医者を連れて来た龍驤は、動力を失ったブリキング号を置き去りにしつつ、一味に謝った。
一般的に海賊は確かにゴミだが、ルフィはそれを誇りとしている。麦わらの一味を、龍驤の言うようなゴミになどしていない。
ゴミであるべきなんて一般論を持ち出したらいけなかった。
たまたま今はナミのことで大変ではあるが、こんな殺伐とした世界で楽しく航海出来るのは、船長であるルフィと、仲間たちのおかげである。
希望が見えないからと捻くれていたにしては、言い過ぎではあった。
よって、龍驤は一味に小突かれている。
「だから、考え過ぎんなって言ってんだ」
「お前だけでなんとかしようとすんな」
「勝手に諦めることまで許した覚えはねぇぞ」
「バーカ」
まぁ、責めるところはそこではないのだが。
命をかけるのは、後悔しないためだ。
そんな全身全霊でやってダメなら、なにをしてもダメだ。
そのときに、ちゃんと諦められるように行うのである。
結果も出てないのに諦めて、結果が出たら諦めきれないなんて矛盾を抱えるより、生きるために死ぬという矛盾の方が健康的である。
いや、本当に。
生き方は決めてしまったし、下手に生き残れないのだから仕方がない。
自暴自棄になるのは一番ダメだ。
死ぬことは恐れないし、死ぬこともあると覚悟はしているが、それはそれ。
そんな怖がらなくてもいい。一味は死なない。
なんなら、ワガママの一つでも口にすればいいのだと、そうは言わないが態度で示す。
龍驤はどつかれながら甘やかされているのを自覚する。
ただ、なんだろう。その優しさが痛いくらいに、理不尽だ。
「ナミ、ごめんな? 大丈夫?」
「だから、ちゃんと言いなさいって言ってるの。アンタ、海賊向いてないんだから」
逆だと思うが、龍驤は逆らわない。
熱に浮かされながら、龍驤を撫でる。食堂は、二十人の医者で溢れていた。
「多すぎないかしら?」
「でも、外寒ぃだろ?」
雪が積もっている。狭いからと追い出すのは酷い。年寄りもいる。
「まさか、ワポル王と会うなんて」
「何ヶ月前や? ログないと、普通、そんなんなるんやなぁ」
白々しい。まさに、麦わらの一味が今、やっていることである。ワポル一味は頑張っている。迷走しても、沈んでいないし、飢えてないし、海賊までしている。
帰れないにしても、島の気候海域に留まっている。
しかも、潜水艦。
龍驤の対潜能力はゼロ。
いるとわかってて龍驤が全力で探していても、見つからないはずの船である。
どんな苦労をしたか知らないが、麦わらの一味と出会うためとしか思えない。
「向こうも諦めとらんのか、ウチらを追っとるで。沈めてまうか?」
「どうやって。ああ、手漕ぎでね」
奴隷のいる世界だから、厳密に言えばそういう船もある。グランドラインだから、変な風もあれば、いきなり凪ぐこともある。
航海の手段として、ある程度一般的と言えるかも知れないが、決して主流ではない。
だから、ルフィがそら見ろという顔をしても、誰も共感しない。ルフィはブスくれた。ゾロは他人事みたいな顔をしている。
「放っとけ」
「ほな、段取り組んでええ?」
「いいぞ」
ワーイと龍驤は喜んだ。金の匂いがする。
医者の診察が終わった。
「ケスチアです。非常に珍しい感染症で、対応する抗生剤は手元にありません。材料も」
「ドラム行きゃあるか?」
「ありますが、間に合うか。この感染症は5日病と呼ばれ、おそらくあと三日もすれば死に至ります」
「まぁすぐ着くで?」
ちょっとばかり風は弱いが、島の安定海域にいる。それなら龍驤が曳航しても危険ではない。思いっきり引っ張れる。
一味とナミを天秤にかけて、航海の安全を優先する必要はもうないのだ。
「それでも、ギリギリ……」
言いにくそうにするということは、精製に時間がかかる薬なのだろう。ペニシリンなんか、下手したらカビの培養からだ。
必要な量を抽出するためには、それを大量に用意しなければならない。
ビビは俯いたが、龍驤にとっては今さらだ。
「他に心当たりは?」
医者たちが顔を見合わせる。やっぱり、あるのだ。ナミは助かる。
「魔女ならば、あるいは」
「ルフィ、魔女やって」
「スゲェな。ナミは魔法で治るのか?」
「大鍋で煮られるかもな」
二人は嬉しそうに、手を取りあって踊り始めた。狭いから邪魔だ。
「大人しくしろ」
現金なものである。見た目が成長しても、なにも変わってやしない。
龍驤は白旗を立てて、自分でも持って、張り切ってメリー号を曳航し始めた。
やがて、雪の降る島の川を、鼻歌交じりに遡る。
「こんにちわ!! 医者下さい!!」
誰もいない川の岸壁で、龍驤は元気よく言った。超にこやかだった。
しばらくなんの動きもなかったが、渋々と森から人が現れた。
「君たちはなんだ?」
「海賊です!! 医者下さい!!」
「お願いします!!」
「病人がいるんです!!」
「お礼に、イッシー20あげます!!」
「は?!」
上陸を許された。尋問された。
「なるほど、途中でワポルたちに襲われたと」
「撃退して、医者を貰ったけど、薬がのうて」
「それで、魔女を頼りに」
同情してくれた。ピリピリしてたのに、迎え入れてくれた。
いい人たちのようだ。もう、会う人会う人、みんな善人である。営業スマイルの裏で、龍驤はヤサグレている。
龍驤はいったい、なにに怯えて暴走したのだ。
おかしい。この世界、末期で羅生門のはずだ。
龍驤は不幸な結末を避けたかっただけなのに。
「一応、この国の王様やけど、どうすんの?」
「奴らはこの国の危機に逃げ出した。もはや、王としては戴けない。追い出すつもりだ」
「世界政府との関係とか、大丈夫?」
「政体さえ決まれば、そのまま加盟は認められるそうだ。私たちは話し合ってきた」
「ほな、そっちも協力しよ」
下界のことに興味がないのか、単なる金蔓としか思っていないのか。世界政府のやる気がなさ過ぎて、政治スタンスが謎である。
身分や血統に拘りはないのだろうか。傘下の国が民主化して、不都合に思ったりもしないのか。
海軍が政府に忠実な組織であるとは、とても思えない。この世界でどれだけ強力な陸軍があっても、海の向こうにまで影響を及ぼせない。
軍事力が機能していない。
それでもこうまで安穏としていられる理由はなんなのだ。
まさか、あるのだろうか。空軍が。
龍驤の世界と違って、内燃機関を前提としない飛行体。候補として挙がるのは、この世界の天候さえ狂わせる磁力か、それに付随する謎のエネルギー。
それを受け取るかなんかして浮く、UFO的ななにか。
やはり、リヴァースマウンテンは核融合炉なのかも知れない。グランドラインと、レッドラインの磁力を導線として、影響力を行使しやすい地域があるのか。
だから、革命騒ぎそのものは放っているのか。
新聞を連日賑わせている割に、海軍が治安維持に出動するだけで、介入すらあまりしている形跡がない。
単にどうでもいいとか、無能であるとかではなく、物理的な制約があるのかも知れない。
わからない。不気味だ。支配の目的が見えない。一体、世界政府は、なにを思い通りにしたいのだ。
そして、ラフテルは。
もしも、磁力なりが世界政府の力ならば、このグランドラインにあるにも関わらず、放置され、到達不能とまで言われるそこにログは、磁力は繋がるのか。
クロッカスさんが嘘をついているとまでは思わないが、全てを語っているわけでもあるまい。
海賊王のクルー。船医、クロッカス。隠さないと言った手前、やっぱり教えた方がいいのだろうか。でも、今さらだし。なんで知らないんだし。
いや、そう言えばみんな生まれる前だ。
悩みどころである。
龍驤は雪像を作っている。
「なんだ、それ!? カッケェ!!」
「飛びそうじゃねぇ!? これ、飛びそうじゃねぇか!?」
「飛ぶで。新しく船買ったら、これにしよな?」
未来の空母というか、なんというか。白い木馬さんの発展形の、傑作と言われた艦である。
これならビームも撃つし、この世界でも戦える、はず。宇宙戦争対応である。
乗るの、赤いのだけど。嬉々として色々、落としそうだけど。
初めて、龍驤の野望が明らかになった。
「キミらは?」
「ハイパー雪だるさんだ」
「雪の怪物、シロラーだ」
「てめぇら、ぶっ飛ばすぞ!!」
ぶっ飛ばされた。夢の空母は雪に還った。怪物とマスコットも。
麦わらの一味は、自警団のリーダーである、ドルトンさんの家に招かれていた。
「魔女が住んでいるのは、あの山の城だ」
「よりにもよって、クッソ遠いじゃねぇか。どうすんだ?」
「降りてくるのを待つかね?」
「そんな時間はねぇよ」
「いつ、降りてきたん?」
「先日、そう、昨日だ」
「じゃあ、しばらく降りて来ねぇぞ」
山は険しいなんてものではない。龍驤としては、そうね、気候が変わって、地殻が変動して、花果山が雪国になったのねと、かつて起こった世界の激変に思いを馳せるだけである。
ただでさえ、仙界の秘境なのに。
「ヨシっ!! 行くか」
ルフィが立ち上がる。そして、ナミに話しかけた。
「あのな、山登んねぇと医者いないんだってよ。登るぞ」
「無理に決まってんだろが」
一番、常識のない奴が、とんでもないことを言い出した。ウソップもビビも、サンジに同調して反対する。しかし、通じない。龍驤は見物している。
「なんでこういうときだけ、平然としてんだ、テメェは!?」
ルフィだからである。それに、雪だからと手は抜いていない。
「まぁ、待ち。おらんぞ、医者」
「え?」
ナミが男前に、山登りを承諾したところである。ビビのために、命をかけるつもりだ。
ここは、嫉妬でも見せた方が面白いだろうか。姉として振る舞うナミに、新しい友達が出来たのを快く思わない妹キャラになってみるとか。
「余計なこと考えてねぇで、説明しろッ」
サンジに怒られた。暴走の反動ですでに助かった気でいたが、そんなことはない。
熱は40度を越えているし、脳炎を引き起こせば、高い確率で後遺症を背負う。心臓の負担も怖いし、とにかく早い治療が必要だ。龍驤は頬を叩いた。
「すまん。が、ルフィが正しい。早いに越したことはない。危険なんか気にするな。どうせ死ぬ」
そう、死ぬ。治療するしかないのだ。山で遭難しようが、ここで待とうが、間に合わなければ同じである。
なら、間に合わせなければいけない。
「熱は脳みそを焼く。わかるやろ、サンジ。今、ナミは、全身を茹でられとる」
タンパク質の凝固温度が60度付近。ナミの、表面温度、が40度以上。熱を生み出すのは筋肉で、内臓は筋肉なのだ。そこには血が通って、熱を逃がす。
ナミの体温は、その逃げた熱でしかない。
サンジの顔が真っ青になる。龍驤が暴走した理由がわかった。暴走をやめても、まだ他の事に逃避する理由も。
今、この瞬間にも、ナミの身体は熱に殺されている。血は淀み、血圧は上昇し、機能が失われる。どこで血栓が生まれ、それがいつ重要な血管を塞ぐかわからない。
もうずっと、最初から間に合っていないのだ。
ナミが生きているのは、運がいいだけ。だから龍驤は、運に縋っている。
こんなことを、いつも一味に隠してたのか。もちろん、クルーの大半がわかんないだろうが、だからといって、一人で飲み込むべきことじゃない。
ナミが怒るわけである。
そして、わかっていないくせに、いつも正しい決断をする船長。さっきの雪像は、龍驤が索敵するまでの時間潰しだったのか。
「あの山の行き来はロープウェイか?」
サンジがなにか、重大な勘違いをした気がする。ルフィも龍驤も、もっと適当だ。サンジみたいに真面目じゃない。
「あ、ああ。だが、壊れてしまってな」
「海賊に襲われたんやったな。せやが、一本だけ生きとるで。街外れに一つ。地図は?」
「簡単なものだが」
ドルトンさんが説明してほしそうに、ビビを見る。
「そういう能力だと思って下さい。説明が難しいの」
「ウチは異世界転生しとる」
「やめろ。混乱するだけだ」
その通りだ。意味がわからない。
「ここや。ギャスタ。ここに向え。山を登るにも、待ち伏せるにも丁度ええ」
「誰が行く?」
「ならば、私が送ろう」
ドルトンさんは本当に親切だ。
「ワポルが来るぞ。ウチらだけで片付けてええか?」
ドルトンさんが唸る。それでも、言ってくれた。
「しかし、雪を舐めてはいけない。慣れていなければ、道そのものを見失う。よくあることだ」
「なら、ウチは決まりやな」
空から見れる。道がわからなくなっても、なんとかなる。
「俺も行く。ナミさんが心配だ」
そういうわけで、ビックホーンの防衛にはドルトンさん以下、ウソップとビビ。魔女捜索には、船長以下、サンジと龍驤が就くことになった。
「やっぱ、交代しねぇか? そのヤギのソリ、運転しようか?」
「これ、貸してくれてありがとな」
「ありがとうな、ドルトンさん」
「すまねぇ」
ウソップは無視された。大憤慨である。
「とんでもない。無事を祈る。どうか、君たちの仲間が快癒しますように」
本当に、本当にいい人だ。この国はきっとよくなる。
「ビビ、見届けよ。滅んでも、国は立ち上がる」
「ええ、わかったわ。絶対に国は守る。例え、滅んでもよ」
滅ぼさせはしない。だが、それで諦めない。ビビは、生きねばならない。ビビと拳を交わす。
「いい加減、覚悟を決めろ。任せたぞ、ウソップ」
流石に呆れながら、ルフィがウソップを励ます。その途端、ウソップも背筋を伸ばす。
「仕方ねぇ。任せろ」
足は震えているが、愛嬌だ。
船番はゾロに任せたし、ただでは上陸出来ないだろう。逃げた先にウソップとか、どうしようもあるまい。龍驤は自分の采配に満足である。
心配はいらない。自信満々で運転席に座り、手綱を握って、龍驤はズッコケた。
「なにしてやがんだ?」
「急ぐんじゃねぇのか?」
「ゾロが出かけよった」
一味が首を傾げる。
「それが?」
「船が空や」
「すぐに帰るだろ?」
「小便か?」
「帰れると思うか?」
一味が首を傾げる。
「なんかあったのか?」
「ゾロが出かけた」
「だからよー」
「あのアホ、自分ちに帰れんだけで、東の海最強の賞金稼ぎに登りつめたんやぞ」
ちょっと考えた。つまり、その、なんというか。
麦わらの一味No.2が、迷子だと。
でも、よくわからない。
「ええか。アイツは迷子になって、家に帰ろうとして、なんでかグランドラインにおるんや。しょうがないから、ついでに最強剣士を目指しとるけど、ここ帰り道なんや」
そんなバカな。麦わらの一味は世界を一周するのだ。それはゾロだって知っている。
「アイツまだ、帰る気ではおるんや。この期に及んで」
ちょっとなに言ってるかわからない。龍驤は絞り出すように言った。
「ゾロは、ルフィと同格や」
「やべぇな」
ナミの病気に匹敵する危機が、今、麦わらの一味を襲う。