「魔獣ねー」
「ハイ」
なんか血に飢えた獣のように、賞金首を探して徘徊するらしい。名が売れているのなら、さぞ儲かってるのだろう。
艦載機があっても偵察には苦労した。二年も隠れ拠点を維持していた海賊を見た後だと、実は偶然が重なっただけのような気もする。
実際、あんな大雑把な地図でも島の多さはわかった。適当に海に出て、死ぬ可能性とどこかに流れつく可能性は、少なくとも賭に値する。
その後は知らん。
逆に海賊に当たるかは、偶然に頼る他ない。捜査能力に頼っているなら、あの海賊団が残っているはずもない。だって、隠蔽してなかった。
そして、海での捜査能力は航海術とセットだ。
ここにも航海術なしで海に出るバカが。
「流行っとんのかなぁ」
「まぁ、大海賊時代ですし」
流行ってた。とにかく、海に出るのが先らしい。
「農家もダメか」
「農業ですか? 水の確保が難しいと聞きますね。なりたいといってなれるものでもないようです」
「水利権があったか」
航海術の独占だけでなく、農業従事者の囲い込み。この辺りも情勢の要因としてありそうである。湾があったのに、砂浜も干潟もなかった先程の島。土砂の供給量が少ないのだ。
つまり、川がない。農業は大変そうである。基本的に人口の減少よりも、増大や移民の方が問題になることが多いことを考えると、龍驤のお先は真っ暗だ。
というか、移住先があるなら海賊は減る。人間は海の上で生きられるようには出来ていない。
逆に考えれば、生き残りさえすれば帰る場所はあるのかも知れない。財産さえ作れば、悠々自適に出来るのだ。
そうした元海賊がいれば、故郷を飛び出す若者が増えるのもわからないではない。
少なくとも、大航海時代ならぬ大海賊時代など、航海そのものを誰かが規制でもしていなければあり得ない。規制しなくても航海術は非常に高い教養を必要とするし、船舶は現代でも最新技術の塊だから高い。
止めなくても大丈夫なのだ。
海に出て落ちぶれて賊になるならともかく、最初から海賊だと言うなら問題は陸にある。
そういう金持ちが、住んでる土地を離れるのは、一種の移民問題なのだ。
海洋面積など様々な前提があろうと、移民が発生する状況ならむしろ国家事業にしてしまえばいい。アメリカがそうだったように、人間を捨てるなら開拓事業はうってつけだ。
それが何故出来ないのかはわからないが、個人でなら逆にやれてしまう。というか、それが海賊だ。
地獄のような辛さだが、資金と人手さえあれば開拓事業を起こして領地持ちになれる。確か、南米辺りがそんな感じだ。海賊にはなれないが、方法はある。龍驤は算盤を弾く。
商売やなんやらは元手がいる。龍驤にはない。なら、賞金稼ぎは丁度よい選択肢だ。
これでも空母。海戦なら無類の強さを誇る。資材はなんならゴミでも良さそうなので、元手も安くすむ。確実に儲かるだろう。
楽しい夢の時間だが、龍驤は知っている。海からの脅威を弾くためには海上戦力がいる。つまり、海軍だ。
それを必要なだけ維持出来るなら苦労はない。世界に冠たる大英帝国すら、通商破壊作戦では煮え湯を飲んだのだ。
彼女の場合はもっと深刻で、瀬戸内海で沈んだ戦艦すら存在するぐらいだ。
やってみないとわからないことならやってみればいいが、大海賊時代なのだからみんな失敗している。
それでもやる人間はルフィのようなバカだけだ。もう、本当に人生と命を賭けるしかない。
「どないしよ?」
「住むとこ探してんのか?」
もやい結びや巻結びなどの練習をしているルフィが声をあげる。一応、知ってはいたようだが、龍驤やコビーにも劣る手際で、対抗心が刺激されたらしい。とんでもない集中力で結び目を作っていく。作るだけなので、それを解くのは龍驤がやっていた。たまに固すぎる結び目に文句をつけている。おかげで、無限ループが完成した。コビーは戸惑っている。
「異世界転生やからな。アテもないねん。出来るならどっか腰、落ち着けたいな」
コビーだけでなく、ルフィすら顔をしかめている。やはり、難しいらしい。異世界転生がスルーされたことのほうが悲しいぐらいだ。
「ウチ、金ないし。しばらく、厄介になるで?」
「え? タカるつもりなのか?」
「命の恩人やからなぁ」
「ズリぃな」
「飯ぐらい奢れや」
「俺だって金はあんまりねぇよ」
「さっきの海賊からちょっとパクッてきた」
「じゃ、いいじゃん」
「キミのケンカやろ?」
「そこはいいよ」
「アカン」
この辺りの機微については、コビーが首を傾げている。ルフィの方は、渋々受け入れたようだ。
「仲間になりたいのか?」
「仲間にしたいんか?」
難しい顔である。駆け引きが嫌いなのに、駆け引きを強制されているからだ。ルフィは頭も悪くないし、察する能力もある。たまにオフにしたり、本当に世間知らずだったり、マジでデリカシーがなかったりするだけで。
まず、これまで二人はなに一つウソを交わしていない。そして、互いにとって荒唐無稽であったり、常識外れであったはずだが、なに一つ疑っていない。
ルフィは疑うのもウソつくのも嫌いで面倒なだけだが、龍驤は違う。
信用していないのだから疑う理由がない。確かめる術がないのだから、疑うだけ無駄。そんな理由だ。
ルフィの夢だとか、命を賭けた行動だとか、些細な言葉の端々まで、それがウソでもホントでも等価値なのである。
むしろ、疑っているのは自分の言動なのだから、相対的に出会ったばかりのルフィよりも自分を低く見ている。
だって、異世界に転生したのだ。生まれ持った倫理観すら信用出来ない。
それなのに、大戦を戦った記憶があり、戦後の知識があり、艦娘としての意識がある。
人間初心者には厳しいのではなかろうか。
そもそもが船なので、戦後の記憶まで与えられると、死んだという感覚があるのに、死後という感覚がない。なんなら、乗員たちの知識やら経験まであって、違和感すらない。
そうなると与えられた肉体や艦齢通り、13歳ぐらいの自分でいるべきか、70を越えたおばあちゃんでいるべきかすら悩む。
誰かに命令したり説教することも自然なら、命令に従うことも教えられることも自然なのだ。
そうして、自然に身についていることに従うと、ルフィは殺すべきということになる。
海賊を目指しているとか、大器だとか、色々理由はつけられるが、間違いなく次に会う時は敵だと勘が告げている。
敵である以上殺すのが、兵器であり、指揮官であり、兵士でもある龍驤の矜持だ。
じゃあ、殺せばいいかというと、それにも迷いがある。なにより、別に殺したくはない。
殺したくないのに、殺すべきだという考えに逆らえない。
何もかもが妖精さんに与えられたものだとするなら、理屈のつかない感情である、殺したくないというのが龍驤の意志だろう。
ところで、意志ってどうやって使うのか。
野望のために、無謀でも海に出たルフィを、勇気ある人間だと思う。
だが、龍驤は息を吸うように敵前に躍り出て、息を吐くように死んで行ける。戦艦の死とはつまり、なぶり殺しだ。しかし、一切迷わない。
自由になりたい、生きたいという。
まず、生きているとはなんなのだ。別に、物でしかなかった頃が不幸だったわけじゃなし、自由のなにがいいのか。
悪いことはしちゃいけない。海賊なんてもっての外。
じゃあ、人殺しはいいのか。悪人だから、敵だからでそれは許されるのか。
人類史に共通する永遠の命題ばかりだ。答えはないが、決断はなされてきた。龍驤もしなければならない。
ちなみに、転生初日である。
だが、なんとかしないと、龍驤は殺さないといけない。
自分の意志がないから。
そうした迷いと殺意に気づいたのだろう。
仲間に頼ればいいと思っていたはずの航海術を、ルフィは自分で学ぼうとしている。
勝つとか負けるとかではないのだ。ルフィが海賊王になるのと同じ感覚で龍驤は殺しに来るのだから、ルフィとしても殺す他ない。
目的が違う二人の、どちらかしか生きられない戦いなど無駄にもほどがある。
なのに、逃げることも出来ないのは、自業自得にしてもあまりに酷だ。自由に生きるはずが、なんにも自由じゃない。
一応、ルフィが仲間に誘うか、配下にでもすれば解決する。
でも、意志のない人間の外部装置みたいな人生が、ルフィの望みであるわけがない。
その上説教までされたら、なんだかじいちゃんが旅についてきたみたいでとても嫌だ。
しかし、放っておけば、腐っても空母龍驤である。誰かの人形になって、間違いなくルフィの前に立ちはだかるのだろう。ルフィが野望を捨てない限り。
簡単には別れられないが、肩を組んで歩めても、背負ってはいられない。
龍驤としても、そこまで甘えられるものでもない。
かといって、そう簡単に自分の道とか、判断とかが出来るわけもないので、ついつい頼ってしまう。
それが駆け引きのようになって、ルフィは嫌がるし、龍驤は申し訳ない。
で、早く離れたいのだが、じゃあ殺すのか、と堂々巡りだ。
「どうしようかな」
「どないしよ」
二人して迷いながら船は進む。
次第に海軍基地が見えてきた。高い塔に砲台が見える。
「船ないやん。むしろ、地上基地やん。マリーンやん。ネイビーちゃうやん。ぶっ殺すぞ、異世界」
マジギレである。ちなみにネイビーとマリーンの違いは色でしかないので、世界が違うなら別におかしくはない。
「よろしい。ウチの常識と希望を砕いたんや。真っ平らにされても文句ないな?」
基地爆撃の女王が立ち上がった。あんまりにも戦果がスゴすぎて、性能を知る味方よりも、被害を受けた敵からの方が評価が高いとかいう常識外れがなんかほざいている。
龍驤が絶望過ぎて、アメリカさんはミッドウェーに彼女がいたら負けてたかもとか呟いた。そんなわけあるか。
「やめろ!! なんでいきなりキレてんだ?!」
「やめて下さい!! ボク、あそこに入隊するんですよ?!」
「どう説明するんや?! やる気あんのか?! 軍艦ないんやぞ?! 単なる防御施設やん!! 世界は守らんでも航路は守れ、ゴラァ!!」
「そんな、軍艦なんてこんな小さな支部に常駐出来ませんよ?! 整備だって補給だって、この街の規模じゃ無理です!! あっても小さなコルベットくらいで、それこそずっと巡回してます!!」
ローテーションが死んでいる。訓練、出撃、休養ではなく、出撃、出航、出陣らしい。
多分、海賊に襲われた街が周辺にあっても、商船か何かを徴発して海兵だけ送り込むのだろう。なんなら救援物資ぐらいは積むかも知れないが、海賊を追ったりはしないのだ。
巡回ということは護衛もしていない。コルベットなら足は早いので追い払うことは出来るが、本格的な交戦は無理だからだろう。
もはや、沿岸警備隊である。
むしろ、なんにもならないような場所に兵だけ置いてあるだけ、ものスゴい頑張っている。軍事的に意味はないが、政治的というか、住民の安心にはなる。そうした港が航路の途中にあるだけで、かなり違うものだ。
本当に気分の問題だが。
「あれで何を守るんや? 訓練すら出来んやろ?」
「人を守るんです」
呆然と龍驤が見返した。確かに、あんな遠巻きに囲んだだけで干上がるような基地に意味はない。
だが、諸島地域の出入り口という、もっとも海賊に襲われやすい場所にあって、しかもその周辺を巡回しているとなれば、航海の安全は段違いに増す。
もちろん、海賊には襲われるだろう。経済的な損失は間違いなく発生する。
だが、それで難破しても助けてもらえる。応急でも修理して帰ることが出来る。襲われて奪われても、逃げて、耐えて、命を繫げば、助けがくる。
あの基地はそうした状況を作るためだけに、本来なら建造出来ただろう何隻かの軍艦を諦めて設置されている。
龍驤がそうであるように、敵を撃滅するのが軍の役目だ。脅威を払い、率先して犠牲になることこそ誇りである。
だが、そんな理想を投げ捨て、最善ではなく次善を成す勇気。命さえ拾えば、何を失おうとも必ず立ち上がるのだと信じる心。
龍驤は滂沱と涙を流した。あれは、人間の可能性を示す象徴だと。
そしてヤサグレた。ウキウキで街に上陸してみたら、街は基地の圧政下にあった。上のバカに振り回された龍驤としては、上が良くてもバカな同僚が足を引っ張る現実を突きつけられてもう、言葉もない。
「ね、やっぱ真っ平らにしよ? ね?」
「ちょっとお前黙れ」
この期に及んで判断をルフィにさせようとする龍驤に、流石のルフィも苛ついている。コビーも憧れを裏切られて唇を噛んでいた。
とりあえず、ゾロとかいう奴の面は拝んだ。龍驤と違い、ルフィは気に入ったようである。
だから助けに行こうとしているところで、さっきからガンギマリの龍驤が囁やきかけてくる。邪魔で仕方がない。
「お姉ちゃん怖いよ」
「ほら、やめろよ。怯えてんだろ?」
「フフフ、怖いか」
ヤケである。アイデンティティと一緒に、龍驤は五体を投げ出した。
「地獄に墜ちるのです!!」
プラズマぁと叫ぶ。みんなドン引きした。意味がわからない。
「放っとこう。付きあってられねぇ」
「龍驤ちゃんは孤独」
「自分の生き方くらい、自分で決めろよ。そしたら仲間にしてやる」
「仲間の当てがついたからか?」
「いつまでも縛られるのは嫌なんだ」
「逃げ切れると思うなよ」
「逃げねぇよ」
「舐めとんのか」
「お前こそ」
ルフィは背を向け、コビーが迷いながらついて行く。残ったのは女の子と、龍驤にビビり過ぎて声をかけられない、多分お母さんらしき人。
「大丈夫。アホの親子は終わりだよ」
「そ、そんなの?!」
「信じる、信じへんは自由やけど、子供を不安にさせたらあかんで?」
不安の元凶が世迷い言を。
「リカちゃん。お母さんにおむすびの作り方教えてもらい?」
「わたし、ちゃんと知ってるよ?」
「まだまだ、お母さんに敵うかい。練習したら、ウチにも食べさせてな?」
「いいけど。あのお兄ちゃんたちと一緒に来てよ? ゾロって人も!!」
「約束や」
女の子はにっこり笑って、母親と家の中に入った。龍驤は空を見上げて呟く。
「約束なんか、終ぞ守れた試しがないなぁ」
龍驤は一人、海軍基地に向かい、ゾロと話し込むルフィを横目に何故か隙だらけの内部へ侵入する。
基地内部の案内板で適当に構造を把握し、最上階へ。おそらく基地司令の執務室をひっくり返し、資料を読む。
パラパラと速読してわかるのは、ここの海兵たちの抵抗の跡。
横領とも言えないような、住民に負担がかからないよう設定された少額の徴収。事細かに命令の出処と、その過程や結果まで書かれた日報。
基地司令の横暴が、全て証拠として記録されていた。よほど、事務仕事の苦手なバカなのだろう。法など細かいことはわからないが、確実に有罪だと思えるだけの材料がある。
「少しは救われるな」
だが、欲しい情報はそれではない。周辺の航路、地形、海流、天候。出来れば、世界全体のことがわかればいい。
限られてはいるが、そもそも龍驤は何も知らない。片っ端から開いていく。龍驤よりも大きな金庫も力ずくで。
「金かぁ」
置いておくことにした。重要書類と思われるいくつかを見つけたが、単なる命令書である。大佐への任命書もあったが、カッコ付きで本部大尉相当とある。
下っ端とは言わないが、微妙な階級だ。
つまり、辺境軍と中央軍があって、露骨に待遇が違うようだ。
「え? これ、あいつのじいちゃんか?」
元帥の認可はまあ、形式的なものだろうが、必ず出てくる中将の名前がモンキーである。
明確な肩書はないが、この命令書の束から考えると、方面軍司令官でもおかしくない。
「しかし、世界統一政府か」
この天上金とかいうやつ、人口に応じるらしい。それで封建制だと、身分の差というものがとても明確になる。籍など作っては誤魔化せないが、誤魔化さないことが保証にもなるからだ。なんなら長男、次男で全く違う場合もあるだろう。人間の価値が金額で表される。国内で奴隷が生まれる。
制度が始まった瞬間から、搾取も始まっただろう。人間とはそんなものだ。
そうやって格差が広がれば、経済規模は縮小して、税収も天上金とやらも減る。肥え太るのは腐った権力者ばかり。
「だから、こうして直轄地を増やしてんのか」
海軍自身が収入を得ようとしている。完全に反乱の準備だ。これを世界政府が許している理由がわからないが、この元帥とやらがやり手なのだろう。実行しているこのガープという男も協力者だ。
「そりゃそんなんに育てられたら」
海賊のような外道になるわけがない。中将ともあろう人間が、ガキの一人、囲い込めないはずがない。人生をいいように出来ないはずがないのだ。
巻き込まなかったのだ。子供を。孫を。
突き放したのだ。それでもルフィは慕っていた。とんでもないジジイだ。そんなやり方で、愛情だけ与えたのか。
無理だ。こんな海軍には所属出来ない。自分たちは戦争を選んだ。何人も戦場に送り出した。一人として忘れてはいない。
こんなご時世だ。収益が欲しいなら崩壊する国など簡単に見つかるだろう。世界で唯一の海軍として、乗っ取ってしまえばいい。文句を言ったところで、そんな実力のある政府機関はない。
なのに、何もかも足りない中で、僅かな平和のために犠牲を飲んで、時間をかけて、秩序を保ったまま、それを成し遂げようとしている。二十年や三十年ではすまない。喉から手が出るほどに後継者が欲しいだろう。
そうすれば誰にも気づかれず、血も流さず、革命が終わる。
だが、ルフィは海賊になる。
「あほくさ」
特大のため息で冷静さを取り戻す。
そう上手くはいかない。善人がどれだけ頑張っても、世界の悪意に飲み込まれる。成功のために努力はするだろうが、必ず失敗する。それも折り込んでいる。
こんなバカが司令に座っているのだから、手が足りないか届かない。そして、そんな場所をある程度独立採算で運営出来るようにしているのは、世界政府どころか海軍の崩壊も視野に入れているからだ。
どんな外道でも、収益源である街は守るだろう。住民は地獄に落ちるかも知れないが、命は繋がる。そして、海に出る手段まではない。出たければ、街を発展させる。
善人が治めていれば問題ないが、そうでなくても最悪は避けられる。悪党のルールでも、秩序を保った地域が世界各地に残る。
想定する最悪のレベルがヤバい。コイツらどんな地獄を見たんだ。龍驤でもちょっとついていけない。
しかし、気は楽になった。例えこの世界を滅ぼしても、それに備えている人間がいるのだ。
流行りのチート転生した身としては有難い。世界の有り様より、この知識がどこからきたのかを真剣に悩んでいた方が、バカバカしくて健全だ。
ついでなので、傷病者リストと軍籍名簿と日報をうまいこと挟んでおいた。
海賊の襲撃でもないのに出た怪我人を調べれば、ここの下っ端がどれだけ頑張ったのか見逃さないだろう。
ついつい、これもあれもとしていたら、下でルフィが包囲されている。
「決着か」
本当に電伝虫だったカタツムリを取り出し、書類に記載された番号にかける。
「こちらマリンコードE-153、イーストブルー、第153支部。本部応答願います」
『なんじゃ?』
「あんた暇なんか?」
通信というのはそりゃもう、大事である。それをこんな型破りな受け答え。しかも、すぐさま受話器を取った。
常在戦場で、常に側に置いているのだ。相手はすぐにわかった。
『忙しいに決まっとる。サボっとるだけじゃ』
「ええで。軍人なんか無駄飯食らってなんぼや。真面目にするもんやない」
『誰だ?』
「この世界にも方言があるんか? 無駄やで。ウチは異世界から来た」
『なんの用じゃ?』
「反乱が起きた。モーガン大佐以下、司令部が拘束。直ちに査察部隊を送れ。経緯その他は、司令室の金庫に封印しておく。モンキー・D・ガープ中将本人、及びその名代でなければ開かんよ」
『貴様が首謀者か?』
「ウチは日本帝国海軍所属、空母龍驤。あんたの孫の船に乗る」
『旅立ちよったか』
「孫が首魁でも驚かんのか? ええ、教育しとるで」
『自慢の孫じゃ。お前、目的は?』
「ない。世界を見る。実はこの世界に生まれてまだ、一日しかたっとらんねん。夢も希望も、持つには早すぎる」
『なら、なんでワシと同じ目をしておる』
「見えるんか? ああ、電伝虫か。こっちでもいきなりヒゲ生やしおったわ。オモロい世界やな」
『カワイイじゃろ?』
「大事にしよ。ほなな」
『支部のことは任せろ』
「頼むわ。いや、違うな。ありがとうございます、中将。あなたのおかげで、絶望せずにすみました」
『なんのことかわからん』
「正義を掲げりゃ知らんところで人が救われる。そんなもんやろ?」
『そうじゃな』
受話器を置くと、電伝虫は眠り込んだ。
「疲れたんかな?」
言葉通り大切にしまい込む。ササッとペンを走らせ、壊した金庫に突っ込む。
「直しといて。ルフィのじいちゃんか、ちゃんと任命書持っとる奴にしか開けたらアカンで?」
妖精さんが胸を叩いた。頷いた龍驤は、窓から下を覗いた。大佐が倒れ、兵たちが歓喜の渦にいる。
「ゾロ、ワリぃけどもう一戦だ」
「は? まだ、敵がいんのか?」
「わかんねぇけど、気合い入れろ。強えぇぞ」
「そんなにか?」
一番高い塔の、一番上の窓が割れて、何かが飛んでくる。
「来たぞ!!」
「アレ、人か?! お前みたいなゴムなのか?!」
「不思議生物だ!!」
「ナマモノ?!」
処刑場の真ん中にそれは突き刺さった。刺さり過ぎて埋まった。見事な人型が出来た。
「なんだ?」
ルフィが構えを解いたのに合わせて、ゾロも口から剣を外す。
穴の底から、笑い声が響いた。ぴょこんと、龍驤が顔を出す。
「ルフィ、見て見て!! 壊れた!!」
履いていた高下駄を掲げ、龍驤が這い出してくる。
「なにやってんだ、お前」
「出来ると思ったの!! だって、ウチは龍驤だもん!!」
「いや、わかんねぇよ」
「そう! わかんないの! だから知ろうと思って! ルフィは世界を一周するんでしょ?! ね? 連れてって?」
「覚悟は出来たのか?」
「生きる意味なんて生きてみなきゃわかんないもん!! ルフィ、ウチ、この世界で生きてみる!!」
「じゃ、仕方ねぇな」
「なんだ? 結局、仲間なのか?」
「龍驤だ。異世界から転生したらしい」
「は?」
「ホントやねん。で、困っとるんで、面倒みてな?」
「頭オカシイのか、コイツ?」
「勝手にしろよ」
龍驤は呵々大笑した。
「よろしくね、ロロノア・ゾロ?」
「ゾロでいい」
「早速やけど、シャワー借りて尊厳を取り戻してきてくれへん?」
「いや、俺たち一応、海賊」
「構わんよな?」
海兵たちが何を見たのかはわからない。
ルフィ一行は出航まで海軍基地に滞在した。
お土産はおにぎり。見送りには敬礼したコビーを含め、街の人々も参加した。