがってるぜ!?」
「ちゃう言うたやろ!! ウチを含むな!!」
「世界は我々の答えを待っている」
「ほらぁッ。ウチ、異世界人やから関係ないねん!!」
二人の男から、龍驤は見つめられた。ルフィはなにがなんだかわからないけど、もがいている。
「異世界人?」
「機会があったら、ガープにでも聞いて」
ここにはスモーカーもいたし、冗談のつもりだった。
ところが、黒ずくめが黙ってしまった。
「え? 関係者?」
「まさか。ドラゴンだぞ?」
「なにを知っている?」
龍驤は視線が下に向かう前に、額を叩いて無理矢理上を向いた。そして、頭を抱えて捻転した。
「ウチはなんも気づかんかった!!」
「そうか、では行け」
突風が吹いた。なにもかもがぐちゃぐちゃになった。
解放されたルフィが聞いた。
「なんだったんだ?」
「ウチが聞きたい」
龍驤は徹底的にヤサグレた。