ルフィは事情とかいいかも知れないが、流石にいきなり見た目やらなにやら変わった仲間には、一言、二言ある。
なんかあんだろうなとは思っていても、別に気楽に過ごしていたので黙っていたが、この突撃娘の大人しさに、一味全員が違和感を覚えていた。
なにかわからないが、前線にいないのである。どこがどうとも言えないが、馴染んだとか譲っているという以上に、どこか不自然なのだ。
なんというか、よくわからない。
微妙な違いだが、違うことはわかる。
原因はナミだとか、リトルガーデンでのことだと思うのに、それだけでは説明のつかないなにかがある。
挙げ句に、龍驤がルフィになにかを説明しようとした。
そして、それをルフィが理解した。
あらゆる意味で異常事態だった。なにを通じ合っているのか、まったくわからない。
よって事情聴取だ。問答無用で捕まえた。
甲板にウンコ座りして、輪になる。この寒空の下でなにをやっているのか。どことは言えないが、龍驤が大人しく見える。やっぱり、変だ。
「とりあえず、なんだそりゃ」
「サンタコス。世界中の防空網を問答無用で突破する、航空関係者、憧れの衣装」
「そんなことを聞いてんじゃねぇよ」
半分も意味がわからない。つまり、どうでもいいことだ。
「いや、だってキミら、ちっとも強くならへんもん」
言い訳はしない。この海で我を通したければ、強くなるしかない。反論は、力で示すものだ。
それにしたって、そこまでだろうか。
「なんかアレかなー? とか思っとったけど、グランドラインやし、格上ばっかやし、格下でも工夫や努力をしとるんよ。それでウチら、出し抜かれたやん?」
船の荷物に細工をされたのだ。狙いが酒でなかったら、麦わらの一味の旅は、リトルガーデンで終わっていてもおかしくなかった。
「もう、ウチのやり方が気にいらんとか、言っとる場合か? ホンマにナミに、命をかけさすんか?」
「仲間だろ?」
「命運は共にしてもええさ。けど、生き残ったからなんやねん? 負けるってのを、舐めたらアカンで?」
こんな世界である。誇りのために死ぬのは、生きていたら誇りを守れないような、現実的で逼迫した事情があるからだ。ただの感傷で、命を捨てるわけではない。
「ナミの生い立ち、忘れたわけやないやろな? また、あの地獄に落とす気か? ナミを舐めとんのか?」
ナミの能力を使えば、ワンピースなどなくても世界を狙える。なんなら、そのついででワンピースすらも手に入る。それぐらいに、地理を押さえることの意味は大きい。
ナミは、下手したら生かされてしまうのだ。
麦わらの一味は、ものすごい宝を、すでに手に入れている。
海賊ごっこで命を捨ててたら、その宝がどうしようもない境遇に落ちる。中途半端な有能さなど、害にしかならない。だから、海賊は誇りもなにもない、ただのゴミとして生きるのだ。死ぬよりもマシだと海に出て、死んだ方がマシだと死に急ぐ。
あいつらは全員、現実を見てヤサグレたのだ。暴力ではあるものしか奪えない。ところが、権力がないところから搾り取っていた。
砂もないような浅瀬のない海は、危険なだけで陸地よりも不毛だ。塩水なのだから、砂漠よりヒドイ。
海の上とは、本来、自由とはほど遠い場所なのだ。
船という限られた空間で逃げ場もなく、どこにも行けず、ただ誰かに従うしかない。
ごっこじゃない海賊は、ただ惨めなだけだ。
尊厳というのは、力の上にしか成り立たない。逆に言えば、誇りだとか意地だとかを通せるのは強いのだ。
ゴミが嫌なら強くなるしかないのだが、じゃあ誇りを守れる奴だけが本物の海賊だったら、世の海賊のみなさんは偽物である。
なにせ、二十年。ルフィと同じように夢のために死ぬと誓って漕ぎ出たはずが、彷徨うだけの連中で海が溢れたのだ。
「クロコダイルは気づいたはずや。とっくにナミは命運を共にしとる。それを隠して、ナミを怒らせたのはウチの落ち度や。だから、隠さん。キミらにも、ルフィにも」
龍驤だけが、ビビを助けるのに対価を求めた。ナミでさえ、そんなものはついでに過ぎないと見放した。
ルフィが決めたからだ。それなのに抗うのは、ルフィの、船長の方針よりも、龍驤にとって大事ななにかがそこにあるからだ。
「クロコダイルは強い。誰も勝てん。それがウチの見立てや。だから、キミらが納得して死ねるように段取りを組んだ」
「テメェ」
ゾロが龍驤を締め上げる。龍驤の足が宙に浮いた。
「ウチの予想なんぞ、どうせ当たらん。ルフィも世界も、それを越える。キミらも、ウチがヤサグレとるのを見てきたやろが」
すぅと、力が抜ける。龍驤の足が甲板に届く。複雑な気分だ。本当にこのバカ娘は、七転八倒してきたのだ。流石にそれを否定は出来ない。
迷惑だったし。
それに、なんかもっと厄介な気配を感じる。
「もう、しゃーないやん。ウチはウチの常識から逃げられん。ほな、もう逃げへん。後はキミらが勝手に、それをめちゃくちゃにしいや。そしたら、ウチがヤサグレるだけですむ」
「えーと、つまり、俺たちに、ルフィみたいになれと?」
ウソップがまとめた。なんという難しいことを言い出すのか。
「出来るやろ?」
期待が重いというか、ちょっと成長した姿で、子供のように目をキラキラさせるのはやめてほしい。
信頼はありがたいが、そうじゃないと言いたい。
「具体的に、どうすりゃいいんだよ?」
「実は、サンジは出来とる」
「は?」
「ウチがサンジと同じレシピで料理しても、同じにならん。科学は台所からの言葉があるように、味なんぞ化学的な刺激への反応に過ぎん。つまり、同じことしたら、同じ結果になる。これを実験という」
理論だの計算式をどれだけ弄んでも、実験によって確かめられなければ、それは事実とならない。
科学は、机上の遊びではないのだ。
「実験で同じ結果が出ん。なら、そこには化学的な変化やなんかとは、別の力があるはずや。素材の味を生かすどころやない。高める力が、サンジにはある」
「そ、そうか?」
照れている。ゾロとウソップは冷めた目でサンジを見る。
「愛や。愛情が現実を変えた」
ゾロが額に手を置いた。
「熱はねぇな?」
「ちょっと休め。お前、疲れてんだよ」
「ウチは真剣や」
だからだろうがという言葉は飲み込んだ。一人裏切り者が出て、話を聞きたそうにしている。
「巨人の技は、貫く対象を選択した。ウチを吹き飛ばすと決めたアーロンは、ウチの砲撃をものともせんかった。ウチをひしゃぐゾロが、ペーパーナイフすら折りきらん。強いやつ、熟練したやつは、望む結果を実現する」
これはヤバいやつだなと、二人は思った。ギュンギュン幻聴が聞こえてきそうなぐらい、頭を回している。
「もしかして、ウソップの狙撃もそうなんか? だとしたら、出来へんのはゾロだけやな」
ウソップも裏切った。ゾロは聞くしかなくなった。
「ルフィはどうなんだよ?」
「多分、出来るで? だから、なってって」
ルフィに。本当にどうすればいいというのか。
「難しく考えるな。確かに常識外れや。でもな、これがこの世界の物理法則なんや。だとしたらな、多分、武術の術理には組み込まれとる」
「そういうことか」
珍しく、もないかも知れないが、それぞれの得意分野にまで口を挟んで説教をかましてきた。サンジやウソップはともかく、ゾロが不快になるのはわかりきっていただろうに。
「人体という複雑系を操作して、効率的かつ、最大威力で物理現象を引き起こすのが、武術の一つの目的や」
単に物を当てたり、斬ったりするのは誰にでも出来る。だが、誰よりも上手くやるために技術があり、修練を経る。
その積み重ねは、ゾロの場合、斬るという物理現象の実現に集約される。未だに、解明しきれないそれらの術理には、常識を越えた結果をもたらすものが、ざらにある。
龍驤の世界でもそうなら、この世界にも常識すら覆す術理があるはずだ。
しかし、それはあくまでも物理法則の範囲内である。逆に言えば、物理法則の範囲内でなら、なんでも実現出来てこその武術なのだ。
「今まで黙ってたけどな」
龍驤は改まって、ゾロを見上げる。
「刀、口にくわえて三刀流とか、アホの極みやで?」
「言った」
「言いやがった」
基本的にデリカシーの欠ける麦わらの一味の面々ですら、避けていた話題だ。はっきり言って、なにをどうやって成り立たせているのか、悪魔の実よりもわからない。
下手したら妖精さんと同じく、そういうものだと飲み込むしかない代物である。
「今さらやから、さっさと鉄ぐらい斬ったり?」
「なるほど、よくわかった。そこに直れ」
ゾロは確信した。今なら斬れる。真っ二つだ。ズバンと、龍驤の鼻先を掠めて、甲板がちょっと斬れた。
「避けな死んどったぞ!?」
「望み通りじゃねぇか?」
「俺たち関係ねぇよな!?」
「同罪だ、バカ野郎」
「理不尽だ!!」
四人はしばらく、狭い船を走り回った。
説教は珍しく、ルフィがした。
ウソはついてないが、誤魔化している。どうせルフィにはバレているので構わない。龍驤に操られたくなければ、実力で抗うべきだ。そうしてほしいというなら、ナミにもそうする。
龍驤は別に戦いたくないわけじゃない。ルフィと生きると約束したから、生きているだけだ。
優しいのはいいのだが、本当に海賊がやれるか心配である。龍驤を好意的に見すぎだ。
艦娘は簡単に死ぬ。大破しようがなにをしようが、気にしない。提督が撤退を命じないと、全滅するまで進み続ける。そんなものである。
死ななければいいかと思えば、傷つくとナミが泣くのだ。
だから、戦わないだけである。どうせまた、建造される。艦娘の命に価値なんてない。
そう言うと怒るので、決して言わないが。
死ねば艦娘だった記憶のほとんどを失う。が、全部忘れるわけでもない。龍驤にも艦娘としての経験が残っている。同僚の艦娘たちと過ごした思い出が、確かにある。
もう、何度も何度も死んでいるのだ。
また死んだところで、なんだというのか。
経験を積めば、まぁ、ほとんど変わらない個体になれる。同じ魂なのだ。人間には違って見えるようだが。
そういう事情というやつを説明しても、人間にはわかるまい。実際に理解されたことはない。死んだ龍驤は、元の世界で転生する。麦わらの一味にとって、今生の別れなのは変わらないが、龍驤は帰れる。
この世界には、思い出しか残さない、
それが提督も鎮守府も持たない龍驤と、妖精さんの約束だ。
深海棲艦をこの世界に持ち込まないことだけが、龍驤の責任である。
後は知らない。
麦わらの一味が死にたいというなら、死ねばいい。全力で手伝って、いっしょに死んでやる。
妖精さんごと、この世界から消えられるなら大歓迎だ。
そんなわけがないので、あれやこれやと工夫したり、暗躍したりするわけだが、龍驤はヤサグレている。
もう、海賊なんて嫌いである。
クロコダイルなんてのは、入り口の一発目で出会ってはいけないのだ。鷹の目もアーロンもそうだと言えばそうだし、なんならバギーやクリークだって、ルーキーが関わったらダメだ。
思い起こせば、なんでグランドラインに入れたのかがわからない。
入っているけど、入れるはずがないのだ。ルフィの旅の始まりは、手漕ぎで樽一個なのだ。
ヤケである。
龍驤だって、深海棲艦と戦っているときのようなガンギマリなメンタルなんか、呼び起こしたくない。
死んで忘れるのがイヤだから、思い出のアルバムなんか残している。
なのに、なんなのだ。ナミの病気もだが、一味が死んでしまうではないか。
誤魔化すのだって、限界がある。やれ、ルフィはどうだ、ゾロがああだと言っても、不安は消えない。
観光気分じゃ、もうやってらんないのである。なんでか知らないけれども、困難が向こうからやって来るのだ。ならもう、ナミではないが、守られて後方にいるのは性に合わない。
空母だろうが、副砲積んで殴り合いの砲撃戦に参加する。それが龍驤という艦娘なのだ。
いい加減、信頼するフリはやめた。龍驤はクロコダイルと同じで、誰も信用なんかしない。全部を背負って、なにもかもを熟して、誰も彼も置いて、破滅して行きゃいいのである。
文句があるなら、止めてみせろ。
龍驤が死んでほしくないと思うのと、同じだけのやる気を見せてくれなきゃ、死んでやるぐらいの気持ちだ。
本当にヤケである。
死ぬつもりもないくせに、死にそうなことばっかりやって、死ぬまで意地を通す気でいるからだ。
おまけにナミまで似たようなことを言い出した。
どうすりゃいいのかわからないのだ。
とんでもない敵ばっかりを連れて来る誰かの悪運を信じて、ナミを治せる医者が都合よくいるなどと、信じて、黙って、じっとしてたら怖いのだ。
もう、男たちのプライドなんか気にしない。
龍驤は混乱しているし、なんなら錯乱している。
ナミが死にそうになって、暴走していた。
それに、船長がお墨付きを与えてしまった。
ナミは寝込んでいて幸いである。
被害は男連中と、ビビが被るだろう。
そのはずだったが、翌日、被害者が向こうから来た。
海の上に立つ、不審な人影。近づいてみれば、潜水艦だった。龍驤は真顔で、ボコスカに爆撃した。
前世の体験も合さって、手加減なんかしなかった。
帆と、外郭と、外輪を失った巨大船。事の推移に一味が驚く間に、鎖を投げて飛び移る。
「船長は誰や?」
敵艦の上で、横柄に問う。
「てめえ、よくもカバ野郎!!」
ぷんぷんしながら近づいて来た男を見て、龍驤は固まった。
「なんなん?」
龍驤は男を縛り上げ、抵抗される前に、海へ沈めた。
「医者がおるやろ? さっさと出せ」
特大にヤサグレた態度で、命令する。
「能力者に、鉄の鎖や。絶対に浮いてこん。時間は、キミらにこそ貴重やで?」
言いながら、もう、本当にヤサグレた。
いないはずの医者を探しに来たら、逃げた医者を見つけた。
向こうから来た。
これが偶然か。または、運命だとでも言うのか。
とりあえず、ヤサグレ過ぎて冷静になった今、暴走していた最中のことは、全部忘れたい。
どうしよう。
みんなをゴミとか呼んだけど。
誰か助けてくれないと、龍驤が深海に墜ちる。
よいお年を