クロコダイルは葉巻きを燻らせながら進み出て、巨人たちの前で頭を下げた。
「ウチの部下が邪魔をしたようだ。すまなかった」
「詫びは受け取ろう」
「構わねぇさ。大したことじゃない」
「こいつは、心ばかりの品だ。宴に加えてくれ」
風がどこからか、巨大な酒樽と酒器を運んで来た。一味のとは違って、巨人用のサイズだ。この島に足りない、様々な香辛料や野菜といったご馳走もある。
みんな、目を輝かせた。
「お前、いいヤツだな!!」
早速ルフィが懐柔されて、サンジと龍驤が料理に走った。これだけの材料があれば、恐竜の焼き肉だけの宴を、より豪華なものに出来る。
「こりゃ上等な品だ。腕がなるぜ」
「どうする? どうする?」
「落ち着け。まずは、さっと出来るものからだ。肉の付け合せに出来りゃ、もっといい」
「葉野菜やな。水汲んでくる!!」
置いてかれた。ビビは途方にくれた。なんなんだろうか、あのちっこいのは。
ビビにもわかってきている。こういうわけのわからない状況というのは、なんだかんだアレの思惑が混じっている。そうじゃないときはもっとシリアスになるので、めっちゃわかりやすい。
「で、誰だ? なにを謝られたんだ?」
「わっかんねぇけど、得したな!! 巨人のおっさんたち」
「ウッホぉ!! こりゃいい酒だぜッ」
適当組が適当抜かすので頭も痛い。お土産をバカバカ開けて、ガバカバ飲んでいる。
「俺の用はそれだけだ。よい夜を」
「わ、我々の処遇は?」
3の人が呼び止める。凄い勇気だ。
「こっちの落ち度だ。逃げてぇってんなら、止めはしないさ。今は、忙しい」
「出来るなら、戻りたいのダガネ?」
「歓迎しよう」
3の人が嬉々としてクロコダイルに並ぶ。視線が、ニコ・ロビンに向かった。
「お前はどうする? ミス・オールサンデー。どっちでもいいが、出来りゃこいつらとアラバスタまで来てくれ。探すのが手間だ」
「そうね。そろそろお暇しようかしら」
「言い訳は考えてあるんだろうな」
「思いつかないわね。単純にやられたわ」
なんとなく、怖いやり取りだということはわかる。
「え? 食ってかんの?」
キャベツの塩昆布和えを、デカいサラダボールで持った龍驤が声をかける。
「一口だけでもどうだ? 恐竜は旨いぜ」
サンジが恐竜のローストと、赤ワインを掲げる。
「うんもぁモグモグ」
ルフィが口の中をいっぱいにして、なんか言ってる。
「酒をありがとうよ」
「どこのどいつか知らんが、感謝する」
黙っててほしい。クロコダイルの様子は、一味なら見慣れている。あれは、ヤサグレている。
火薬庫でリンボーダンスな所業を、全員が親切とまごころでやっている。ビビは敵でありながら、クロコダイルに同情した。ナミとウソップは、巨人の後ろに避難した。
一人だけ、悪意たっぷりだった。
「愚痴、聞いたるよ?」
ビキッぃとクロコダイルの額に罅が入った。ジャングルでありながら、湿気が失せて涼しくなる。みんなの汗が引いた。
この島にないはずの砂が、さらさらと飛んでいる。
「あれ? なんか過ごしやすくなった」
違う。これから、地獄になるのだ。このジャングルと古代の環境が、枯れ果てて砂漠に変わるのだ。
「舐めてんのか?」
「キミが、海軍を舐めただけやろ? 八つ当たりはみっともないで」
一触即発の雰囲気だったが、クロコダイルのプライドが勝った。決闘に横入りして、挙げ句に失敗したのだ。いかにルール無用の殺し合いだとて、恥はある。どんな策謀も、準備も、勝つためにあるのだ。負けた言い訳はしない。
それを認めたから、ここまで来た。もちろん、殺してやろうとも思ったが、決闘以上に宴の邪魔はみっともない。
部下を、生かされている。
「ガープの孫ってのは、マジか?」
「なんだ? じいちゃんの知り合いか?」
一味がバッとルフィを見た。ナミだけが、龍驤を見た。
「電伝虫は、カヤとかノジコとか、私たちの家族としてるのよね?」
「ウソやないもん」
「ウソじゃなければいいってものでもないでしょ!?」
追いかけっこが始まった。クロコダイルの手に、キャベツの塩昆布和えが渡された。受け取ってしまった。
「お、これウメェ」
「酒が進むな」
そこからバカ二人が手づかみで頬張っていく。怒りに震える手からニコ・ロビンがボールを救助して、テーブルに置いた。
「美味しいわよ?」
「帰るぞ」
器の大きな御仁である。流石、七武海。
「逃げんのかぁ〜」
「逃げてんのはあんたでしょ!?」
風が吹いて、跳び回る龍驤が宙に吊るされた。クロコダイルが、それを見下ろす。
「はっ。それでも見下さずにはおれんか。よほど、上に立たれるのがお嫌いなようで」
「テメェ」
「言ったでしょう? 初見で踏み込まれたと。この子は、土足で人の心を踏み荒らすのが得意なの」
「正解。他所様の土地を耕すんは、ウチの十八番やよ」
しばらく龍驤を見つめて、ポイッと捨てる。それをナミが拾った。龍驤は青ざめた。
「麦わらァ、ポーネグリフって知ってるか?」
「ん? 知らね」
「ワンピースへの道しるべだ。こいつがなければ、ワンピースには辿り着けない。絶対にだ」
「へー、教えてくれてありがとう。でも、なんでだ?」
「そいつがアラバスタにある」
「へー」
湿気を失って涼しかった会場が、熱を帯びた。ルフィの目が、真剣にクロコダイルへ向かう。それを受け止めて、クロコダイルが口角を左右に引き裂いた。
「なるほど。確かに、俺なんざ眼中にねぇようだ」
今、まさに睨み合いながら、クロコダイルはルフィと正面から向き合った。敵意を受けて、視界に囚われて、心地よさそうに悦に浸る。ルフィの熱と、クロコダイルの乾きが、蜃気楼さえ生んだ。
楽しい宴が、静かに震えを帯びた。ナミにグリグリされる、龍驤のビブラートで。
「締まらねぇな」
「ごめんなさいね。やらかしたときに躾けないと」
「犬猫かよ」
クロコダイルは苦笑して、満足そうに背を向けた。黄金週間は3の人についていったが、ワカメのペアは迷っている。
「ウィスキーピークで、一番の酒だ。持ってってやってくれ」
「一応、しばらくしたら交易に来るから、どっちにしろ筋通して来たら?」
サンジがボトルを渡し、龍驤が助言する。ワカメのペアも、ジャングルに消えた。
残ったのは、麦わらの一味とビビと、巨人だけだ。
「なんか、オモシロそうなことになっとるな」
「知らねぇのか? 海賊は楽しいんだ」
「ゲギャギャ。よりにもよって、我らに海賊を語るか」
「おっさんたちも、いっしょに冒険しないか?」
「誘ってくれるのは嬉しいが、お前らの船にゃ乗れねぇだろうよ」
「アレだ。龍驤がイカダを引っ張れば」
「手漕ぎからは進化したな」
宴の会場は笑いに包まれた。
ビビは、蚊帳の外に置かれて唇を噛んだ。
「あれに巻き込まれちゃダメよ」
「そうだぞ。気をしっかり持て。お前が国を救うのと、海賊のケンカは別だ」
常識組がビビの目を覚まさせる。そもそも、アラバスタという国の都合を無視して、勝手なことをされているのだ。目の前にいたからと、相手にされると思うことがおかしい。
それをする人間なら、戦う理由すらない人々を、戦いに駆り立てたりはしない。
だからこそ、ビビが救うのだ。あいつらの策謀も陰謀も、全部無視して。
「私たちは私たちで旅の目的があるけど、ちゃんと助けるから」
「見捨てたりはしねぇさ。俺たちは海賊だ。なにもかも、叶えてやるよ」
「むしろ、好都合よ。無視したことを後悔させるぐらい、横っ面を引っ叩いてやりましょう」
「不意打ちは任せろ」
口数が多い。思わず、二人に抱きついた。
「ありがとう。必ず、やり遂げるわ」
「ウソップっ、テメェ!!」
サンジが飛んできて、ウソップを轢いた。ビビは苦笑して、サンジも抱きしめた。メロリンして、溶けた。ルフィと龍驤も押し寄せる。
「お? ビビも海賊になるか?」
「カルーもいっしょやろ? 羽毛布団にしよ!!」
なんかとんでもなく盛り上がり始めた。遠くでゾロが、酒杯を掲げた。
改めて、乾杯の声が唱和した。真ん中山が噴火して、宴は最高潮だ。
本来、スナスナの実の力で動く個人船を、ドルドルで代用させ、クロコダイルは一人、静かに葉巻きを燻らせていた。
機嫌はよくも悪くもない。自分が見た物、体験した事、様々な情報を並べて、麦わらの一味を評価している。
クロコダイルは、なにも信じない男だ。部下も、情報も、自分の判断すら疑って事を進めてきた。その慎重さが、アラバスタをここまで追い詰めたと言える。
だが、最終段階にまで漕ぎつけたせいか、いささか自分を頼みにし過ぎたようだ。ルーキーと侮ったせいで、計画はかなり危うくなっている。
改めて考えると、麦わらの一味の登場は、あまりにも出来すぎていた。
まずはタイミング。
計画の最終段階であり、世界中からバロックワークスを集結させていた。クロコダイルの手の長さと、情報を支えるネットワークが、アラバスタに集約する過程の中だった。
隙を突かれたクロコダイルは、決して優位ではない。
次にルートだ。
グランドラインに進出し、かつ、リヴァース・マウンテンやその周辺を通るようなバカ。そうした海賊は、賞金額も含めて、鴨であった。ビジネスとして実に儲かった。
しかし、クロコダイルは戦力をアラバスタに向かわせていたのだから、本来なら引っかからないはずだった。例外が、ウィスキーピークだ。
王女の潜入により、社員の間の競争が鳴りを潜めて、連携が生まれていた。変質した組織は不協和音だ。
後ろにリトルガーデンがあったからこそ、孤立した立地は都合がよかった。補給を握れば、簡単にコントロール出来る。だが、独立した。
王女とともに切り捨てた島だ。それが、直接ではないにしろ、取引まで行った。対等の席についた。先に裏切ったのが自分である以上、害を与えないという約束を断ることは難しい。孤立した立地は、ビリオンズやフロンティアエージェントを送りにくく、オフィサーエージェントを派遣するしかない。
それも、失敗した。
やはり、タイミングだ。バロックワークスという組織の強みを活かせなかった。ここぞというときに、ここぞという弱点を突かれた。本来ならば強みであったものが、反転していた。
ミス・オールサンデーが捕縛されたことで、そうした組織の一時的な弱体化を体感した。社長としてではなく、七武海として麦わらの一味の背景調査を強いられた。情報や野心、様々なものが、自ら動くことで隠せなくなる。
会社があるという状況に慣れすぎていた。
その意味でも、ミス・オールサンデーの進言は有益だった。
出身は東の海。
最弱と侮るべきではない。海軍が平和の象徴とまで呼ぶ海で、長く活動しているだけでも曲者なのは明白だ。それらの海賊を、短期間かつ、連続で撃破している。
単純な、強い弱いだけを警戒すればよいような、当たり前の海賊ではない。
まず、移動速度がキチガイじみている。海軍のように、海兵を陸戦隊としてだけでなく、漕ぎ手としても活用しているならわかる。この船のように、悪魔の実を動力とすることもある。
最近は、外輪船なども台頭してきた。
しかし、どう見ても麦わらの船は、ただの遊覧船である。
航海が危険なのは、船が波よりも遅いことに大半の理由がある。極端な話、同じ速度なら、船は波で揺れないのだ。
荷物を満載にしても浮いているのが船なのだ。揺らさずに沈没させたら、大したものである。
では、風で生じる波と、風で動く帆船。どっちが速いのだろうか。速い船もあるが、遊覧船なのだ。意味がわからない。
事件を辿っていくと、この一味はすでにこの世界を半周している。だいたい、二週間でだ。
地球だと一周の世界記録がおよそ四十日、半分で二十日。それより一週間弱速い。
誤差というなかれ。半分はバラティエに滞在している。波より速いのはともかくとして、風より速い帆船は許されるのだろうか。
いきなり渦を巻くような海流もある。可能か不可能かで言えば、可能ではあるのだが、遊覧船でレコードタイムを連発している感じで、不気味というか、ドン引きである。
それがクロコダイルでもだ。
情報網に引っかからなかったのが、小物だからじゃなくて、結成直後だったからなのだ。どんなタイミングとスピードだ。
久しぶりに海図を引っ張り出して、詳細に航法した。なんか、物流に革命が起こりそうな気がした。本当に東の海は平和になって来ているし、ちょっと商売を考えた。
計画が成功したときの楽しみにしよう。というか、敵対よりも味方にしたいような。こんな航海士を抱えて海図を書かせたら、それだけで覇権を握れそうな。
真剣に悩んだ。
しかし、やはり結成してすぐの海賊。大した背景情報を得られなかった代わりに、船長のフルネームを手に入れた。
見覚えがある。クロコダイルは、半日の間、微動だにしなかった。意を決して、電伝虫に手を伸ばす。
「よう。聞きてぇんだが、あんたの親族は海に出てるか?」
『ん? ドラゴンのことか?』
クロコダイルは静かに受話器を置いた。
あのじいさん、無敵過ぎる。情報を手に入れて後悔したのは、初めてだ。
センゴクって、本当に偉いんだなと思った。なんにも確かめられなかったけど、かえって確信した。
このフザけた一味は、アレの関係者だ。そうじゃなきゃイヤだとすら思った。
もう、調べる気力も勇気もない。
だいたい、なんでこいつら、恥ずかしげもなく、麦わら被ったジョリーロジャーを船籍登録しているのだ。逆に見つからないだろうが。
新聞にも載っていたが、東の海の地方版だ。珍しいぐらいに詳細な記事は、本当に珍しいことに、当人たちの取材で手に入れたものだからだろう。
そのせいで、グランドラインとは別の扱いになった。そうじゃなければ三面扱いで、クロコダイルの目にも留まった。
隠してないくせに、尽くセオリーを外してくるせいで、謎を深めている。それ以外のやることなすこと、全部、バカなのに。
賭けてもいいが、政府も海軍も、こいつらのことをなんにも知らないし、しばらくはなにをやっても注目しない。
七武海という立場を利用しているクロコダイルだからわかる。あいつら、手元にあるというだけで安心する類のクズだ。他人の懐にはなんの遠慮もないくせに、自分の懐を確かめるのはサボるのだ。
知ってた、という建て前に縛られて、逆に知らんふりをする、底抜けのアホだ。
まさにお役所仕事。それを油断だとか、慢心だとか、無能だとか、そんな理解をしていた自分が恥ずかしい。
これは官僚の文化なのだ。それを知った今なら、もっと利用出来る。ビジネスに繋がる。
どうしようかと思う。
敵対しない方が得なような気がする。なんなら、この一味を仲介にしてアラバスタと和解し、現在の会社を大きくした方が、国なんか手に入れるより、身軽なままで勢力を大きく出来る気がする。
確かに海賊王になるという野心はあるが、ワンピースに拘るのも違うのだ。
ロマンや夢を下らないと思うクロコダイルも、結局は海賊だ。
海賊王を否定はしない。
だが、他人に認められるならば、自らが築き上げた力でなくてはならない。肩書きや称号は、それについてくるものだ。
逆に、称号がなくても、それに相応しい力がこの手にあれば、それなりに満足だ。ほしいのは玉座ではない。
ワンピースとか世界一周とか、他人にリスクごと丸投げとか、むしろ素敵である。ちゃんとそこに、自分の影響力が及ぶのならば、だが。
名案にも思えたが、単なる思いつきで、数十年の準備を無駄にするのも躊躇われる。
非凡ではあるが、実態はルーキーだらけの少数海賊なのだ。団とかじゃなくて、一味としか呼べないぐらいに。
悩みとも違う、どこかモヤモヤとした気持ちに、ミス・オールサンデーの言葉が思い出された。
現場に足を運んだ理由は、そんな気まぐれでもある。期待外れなら即座に皆殺しのつもりだった。部下も、ニコ・ロビンも。
事の顛末には呆れるが、部下の責任とは思わなかった。賞金稼ぎを効率的かつ、安全に、確実に出来ることが、バロックワークスの強みなのだ。
それが一時的にせよ崩れたのは、組織を運営する側の責任だろう。そもそも、こんなんでは交渉は無理だ。クロコダイルは、Mr.3たちを許した。それも気まぐれだ。
つまり、七武海のクロコダイルをして、自暴自棄というか、ヤサグレていた。
だって、こんな奇跡みたいな偶然の積み重ね、対応なんか無理じゃん。
だから、出迎えと敗戦処理のために、姿を現わすことは、一つのケジメでもあった。
形としては巨人への詫びだが、対象は部下たちにも向けられていた。
それだけのはずだった。
最速でワンピースを目指す。なるほど、賢い。海軍、四皇、七武海。この海も、気候も、島々さえもが障害だ。
そうしたリスクを最低限にして、駆け抜ける。こんな航海士がいるなら、それも可能だ。
そんなふうに思うのは仕方がない。ルーキーならば。
それが叶うなら、それで辿り着けるなら、それが出来るのならば。
「傷が疼きやがるぜ」
誰も、新世界を抜けられない。海賊王亡き後、あそこで立ち塞がる怪物たちを、誰も越えられない。奴ら自身ですら。
退けばいいものを、行けもしないのに、いつまでも君臨する時代の置き土産。そこを拠点に肥え太り、グランドラインを渡って痩せ細った馬を狩る、狗の群れ。
既得権益者。
クロコダイルは作り出した。同じものを、この楽園に。
互いに牽制し、削り合うバカを横目に、圧倒的な力で、東も南も飲み込んで、新世界へ攻め込むために。
その足場とするために。
これで終わりじゃない。こんなもので終わらない。まだ、入り口にすら立っていない。ただの準備で、暗躍で、躓いてたまるものか。時代遅れな奴らの真似だなどと、そんなものと同じにされたまま、黙ってはいられない。
断じて。
テーブルの酒が、飾っていた薔薇が枯れ果てた。苦労して、それだけに抑えた。この船には部下もいる。沈めたくない。
時代を進めるのは、この俺だ。
このクロコダイルが、全てを力で蹂躙する。
四皇を。新世界を。
初心を、野望を思い出した。決意を、覚悟を取り戻した。
クロコダイルは怒りに燃えた。屈辱に腸が煮えくり返る。
なのに、機嫌はよくなった。
なのに、酒がないのだ。ちょっとブスくれた。コンコンと、扉が叩かれた。
「入れ」
「失礼」
ミス・オールサンデー。ニコ・ロビンだった。唯一、クロコダイルの相棒。同盟者だ。
「これ、ウィスキーピークで作ったお酒だそうよ。Mr.5がお土産に持たされたんですって」
「丁度いい。貰おう」
「あら? 怒ると思ったのに」
「交渉と取引があった。なら、敵じゃねぇ。今は、な。門出なら、祝ってやろうじゃないか」
「あなた、変わった?」
「戻っただけだ。海賊の自分にな」
ニコ・ロビンは薄く微笑むと、コルクを抜いた。渡されたクロコダイルは匂いも含めて、確認する。
「ああ、伝言よ。礼儀を知ってるから、食べ物に毒やら鼻くそは入れない、ですって」
「Mr.5か。発想は驚異だがな」
同時に置かれたツマミになにか言うことはやめた。野暮であり、ニコ・ロビンの言う通りだ。
殺し合いの中なら毒も使う。だが、食卓や寝所に短剣を忍ばせるのは、権力者の戦いだ。
海賊にしてみれば、どちらが下品かは言うまでもない。権力者なら違うのだろうが。
下品と言えば、Mr.5だ。能力の自由度、応用という意味では、なかなかの工夫だ。身体がゴムになる。爆弾になる。なることは同じに見えて、片方は体液までが変化し、片方は肉体のみ。個人差なのか、実の能力なのか不明だが、努力の結果ではある。
真似はしないが。
「付き合え」
「ええ、私も興味がある」
ストレートで注いでやる。おそらく、長い付き合いの中で、初めて酌み交わす。
「海賊に、戻ったの?」
「そうさ」
「計画は?」
「国軍と反乱軍を潰せりゃいい。そうなりゃ、俺に頼る他ない」
「なるほど」
クスクスと笑う。いつもの仕草と、態度。だが、クロコダイルは眉をしかめた。
「お前もか?」
「私? そう、あなたにはそう見えるの」
「わからねぇがな」
「いえ、きっとそうなんでしょう。面白い一味だったわ」
「フザけた一味だ」
会話しながら香りを楽しみ、口に含む。荒く、強い口当たり。
「マズいな」
「でも、丁寧だわ」
「腕が悪いんだ」
仕事はしている。工程に手を抜いた感触はない。ただ、荒く、拙い。これが、クロコダイルから独立した島の酒。
「来年にはちったぁ、マシになるか?」
「支援でもする?」
「放っておくさ。それが約束だ」
再び酒に空気を含ませ、ツマミを齧る。若いミカンの酸味が唾液を呼んだ。口が一気に洗い流される。驚いた。さっき見た、恐竜のローストだ。鳥のハムのような見た目で、かかっている胡椒の風味を予想していた。もちろん、それもあるが、とにかく目が覚めるようだ。
いや、最初だけでさっぱりと強い酸味が消えて、酒を飲みたくなる旨味だけが、後味として残る。
「参加すればよかったかしら?」
荒く、重い、なんなら安っぽいだけだった酒が、急にこの場に相応しいものだと思えてきた。
地位や立場など関係のない、海賊の酒だ。
同時に、宣戦布告にも思えた。互いになにか、通じ合うものを感じた。見せ球として開示された、最強戦力がコレなのだ。
今、驚いた以上のことが待っている。
麦わらも確信しているだろう。情報を精査し、分析し、評価した人間だけが、このメッセージを受け取れる。
必ず、クロコダイルに届くと、信頼されている。
「手強いな」
クロコダイルは上機嫌にグラスを空け、二杯目を注いだ。
ニコ・ロビンはそんな彼を見て聞いた。はにかむように、迷いながら、純粋な少女の好奇心をぶつけた。
「海賊って、首を折っても襲ってくるものなの?」
「テメェが不覚を取った理由はそれか!?」
クロコダイルは爆笑した。愉快でたまらない。
拗ねた美人を肴に、クロコダイルはさらにグラスを空けた。
「なぁ、あの金魚、喉チンコあんで」
「ありゃ歯だ。鯉とか金魚とか、あれでエサをすり潰すのさ」
「へー」
ルフィと龍驤が、サンジの講釈に頷く。あんまり、興味はない。
「それ、ヤバいじゃない!? ラブーンみたいに飲み込まれないってことでしょ!?」
麦わらの一味は出航した。そしたら、金魚がこんにちはした。
巨人の二人に言われた通り、一行は真っ直ぐ進む。つまり、金魚の口の中へ。
「ウソップ、キミ、実は正直者か?」
「そんなワケねぇだろ!?」
否定されても困る。仲間を嘘つき呼ばわりはしたくない。
「はよ、部下連れて来い」
「どうする気だよ!?」
イジワルでもなく、ワクワクされると、ウソップも困る。絶対、戦争にしか使わない。
「早く船を動かさなきゃ!!」
「ナミ、諦めろ」
ゾロは早い。それは覚悟じゃないし、心意気でもない。
慣れだ。
ちなみに、金魚だと判断出来たのは、ウロコがそんな鮮やかさと模様だったからだ。島食いの名に相応しく、ドリーさんやブロギーさんが家にしていた、海王類よりも大きい。
だから、目の前だとデカい以外はなんにもわからない。
当たり前である。いくら巨人でも、あんな海王類を遠くからわざわざ運んで来たりしない。アレはこの島の周辺にいて、食物連鎖の頂点にいる。
そのさらに上にいて、足りなくなって島まで食べている。
ちょっと育ち過ぎたぐらいで金魚が海王類の支配を覆せるなら、世界は怪獣大戦争なんかにならない。ちょっとじゃないのだ。
とんでもない。
絵にも描けないデッカさだ。そもそも、船を動かして避けられるものでもない。漏れ聞こえるところによると、糞が大陸レベルだそうだ。
地球なら、まぁ、いい。だが、この世界の大陸は、レッドラインだけである。
うんこがレッドラインとか、例えが間違ってたらいいのに。
信じることしか、出来ない。
なんとなく、予想はつく。
巨人はとってもいい人たちだったし、こんな状況だし、もはや信じることに、なんの問題もないけれど。
「ほら、最後の煎餅やるから」
「いらないわよ!?」
言いながらナミはそれを強奪し、泣きながら齧った。実は、龍驤も泣きたい。
貫けない血に染まる蛇って、レッドラインじゃない。アレのうんこに敵わないのか。
長いイメージのある金魚の糞だが、実は金魚の体長ぐらいしかない。うんこは消化の終わった排泄物で、腸の終端である肛門から出るものだ。浮いてるから消化不良かも知れないが、そんなに腸内を占有したら便秘である。
だからきっと、大げさに言ってるのだ。そのはずだ。
広大な陸地ぐらいの意味だ。信じろ。
なんにしろ、アレの中には、ソレが詰まってる。
「まっすぐ!! まっすぐ!!」
「もう、飲み込まれたわよ!!」
「まっすぐ!! まっすぐ!!」
「腸、ぶちまけるんやろなぁ」
一味がぎょっとした。巨人は強い。やるかも知れない。
自分たちがそうなるのも困るが、それを浴びるとか考えたくもない。
「ぶちまけちゃうんだ」
「オイオイ、内臓をか?」
「俺たちごと?」
『覇国ッ!!』
杞憂だった。一味は揃って涙ながらに、両手を挙げた。麦わらの一味は未だ、清廉潔白。巨人は偉大なり。
龍驤が崩れ落ちた。
「んな、アホな。空間断絶? 残骸が、切り取られた事象そのものが見当たらん。いやいや、単なる衝撃波やろ? でも、貫通してるってことは、ビーム? ビーム撃ったん?」
ビームとは波の位相を揃えること。光でも音波でもなんでも、波が揃っていればビームである。
貫通力が爆上がりする。
「じゃあ、なんでウチらは無事なん? え? わからん? わからん過ぎて気持ち悪い。だって、コレ、そのうち、敵が撃ってくんのやろ? 対策は?」
「打ち返す」
「蹴り飛ばす」
「斬り捨てる」
「撃ち抜く」
「逃げる」
龍驤はビビを見た。ビビは頑張った。
「大丈夫!! あなたにも撃てるッ」
「撃ててたまるかぁッ!?」
そのうち本当に撃てそうで、龍驤は心底恐怖した。