そんなわけで食後の運動まですんだ。ずいぶんと大変な一日だったが、全てが終わったわけではない。
まだ、話を聞かなければいけない人間が四人、いや、二人と一匹と一羽いる。
最初の二人は武装も持ち物も取り上げて、放置して、目の前で飯を食ってやった。そうしたら、追加された。
ラッコとハゲワシだ。なんかファンキーでオシャレである。
「なんだこいつら?」
「いきなり撃ち落とされてきた」
龍驤の防空圏に空から単騎で踏み込むなど、無謀もいいところだ。ただでさえ、妖精さんはラブーンと遊んでいたのだ。
全力出撃さえも越えた、異次元のなにかである。
「で、どなた様やねん」
「言えません」
「我が社は謎がモットー。身分は明かせません」
ひれ伏し、泣き落とす。なんなら喋りたいように喋らせた。捕鯨の理由とか色々。言うことがなくなり、恐る恐る顔を上げると、龍驤がニッコリ笑う。
「で、お名前は?」
楽しんでいる。一味は危険を察知して距離を置いた。
「Mr.9です」
「ミス・ウェンズデーです」
龍驤はちょっと首を傾げると、一味を振り返った。
「ゾロはなんか知ってる?」
「なんで知ってんだ?」
「いや、こっちが聞いとるんやけど?」
龍驤はなんでも知っているような態度だが、実は推測でハッタリをカマしているだけである。仲間でさえこうやって誤解するし、そのせいで大ポカもするが、たまに鉱脈を見つけてくることもある。
よって、ちょっとお互い、びっくりした。
「いやだって、お前。じゃあ、なんで俺に聞いた?」
「会社やろ? チンピラやろ? で、海賊やないんやろ? ほな、傭兵か賞金稼ぎやろ? 前職やん?」
「前職って言うな」
何気なくチンピラ扱いされたゾロ。笑っているバカ三人も、そんなに変わらない。実際に指さされた二人も不満そうだ。
「ん? チンピラはイヤやった? じゃあ、キミら、なにが作れんのかな? 食べ物? 日用品? それとも、船とか武器?」
水曜日の方が、唇を噛んで見返してくる。
「暴力で人から奪うしか出来んカスが、一端の人間ヅラすんな。キミらはラブーンにもウチの船長にも劣る」
「オイ」
「もう許してやれ」
動物扱いされたルフィは、ラブーンと聞いて嬉しそうである。もう、友達なので。
「冗談はさておき」
「ただの嫌味だろ」
「さておき、はい、ロロノア・ゾロさん」
「は? あー、昔、バロックワークスってとこに勧誘されてな。そいつらがこんな感じでコードネームを使ってた」
「そいつは?」
「ぶっ飛ばした」
「合っとるか、始末屋?」
ラッコとハゲワシがコクコクと頷く。
「な、なんでアンラッキーズが始末屋だと!?」
「へ? 謎モットーの会社が社員を襲う理由って他にある? むしろ、隠す気あったん?」
隠す気どころか、二人を襲う暇すらなかった。艦載機に集られて、地面に落ちたらルフィ、ゾロ、サンジである。
つまり、襲った事実はない。襲われたのは麦わらの一味である。
予定時刻の通りに来て、予定が未消化であることを確認して、当たり前のように降下した。これまで、空は彼らの独壇場だった。だからこその仕事だ。
いったい、どこの誰が入っただけで出られない空域があると思うのか。
アンラッキーズは頑張った。
龍驤は助けが来たにしてはあからさまに怯えた態度の二人を見て、カマをかけただけである。
それをさも最初からわかっていたかのように、ハッタリを効かせた。
知られている、という疑念は、ときにどんな拷問よりも人の口を割る。
しかし、散々グランドラインは常識外れと言う割に、みんな常識に囚われ過ぎているのではなかろうか。大丈夫だなんて思い込まずに、ちょっと慎重になれば捕まらなかったはずだ。もっとちゃんと、真剣に現実と向きあって、みんなヤサグレるべきだ。
「巻き込むな、巻き込むな」
「いちいち気にしないから常識なんだよ」
「せやろか?」
そんなだから、世界政府あるくせに、世界一周も出来ないのだ。
一味は船長を振り返り、クロッカスさんは空を見上げた。
ヤサグレてはいないが、常識に囚われてもいない代表。
「貴様ら苦労するぞ」
「ああ、そんな気がする」
後悔とは違うのだが、なんとなくそんな気分になる。それが若さ故の過ちというヤツだ。0歳児がなんか親指立ててる。
「半分ぐらいアンタのせいだからね?」
「えー? ウチは一味のためを思って」
「ルフィがそうじゃないとでも?」
龍驤は首を逸らした。お互いにそう、頑張ろうと思う。
「お願いだからこれ以上放置しないで!!」
「逃げないから拘束を解いてくれ!!」
彼らを縛っているのは、妖精さんである。それはもう、好き勝手されていた。こっちも下手な拷問より煩わしいし、めんどくさい。一味もよく知っている。
知っていて、ゆっくり食事した。
誰の目にも逆らう気力などないとわかったので、そうしてやる。
「キミらのボスに伝え。連絡待っとるってな」
電伝虫の番号を渡した。
「ちょっ!!」
なんでか水曜日が反応したが、誤魔化された。⑨の方も訝しんでいる。アンラッキーズはそそくさと飛んでいった。それを羨ましそうに見送る。
「で、バロックワークスでええの?」
「はい」
もう、認めるしかないので認める。何度も言うが、龍驤はわかってもいないのに、わかったふりをしているだけである。二人は別に、追い詰められていない。証拠だってないのだ。
謎がモットーだそうだが、かわいそう。
「つっても、謎ある?」
「あるだろ」
「なんなんだ、お前」
そういうことを言うから、誤解される。もちろん、ワザとだ。
「んなこと言ったかて、この辺りで海軍に邪魔されず、こんないかがわしい商売出来るの、クロコダイルしかおれへんやん」
「誰だ?」
「七武海の一人」
「よしッ。俺はなにも聞かなかった!!」
「俺も、俺もだ!!」
「Mr.9……」
「アレが足元でこんなん許すような男なら、誰も苦労はせんよ。つーことは黒幕やん。海賊が怪しいって、なにが謎やねん。当たり前のことやろ」
「言う割に、お前も常識で人を殴るよな」
「非常識がウチを殴るからや」
「無益なことはやめない?」
道理である。
「ちゅーわけでルフィ。進路は二択や。クロコダイルと関わるか、関わらんか」
「クロコダイルって強いのか?」
「まぁ、ケムリンよりは?」
「うーん。なんか、つまんねぇな」
「まぁ、確かになぁ」
「そこで意見が一致するのか」
「それ、本当にあってるの?」
「説明する?」
「わかった。ごめん。可能性の話よね」
流石に一味へ話すときには根拠を用意しているが、推測であることに変わりはない。
「いえ、あってるわ。バロックワークスの黒幕はクロコダイルよ」
「ミス・ウェンズデー?」
「あ、言っていいの?」
「私を知っているのね?」
「だから、なんで知らんと思う?」
水曜日は再び黙り込んだ。だが、龍驤としては、はっきりさせたい。
なんでこんな海洋国家しかない世界で、こうも情報に疎いのか。それが当たり前なのか。龍驤が無双出来てしまうのか。新聞も雑誌もあるのに。
戦後の日本は例外的に国民こそ外国のニュースに興味がないが、商社という稀に見る民間諜報機関を生んだ。
陸続きの隣人なら、まだ気心も知れようが、海を隔てればまさに常識が違うのだ。異世界に転生するのと同じぐらいに。
情報がなければ、円滑な貿易も交渉も出来ない。麦わらの一味のように、非常識な人間を許容してはくれないからだ。
誰が龍驤のような、またはルフィのようなトラブルの原因と友達でいてくれるというのか。そのままでいいと言ってくれるのか。
常識が違えば、発想が違う。発想が違えば、なにを考えているのかわからなくなる。単に言葉だけでは解決出来ない分断が生まれる。それはまさに、海のような。
関係を作れなければ、取引もなにもない。最悪、戦争だ。
龍驤が前世で体験したように。
ルフィも龍驤も、間違いなくまつろわぬ者である。だから、仲間がなにより大事なのだ。
「なんでキミが直接動いとる? 国に公安や諜報機関はないんか? 任せられる人間が誰もおらんのか?」
公安はそれこそ、六波羅探題などずっと昔から必要とされてきた組織である。陰陽寮とか入れたら、もっと遡れるかも知れない。
航海技術が未発達な中世でもそうだ。
そして、大陸にも諜報機関や公安はあるが、公的な機関として歴史に名前が出るようなことはあんまりない。唯一有名なのは異端審問官ぐらいか。でなければ、秘密結社か。ただ、あれらもちょっと大陸的な発想とは違うのだが。
それよりもむしろ、この世界の海軍のような、ほとんど軍隊と同じ強力な治安組織があるのが普通だ。
明らかに不自然である。まるで、大陸国家が世界の覇権を握ったかに見える。
しかし、龍驤が調べた限りだとそうではない。世界政府の成立は、国連と似たようなものである。つまり、戦勝国とその尻馬に乗っかる国の集まり。
そりゃ、中には大陸国家もあるのかも知れないが、必然として構築される秩序は、海洋思想に基づくものになる。
だって海洋を隔てた国家の連帯だし。
大陸的なやり方だと、絶対にトラブルになる。
だが、圧倒的な大陸国家が覇権を握り、全ての海洋国家にルールを押し付けたのだとしたら、この世界のようになるのではないかと思うのだ。
仮定に過ぎないが、歴史がウソである場合だけ、この世界から龍驤の考える不自然さが消える。
「公安っていうのがなにかはわからないけど、国のみんなには頼れないわ。というか、尻尾を掴むだけで精々だった。アラバスタという国は?」
「忙しいってか。つまり、潜入は最低でも三人?」
「いえ、二人よ」
「ほな、バレとるな」
「あなたもそう思う?」
「ええ度胸や」
「ちょっと待ってくれよ。事情が飲み込めねぇ」
「すまん、サンジ。気持ちはわかるが、ちょっとだけ我慢して。今、船長が決断しとる」
呑気な顔で首を捻る船長。注目が集まって、疑問符を浮かべている。
「そうだな、すまねぇ」
「いや、こっちこそ、いつもすまん」
龍驤は一味の観測手として、艦載機で得た情報以外についても精査し、分析して、先を見ている。
船としての性能だけでなく、艦娘としての能力を十全に発揮出来る環境にあるわけだが、麦わらの一味で一番先が見えているのは、実はルフィである。
本人もわかっていないし、どこにも根拠はないのだが、多分そうなのだ。その上で、ネタバレ禁止を達している。
よって、そんな船長の助けになろうとする龍驤とルフィの会話は、余人ではまったく理解不能になる。というか、会話しない。
また、事情を尋ねている人間との会話も、いつの間にか事情を知っていることが前提になってしまって、やっぱり意味がわからない。
カンニングしながら範囲外の試験を受けているようなもので、サンジのようにちゃんと正規の範囲をお勉強する人間は、いっしょにいるとちんぷんかんぷんだ。
ナミやウソップは後衛なので、現場でも俯瞰視点を持てるが、サンジは前線にも出ながらサポートもするので大変である。
当然、猪三人組には関係がない。
その内、二人が原因なのに。
「いや、お前はもっと後ろに回れよ」
「ウチも不思議やねん」
役職先鋒を希望しておいて不思議もなにもない。戦略兵器とはなんだったのか。
龍驤の態度にゾロがイラッとするが、サンジが宥める。
しかし、わかってはいても限界はあるもので、思わずでサンジから不満が出たなら解消すべきである。
明らかに不満を表明しているのに無視されたゾロが怒るが、ウソップも加わって止める。ゾロがため息をついて背を向けた。そんなだから、必要もないのに敵本拠に突撃して泣いて帰ってくるんだと言いたいが、自分の実力不足も自覚している。
問答無用で龍驤を守れるほど、強くはないのだ。
そんなゾロの背中やら肩やらを叩く、麦わらの一味。声をかけないのは情けである。
ゾロの気持ちはありがたいのだが、なんなら肩を並べて戦いたい龍驤だ。それはそれで実力不足だが。
揃ってため息を一つ。
「クロコダイルの目的は?」
「理想国家の成立よ。つまり、アラバスタの乗っ取り」
「そいつ、アホやな。七武海のくせに、政府からなんも情報を取ってないんか?」
「やめてやれ。お前が異常なんだよ」
つい先日まで、この世界の常識を知りたがっていた女の子は、もういない。ただ、転生初日に世界へ宣戦布告はした。
そろそろ、龍驤の情報源に疑問を持ち始めた一味である。
「なんなら見る? ローグタウンでガメてきた、海軍情報」
「いつの間に」
妖精さんは失せ物が得意である。この場合、どれだけご機嫌をとっても出てこない類の紛失ではあるが。
みんなが驚く材料を、淀みなく出した。ナミが呟いた。
「怪しいわね」
女のカンが囁く。龍驤は無視した。
「さて、もう一度聞こうか。お名前は?」
「ネフェルタリ・ビビ。アラバスタの王女よ」
「王女であらせられましたかーッ‼」
「やめてよッ。Mr.9‼」
「アンタらも参加するなッ‼ いつまでも状況が整理出来ないのよ‼」
疲れているのだ。もう、お腹いっぱいなのだ。どんだけ一日に詰め込むんだ。その上、ノリで動くバカが四人もいたら、収拾がつかないのだ。
「というわけで、政府のお犬様が実は裏で国の乗っ取りを図っとって、それを阻止するためになんでか王女様がそいつの秘密結社に潜入して、もうバレとるかも知れんのに情が湧いたんか仲間のためにラブーンを食糧にしに来て、粛清されそうになって」
龍驤が指折り数えていく。そして、ふっと顔を上げた。船長が飽きてウソップと遊んでいる。
「ローグタウンを出たのって、午前中やったよな?」
「やめろ、わかったから」
「もう、明日にするか」
「サンジ、メシー」
「さっき食ったろうが」
そういうことになった。
ずっと見ていたクロッカスさんもラブーンも、あんまり近づきたくないと思った。
水曜日は焦ったが、ちょっとどうにも出来そうにない。
一日※1巻分