龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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時を越えた同士たちの挽歌

「大変、ご迷惑をおかけしました。ともかくは、グランドライン進出、まことにおめでとうございます」

「おう」

 なんの感動もなかった。というか、ヤサグレながらも、急流の中で舵が利かないことを見越して、自分の錨を出したり入れたりしながら微調整していた龍驤が跳んだことで、メリー号が迷走した。

 錨も龍驤も、ロープで繋がった船長も踊り狂った。

 多分、新幹線より速い海流のど真ん中で。

 あのままカームベルトを行った方が安全だった。

 もう生きているのか死んでいるのかもわからない状態で、なんにも覚えていないけど、必死で操船して、とにかくリヴァース・マウンテンを登頂した。あとは下るだけだ。やっと落ち着いた。

 それぐらい、全員がぐったりしている。

 もう、ナミやウソップは甲板にしがみついて離れない勢いだ。固い床が恋しい。

 船長はなぜかボロボロである。僅かに残る記憶が、ロープで振り回されて何度もクッションに利用され、その度にけなげに膨らむ姿を伝えている。

 振り回したのは龍驤だったり、ゾロだったり、サンジだったり、自らだったりしたが、龍驤が繋がったままなので混乱に拍車がかかる。

 そのロープを狙撃で切ったのは、ウソップ史上、最高の仕事だった。今後、誰を仕留めても越えられる気がしない。

 ナミは航海士だが、誰の手も借りないで生き残った。本当に偉い。どこぞの観測手は見習うべきである。

「ああ、そうか。俺たち、グランドラインにいるのか」

 ちょっとヨボヨボしながら、ルフィが淡い笑みを見せた。クルーを守るため、文字通りにも、見た目にも、何重にも身体を張った、船長の鑑である。クルーたちは我慢出来ずに涙を浮かべた。

 船溜まりと言ってよいのかわからないが、山頂にはそれなりの余裕がある。四つの海流がぶつかりあって、渦を巻いたり、吹き上がったりはしていない。

 流れに乗れば、ちゃんとグランドラインに下りて行ける作りにはなっていた。

 逆に不自然ではあるのだが、これ以上ヤサグレるわけにもいかない。龍驤だって、反省はする。

 メリー号は斜め45度くらい反転して、リヴァース・マウンテンを下った。

 次第にクルーが元気を取り戻していく。

「生き残ったな」

「ああ!!」

 喜びも一入である。龍驤はごめん寝した。

 多分、龍驤が変なことをして進路をいじらなければ、ただただ海流に乗って、ここまで辿り着けたはずだ。龍驤だってやりたくてやったわけではないし、ロープだって船である自身の特性を活かして、クルーを守るためではあったのだが、どうしてだかこうなった。

「まぁ、気にすんな」

「ルフィの動きは予想出来ねぇさ」

「発想はよかったんじゃない? だからちゃんと共有しなさいっての」

「お転婆娘」

「やーい」

 龍驤はルフィに襲いかかった。ローグタウンからこっち、全部こいつのせいで計算が狂っている。

 あしらいを覚えた船長は、身長差を活かして撃ち落とした。龍驤も最近覚えた、ナミの胸で泣くという技でサンジを煽る。

「なんだ、あの三角関係」

「いいから見張れ。あいつらには頼れねぇんだから」

 ゾロとウソップが真面目に仕事をしている。

 多分、四角関係で、いつの間にか船長はナミとサンジから責められていた。かなりの一方通行である。そういう手際だけはいい。

 ちなみに、見張りというか、観測手はナミに抱かれてほくそ笑んでいるあの悪ガキだ。

 四つの海の交差点にして、レッドラインの頂上は、そんなふうに遊べる場所だった。

 登りの運河より、下りはずいぶんと広い。だが、落下運動は重力に依存するため、どんな質量でも一定である。

 あの勢いの水が山頂できっちり運動量を失い、失った運動量を落下しながら取り戻していったら、間違いなく速度差で渋滞して、運河自体が溢れかえる。

 そうなれば、このように一方向から流れ出るのではなく、逆流も含めた四方への流出が起こるはずである。

 やはり、東西南北の海から集められた海水がどこぞに消えているのは間違いない。

 いつの間にやら船首の隣で、龍驤は腕を組んでいた。

「どっから生えた?」

「今、艦載機が雲から出る」

「そうか」

 今さら真面目な顔をしても手遅れだが、ウソップは優しい。後ろでは龍驤の教育方針について激論が交わされていて、ゾロがバカにした。

 一万メートル級のウォータースライダーの真っ最中である。

 龍驤が空を仰いだ。

「どうした?」

「山みたいなクジラがおる」

「クジラ?」

「下は運河の幅がここの何倍にもなっとる。それでも出口を塞ぐぐらいデカい」

「どんなデカさだよ」

「出口を塞いでんのか?」

「おいおい、ヤバいんじゃないか? ぶつかったら、メリー号が砕けちまうぜ」

「大丈夫。減速しとるから」

「は?」

 麦わらの一味は学習した。龍驤の目がすわっている。

「いや、説明はいらねぇ。本当に大丈夫なのか?」

「そりゃ、まったく壊れんとは言えんけど」

 急降下爆撃とやっていることはそんなに変わらない。戦艦の装甲すら突破する運動量を得られたりもするはずだが、一味も言っている意味がよくわからない。

 わからないが、わからないなりに、みんなの視線が船長の特等席に集まる。次いで、船長に移る。疲れてはいるが、船長は笑顔を見せた。

「どうにかした方がいいな」

「そうね」

「舵は?」

「登りといっしょよ。こんな流れの中じゃ利かないわ。あんたらのバカ力だと壊れるかも」

「頼めるか、龍驤?」

「また、アレやんの?」

 錨の重さと抵抗で、船体を傾けるように引っ張るのだ。片方だけブレーキをかけて、左右の速度差と船体の丈夫さで曲がる。手漕ぎボートの速さでも、その場で回転するぐらい曲がる。

 登りではそうした。そして、ぶっ飛んだ。

 船長を見る。この短い間で、なんかやつれて見える。

「他に方法はないのか?」

「まぁ、まだ距離はあるしな。ウチが背負うか。すまんけど誘導して。多分、水しぶきやなんかで周りが見えんくなる」

「了解」

 というわけで、ウォータースライダーに降りた龍驤が、メリー号の船首を背負うように、少しずつ壁際に寄せて行った。

「なんで隅に行くんだ? どうせなら、ど真ん中を行こうぜ」

「お前、話聞いてたか?」

 ルフィが怒られた。

 雲を抜け、水煙の向こう。本当に山が見えた。それが山でないとわかったのは、鳴き声を上げていたからだ。近づくにつれて、生物の質感など、よりはっきりとしてくる。

「すっげー」

「本当に大きい」

「刺激すんなよ。静かに抜けて行こう」

 無事にすむかと思われた。

「腹減ったな。こんだけデカいなら、ちょっとかじっても大丈夫そうじゃないか?」

「やめろよ?」

 他愛もない会話だったが、ちょうど通過するところだったクジラのどデカい目が、ギロリとメリー号を捉えた。

「ウソだろ?」

 クジラだから、もしかしたら耳がスゴくいいのかも知れない。それにしたってあり得ない。おそらくは偶然だろう。

 問題は、クジラが海に潜ろうとしたことである。

 生物は水より重いので沈む。だから、魚は水中で生きられる。船も潜水艦も動物も、風船と同じく中身が空気だから浮くのだ。

 要は、肺である。

 逆に、沈むためには肺かそれに相当する空間が生み出す浮力を、なんらかの形で打ち消さないといけない。

 潜水艦は、バラストに海水を入れることで沈む。

 クジラも同じだ。海水を飲んで沈む。

 本当にそうかと言われるとよくわかっていないが、とにかく海水を体内に取り入れるのだ。マッコウクジラの不名誉な別名なんか知らない。

 基本的にバラストの役割を果たすのは、人間などとは違って、完全に口や食道と分離された、鼻から肺に繋がる気道だろう。

 だが、このクジラのように口を完全に水から出して立泳ぎしていたら、口の中身を全部海水にしてしまわないと、無駄な浮力が発生することになる。

 つまり、クジラはなんの悪意もなく、ただ自然な仕草として、立泳ぎからごく普通の姿勢に戻る過程で、口の中を海水で満たしただけである。

 それだけのことで、龍驤の目の前からメリー号が消えた。

 仲間も消えた。

 誰一人として、いなくなった。

 クジラを避けるために、メリー号から下りていた龍驤だけが生き残った。

 ついさっきまで、生き残るために必死で海面を疾走っていたのに、龍驤は一歩も動けなくなる。

 龍驤はクジラを殺すことも出来ず、ただクジラが海に潜っていくのを見送った。

 ずっと立ち尽くしていた。

 

 

 クジラの胃の中はリゾートだった。

 出口もあった。

 逆にどうしていいのかわからない。

 そんなことがあるのだろうか。

 ちょっとだけど龍驤の気持ちがわかった。もう少し優しくしてやろう。クルーは揃って、そんな考えに囚われた。

 多分、客観的に見たら今でも甘やかし過ぎだと思う。

「とにかく出ようぜ? 龍驤はともかく、ルフィがいねぇ」

「そうだな。龍驤が助けてるかも知れねぇが、心配だ。俺たちの命もな」

 クジラがレッドラインに頭をぶつけ始めたと言って、このリゾートの持ち主は胃液の中にダイブした。

 海の上に見える場所で地震を体感するというのは新鮮だが、残念なことに食べられている。

 食べたものがこの世から消えてしまうということを、麦わらの一味は日常的に体感している。

 腹ペコだからで許される量ではない。奴は能力を悪用している。

「漕ぐ、ぞ?」

「オールはどこだ、あ?」

 妖精さんが慌てている。メリー号が武装化され、ウソップに砲台がついている。さっきまではなにもなかったのに。

 まさに、瞬きの出来事だった。脳みそが追いつかないというのを、感覚で知った。

 その瞬間、現実が変わっていた。

「なに、やってんだ?」

「わ、わからねぇ」

 発砲。ナミが悲鳴をあげた。

「どうした? なんだ!?」

 視界の端で、いつも遊んでいるだけの妖精さんが、まるでなにかと戦うかのように団結して、なにかをしている。

 だが、なにをしているのかはわからない。敵らしき影もなく、狙いはクジラでもないようだ。

「狼狽えてねぇで見ろ!! なにを狙ってる?」

 いきなり龍驤のようにされたウソップは、だからといって虫のようにも振り払えず、クルクルと踊っていた。それをサンジが捕まえて、空中を指差す。

 曳光弾の追う先に、なにかがいる。

「人魂?」

「ダメだ!! 見えねぇ!!」

「やべえぞ。絶対になにかやべえ!!」

 ゾロがナミを伏せさせて、膝下に置いた。それを中心に、二人が陣形を築く。

 ドカンと正面の入口が吹き飛んだ。全員がそれを見た。

「あ、無事だったのか。とりあえず、助けてくれ」

 それだけ言って、ルフィが胃の中に落ちていった。それ以外にも二人ばかり、悲鳴を引きながら水柱をあげた。

 沈黙が流れた。発砲音も止んだ。

「なんだったんだ?」

「わかんない。とりあえず、どいて」

「すまねぇ」

「いいえ、ありがとう」

 そのまま、一味は視線も合わせない。むしろ、驚いているクロッカスさんと見つめあった。そして、どうしてだかわからないが頷きあって、動きだした。

「とにかく、引き上げてくる」

「あの二人にも話を聞きましょう」

「了解、ナミさん」

「もう戻ったみたいだが、船内も確認して来るよ」

 さっきまでが夢だったかのように、妖精さんは鬼ごっこしたり、昼寝したり、隠れんぼして遊んでいる。メリー号に設置された対空砲台は、もうどこにもない。

 やはり、瞬きの間に、現実が変わった。

「ねぇ、これって龍驤よね? なにがあったの?」

 妖精さんは喋らない。言葉も通じない。

 心底不思議そうに首を傾げられて、ナミはクシャリと前髪を握った。

 

 

 クジラを出たら、龍驤が飛び込んできて、揉みくちゃにして、なんでかルフィの肩から降りなくなった。怯えていた。

 だって、他のクルーが明らかに追及の目をしている。守ってくれるのはルフィしかいない。

 そしてルフィは、その剣呑な空気に笑顔で対抗した。あのドヤっているバカを今すぐ引き剥がしたい。

 まずは後回しにしたクロッカスさんに、妙な二人組と、クジラについて話を聞いた。

 クジラの中の水路は、クロッカスさんの仕業だった。

 非常識な事態に非常識な手段で対処して成功させるのは、腕がよい証拠だ。クロッカスさんは名医だ。

「うちの船医になってくれよ」

「待遇は応相談やで。今なら、ウチかナミがマッサージしちゃる」

「コラ」

 いかがわしい意味ではないだろうが、教育的指導が入った。クルーは知らないが、多分、どこかの孫好きの悪影響である。じじいが全て、それで懐柔されるわけではない。

 クロッカスさんは笑ったが、断った。老齢が理由だ。仕方がないだろう。常識人過ぎてむしろ、ますます付いてきてほしい。

「なるほど、つまりこいつは人の言葉がわかるのか」

「どうした?」

「攻撃行動は見ての通り体当たりやから違うよ」

「偶然か」

 舌打ちをする。まぁ、確かに、ちょっとストレスの多い旅路だった。

 みんながはけ口を探している。そして、ルフィはとても便利な能力を持っている。

 大丈夫だろうか、この一味。後年になって、船内で殺し合いが絶えなかったとか、あることないこと言われたりしないだろうか。

 クロッカスさんが引いている。

 そして、クジラ、ラブーンには待ち人がいることや、肉目当てに狙われていることなども聞いた。

「もう五十年になる」

 その重い年月に、麦わらの一味も沈黙した。ましてや、ラブーンを置いて逃げ出したと聞いては。

「なんて名前の海賊?」

「聞いてどうする?」

「探したるよ。多分、帰れへんのやわ」

「なにを言っている?」

「ウチ、異世界転生しとるの」

 ニッコリされても、どう答えていいものか。

「帰れへんの。生きとるのに。まぁ、それはええわ。ここはどこやった? 一切の常識が通じんのやろ? ほな、時間移動したかも知れんし、どっか異空間にでも迷い込んだかも知れんし」

「なにを言っている!?」

「動物の勘をナメるなよ。奴らに信仰があるとでも? 神だの夢だの、ありもせんものを信じるバカは人間だけや。故に信じとるんやない。ラブーンは知っとるんや。仲間がまだ、ここにおるってな」

 指さしたのは地面か、世界か、それともグランドラインなのか。龍驤は不敵に無敵に微笑んだ。めちゃくちゃ悪い顔である。

「そんなことが……!?」

「あるのがグランドラインやろ。もう、お腹いっぱい体験したわ」

 入口である。確実に食あたりする。

「見てみぃ」

 龍驤が再び指さした。その先に、ラブーンを登頂するルフィがいる。

 メリー号のメインマストを持って。

「ウチがちょっと、八つ当たりの危険を察知して退いた隙に、あの船長はあんなことしとる。動物の行動とか、人間に当てはめて理解しようとしても無駄なんや。全部、全部、勘とか思いつきでぐちゃぐちゃにされるんや。だから、もう、そういうことなんや」

「ああ、心当たりがある」

 なんでか、クロッカスさんと心が通いあった。腕を組むのではなく、自然と二人は手を繋いで、その光景を見た。

「いや、止めろよ」

「どうやって?」

「やってみせろ」

「なんか怖いぞ?」

 一味全員が、それを見ていることしか出来なかった。それだけしか、なかったのだ。

 

 

 船長はボコボコにされた。ラブーンは希望を持てたし、クルーのストレスも解消された。

 いいことだ。

 やはり、ルフィは素晴らしい船長。

 そんなわけで、グランドラインについて偉そうに啖呵を切った龍驤と、航海士のナミは、グランドラインについてクロッカスさんに教わっていた。

 ついでに、昼飯にする。

「本当になにも知らずに来たのだな」

「ゆうて、方位だけなら太陽と新聞あればわかるし」

「そうなのか?」

「暦ってのは、太陽の位置を日付で表したもんやよ。なら、太陽の位置から逆算すりゃ、方位ぐらいわかる」

 苦笑しか出ない。この大海賊時代に、そこまでの技術を持つ人間などわずかだ。

「そんなに自信はないけどね。この広い海で、一度ズレたらとんでもないことになるわ」

「ま、ウチというチートがあるから」

 ただでさえ、天候や海流に従って、あっち向いたりこっち向いたりしなければいけない。龍驤の偵察能力は、その誤差を誤差として許容出来るものにする。

 もちろん、海図がないので無意味である。

 島のある方角がわからないのに、方位だけわかっても。

 クロッカスは空を見上げた。艦載機がラブーンの周囲を踊るように回って、ラブーンが嬉しそうに歌を歌っている。

「便利なものだな」

「そやな」

 飛行機の発展には内燃機関の発達が必須だ。しかし、この世界に石油は、影しか存在しない。

 逆に影なら存在するわけだが、まずもって妖精さんがそれをどう解決しているのかわからないのでなんとも。

 おいおいである。

 歌って踊るのは楽しそうに見えた。チートを活かすときだ。異世界の歌を教えてやろう。

「歌詞のある歌はダメか」

 龍驤がラッタタしだしたので止める。とても不安になるメロディだ。そんなのをラブーンの声量で毎日聞きたくない。龍驤がテーブルの上を見て、慌ててルフィに襲いかかる。

「彼女はなんだ?」

「わからないわ。私たちもね。あの子もよくわかってないみたい」

「そうか」

 エレファント・ホンマグロの鼻を奪い合う少女と少年を眺める。

「まぁ、ちっちゃくてよかったわ。置いて行かなくてすむもの」

「そうだな」

 笑い合う二人にバカが飛ばされて、ログポースが割れた。

 みんな海に叩き込まれた。

 

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