商船など、荷物の積み込みをする大型船は、岸壁へ係留する。
客船なども同じだ。
桟橋に留める船は、ほとんど小型の個人船である。
メリー号をどのように分類するかは微妙なところだ。個人船ではあるが、用途を幅広く選択出来る中型の船である。
一応、クルーザー的な感じで、桟橋の先の方に留めてあった。
岸壁近くは高いし、人外が四人もいれば、どれだけ食糧を積むことになってもなんとかなる。
そういうことを考える奴は多いのか、クルーザーの顔して個人商船みたいな船はたくさんあった。積み込みの手間だけ飲み込めば、色々とオイシイ商売だ。
おかげで、メリー号が紛れてバギーに見つからなかった。
ちなみに、船は係留中も旗を掲揚しないといけないが、龍驤が知るルールとこの世界は違う。
一番目立つ旗というのは、その船の行き先を示す旗だ。要は、お邪魔している場所への敬意を示すためである。
自分の所属というのは、船尾に掲げる旗で示す。個人を示す旗は、どちらかといえば船首に掲げる。
で、ジョリー・ロジャーというのは、お前のところに死を届けるぞ、という脅しなので、行き先旗に掲げる。
俺様海賊なので、所属旗もドクロ。
当然、プライベート旗もドクロである。
だが、大海賊時代だからなのか、行き先に辿り着けるかもわからないからなのか、下手をすれば虚栄心か相手国への敬意がないのか、みんな行き先旗がなくて、所属旗を一番マストに掲げるのが、この世界では一般的らしい。
多分、全ての海は世界政府の物なのだろう。だから、お前どこ中よ、みたいなのが重要なのかも知れない。
なので、龍驤は麦わらのプライベート旗を船首のメリーに咥えさせた。
慣例はあっても成文法があるわけでもなし、それでいいだろうという判断だ。
なんとも言えない感じだが、そういうこすっからいことをするときの龍驤があんまりにも楽しそうで、一味は黙っておくことにした。
残念な子である。
ただ、どうしてそんなことをしたのかは、わからなかった。興味がないというか、おそらく誤魔化された。
結果が目の前にある。桟橋が砕けて、遠くメリー号が漂流している。
「あのヤロウ。絶対、知ってたな」
「また締め上げなきゃ」
実は知らない。ただ、名を売ったので警戒していただけだ。思いもかけない方向から敵が現れるというのは、鷹の目で学んだ。
この一味にいると、そういうことが起こるのだ。
つまり、冤罪であるが、自業自得でもある。龍驤に信用はない。実は船長のせいだと言って、誰が信じるだろうか。
「どうすんの?」
「どうにかするしかねぇだろ?」
幸い錨も下ろしてあるので、それほど流されているわけでもない。ウソップとナミは周囲を見回す。
海軍が出張っているが、雨風で思うようにいかないようだ。係累ロープや錨が切れて、衝突してしまった船などもある。
砲撃は桟橋だけでなく、岸壁の倉庫などにも被害をもたらしていて、そちらも大騒ぎだ。
しかし、どうも先日体験したような凄惨さがない。派手な割に、人死などの被害は出ていないようである。
彼らの仲間は、バギーよりもちょっとアレな感じでアレらしい。
「引き潮か?」
「いいえ。満潮に向かうところよ」
「流されるとしたらどっちだ?」
「南ね」
「よし、妖精さん。メリー号の錨を外してくれ」
「アンタ、連れ歩いてるの?」
「いつの間にかいるんだよ」
可愛らしいのでたまに遊んでいるが、ちょっと怖いような気がするのも事実だ。ナミはウソップを胡乱な目で見た。
「なんだよ?」
「別に。いきましょ」
ウソップは妖精さんと見つめあって肩をすくめた。
二人の働きで、麦わらの一味は無事に出航した。
ローグタウンで起きた出来事については、とりあえず置いておく。むしろ、なにもかも全部、触りたくない。
今日は船出の日である。
導きの灯に従い、進水式もすませた。珍しく海図もある航海。例え大時化の中でも、不安など一つもない。
あるのは困惑だけである。
「山やと?」
龍驤が動かなくなったので、クルーは無視した。きっと大変なんだろうと思っている。というか、時化のど真ん中で大変なのだ。
龍驤の世界では、海流は極地で冷やされることで沈み込む。冷えた海水は濃度や密度を増し、周辺の暖かくて軽い海水と入れ替わる形で下降流を形成する。
つまり、ゆっくりだ。深海へ向かう下降流というのは、地球規模で千年をかけて循環する、壮大な海流なのである。
当たり前だ。太陽があって、蒸発して雨になるという、大気循環でこんな大時化になっている。それに氷は浮く。水は上に向かうように出来ている。
その下に向かう海流を使って、山を登る。もはやどう突っ込んでいいのかわからないが、一つだけ。ベクトルが変わっている。
さらに四つの海の海流が、このリヴァース・マウンテンを目指しているという。
ホースの水を壁に向けたら、跳ね返ってベチャベチャになる。
山を登るような海流を大陸にぶつけたら、跳ね返ってとんでもない波が生まれるのは必然だ。
さらに海流は運河を登るのだ。一万メートル級の山脈を、麓から山頂まで貫く運河。運河というのは、人工物である。
さらに、出口は一つである。こんなとんでもない現象の、四倍の海水が一つの方向に下っていくわけだ。
なに一つとして理解が出来ない。なんなんだこれは。
四方から高圧洗浄器を使って噴水を作り、その水を温泉の掛け流しのように、一つの風呂桶やらプールに注いでいる光景を想像してみる。
とりあえず、なにが起こっているのかもわからないぐらいにビッチャビチャになるのはわかる。それが惑星規模で起こっている。
人類の生存出来る環境など生まれるわけがない。
つまり、高圧洗浄器である海流は、海面に影響が出ないぐらい深いのだ。ホースを水に沈めれば、流れや波は表面上見えなくはなる。おそらく、途方もない深海だ。
その海流を捕まえる運河の深さも、それに準じたものになるだろう。そんな物を人類が作ったと。
そして、そんな深い運河が大陸の山を登るのだから、水流も水量もとんでもない。それが一方向に流れでたら、やはりそこからも大きな波が発生する。
してないということは、流れ出ていないのだ。どっかに消えている。
どこにと言えば、一つしかない。まだ、海賊王しか辿り着いていない場所。目の前のレッドラインの向こうである。
いや、それをすると、この運河の勢いがそのまま、魚人島のある大空洞で海流として再現される。
そんな場所には住めないし、そんな事実がないとすれば、リヴァース・マウンテンに流れ込んだ海水は、ほぼ適切に四方の海に還元されているはずだ。
どんな仕組みかは推測するしかないが。
それでは、そんな高圧洗浄器みたいな海流が生まれるだけの温度変化とはなんだろう。
確かに、この世界の天候や海流を考えると、惑星内部の活動が非常に活発であるという予測は立つが、たかだかマグマに温められたぐらいで、海がまるごと高圧洗浄器になったりはしない。
ならば、太陽がこのレッドラインの下にあるのでもなければ説明がつかない。
いや、それだと上に吹き出す海流もあるはずだが、やっぱりレッドラインの向こうなのだろうか。
わからない。
わからないが、つまり、この運河は、運河ではなく超巨大な核融合炉なのだ。
「んな、バカな」
でも、だって、じゃあ、どう説明するのだ。こんな物理的に超特大の理不尽。
マジで宇宙戦争を想定する以外に、どうにも出来ないじゃないか。大陸規模のテクノロジーとか、めちゃくちゃロマンだし。
龍驤はあまりのことに人格が分裂しかけている。
だいたい、こんな規模で生み出したエネルギーを、一体なにに使っているというのか。荒唐無稽な推測だと思うのだが、まともな自然現象として捉えることも難しい。
運河さえなければ、不思議なだけですませたかも知れないが、明らかに人の手の痕跡があるのだ。
となれば、そこに目的なりなんなりがあるはずで、だけどもう、規模が大きすぎて想像すら出来ない。
船頭がいなくても船は山を登るんだっていう、下らない冗談だと言われた方が、よっぽど楽だ。
そのために何万メートルの運河を掘って、何万メートルも海水を登らせたとしたら、ちょっと好きになっちゃうかも知れないお茶目さである。
とりあえず、全力で爆撃する。
息が止まるまで殴るのをやめない。
原子になるまで粉砕して踏みにじる。
と、いつの間にやら雨風が止んでいた。考え込んでいる間に、グランドラインに入ってしまったのだろうか。
クルーには申し訳ないことをしてしまった。龍驤は謝ろうとダイニングの扉を開けた。
「だから、もう、怪獣はコリゴリやって」
海王類の群れに、囲まれるどころか持ち上げられていた。つまり、ここはカームベルトである。
まだ、グランドラインには突入していなかった。突入する前なのに、この有り様である。勘弁してほしい。
龍驤は係累するときに見せたロープワークで、自分とクルーたちを結んだ。
クルーは怪獣の鼻の頭にいながら、なぜかオールを持って準備している。
「ナミ、こっちおいで。キミらも下らんことしとらんと、なにかにしがみつけ。離すんやないぞ」
「対ショック姿勢!!」
「対ショック姿勢準備!!」
「準備完了!!」
「衝撃に備えろ!!」
楽しそうである。龍驤はナミの頭を抱え込んだ。
「ンニッキシ!!」
「肺呼吸すんなぁッ、お前ぇッ!! どういうことやねん、コラァッ!!」
たかがクシャミにマジギレである。いやもう、大惨事ではあるのだが。飛んでいるというか、落ちている最中に、嫌になるほどゆったりした時間の中で、クルーたちは憐憫の目を向けた。
「右舷頭上!! 海王類!!」
「カエル!?」
「どこまでもふざけおってッ」
ナミを抱きしめたまま、目を狙って砲撃する。顔を背けたカエルが、軌道を逸らす。
「ウソップが気絶した!?」
「ウソップーっ!!」
ルフィが腕を伸ばす。
「捕まえとけ!! 下手に落ちたら、身体、バラバラになんで!!」
「海面だ!!」
「掴まれぇーッ!!」
嵐の中に戻ってきた。
こんなに安心したことはない。
時化で揺れる船って素晴らしい。
「やっぱり、山を登るんだわ」
「まだ言ってんのか」
「もう考えたくないんやけど」
ナミがため息をつく。
「アンタは一人であれこれしないでちゃんと、共有しなさい」
龍驤はキョトンと見返した。全員、イヤな予感がした。
「え? オールブルー見つけた」
「はぁッ!?」
クルーが声を揃える。
「波は海水の移動で起こる。これほど大規模かつ非常識な海水の移動が起こる場所で、カームベルトが成り立ち、時化で荒れる程度の波しかない。つまり、この運河の水は山を登る間にどこかへ流れ込んで、グランドライン側の運河とは別の場所から排水されとるはずや。候補としてはこのグランドラインの向こう、つまり海賊王だけが辿り着いたとされる場所しかない。こちらではそんなんに伴うような大規模な現象はないからな。ただし、こちらと向こうの平衡が保たれるよう、深海にはレッドラインに穴が空いとると考えられる。おそらく、魚人島とは違って、並の生物では生存出来んほどの激しい海流が行き来しとるはずや」
「だったら、オールブルーなんて」
「ルフィ、腕貸して」
「腕?」
龍驤がルフィの腕を半ば辺りでブニッと曲げる。
「ルフィの腕を海流として、ウチの手の平がレッドラインや。ここが冬島で海流が潜り込んだとしても、手の平に押されて肉が盛り上がってんのが見えるやろ? これが波になる。見てわかるようにちょびっとのことやけど、これが実際の大きさになったらとんでもないことはわかるよな? けど、それがないっちゅうことは、海流の本命は深海にある。今、ウチらが乗っとるのは、その本流の動きに巻き込まれて運河に吸い込まれとるだけのもんにすぎん。だから、波も生まん。その本流は、レッドラインの山を登るほど、とんでもない速さと、量がある。わかるか? 四つの海が、まるごとこの海流に流れ込んどるんや」
「つまり、どういうことだよ?」
「その海水がレッドラインの向こうに排出されとるとしたら。四つの海を全て巻き込んだその海流には、当然というか、生物も巻き込まれとる。さっき見た海王類でさえ、逆らえるかもわからん海流や。四つの海の生き物が飛び出る海。つまり、オールブルーやろ?」
雨の中でも咥えている、湿気たタバコが落ちそうになる。それに合わせて、ルフィとウソップも首を捻る。ゾロが代表して聞いた。
「お前、そんな面倒なこといつも考えてんのか?」
「情報は、集めただけでは役に立たん。分析せな」
「分析ねぇ」
「武術やと、呼吸を読むとか、間合いを読むとか」
「剣もわかるのか?」
「術理は頭ん中にあるんよ。使えんけど」
グランドラインもレッドラインも不思議だが、やはり異世界人は不思議である。
「ところでものすごい勢いでレッドラインが近づいとんのやけど、誰か舵握っとる?」
クルーが互いを確認した。全員、ここにいる。
「おー、あの運河、入口にアーチついとるで。山も登る急流やのに、ずいぶん丈夫なんやなぁ」
「言ってる場合か!?」
「あのアーチ、運河の保全用やね。おそらく、この海流で運河の岸壁が削られるのを防いどるんや。もしくは一種の電磁コイルか? あの機構で海水を集めとるとすりゃ、今までの仮説がひっくり返るな。サンジ、ごめん。やっぱ、オールブルーなかった」
「どーでもいいわ!! 今はそんなこと!!」
「なんにしろ、あれは大砲でも傷一つつかんで、多分。とんでもない技術やなぁ。この世界に、古代人とかなんかおる?」
「わかった!! 悪かった!!」
「手伝いなさいよ!!」
「そのアーチに向かって真っ直ぐや。これ、死ぬんちゃうか?」
「見りゃわかんだろが!!」
「ウチの絶望をみんな味わえ」
「ゴムゴムのッ風船!!」
ルフィが飛び出していって、ボヨンと船ごと跳ね返した。
まだロープで繋がってた、龍驤もいっしょに。
「ハッハッハ、もう嫌や、この世界」
「ヤサグレとる場合かぁーッ!!」
麦わらの一味、グランドライン突入。