龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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多分、この寄り道が一番危ないと思います編
初心者だけど、海賊は多分こう


 改めて巨人に手を振ったりしつつ、憂いも物理的に吹き飛んだので、スペシウムの練習をするバカを食堂に放り込む。

 ちなみに、三人いた。尻を突き出して中腰になる構えを、熱心に伝授してた。正確には膝立ちだ。

「で、どうすんだ? 次の島はアレの糞なんだろ?」

 ログがないのだ。辿り着けるかもわからない。

「なにもないんじゃ、冒険出来ねぇな」

 なにもないことが問題ではなく、単純に上陸したくない。

 ふふんとちっこいのが椅子の上でふんぞり返る。行儀が悪いのでやめさせようか、野暮なので黙ってようか、一味の中で牽制し合っている。

「ウィスキーピークで、アラバスタの方角は確認しとる。おおよその距離もな。当然、経験則に基づいた航路からは外れることにはなる。が、ウチらなら行ける」

「私の功績よね?」

「はい、拍手」

 誤魔化された。

 陸もそうだが、海であってもまっすぐに向かえば目的地に着けるわけではない。海流や風に合わせて、効率的な道というものがある。

 ちょっと東に行けば、目的地に向かういい流れを捕まえられるのに、それをしないだけで、航海の時間は一週間単位でズレたりもする。そうすると、食料や水など、船に積む荷物も大きく変わってしまう。

 それで漂流する船もある。

 こうした風や海流などの情報をまとめたものが、海図である。

 グランドラインでは、地図はともかく、海図など上手く作りようもない。だから、地図すらも貴重であり、人々はログと経験則によって海を渡る。

 だが、ここにグランドラインすらも海図に起こそうとする女がいる。そして、行って帰って来るだけなら2000kmという、常識を越えた航続距離を持つ、零戦を装備した龍驤がいる。

 アラバスタの場所はわかっている。ログに頼らない航海。誰もが夢見るそれを、実現する。

「言うまでもなく、危険や。誰もやらんのは、みんながバカやからやない。やるんが、バカやからや。そのバカをしよう言うんや。大冒険やで?」

「おい、その言い方はズルいだろ?」

「ネタバレすると、ナミおるからあんまり」

 エヘっとナミがはにかむ。龍驤がちょっと首を傾げた。ビビも疑問を呈す。

「確かに腕のいい航海士だと思うけど」

 腕がいいだけでそれが出来るなら、みんなやる。

「リヴァースマウンテンから出る八本の磁力が全てを狂わせる。逆に言や、ログに沿わん方が、航海は比較的平穏なんや。だから、エターナルポースも普及する。そもそもが狂ったグランドラインやと、それが目に見えんから、大変なんやけどな」

 全部の島が繋がってはいないし、諸島でまとめてログになっていることもある。島食いのような常識外れの災害で、ログが途切れたりもする。

 人々が思うよりも、海を狂わせる磁力の脅威は、あちこちに潜んでいる。方位磁石が役に立たないこの海で、それを知る術はない。

 だが、グランドラインには渡り鳥も存在する。海図にも書き込まれ、季節によっては指標にさえされる。彼らの特殊能力は、磁気の感知である。

 おそらく、ナミにもある。それも、鳥より高い精度で。

 他にも気圧や、湿度や温度変化にも鋭い。

 原因が磁力そのものかどうかには疑問もあるが、磁力のあるところには、気候そのものを変えるなにかがあるのだ。

 そうでなければ、太陽の運行に関わらず、島ごとに季節があることの説明がつかない。

「これがウチの推測や。要は寄り道の方が安全って話。大前提として、グランドラインであることに変わりはないがな」

 エルニーニョだのなんだの、どこかが狂えば、その影響は世界に及ぶ。狂わせるのが磁力の道だとして、間に挟まれた海がそこで発生した異常に荒らされないなんてことはない。

 その極地が最初の航路だ。

 むしろ平穏なだけに、なんの脈絡もなくそれらと出会う恐れもある。

 龍驤の口車に乗って、ナミを信じるかどうかだ。答えは決まっていた。

「いいんじゃねぇか?」

 わかってるんだろうか。なんかもう、この世界の成り立ちみたいなものに踏み込んでいるんだが。

 丸投げというと語弊があるような気もするが、命とか野望とか夢とか、全部まとめて無条件の信頼に包まれて、なんなら船長としてクルーの命運まで引き連れてくるので、クッソ重い。

「ま、楽勝ね」

 しかしながら、航海士とはそういうものだ。人や荷物を乗せた船を、無事に運行させるのが仕事である。ルフィの期待は、デフォでしかない。だからこそ、ルフィはそれが出来るナミを逃さなかった。龍驤じゃダメだったのだ。

 ログポースも知らなかったけども。

 一味の視線がビビに移った。みんなに見られ、ナミに笑いかけられて、ビビは口を開こうとした。

 笑ったまま、ナミが傾いていった。

「ナミさんッ!?」

「ナミっ!?」

「どけぇッ!!」

 最近、みんな強くなったせいで、かき分けられない。甘やかされるのはいいが、こういうとき、困る。

「薬箱持って来い!!」

 ウソップが走った。ルフィが慌てて、どっかに突っ込んだ。

「熱や。氷とタオル冷やして」

「準備する」

 サンジが走った。龍驤はゾロを見た。

「〜〜ァァァ、進路頼む」

「了解」

 断腸の思いである。海賊狩りと呼ばれた経緯が、実家に帰ろうとしてだったときはオモシロかったけど。ログもないし、どうせ無理だから、もう見張りでいい。

 最強のセンサー兼レーダーが倒れている。一味への脅威を測るなら、とりあえず最適だ。怪獣には襲われない。

「ベッドまで運ぶ。ビビ、部屋開けて」

「うん!!」

 寝かせた。ナミは抵抗する。

「大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」

「黙れ。服、捲るぞ」

 ビビがルフィを蹴り出した。狼狽しながら、女部屋まで着いてきてた。閉まった扉に、ルフィが縋り付く。

「開けろぉ!! ナミは大丈夫なのか!?」

 言いつつ、自分では開けないのだから、大丈夫。冷静じゃないけど、頭は回っている。開けたら砲撃してた。マルチ思考で意識を逃さないと、龍驤こそ冷静でいられない。熱が高い。

「虫刺され」

 最悪だ。毒か、感染症か。アザのようにはなっているが、目立った炎症はない。腫れもなく、本人も気づいていない。おそらく、感染症だろう。吸血性の虫だ。なら、持ってても麻痺毒だ。捕食動物ほど強力でもない。どちらかと言えば、共生が目的だからだ。

 しかし、それらが媒介する病は恐ろしい。基本的に、共生先と違うから病気になるのだ。免疫は役に立たない。となれば、症状は激甚なものとなる。

「ちょっと」

 ナミの胸に耳を押しつける。肺に異音はない。ある意味で助かる。呼吸器系への対処法などない。問題は循環器系。特に生命に関わるのは、心筋炎。急な不整脈や発作で、なにも出来ずに死んでしまう、感染症由来の死因として名高い。心臓に限らず、内臓の炎症を伴う病気は数限りなく存在する。

「胸の痛みは? 動悸はあるか?」

「動悸は、あるけど。熱のせいでしょ?」

 ギリっと歯を噛みしめる。咳もないのに、呼吸が荒い。呼吸器系に問題がないとすれば、やはり循環器系。心臓だ。

 対処法は、ない。

 ナミは死ぬ。

 リトルガーデンでの出来事が、フラッシュバックする。敵を見過ごし、ナミを置いて、龍驤は。

「違う!! 落ち着け。虫刺されや。護衛や索敵の問題やない」

 だが、知っている。検疫の大切さを。ジャングルの恐ろしさを。病気の厄介さを。知らない土地というものがどんなものかを、龍驤は知っていて、怠った。

 一味にいちいち指示を出して、長袖長ズボンを着せて、虫除けさせて、上陸を制限して、現代知識を最大限に活かして。

 冒険なんて、危険なことをさせない。死んだらイヤだ。

「どうしよ? どないしよ?」

 後悔している暇はない。趣味に耽る時間じゃない。手立てを考えなければ、ナミが死ぬ。でも、ログはないのだ。龍驤の企みで。

「もう、大丈夫だって言ってるでしょ」

 混乱する龍驤を軽く抱きとめる。龍驤が慌てる。

「寝とれッ。安静にせんと」

「この船の航海士は私よ」

 スルッと部屋を出て行く。どうしてだか、止められない。扉の前にいたルフィでさえ、ボウッと道を譲った。

 薬箱を持ったウソップが立ち止まる。サンジでさえ、黙っていた。

「なんだ? 熱はいいのか?」

「ああ、やっぱりズレてる」

 ゾロの隣に来て、太陽を見上げた。それだけで、方位を捕まえた。そして、遠くを見る。熱のせいか、いつもより儚げだ。

「風が来るわ」

「は? 風?」

「進路を南に。急いで」

 額に手を当てて、深いため息を吐く。ゾロが眉をしかめた。

「やっぱ、休んでた方がいいんじゃねぇのか?」

「黙りなさい」

 ゾロまで、気圧された。船を、クルーを含めて操作するのは、ナミの仕事なのだ。

「舐めんじゃないわよ。どいつもこいつも。私は、お客さんでも、守られるだけのお嬢様でもない。この船が海にある限り、アンタたちの命を握ってんのよ」

 ナミだけが、戦えない。蚊帳の外だ。置いていかれて、守られて、放っておかれる。冒険だの、誇りだの、夢だの、野望だの、全部下らない。

 まともに航海も出来ないくせに。

 なのに、どいつもこいつも、簡単に命を捨てて、ナミを残して逝くつもりなのだ。気づかないとでも思っているのか。

 だから、酒を飲んで見物し、囃し立てる。当てつけのように水着を着て、バカンスを楽しむ。

 腹が立つからだ。

「誰のおかげで、生きて次の島に行けると思ってるの? 船の備品だとでも思ってるの? 誰に生かされてるか、わかってる? ねぇ、私だって、航海に命を賭けてんのよ! 仲間外れはやめなさい!!」

 そんなつもりじゃ。

 男たちはバツが悪そうに目を逸らした。龍驤もだ。ビビはどうしていいか。

「南へ。さぁ、動きなさい」

「ヘイ!!」

 従うしかない。

「龍驤、ビビに新聞を見せなさい」

「え? イヤ、ハイ」

 従うしかない。

 国王軍三十万が、反乱軍に合流した。

「そんな……ッ」

 国王軍が優勢だったから、なんとか穏便に鎮圧出来ていた。それでも大きな犠牲が出た。しかし、半数が寝返った。

 兵数も問題だが、この反乱の大元は、水が足らないことなのだ。足らないものはどうしようもないが、それでも国民の犠牲が少なくなるように、国王の手足になっていたのは軍なのだ。

 もちろん、反乱軍だって同じことをしている。そして、やはり水はない。

 例外は、アルバーナだけ。寝返って、数では王国軍が不利になった。しかし、追い詰められたのは反乱軍で、国民だ。

 水が必要な人数だけが増えた。支配地もだ。彼らは、王国軍が水を独占していると思うだろう。

 違うのに。国が一つになれば乗り越えられるのに。全部、クロコダイルの策謀なのに。

 戦争は避けられない。

「一週間、どうしてもかかる計算よ。龍驤とも検討した」

 龍驤を見ると、目を逸らされた。なにかを隠している。

 ビビは考えた。何故、早く帰りたかったのか。前提はなんだったか。あの場面に混じっていた、龍驤の思惑とはなんなのか。

 イガラムは生きている。

 囮であったことを、なぜ告げる必要があったのだ。これから、ログにすら頼らない航海で、姿を晦ます、その直前に。

 思い出す。あの宴会で、慰めるふりをして、ヒントを出したのか。ニコ・ロビンもだ。

 戻るだけなら、バロックワークスに身を預けてもよかった。彼らは刺客ではなかったのだ。なんにしろ、交渉は出来た。巨人がいたかも知れないが、それでも七武海本人がその場にいて、有利だとクロコダイルは判断しなかったということだ。

 クロコダイルはビビを無視したのではなく、拒否されるのを避けたのだ。

「ナミさん、治療しましょう」

「ちょっと!? 新聞を見たでしょう!?」

「いいえ。クロコダイル自身が、私の前に現れたのよ。そして、殺そうとしなかった。クロコダイルは、必ず私と、あなたたちを待つわ」

 王族がただ邪魔だった状況から、生かして保険に使うところまで揺り戻した。計画はとっくに修正されて、クロコダイルも、大きくなり過ぎた反乱を制御する手段を求めている。

 もはや、国を乗っ取ったところで、支配が確立される公算は低いと見なければならない。

「間違いないで。そう、動かした」

 海軍中将、英雄ガープ。海賊以上に、政治も工作も通用しない、正義というより、ポリシーで動く怪物。

 今さら、国民に知られたところで、クロコダイルは気にしないだろう。王族に知られたからと、計画を止めないだろう。

 海軍が出て来たところで、どうとでもする自信があるのだろう。世界政府など、相手にもしていない。

 だが、ガープが動けば、世界が動く。情勢がそうなる。例え七武海であろうと、ガープ個人に打ち勝とうとも、クロコダイルはまさに海賊王の立場になる。

 世界の敵だ。

 それが英雄。祭り上げられた偶像。自覚のある災厄。

 それをチラつかせた。いつなんどき、海賊以上の理不尽が、アラバスタを襲うかわからない。

 それを防ぐための方法は、ニコ・ロビンを通じて間接的に伝えてある。

 海賊として戦え。ルフィを楽しませろ。海軍を、世界を敵にしたくなければ、お前が、麦わらの一味の敵になれ、と。

 どのように伝わったかは知らないが、クロコダイルは逃げるでもなく、降伏するのでもなく、挑戦してきた。

 今や、麦わらの一味を味方にしたビビと、クロコダイルの立場は逆転しているのだ。

 ビビがいるから、ルフィが自分の手で解決しようとする。龍驤もそれを助けるし、他の一味も従う。

 いなくなれば、クロコダイルになど興味はない。なんなら、アラバスタが滅びたところで気にしないだろう。

 だが、龍驤は、一味のためにその情報を利用する。

 例え成功したところで、ルフィを海賊王にするために使われてしまう。

 そう信じさせた。

「アンタはまた、勝手に」

「近くにドラムがあるわ。医療大国、ドラム王国。そこならきっと、ナミさんも助かる」

「知らんのか? あそこは滅びた。医者もおらん」

「ウソっ!?」

 潜入の弊害だ。細かな世界情勢までは追えない。国の一個や二個、よくあることである。よくないが。

「国王が逃げ出した。国で独占しとった医者を連れてな。まだ帰ったいう報道はないし、生き残った国民が受け入れるとも思えん。まだ、加盟国なんかどうかも曖昧な、アラバスタ以上に火種を抱えた国やよ」

「でも、他に当てはないんだろ?」

「滅ぼしたのは海賊や」

 世間的な肩書きが賞金稼ぎなのは、龍驤の勝手だ。麦わらの一味の、誰もそんなものを認めていない。彼らは海賊だ。そうであるべきを、信条にしている。

「人助けは構わん。だが、助けて貰えるなんて甘えた考え持っとるなら捨てろ。ゴミの分際で、まさか夢を見とらんやろな?」

 助けて貰うどころか、追われる身だ。弱味を見せれば、そこにつけ込まれる。ナミは死ぬのではない。わざわざ手間暇かけて、じっくり殺されるだろう。龍驤はそんなことを、絶対に許さない。

「そうと望んでその身を落して、なおも人の情に縋る? なら、最初からまともでおれよ。金と、力で、滅びた国の、いない医者を奪いに行くか?」

「そうしよう」

 ルフィが言った。龍驤が天を仰ぐ。

「それしかねぇなら、そうしよう。ビビは、それでいいか?」

「ウチは本気やぞ?」

「仲間の命がかかってる」

「ビビ、どうする?」

 どちらも、真剣だ。どちらも、常にフザけていた。それが幻だったかと思うぐらい、きっちりとビビを捉えて離さない。ビビは迷い、うつむき、拳を握って顔を上げた。

「なんとかするわ」

 仲間のためなら、というルフィと龍驤の決意を否定した。仲間のためでも、ビビはビビのやり方をするつもりだ。

 海賊には堕ちない。

「上等」

「いい度胸だ」

「グー」

「惚れ直したぜ」

 一味が揃って、笑顔を見せた。獰猛で、楽しげで、ひどく嬉しそうに。

 海賊ではあるけど、自由なので、やり方とかどうでもいい。

 心意気が、嬉しいし、楽しいし、尊い。

「ほな、なんとかしよか。帆、畳め。ロープをありったけ出せ。ウチが最速で」

 龍驤が止まった。一味の視線が、龍驤の向いている方向へ流れる。

「なんだ、アレ?」

「サイクロン!?」

「オイオイ、さっきまでの進路じゃねぇか?」

「スゲェ」

 竜巻よりも大きく、台風よりも小さな渦。巻き上がりながら、舞い降りていくような、不可解な大気の捻じれが、海上にそびえ立っていた。

 まるで龍の巣だ。何百匹もの大蛇が絡み合って、とぐろを巻いているように見える。

 恐ろしいのは、あれだけの風なのに、メリー号まで届く影響が少ないことだ。波は荒れず、吹き込む風も、吹き出す風もない。

 前兆だけではない。目で見えているのに、あそこでなにが起こっているのか、手がかりすら掴めない。データが取れない。

 気圧も、温度も、なにもかもだ。

 それでは予測出来ないのも当たり前だ。

 あれは、ナミ以外では対処出来ない。

「ナ、ナミさん!?」

 同時に、ナミが倒れた。ビビが抱きかかえる。

 命綱が。

「やっぱ、安全運転しよか。もうちょっと南に行ったら、東北東に進むで」

「ウェーイ」

 そういうことになった。

 

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