龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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それは、あまりにも美しい

 戦艦だった生前にはなかった艦娘の得意なものの一つに、漁業がある。なにかあると秋刀魚だの、菱餅だのを獲らされる艦娘は、妖精さんの傀儡に過ぎない。

 異世界も異世界で謎が多いのだ。

 そんなわけで、ウィスキーピークの食糧事情はちょっとだけ改善し、今、急激に悪化している。

 悪化しているが、知ったことではない。原因の大半が船長だとしても、ほとんどの参加者は島の賞金稼ぎたちなのだから、イーブンである。酒に関しては二人がかりだけど、酒の街なのでイーブン。ウソップが盛り上げてるから、多分、一味の勝ち。

 作ってるのサンジだし。

「この街は捨てられたな。独自で交易を考えんと、先細るだけやで」

「と、言われてもな。航海術がないとは言わないが、海賊とは違う」

「酒がありゃなんとかなる。水と穀物は基本や。忘れるな。後は、おいおいでええ」

 龍驤、コンサル中。月曜と⑨相手に、あれこれ講釈している。グランドラインの入口でありながら、果ても果ての辺境扱いであるこの地だからこそ、賞金稼ぎでも定住出来る。

「主要な周辺国やと、ドラムとアラバスタか。ドラムは特に、酒と穀物は喜ばれるんやないか? 畜肉の取り引きも出来るし。どっちにしろ、まずは生産量を増やすことや」

「難しいな」

「真っ当に生きることは常に難しい。頑張りや」

 月曜と一部真面目な奴らが、酒場の片隅で額を寄せ合う。⑨がなんでいるのか、本当にわからない。でも、まぁ、そういう奴なのだろう。

「こんなことしてていいのかしら」

「バロックワークスのネットワークからすれば、すでに追っ手が放たれていてもおかしくありませんぞ」

「で、夜中に出航? 待ち伏せされるやん」

 スパイ組が口を噤んだ。なぜ、海図が大事なのか。海には航路が、道があるからだ。それは陸に近いほど、限られている。通る場所がわかるのだ。

 そして、本当に月や星明かりしか頼れない海は、あれだけ開けていて、むしろ隠れる場所しかない。夜戦は危険なのだ。

「肩の力を抜け。真面目にやれば正しいわけやない。そして、あいつら止められん」

 まん丸になって、踊りながら食うのも止めない船長。法螺話に花を咲かせるウソップ。浴びるように飲むというか、逆になんでルフィみたいになってないのかわからないゾロとナミ。

 サンジは大回転しつつ、女性を口説き回っている。

「アレ連れて出航すんの、なんか、不安にならん?」

 反論出来ない。アレの状態でなくとも不安だ。

「焦っとんのは向こうや。島一つ、お姫様のおかげで台無しになって、始末に行った尽くが失敗で、そちらの言う通りなら、この惨状も見とる」

「まさか!?」

 ビビが辺りを見回す。この大混乱の中に、暗殺者が。

「いや、流石に酒場の外やよ」

 ほっとして、考え直した。

「外に、いるのですな?」

 龍驤はニヤァと笑った。

「おるよ」

 酒場の扉が開いて、一人の女性が入ってきた。ウェスタンハットに、セクシーなインディアンスタイル。軽やかな身のこなしと、ヒールの高いブーツ。だが、足音はほとんどしない。

 素晴らしいプロポーションと、背の高さ。そして通った鼻筋。少し、日に焼けた肌。龍驤とスパイ組以外、誰も気がつかない。喧騒の中を真っ直ぐと近づいてくる。

 これほどの美人なのに。

「お見事ね。単なるルーキーじゃなさそう」

「底が知れたわ。一味として、話すことはない」

「どういうこと?」

 龍驤の正面に座り、足を組んだ余裕溢れる態度が、いきなり崩れた。眉をしかめる美人を無視して、龍驤はテーブルのフルーツを摘む。

「なんか飲む?」

「コーヒーを、と言ったら場違いかしら?」

「サンジー。こちらのお嬢さんにコーヒー」

 ハリケーンが飛んできた。龍驤は無責任に、注文を女に任せた。女はさり気なく、あしらった。

「これはこの島の代表からの依頼や。そちらの会社、その他の秘密を抱える代わりに、放っておいてほしい。そっちも、これ以上戦力を投じる必要がなくなる。ここに大した船もエターナルポースもない。飲めるはずや」

 サンジが恭しくコーヒーを置いた。礼を言って、形式的に持ち上げる。女が目を見開いた。

「豆はこの島にあったやつやよ。ぜひ、味わってくれ。キミらと違って、食い物に毒は入れん」

「素晴らしい香りだわ」

「伝えとこう。喜ぶ」

 ある意味で追い詰められた女は、その言葉に従って、一口、二口とカップを傾けた。

「いいでしょう。確かに、わざわざ、ここを潰すのは手間ね。というか、もう潰れてない?」

「人はおる。出来るなら、ドラムへのエターナルポースを頼む。ドラムの情勢は?」

 女はなにかを思い出すような仕草をして、頷いた。

「そうね。いいでしょう。アンラッキーズを放してくれるなら、彼らに届けさせる」

「構わんよ。なんなら、今後も無視したろ。ウチらの周りでウロチョロせん限りな」

「私たちが命じることはないわ」

 二人はニッコリ笑うと、握手を交わした。とても和やかな会話なのに、スパイ組が怯えている。

「底が知れたとは? 今後のために聞いておきたいわね」

「ただのガキが7900万」

 女の顔が強張った。演技でもなんでもなく、本当に素が見えた。

「よほど、無能なんやな。ウチはそこまで謙虚にはなれんよ。たかがルーキーに、いいようにされる秘密結社? さっさと会社を畳んだ方が無難やで?」

「そうね、その通りだわ」

「で、どうする? 見ての通り、宴の最中や。途中参加も大歓迎やで?」

「遠慮しておきましょう。お邪魔になるといけないから」

「残念やな。では、いい夜を」

「ええ、あなたたちの航海の無事を祈るわ」

 来たときと同じように、足音も気配も微かに、女は立ち去った。

 わずかに残るのは、控えめな香水かなにかの匂いだけ。

「女が武器か。暗殺者ってわけでもないな。狙うのは油断。なるほど、面白いやないか」

「な、なんでそんなに平然としてるの!?」

「相手がわかっておられるのですか!?」

「黙れ。ウチが今、楽しんどる」

 ピシャリと、二人を叱りつけた。せっかく、本格的なスパイごっこをしてたのに、これでは興醒めだ。

「今の会話に意味なんかないねん。どうせ、助走つけてクロコダイルを殴るだけなんやから」

「は?」

「じょ、助走?」

「振り返ってみぃ」

 どじょう掬いらしきなにかをしている船長と狙撃手。もはや、樽を積み上げ始めた航海士と剣士。

 コックは大勢の女性に取り囲まれて、全員へ愛を囁いている。

 そうだった。アレだった。

 宴は大盛り上がりだ。

「基本を忘れてはいけない」

 落差が。フリーフォールだ。なんにも言い返せない。あの女の見ていた景色がこれだ。ずっと後ろで騒いでた。

 それであの鉄面皮とは、恐ろしい女だ。

「だ、大丈夫かしら?」

「今さらながら後悔の念が」

「手遅れ、手遅れ。そもそも、キミら二人で始めたんやろ? 単純に四倍やん」

「確かに」

「そうね。協力してもらっておきながら、失礼だったわ」

「固い、固い。力を抜き」

 龍驤は笑いながら、二人に酒を注いだ。

 まだ、酒場の外にいる女を思って、ニヤつきながら。

 

 

「計画を修正すべきよ」

『オイオイ、その意味をわかっているのか?』

「わからないでいるとでも?」

『……今さら、止められん。だからこそ、王女への対処は万が一だった』

「その通りね。ここで止めても、反乱そのものは終わらない。ただ、アラバスタが疲弊するだけ。再び、何年も暗躍することになるわ」

『だったら、』

「決断は後でもいい。あの一味を調べて。特に背後関係を」

『そこまでの価値が?』

「信用出来ないなら、アナタが現場まで来なさい」

『……どうした? 機嫌が悪いのか?』

「……初見で踏み込まれたわ」

『戻れ。イヤな予感がする』

「いいえ、少しだけイタズラをするわ」

『それこそやめろ。ここで危険を冒す価値はない』

「単なる時間稼ぎよ。だから、必ず調べて」

『約束しよう。だから、お前も』

「ええ、決して踏み込まない」

 月明かりの下で、そんな密談が交わされた。

 

 

「紹介しよう。ニコ・ロビンさんや。オハラの悪魔の異名を持つ、大犯罪者様やよ」

「どうして」

「ウィース」

 男連中が声を揃えて頭を下げる。その後ろでナミが呟いた。

「かわいそう。地位も能力もある人なんでしょうに」

 ビビは複雑な表情である。怪しげな美女は、いつものように、妖精さんに捕まっていた。

 時間は今朝まで遡る。

 一応、ギリギリ同業者ということで、麦わらの一味と元バロックワークスの面々は仲良くなっていた。来たときも華々しかったが、出航は和気あいあいと言葉を交わす。

「ほな、頑張ってな」

「ああ、いいチャンスを貰った。理想国家よりも、よほど地に足のついた成果だ」

 月曜日と固く握手する。龍驤の手はすっぽりを遥かに通り過ぎた収まり方をした。別にそれで潰れるほどではないが、大きさは考えてほしい。握り返せない。

 月曜日は筋肉のくせして、全然、脳筋じゃなかった。可愛らしいミニスカワンピに、その見た目で、バリバリのリーダーな雰囲気とか、情報が混乱して目眩がしそう。目元は涼しげで、イケメン顔だし。隣のバカは見た目プリンスで、全然、王子様じゃないし。

「別々に行くのね?」

「ハイ。私はエターナルポースで。一直線に行けますが、妨害は厳しいものになるでしょう」

「だったら」

「一人の方が身軽ですし、そうして目を引きつけます。決して無理はしません。むしろ、逃げ回りましょう。その隙に、通常航路でアラバスタまで」

「絶対にそうして」

「ええ、必ず、生きて祖国で」

 シリアスだが、なんでかあの護衛隊長、女装している。囮のつもりかも知れないが、あれで間違われたら、王女様傷つかないだろうか。

 抱えられてるあの案山子人形で満足されたら、龍驤はアンラッキーズをまた捕まえてでも、クロコダイルにクレームを入れる。

「それでは」

 イガラムが先に出航した。元は街を仕切っていた男だ。賞金稼ぎたちも笑顔で手を振った。遠く、星の丸みに船が沈んでいく。

 水平線が弾けた。爆発だ。

 もう一度、日が出たように、海が赤く染まった。広範囲に広がった破片の火が消えない。つまり、元の船は粉々になった。

 威力が馬鹿げている。粉々に吹き飛ばした上で、破片のすべてが発火温度まで熱されている。だから、海が燃えているように見える。むしろ、本当に燃えている。

 焼夷剤を撒き散らすタイプだ。例え海に逃げても、浮かんで来れないように。確実に仕留められるように。

「ヨッシャ、頼んだ‼」

 龍驤は月曜日の手に金を握らせた。それを握り潰しながら、月曜日は救助の指示を出す。

「立派だった!」

 ルフィはそう言って、メリー号に向かった。クルーのみなも、それぞれのやり方で敬意を示した。ビビだけが、動けない。

 唇を噛んで、血を流して、しかし、泣かなかった。そんな彼女を、ナミが抱きしめた。

 一番乗りのカルガモとご挨拶して、出航して、川を上り、別の河口から海に出たところで、この女が乗ってきた。不思議な力でクルーを次々と武装解除したが、龍驤は不思議生物なので、武装を取り外せない。

 重たい錨用の鎖で、抵抗も虚しく、御用となった。いや、だから、悪魔の実があるんだから、身体から武装が生えたりもするだろう。なんで、警戒しないのだ。

 龍驤は非常識ではない。

「それはウソだ」

「ウソップに言われた。もうおしまいや」

「ああ、終わってるよ、お前」

 ナミの胸に飛び込んだが、サンジと合わせても、ゾロが相手だと効果が薄い。そうそうに諦めて、女と対峙する。

 効果はないが、ゾロは手一杯である。

「油断、ね」

「うん、本当になに考えとんの?」

「あなたに、関節はないの?」

「ああ、折れたで? で?」

「ちょっと見せなさい‼ アンタまたやったの!?」

 矛先が再び、龍驤に向いた。首が折れてて、誰にもどうしようもなかった。ルフィが大笑いした。

 どうしてだか龍驤の指示の元、首の固定方法の講義が行われた。生徒はウソップ。他は野次馬である。きっと、お姫様には必要がないはずだから。

「お願いだから、どうにかしてくれない?」

 ダメコンが終わって、龍驤が元通りになると、そんな弱音を吐かれた。ビビでさえ、どうしようか迷う。妖精さんは喜んでいる。龍驤はふんぞり返る。

「海賊相手に、首だけになって襲って来る奴を警戒せんとか。油断と慢心が過ぎるで。あまりにもな」

「そうね。覚えておくわ」

 サンジがゾロに囁く。

「教育、間違えたんじゃねぇか?」

「問題ない」

「私は違うからね」

「俺も、俺も」

 海賊が怖いのは、多分、そういう意味じゃない。

「で、なにしに来たんだ?」

 ルフィがあっけらかんと聞いた。とりあえず、妖精さんにはちょっとだけ大人しくして貰っている。

「提案よ。次の島はリトルガーデン。あなたたちでは、いえ、誰もその島を越えられないわ」

「そんなことねぇよな?」

「まぁ、長居はするかもな」

「それよ。リトルガーデンでの滞在時間は、一年。私が言っているのは、そういう意味よ」

「へー」

 ルフィはそう言って鼻をほじった。その顔に、龍驤がティッシュを投げつける。

「そういう意味なのか?」

「ネタバレ禁止や」

 ルフィは笑顔になった。楽しそうだ。龍驤も嬉しい。鼻くそをちゃんと包んでくれたし。

「ま、なんとかなるだろ」

「ま、なんとでもしたる」

 なんか色んな意味で無敵だなっと、一味は他人事である。女は気の毒である。ビビは慌てている。

「そんな!? 一年なんて、どうすればいいの!? 全部、全部手遅れになっちゃうじゃない!?」

「ならねぇよな?」

「させへんよ」

「どうやってよ!?」

 ルフィと龍驤が揃って女を指差した。確かに、敵の前で説明することではない。

 ルフィにさえ指摘されたことで、ビビは少し落ち着いた。ナミとウソップが慰めている。あの二人が関わるだけで、なにもかも理不尽だ。

 サンジがドリンクを作りに行った。

「で、どうする? 用がすんだなら帰る?」

「ああ、帰すのね」

 ビビが短い間に、ヒドくヤサグレている。龍驤と違って、みんなが同情した。

「ついて行っていいかしら。あなたたちに、興味が湧いたわ」

「いいぞ」

「どうしてそうなるのよッ!?」

「ほな、亀さんどうする? うちで面倒見れるかな?」

 ちょっとウキウキしながら聞いた。ビビが崩れ落ちた。ウソップが支えきれず、踏ん張っている。

「飼わないわよ」

「散歩とかは自分でしろよ」

 ナミとゾロの間で火花が散った。女が笑いながら、それを止めた。

「あの子は一人で帰れるわ。荷物だけ移していいかしら」

「電伝虫使いたいなら、マストの上がおすすめやで。言ってくれたら、譲る」

「お気遣いありがとう」

「あーッ‼ 龍驤、アンタ、いっつもそうやってどこかと連絡とってたのね? 言いなさいよ!? どこと電伝虫してたの!?」

「やっば」

 龍驤が逃げ出した。ナミが追う。女の拘束は解かれた。女は立ち上がり、手の平を見つめた。

「歓迎するぜ、居候。ああはならねぇようにな」

 ゾロが顎をしゃくる。甲板を突き破りそうに沈み込むビビ。ウソップの苦労は計り知れない。

「気をつけるわ」

 そういうことになった。

 目指すはリトルガーデン。

 小さな庭。

 

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