ウソップが島に入ってはいけない病を発症した。原因も正体も不明でありながら、クルーの命を奪う重病である。感染の危険もあるため、ただちに改造、もとい解剖の準備にかかる。
「大丈夫。妖精さんはプロや」
「ダメじゃねぇか!? 解剖もだけど、改造の方じゃねぇか!? どっちにしろ人間やめるんじゃねぇのか!?」
「ウソップは魚人って評判やで? 力持ちさんやなぁ」
「人を見た目で判断するなぁッ!!」
「だから、大丈夫。人型、やめるから」
「助けてぇーッ」
ウソップが静かになったところで島に入った。川があるのに頑なに砂浜がないのは、どんな事情によるものだろう。
川幅は狭くて、メリー号が乗り入れられるほど深く、流れも緩い。めちゃくちゃである。
「キミ、考古学者なんやろ? 岸壁の地層から、この島の成立経緯とかわかる?」
「さぁ、専門じゃないから。ごく普通の、火山性の島ね」
「ほな、教えたる。火山性とわかる地層の上に、堆積した土がない。つまり、成立してからまだ、土が島を覆うほどの年月が経っとらんのや。この植生で、アレが生き残っとるのに」
森の奥を指差すが、なにも見えない。唯一、ウソップが可動式ゴーグルを上げたり下げたりして、ついには外した。
奥の方から聞こえる恐ろしげな唸り声と生き物の悲鳴が、ジャングルと一味を震わせている。
「コイツ、なんか、見たくないものまで見えるようになった」
「改造されちゃったなぁ」
ウソップは狙撃手だ。いいことのはずなのに、ものすごい鬱だ。我慢出来ずに、ルフィが弁当片手に飛び出して行った。ビビもついて行った。カルガモが、素晴らしい忠誠心を発揮している。
「地層は、運搬と風化。堆積と侵食の過程を経な生まれん」
「環境が変わらなければ、単一層が厚さを増していくだけね」
「ところで、砂浜のある島を知っとるか?」
「珍しくないと思うけど?」
「違う。砂浜は当たり前にあるもんや」
波に運ばれて土砂が溜まっていく場所というのはつまり、波当たりの弱い場所である。人間が海とともに生きていくなら必ず選ぶ、陸との境界域だ。常に侵食されている岸壁や磯が住みやすいはずもない。
島があれば、どこかでそうした土砂の堆積する場所というのは生まれる。例え、砂浜として、海面より上に見えていなくてもだ。どこまでも続く砂浜は、なによりもまず、海底に続いている。砂浜というのは、全体のごく一部に過ぎない。
地層として見た場合、砂浜に類する地形が島の周辺に存在しないという方が珍しい。
と、同時に、砂というのは、風や波でとても簡単に運ばれてしまう地層でもある。
「多分、千年も昔やない。世界中から、まるごと地層を剥ぎ取った出来事に、心当たりはないか?」
「空白の百年」
「あるんか」
なんか難しそうである。とても深刻な感じはするが、一味を取り巻く環境は、もっと深刻である。
「ちょっと!! ジャングルの王者が血塗れじゃない!?」
「ターちゃんが!?」
「誰だ!?」
「あ~、あ~あ~言う人」
龍驤と残った男たちで、蔦の選別が始まった。彼らは無意味に上陸して、無意味にいがみ合った挙げ句、狩り勝負に出かけた。
ウィスキーピークは食糧が逼迫していたので、充分な補給が出来ていない。だからってトンはない。必要ないのではなく、積めないという意味で。
ニコ・ロビンとナミが見つめ合う。
「どうしろって言うの?」
「私のセリフよね?」
リトルガーデンは古代の島だった。男の子憧れの恐竜に、ウソップが目を輝かせつつも、ビビり散らかす。
龍驤は別の意味でテンションを上げた。
「そやよな!! T・レックスってそうやないとアカンよな!?」
ワーイと喜んで、砲撃をかます。ウソップが信じられないという顔で龍驤を見ている。憧れを踏みつけにして、龍驤は勝利のポーズをした。
「どうやって持って行くんだ?」
「どうしよう?」
龍驤がいくら力持ちと言っても、陸では海上ほどに発揮出来ない。実際のところ、二人は勝負にそこまで興味もない。
というか、射撃という分野こそ狩りに最適なのだと、龍驤がウソップを巻き込んだ。龍驤はノリ。
「帰る?」
「すぐそこじゃねぇか」
冒険ですらない。なんなら二人には、木々の隙間から船が見えている。最速だった、ということで、満足することにした。ウソップは心から安堵した。
「なんだ? いらんのか?」
声が降ってきた。振り返って、ウソップが腰を抜かした。
「ウチらじゃ、あそこまで運べへん」
「ふむ。酒はあるか?」
「あるで。酒だけはたっぷり積んできた」
「運んでやるから、少しわけてくれ」
「どっちかっていうと、消費してくれんと肉、積めん気がするんよな?」
龍驤がウソップに話を振った。ウソップは死んだフリをしている。
「いや、流石にバカにし過ぎやろ?」
「ガババ!! 面白い奴らだな。我こそはエルバフ最強の戦士、ブロギー!! 歓迎しよう、客人よ!!」
力強い、堂々たる宣言。見上げるような巨体に関係なく、彼には言葉に相応しいだけの威風があった。
強さだけで非加盟なのに、種族代表。戦士のなりをした巨人がそこにいた。
「なぁ、それ、キミら全員が名乗ってない?」
「ふむ。おおよそ?」
巨人は結構、適当に生きている。
「信じられないわ」
適当さで言えば、麦わらの一味も負けていない。というか、ルフィと適当さで張り合い、勝利した経験すら龍驤にはある。
つまり、世界トップツー揃い踏みである。
「困るのよ。逃げたりするつもりはないけど、ちょっと苦手なの。可愛いけれど」
妖精さんに集られて、捕虜にすら文句を言われた。
「しかも、こんなの連れて来て!!」
「こんなのとは失礼な。これでも、それなりに名の知れた戦士だったのだぞ?」
「一世紀も引き込もっておいて、昔の栄光を自慢するんやない」
「たかが百年ではないか!?」
「年寄りはみんなそう言うけどな。赤子がどんだけデカなるか考えてみぃ?」
「むぅ」
龍驤とやり取り出来るだけで、身の危険より精神の危険を感じる。グランドラインに入ってから、この娘は一味により馴染んでしまった。同じ一味なのに、なんだか遠くへ行ったみたいだ。
そう思っている二人も、一味である。
「チビ人間どもなら忘れることもあるだろうが、エルバフの同士たちは忘れん」
「ハイハイ、仲間内、仲間内」
「むぅ」
というか、いい人だ。龍驤より安全な気が。
「キミら、手の平で運ばれておきながら、変な心配すな」
「だって、抵抗出来ないじゃない!?」
「そうだぞ!? 逆らったら、なにされるか」
「別に敵対しなければわざわざ手を出したりはせん」
「やーい、失礼」
そろそろわからせてやらなければならない。人の手の平で、3人はケンカを始めた。ブロギーさんはお釈迦様並みの器を見せている。
「長寿のあなたたちなら、昔の記録も残っているんじゃない?」
「歴史とかあんまり」
巨人は適当に生きている。
どうせ、剣士とコックの二人だけで、メリー号の積載限界に達する。酒も肉も譲って、お話を聞かせて貰うことにした。
ブロギーさんは話も上手だ。龍驤と軽妙にやり取りするし、大げさに笑ってくれる。彼からすれば、幼いとすら思えるだろう一味を、ちゃんと礼儀を持って歓待してくれた。一味が失礼なのはもちろんだが、それを咎めることもない。怯えに対してもバカにすることなく、聞いたことにもキチンと答えた。
自分がするべきことだけをして、他人には多くを求めず、人としての温かみも愛嬌も捨てずにいる。
そして、百年。ただただ、誇りを守るためだけに戦っている。
理由もなく、憎しみもなく、勝ったところでなにもなく、負ければ命を失う戦いを、途方もなく。
本物の戦士だった。
火山の噴火を合図に、武器を持って戦場に向かう背中を、ウソップは身体を震わせて見送った。あれこそが自分の目指すものだと、確信したからだ。
そのさらに後ろ姿を、女三人が冷ややかに眺めている。
「え? お前もか、龍驤」
「だって、あっちとこっちにある海王類の骨。絶対、どっちが大きいかケンカしただけやん」
「それは、忘れてもしかたないの、かしら?」
「くだらないわねぇ」
「測ったろか知らん。でも、絶対認めんで。そんでまたケンカすんねん」
「もう、ケンカしたいだけじゃない」
「野蛮だわ」
別に、ブロギーさんが素晴らしい巨人じゃないとは言っていない。なんというか、身も蓋もない言い方をすれば、男の子だなって。
価値観の違いというのは、ときに残酷なまでの分断を生む。
本物の戦士だろうと、女性の前では形無しだった。
似たような勝負に、ノリノリで参加していた艦娘が言うことではないが。
巨人の胸まであるような巨木が、彼らのスケールに合わせたように吹き飛んでいく。百年を付き合う武器や防具を作れる彼らが軽装なのは、金属が足らないからであり、身軽さを求めてだ。
それでも身にまとうのは、本当の意味で銃や大砲に意味がないからだ。
彼ら巨人にとっての脅威が、同じ巨人でしかないことの証である。
山すら切り裂く剣。大地をかち割る斧。ならば、必要な鎧の厚みと重さはどれほどになるのか。
巨人であっても、動けなくなることは明白だ。
かと言って、なにもないではいられない。手に持った武器だけでは足りない。あの盾も、兜も、戦艦を遥かに上回る装甲で、だからこそ数cmの誤差で弾く技量がいる。全身を使う。
その技量を発揮するために、極限まで身軽でいる。
死なないために、命を危険に晒す。生きるために、命を捨てて工夫する。
明らかな矛盾が、戦場では合理となる。
誰よりも強いはずの巨人が、武器以外を身にまとう。
決してただ、死ぬためだけに戦うのではない。
だが、死んでも構わないと決めて戦うのだ。
どこまでも、どこまでも、戦いに真摯な姿勢こそがエルバフだ。
原因は多分、くだらないけど、巨人は適当だから。
きっと、向こうのルフィも感動しているはずだ。
これでちゃんと、捨てた命を拾える人間になってくれればいいのだが。
巨人との邂逅は、龍驤の予想よりも、ずっと上手くいった。
あれだけの戦いをして、傷だらけになって、なんだか二人で仲良くやってきた。
どうも酒を取りに来たようだが、前の島でもったいない精神を発揮して、限界まで積んである。樽一個がお猪口のような巨人だからこそ、それなりに融通してやりたいので、メリー号まで取りに行ってもらうことにした。
「前の島は酒の街やで。肉で交易出来るかもな」
「そうなのか? あの辺りにも人が?」
「しかし、船がな。我らだけなら、イカダでいいんだが」
「なんやろ。やっぱり手漕ぎが主流なんか、この世界」
人間三人が全力で首を振る。どっちを信じたらいいのかわからない。だって、自分の船長を含めて、みんな信用出来る、素晴らしい人たちだもの。
「ログポースで往復出来るなら、向こうから来れるかも。聞いてみるわ」
「助かる」
「毎度」
なんか知らないが、仲介が成功した。ナミとガッシリ手を組んだ。
「いけそうね?」
「物々やし、利率は低いが、食糧取引や。安定しとる」
数字で会話を始めた。ニコ・ロビンが羨ましそうに見ている。組織を回すのは規模に関わらず、大変なのだ。男たちは三猿で対応した。二人は素案をまとめた。
ドリーさんは酒を取りに行った。
ホクホクしながら、ケバブ風に肉を食べる。これまではあんまりこだわりもなかったようだが、交易で多少なりとも文明を取り戻せるなら、食べたいものや料理が浮かぶ。
龍驤の工夫を見て思い出したのだろう。懐かしそうに巨人が語る。夜にはコックも戻る。宴をしようと誘った。
ブロギーさんは嬉しそうだ。もう、彼に怯えることはない。ナミも、なんならニコ・ロビンさえ笑顔でいた。
龍驤が振り返った。
「しくじった」
「どうした、龍驤?」
「巻き込んだ。邪魔した。敵が潜んどる」
「どういうことだ?」
「おい!! しっかり説明しろ!!」
「敵やと、言っとるやろ?」
「ダメだ。キレてやがる」
ニコ・ロビンが、申し訳程度に拘束された。ウソップがパチンコを取り出すが、なにを狙うべきかわからない。
「ウチの哨戒も、妖精さんの警戒も、ルフィの直感すら抜いた。ドリーさんがやられた」
「なんだと?」
「死んどらん。自分で確かめぇ。ウソップ、男なら、責任の取り方はわかるな?」
「お、おう」
「ブロギーさん、出来ればウチらの首はまだ待て。落とし前が先や」
「貴様らではないのだろう?」
龍驤は頭を下げる。
「合流するべきじゃないのか!?」
「見破れるか?」
「自信はねぇな」
「ねぇ!! どういうこと!?」
ナミが悲鳴を上げた。代わりになぜか、ニコ・ロビンが答えた。
「姿の見えない敵がいるの。追っ手ね。誰かしら?」
「白々しい……ッ」
真ん中山が噴火した。ブロギーさんは立ち上がった。
「事情は飲み込めんが、俺は征く」
「ご武運を」
「おいッ、止めなくていいのか!? いや、やめろ!! ブロギーさん、この決闘はッ!!」
「関係ない」
「関係あるか」
ブロギーさんは征った。龍驤は吐き捨てた。
「それで止まるバカならよかったに。小器用に生きるアホなら、なんも後悔なんかせんのに」
「龍驤!!」
「見とれ、戦士の生き様を。戦いに生きて、理不尽と無縁なんて有り得んのや」
「りゅうじょう!!」
いい人たちだった。おおらかで、寛大で、誇り高く、自分たちには厳格で、他者には優しい人たちだった。
「許さんぞ、クロコダイル。交渉はなしや。真っ平らにしたる」
百年の決着がつく。
敵の姿は見えないが、せめて龍驤は、彼らの周りの森を焼いた。合わせて二人の笑い声が聞こえて、激突が島を揺らした。