龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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神様は頼るもの

「どうしたらいいのかしら?」

 なんか自由になってしまった水曜日は困惑していた。

 自由になってしまったのだ。

 放っておかれている。かなりの覚悟を持って正体を告げたのに。

 麦わらの一味はメインマストの修理に向かったり、現時点での航海計画を立てたり、修業したり、下ごしらえを始めていたり、もっと自由だ。

 まぁ、逃げられないと言えばそうなのだが、なんなんだろうか。本当にどうしたらいいんだろうか。

 なによりも絶望的だったのは、相棒のMr.9だ。バカをやった後は普通に接してくれたが、なんか一味に馴染んで仕事をしている。手伝っている。

 なんかよくわかんない小人と、さっきまで殺そうとしてたクジラがメインマストを吊り下げて、魚人に見える鼻の青年と息を合わせながら、一味の船長といっしょに復旧に励んでいる。

 確かに、あの船が直らないと自分たちも帰れないけれど。他に方法がないというのもわかるのだが。

「いや、そんな合理性とか考えてないやろ」

「やめて‼ 心を読まないで‼」

 そんなにわかりやすいだろうか。参加費だけで破滅する賭けに出ただけで、潜入自体はなんの問題もなかったはずなのだが。

「あのお調子者見て他に擁護するような屁理屈、捻り出せんやろ」

「潜入してたってことは敵でしょ? 理解出来ないわね」

「暴力といっしょや。付き合えば気のいい奴らやし、なんなら友達にだってなれる。それが海賊やろうが、ゴロツキやろうが、秘密結社の社員やろうがな。犯罪に手を染めな生きれんだけで、単なる一般人やねん」

「だからって許せる?」

「まぁ、そこを分けれな、潜入なんかするもんやないな」

 視線が向いた。言葉に詰まる。自覚はあった。だが、どうせ別れるなら、食糧だけはなんとかして去りたかったのだ。

「実に人間らしい、慈悲深いことや。そんでも、敵を見誤らんという点で動物にも劣る。キミは王女様やろ? それ、国民に向けなあかんのやない?」

 それが正しいことはわかっている。ため息をついて認めた。

「その通りね」

「ちょっと待って。やっぱり、動物並みなの、ウチの船長?」

「んー。実は」

 いいことではあるが、人間らしさがないということでもあり、単純にバカでもあり、なんとなく複雑な気分にさせる。ナミはため息をついて、ビビに向き直る。

「座りなさいよ。立ってたって疲れるだけよ。その内、サンジくんが飲み物でも持ってきてくれるから」

 今の今、厳しいことを言っておきながら迎え入れてくれる。言葉を信じるなら、そんな態度でも許してはいないのだ。

 こんな海賊がまだ入口にいるなんて。

「で、あんたらの島はどこなの?」

「連れてってくれるの?」

「進路を決めるのは船長よ。ただ、多少は手伝ってあげるわ」

「お幾ら万ベリーで?」

「10億」

 眩いばかりにベリー顔。思わずたじろいだ。

「む、無理よ。今、国は反乱や干ばつで大変なの!」

「一国の王女でしょ?」

「滅べばええな。世界政府」

 嫌でも高いでもなく、無理が先に出た。潜入に向いてないのも、こんなに吹っかけて代価を払う意思が前面に出るのも、善人だからだ。

 天上金は人口そのまま。国内総生産は国民の給料の和だから、国民から徴収すれば明確にGDPが削られる。だから、為政者が欲に流れずに税制で対応すれば、小娘が血反吐を吐いて稼いだ金の、たかが十倍すら国家が出せない。

 どれだけ大変だと言っても、グランドライン有数の大国、文明国が、である。

「巻き込まないでよ?」

「こんなもん時代やよ。ついで、ついで」

 なんでこんな恐ろしい海賊がまだ入口に。

「実はまだ海賊やないねんな」

「建前でしょ?」

「建前は大事よ。頭の固い大人にはな」

「子供扱いしないで」

「ほな、真っ当に生きてみる?」

 なんだか彼らも複雑なようだが、じゃれ合う二人を見ていると、少しは気が楽になった。なんせ、普通の海賊相手なら、ここで命を落としている。

 生きているばかりか、協力すら期待出来るかも知れない。なによりも気安い。とんでもない僥倖だった。

「お礼は、なにかあげられればいいんだけど」

「いや、まぁ。普通に頼みゃ、行ってはくれると思うけど」

「アラバスタまでね。でも、流石にそれだと、一味としてはね?」

「それこそ建前でもええから、利益を確保せんとなぁ」

 それが難しい。

 龍驤は特に、船長からネタバレ禁止を達せられている。現実に生きててなんだネタバレ、と思うかも知れないが、ルフィは先が見えるのである。見えているだけで、龍驤のように読めているわけではない。

 だから、なんというか、世界はルフィにとって退屈なのだ。漠然とこうなるだろうな、という結論に、なんとなく収束していく。トリックまではわからないにしても、犯人を知らされたミステリーが興醒めなのと同じだ。

 龍驤はどれだけ頑張って推測しても、なんだかんだヤサグレる結果になるが、ルフィはそうではない。具体性がない代わりに、とてつもなく正確なのだ。

 もちろん、ルフィだってなんの材料もなく、占いや霊感のように未来を見ているわけではない。ただ、ほとんどその人間を見ただけで、かなりのことに確信が持ててしまうようである。

 役者を見て、犯人がわかるみたいに。

 だから、事情とかをあらかじめ龍驤が明らかにしてしまうのを、ルフィはネタバレだと言って嫌がるのだ。

 ルフィみたいな異能がないなら便利なだけなのだが、そうじゃないので、なんかサンジが困ったり、ゾロが諦めたり、ウソップの対応力が天元突破したりする。

 そして龍驤は、ルフィが読めずにヤサグレる。

 読めないと、結局、なにがネタバレかもわからず、ルフィが話を聞かないとか聞いてないことがいっぱいあって、なんか自分が船長を貶めてるようで、そこをあれこれとフォローされる。本当に仲間には世話になりっぱなしである。

 それにしたって、自分がなにかを決断する前に事情を知るのが嫌だとか、やりにくいことこの上ない。

 事情を説明して説得するという、当たり前すぎる手段が取れないからだ。下手をすると、ルフィはその場から立ち去ってしまうぐらいに、他人の事情を知るのも考慮するのも嫌がる。ただの職務放棄だ。

 おそらく、それをした結果、家族に類する誰かが死んだのだろう。

 あの寂しがり屋が仲間より優先して、こうまで怯える理由など、それぐらいしか思いつかない。

 きっとそいつは、航海術を学べるぐらい教養があって、地位か金があったのだ。でなければ、ルフィがそれを知ることすらあり得ない。

 ガープが海軍から遠ざけていたのは明らかで、山賊に預けるぐらい徹底していた。それでも、ガープから排除されなかったのだとしたら、完全に偶然の出会いでなおかつ、そうした身分への反逆者か逃亡者だ。

 ウソップとカヤは、執事がいなければなんにも違和感のない関係性だったが、山賊の元に基礎教育を受けた人間、まして子供は近づかない。

 だが、勉強をいっしょにして、それをスゴいと素直に尊敬出来るのだから、年上としても子供の範疇だ。

 つまり、そんな身分のある、勉強の出来る子供が飛び出す環境が存在する。

 そんな環境と、ルフィが怯える事実があれば、世界の事情ってやつが、なんにも出来ない無力な子供に理不尽を強いた、と推測するのは難しくない。

 兄貴分で、本当に家族みたいで、しっかりしてて、あのルフィがコンプレックスに思うぐらい、出来た人間だったのだろう。比較対象があるなら、もう一人ぐらいいてもいい。龍驤はルフィの兄弟を、三人だと思っている。

 よって、ルフィは絶対に、事情だのなんだのを考慮した決断をしない。その人間を見て、自分の勘に従って、なにがあってもそこからブレたりしない。どんな困難でも、命をかけて立ち向かう。二度と後悔しないために。

 そのためなら死ぬわけだが、ルフィは船長だ。簡単に死なれても困るし、ゾロたちにも夢や目的がある以上、ルフィ個人の事情とは別に、命をかける理由が必要である。

「別に必要ないと思うけどね」

「そんなこと言わんで」

 必要なはずだが、なんというか、目指すのが最強とかだと、どんな困難だってウェルカムなのだ。ウソップは自覚してないが、勇敢なる海の戦士とかいう抽象的な憧れの正体は、勇気があればなんでも出来る、ただの大英雄なのだ。

 例えダメでも、サンジがいるからナミは大丈夫なので、あいつらなんも心配しないでいいのだ。

 そんな期待されても困るサンジだが、やりたいのは恩返しと料理で、実は夢はついでに過ぎないので、クルーがなにをやっても、ポリシー以外を気にする必要がないのだ。

 ナミは悲しむだろうが、ちゃんと生き残って、新しい目的や目標に向かっていった実績があるのだ。人生の半分が無駄だったと気づいても、すぐさま一人でどうにかしに行って、一通り泣いたら、また笑顔で乗り切るつもりの化け物なのだ。

 ナミに目をつけたアーロンが怖い。あれが村人を皆殺しにでもしてたら、多分、どうにかして世界を滅ぼした。このメンバーを尻に敷くんだから間違いない。

 別の意味で失敗出来ない。

 ちょっと龍驤ちゃん、ついてけない。

 でも、もう別れるのは絶対に嫌なぐらいには仲間なので、頑張ってついていく。仲間の役に立ちたいのだ。

 ところが、そんなのは別に麦わらの一味の誰一人気にしないので、龍驤の空回りだったりする。

 するのだが、しょうがないので、こうしてナミだったりがフォローしたり、我儘を許容したりと甘やかす。

 自分の事情を言う前に、それとなくそうした麦わらの一味の事情を知らされて、ビビは言葉もない。

 なんとか、その、空回りしているというこのちっさいののためにも、利益を提示してあげたいのだが、王族が食うものを切り詰めるような状況である。

「わ、私の貯金、50万ぐらいなら」

「海賊にヘソクリで負けんな」

「ご、ごめんなさい」

 ウダウダしているが、とっくに進路は決まっている。

 その上で10億を請求している。

 龍驤だけが、その理由を探して懊悩していた。

 

 

 水干というのは、平安時代の男性装束である。袴の代わりにスカートの龍驤だが、上着は男性用。

 つまり、彼シャツ状態である。

 そのようなことでセクシーさをアピールしてみたが、揃って口をへの字にした男性陣に頭を撫でられた。

 ナミとビビは笑いすぎて死にかけた。

 そんなわけで、今朝は完璧な巫女装束である。紅までつけて、気合いを入れた。

 船のメインマストを折るという、もはや罪とも言いたくないようなことをやらかした船長と、龍驤の頼みを聞いたウソップを引き連れて、クルーの見物のもと、祝詞を唱える。

 メリー号の食堂に、神棚が出来た。

 祝詞を包み、行坤比女と書く。適当だ。メリーとルフィを合体させて、丁度そっちがラフテルだったからそうした。龍驤は本職ではないのである。

「これで、この船に霊入れした。ええか? この船も仲間で、魂を持っとる。二度と無下に扱うなよ」

「わかった」

「これでメリーも龍驤みたいになるのか?」

「してたまるか、ボケェ」

 マジギレである。

「ウチみたいな、後悔ばっかりの船になんかするなよ。仲間を失わせんなよ。守れんかった。そんな船にするんやないぞ?」

「お、おう」

「多分、メリーは最後まで旅にはついていけん。そんでも、これなら連れてけるやろ」

「そうか!! そうだな!!」

「世話は船長がするんやで。ウソップとサンジは手伝ったげてな」

 二人はもう夢中である。サンジが呆れながら聞いた。

「つっても、どうすりゃいいんだ?」

「毎日あげるんは、米酒か、真水でええよ。榊は、剪定したミカンでええか」

「適当だな。これ、神様じゃねぇのか?」

「神様が適当やなかったら、ウチみたいな不思議生物生まれるかい」

 納得である。信心なんか欠片もない一味ですら、なんか戦慄する。

「言うたら、これも神様なんやで?」

 妖精さんを手に乗せる。可愛らしく首を傾げているが、その理不尽さを短い間で体感した秘密工作員が、ちょっと引いた。

「御伽話で聞くような神様ってのはもっとド派手で、とんでもない印象だが」

「ああ、なんか身近な分、変に現実的だな」

 人外が怯えている。

「メリー、こんなんなっちゃうの?」

 ナミが悲しんだ。

「そうならんよう、大事にしたり。無茶ばっかりさせると、ウチみたいにヤサグレるで?」

 一味に気合いが入った。それはそれでどうかなって思う。

「楽しい一味だな」

 おめでたい儀式なので、招待されたクロッカスさんが笑っている。医者でありながら、神とは距離を置いた生き方をしてきた。

 それが、その神様とお茶を頂いている。乞われるままに茶菓子を分け与え、戯れるままに指を遊ばせる。人生とはわからないものだ。

「彼らも、そうか彼らも、こんな不思議に囚われているのだな」

「知らんよ?」

「オイ」

「信じるものは救われる。ええんや、死ぬまでは。夢を見ても。そもそも、信じるべきはどっちやっちゅう話。理屈はどうでもええねん」

 クロッカスさんは呵々と笑う。

「そうだな! ラブーンを信じてやらねばな」

「心配すんなら、もう50年前なんやろ? 見てわかるか? ヨボヨボやで?」

「確かに。私も頭が寂しくなった」

「そういう話をラブーンとしてやり。それだけでもだいぶ落ち着くで」

「そんなものか」

「そんなものや」

 ラブーンの仲間は、実質、クロッカスさんしかいないのだ。現実を受け入れても、ここから離れて一人で生きることになるなら、どれだけ荒唐無稽でも二人で待ち続けたらいい。

 そして、本当に死んでいたのなら、勝手に墓でも建てればいい。その気があるなら、魂だけになっても帰ってくる。

 墓は、死者と対話するための窓口である。どうせ、この世にはいないのだ。どこに建てても同じだ。

「本当に適当だな」

「異世界転生してまで、真面目な死生観でおれるかい」

「じゃあ、墓建てとこうぜ」

 ルフィがおかしなことを言い出す。

「そしたらさ、自分の墓と対面するんだぜ? ウケるだろ」

「いいな。じゃあ、葬式も盛大にやってやろう」

「お、酒か?」

「準備するか?」

「出航するっつってんでしょ‼」

 ナミにインターセプトされた。葬式が出来なくて、一味は残念そうだ。クロッカスさんは大爆笑だが、エージェントは引いている。

「大丈夫かしら? この一味」

「耐えるんだ、ミス・ウェンズデー。我々の島には仲間がいる」

 一応、裏切り者というか、スパイだと告白したのだが、本当に態度が変わらない。ビビは苦笑で応えた。

 双子の灯台と、その間にそびえ立つ巨大なクジラに見送られて、やっと麦わらの一味はグランドラインを出航した。

 巫女装束を褒められたので、とりあえず龍驤はご機嫌である。

 あと、人魂誤魔化せた。

 一晩寝たら、みんな忘れた。

 




「ところで、龍驤。なんで私のヘソクリを知っているの?」
「ちゃうねん」
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