麦わらの一味の出せる、最速の安全運転で、医者を探しに航行中。龍驤の言葉通り、ログとなんにも関係ない航海は平穏ではあった。
ナミとビビのおかげで立て直したが、状況はなんにも変わっていない。ルフィがそうしようと言った。諦めなかった。
それだけが龍驤の支えである。龍驤が知り、考える限りでは、ナミを救う手段はない。
「なんか、食ってほしいんだがな」
「後で、ミカンでも絞ってやり。直接、口に、ちょっとずつな。消化に体力を使わせたない」
サンジに、点滴パックの交換方法を教える。クロッカスさんに分けて貰った器具だが、換えはあんまりない。食品衛生的な知識なら、龍驤にも優るサンジだが、改めて医療用のやり方を確認した。
「ここまで厳重なのか」
「胃は最強の免疫機能や。たいがいの侵入者はここで死ぬ。それを通さんと直接、血管に流し込むわけやからな」
流し込まれて、ナミはこの有り様だ。
「なるほど。任せろ」
ナミは正しい。共有だ。一味と、もっと色々なことを共有しないと。甘やかされるのに慣れて、好き勝手を許されて、慢心していた。
ここは異世界で、龍驤の常識は通用しない。どれだけ学んでもダメだ。物理法則から違う。
だが、龍驤の周りには、この異世界でも常識破りな人材が溢れている。ちゃんと頼れば、きっと乗り越えられる。
そう信じるしかない。
賢いというのも考えものだ。
「考えてんじゃねぇか」
「まーな」
ルフィの髪の毛を使ったら、パチンコの威力が上がらないだろうか。そんな発想で、ルフィの毛を抜いたが、ただの毛になった。生えてるのを掴んでもゴムなのに。
だからウソップは、手札を増やし続けている。必要なのは殺傷力ではない。サポート力。
有り体に言って、手品のタネである。
「ウチらの装備は使わんの?」
「バカ言うな。威力が高すぎる。狙撃ってのは、絶対に味方を巻き込まないんだ」
なるほどと思う。爆撃を主とする龍驤にはない発想だ。それに、射撃武器の特性を、よく掴んでいる。
龍驤の世界なら、狙撃はむしろ絶対的な手札だ。確実に対象だけを殺すという目的で用いられる。
しかし、この世界ではそんな確実性はない。
銃が効かないのだ。
だとするなら、中途半端に威力を考えるよりも、相手の行動阻害、感覚遮断など、援護能力を磨いた方がいい。
なんならウソップの得意なホラと組み合わせて、黄金週間のように誤認させたりと、一味を有利にする方法はいくらでも考えられる。
「もしかして使えるのもあるかも知れん。妖精さんはイタズラ好きやが、最低限の分別はある。使っとるとこ見たら、またなんか思いつくかもな」
「へー。爆弾や砲弾だけじゃないのか」
「煙幕もあるよ。それこそ街の一画をまるごと煙に巻くようなやつとか、昼間みたいに照らせる照明弾とか」
「やっぱり、過剰じゃねぇか。でも、ヒントにはなるか。ちょっと気合入れて、開発ってやつをやってみるか」
「資材はそれなりにあるからな」
どこから拾って来るのか、妖精さんがせっせと集めている。多分だけど、グランドラインには、アイアンボトムサウンドよりも沈んでいるからだろう。なにかが。
「それでな、相談があんねん」
「ん? 珍しいな。龍驤が俺を頼るなんて」
「いつも頼っとるよ。てか、頼る前に動くやん、キミ」
言わなくても、ウソップは常に誰かのフォローに回っている。その意味で言えば、龍驤ほど頼っている仲間もいない。
「あのな、ナミが怒ったやん」
「ああ、気にすんなよ。熱でおかしくなってただろうしな」
「ちゃうねん。ウチは、ナミを戦いから遠ざけたかってん」
「まぁ、わからんでもない。むしろ、俺にもその気遣いを」
「そんでな?」
龍驤は割り込む。
「ナミが戦いたいなら、ウチが邪魔したらアカンやろ? でも、心配やん。ナミ、弱いし」
「なんなら、俺の方が弱いぞ?」
「そんでな?」
龍驤は無視する。
「武器を持たせてやりたいねん。ただの棒やなくてな? それなりに身を守れるようなの」
「俺に作れってか?」
「お願い出来ん? ナミも機転はきくから、手品のタネみたいなのでも、あったら違う思うんよ」
ウソップは腕を組んで考えこんだ。ナミの武器は、龍驤の言うように、組み立て式の棒だ。剣よりも長いが、槍ほどではない。
乳切木という、護身用の棒に近い。扱いやすく、素人でもケンカに用いることから、諍い果てての乳切木という慣用句もある。
つまり、まぁ、怒らせた後のプレゼントとしては、どうだという話で。
だって、ナミである。
ウソップはため息をついた。
「確かに、俺たちも悪かったがよ。なにもかも背負うな。別にお前だけのせいじゃねぇよ」
「でも、気になるし」
「気にし過ぎだって。なんなら、俺たちの言うことなんて聞かなくたっていいんだ。お前、だいぶ遠慮してるだろ?」
龍驤は俯く。
「異世界だの転生だのの前に、俺たちとお前じゃ、色々違うんだ。だからって、俺たちに合わせて我慢なんかしなくてもいい」
「ホント?」
「ただ、ちょっと、気を使ってほしいだけだ。こう、この世界はお前にとっても常識外れかもだが、お前だって俺たちの常識とはだな」
「ありがとう、ウソップ!! ウチ、やってみる!!」
「お、おう。わかればいいんだ」
「ほな、ナミの武器は頼むな。金に糸目はつけんから」
「おおう。景気がいいな」
「自腹切ったる。仲直りせな」
「うん、だからな」
「頼むで〜」
龍驤は去った。ウソップは引き止めようとして、出来ずに色々泳いだ。
残ったのは、ナミの機嫌を取る武器とかいう、超難問。
妖精さんがワラワラ集まってきた。
龍驤は電伝虫を取り出した。
「もしもーし?」
『……テメェ、どこでこの番号を』
「普通に、ニコ・ロビンから」
受話器の向こうで、重い沈黙が流れる。
「いや、そりゃ、ウチらだって諜報ぐらいするで。自分らの船でぐらいは」
『そうじゃねぇ。あの女、コレ置いてどっか行きやがった』
「あー、悪いけど呼び戻せる? ウチのクルーが、病気になってん」
『病気?』
「感染症や。下手すりゃ、アラバスタでパンデミックになる」
沈黙なのか唸り声なのかわからない間が空く。
『クッソ厄介事を持って来やがって』
「原因は、ジャングルで水着になってバカンスしたからです」
『なにをやってやがんだ?』
「ニコ・ロビンと一緒に」
受話器の向こうで物音がして、遠くクロコダイルの怒鳴り声が聞こえる。ニコ・ロビンを呼びに行ったようだ。
いなくなっても電伝虫が真似をし続けるので、めっちゃオモロい。
『大丈夫なの?』
「こっちのセリフやが」
クロコダイルは多分、大丈夫じゃない。
「体調は良さそうでなによりや。身体に虫刺されの跡はないか? アザみたいになっとる」
『アザ?』
『ここで脱ぐんじゃねぇ!!』
『私は気にしないわ。それより、後ろを見て』
『ここは俺の部屋だ!!』
「仲いいな、キミら」
『ええ、上手くやってるわ』
よく聞こえないが、ブツブツ言ってる。
「島が島や。下手すりゃ、普通の薬や治療法が通じん場合もある。というか、あの古代の環境で生きる虫が元や。そんなもん、ないかも知らん」
『大変ね。こちらでも資料を当たりましょうか?』
「ありがとう。でも、多分無駄や。保って数日。答えがわかってもどうしようもない」
返事はなかった。ニコ・ロビンの代わりに、クロコダイルが問う。
『だったら、なんの用だ』
「これからドラムに向かう。もしかしたら、万が一、助かるかも知れん。薬か、治療法がわかるかも知れん」
『その情報を下さると?』
「あるなら、ウチのクルーが死んだとしても流す。条件として、最低でも三日、キミらと接触者を隔離してくれ」
『隔離ねぇ』
「おそらく、潜伏期間も短く、致死率も高い。キミらが死ぬだけで、アラバスタに蔓延はせんやろ」
『だったら、なんでわざわざ?』
「そうやって油断して、何百万人殺した病気が、ウチの世界にはある」
『世界?』
「ウチは、異世界転生しとる」
鼻で笑われた。
『下らねぇ冗談だ』
「その冗談のために、仲間の命をかけとんねん」
コツコツと、机を叩く音がする。
「治療法はともかく、薬だった場合、数がどれほど用意出来るかもわからん。患者は少ない方がええ。しかも、キミらは秘密結社。姿を隠すこと自体は、なんも不自然やない」
『損は、ないように聞こえるな』
「もちろん。だからこそ、ここからが謀略や」
『なんだと?』
「信用出来んのやろ? 他人を、欠片も。だから、損がなくても頷けん。でもなぁ、わかっとるやろぉ? 信用せな、組織のトップになんか立てんで?」
『テメェ』
「人を動かすのに、いちいち疑って、保険をかけて? ありとあらゆることに気を配って、全部自分で差配するんか? 無理やろぉ? 出来へんやろぉ? なあ、わかっとるやろ?」
『言いたいことはそれだけか?』
「裏切ったやつが悪いんや。裏切られたんは、被害者や。被害者にはなりたないなぁ?」
『テメェは必ず殺す』
「次会うまでに、その腰抜け、改めとき」
受話器が叩きつけられた。龍驤は楽しそうに笑った。
「遠慮しなさ過ぎだろ」
一部始終を聞かされたゾロが眉をしかめた。さっきまでルフィもいたが、飽きたのかどっか行った。
「ゾロの師匠って、一刀流やろ?」
「今度は俺かよ」
「一太刀に全てを乗せる。キミの剣はそういう性格や」
「本当にわかるのか?」
「でも、それは三刀流の剣の振り方やないで」
ゾロはため息をついて、振っていた重りを下ろした。そして、嫌そうながら聞く態勢を取る。
「で?」
「刀は三本、身体は一つ。ほな、どうする? 一本だけに全てを込めて、他の二本は遊ばせとくか? それとも、身体を三つにわけるか?」
「分身でもすんのか」
「意を通せ。呼吸すら無意識ですんな」
武術には、そうした技術が存在する。生まれた瞬間からしてきたことにケチをつけて、歩き方まで矯正する。
全ては、思い通りに身体を動かすためだ。
「見したる」
パンパカパーンとラッパの音がして、龍驤がポーズを取ると、そこに鉄兜と台が現れた。龍驤は真顔だ。
「なんだ、そりゃ」
「ノリと勢いで、妖精さんは動く」
怖い。
「刀貸して」
ゾロは迷って、龍驤に雪走を預けた。一番素直で、よい子だからだ。
「これで良業物? いや、確かに髭切とかよりは劣るけども」
切れ味をどれだけ保てるかでも格を決めるため、見ただけではわからないが、龍驤の世界なら余裕で大業物に乗りそうである。
試し斬りはしていないのだろう。結局、使い手の格みたいなものが理由に違いない。
たまたま、有名な剣客が使ってて、死んだ後も残った。そんな幸運な剣たちであるに違いない。剣客の功績をもって、その剣に出来ることだと、無理矢理に序列を作ったのだ。
本当はなんでも斬れるのに。
やはり、武器は使ってなんぼ。壊してなんぼである。使える道具は失われる。だから、大事にする。
鞘を置いて、高下駄も脱ぐ。艤装の加護がない龍驤は、今やただの女の子である。雪走の軽さにすらフラつきながら、蜻蛉に構える。全身で振り切ると、パァンと景気のよい音がして、鉄兜が割れた。
「実は斬ってへん。技やなくて、芸の類や。そんでも、キミの棍棒よりは、刀の仕事をしとる」
ゾロにだって出来るが、非力な龍驤がやったことに意味がある。これで人が斬れるというものでもない。
原理は薪割りと同じなので、兜よりも分厚いと、刃が食い込んで抜けなくなるのだ。よくあるやらかしである。
しかし、龍驤とゾロの力の差を考えれば、龍驤の装甲でこれが出来なければおかしいのだ。
逆に、なんでひしゃげてしまうのか。これがわからない。
「強さは力。間違っとらん。でも、斬るのは技や。工夫やよ」
力で斬りたいなら、斧でも持てばいい。刀は技術がなければ、紙の一枚も斬れない剣である。
逆に技術があって斬れないものは、この世にない。
「まずは師匠に倣って、一刀からやってみよか。ウチの世界にも、鉄を斬れる達人はおったんや。そんな重り振っとって、いつまでも足踏みしとるんやないで?」
メリー号の積載を圧迫する、ゾロのトレーニング器具。下ろしても船長の食糧しか積まないが、まぁまぁ、特別扱いである。
重さと空間という、限られたリソースの使い道こそが、船の権限を決める。
龍驤が甘やかされているのとは、次元が違う。ゾロには麦わらの一味の中で地位があり、責任がある。少なくとも、そう自負しているし、認められているのだ。
そこに気負いがあるのだと思う。それ以外で、ゾロが鉄ごときを斬れない理由が思い当たらない。
龍驤の世界では、槍で俵を持ち上げただけで怪力と呼ばれる。ゾロはその何倍も強い。ゾロは、龍驤の信頼に応えていない。
ゾロの頬が引きつる。
「ああ、痛み入るよ」
ちょっとキレてる。龍驤は逃げ出した。多分、図星ついた。ナミとゾロだと、実はゾロが怖い。正論マンだから。
正しいが効く海賊一味は、間違っている気がする。効かない一般人は、いっぱいいるけど。
さて、同じく逃げた船長を捕まえよう。
ルフィは食堂で、ナミを見ていた。看護のためでも、女の部屋に男を入れるのはどうだと、龍驤が大和撫子を発動した。
というか、龍驤が絶対に目を離したくないからだ。でも、仕事はあるので、聖域から出した。ナミは妖精さんがイタズラするのを許さない。
ヘソクリの額は謎である。
それにキッチンはサンジの職場だ。サンジに任せれば、最適な室温だけでなく、湿度まで管理出来る。多少うるさいが、仕切りも作ったし、心配なのは急な発作だ。クロッカスさんに貰った強心剤を直接刺す役目を、龍驤は誰にも譲るつもりはない。
麦わらの一味には無理。ビビはかわいそう。
「事情は聞かんよな?」
「聞いても関係ねぇよ」
ある意味で、ルフィと龍驤が絶対に交わらないところである。あらゆる事情を鑑みて決断を下す龍驤と、事情など無視して、やりたいことをやると決断したルフィ。
ルフィはもう、決めてしまっている。だから、龍驤は追いつけない。だから、ルフィについていく。
「ほな、結論だけ。ウチの勝手を、キミは止められるか?」
「船長は俺だ」
「なら、面倒みてな?」
「俺が、お前を仲間に入れたんだ」
龍驤はニッコリ笑って、ルフィに抱きついた。
「ありがとうな。ウチを、一人にせんでくれて」
「必ず、追いつくぞ?」
「別に、逃げはせんよ」
勝手をするだけだ。
「お前は俺の仲間だからな」
「アンタ、どっか行くつもり?」
ナミが、熱にうなされながら聞いた。
「どっこも、行かへん。この船だけが、ウチの居場所やよ」
ナミの頭を撫でて、龍驤は身を翻した。
龍驤の髪色が明るくなり、ツインテールのボリュームが増した。特徴的な帽子の正面も大きくなる。
水干とスカートは短くなり、サスペンダーが付く。子供から少女へと脱皮して、もっと平たく、細くなった。
なによりも、武装である艤装が精練された。
龍驤は改修を終えた。食堂の扉を開く。
「寒っぶ」
龍驤は一瞬でサンタコスに変えた。
タイツが温かい。
心配して、扉周りでたむろしてた男たちは、なんとも言えない顔で、愉快な格好の龍驤を見下ろした。
次回、大晦日