「あいつ、また迷子なのか!!」
ルフィが大笑いしている。なんなら、ナミも微笑んでいる。ビビは困っている。ドルトンさんもだ。
しかし、龍驤以下三人は真剣である。
「多分、大丈夫や。ルフィかゾロ基準で」
「ダメじゃねぇか」
そう、ダメなのだ。大丈夫ではない。他ならともかく、ナミが死にかけている。
命も助かり、後遺症もなく、後から笑って思い出せるような、なんなら都合のよい結末に至ったとしても、その途中が大スペクタクルの冒険活劇とか、血風舞う剣戟アクションとかじゃ、意味がないのだ。
この雪の中で人探しするだけでも、難題なんだが。
「半裸で裸足やけど、多分、無事」
「ダメであるべきじゃねぇか? マイナス10℃下回ってんだろ?」
「ウチの仲間なんちゃう?」
「いや、仲間だけど」
人外過ぎる。異世界転生者に並ぶな。龍驤は寒冷地仕様でサンタコスをしているが、違いはタイツと帽子ぐらいである。ルフィとそんなに変わりはない。
龍驤はルフィを振り返った。
「迎えに行ってやれよ。寒いだろ?」
いつもの格好に、ジャケットしか着てないバカの、ありがたい言葉だ。
クルーが迷う中で、船長の判断である。
「頼めるか?」
「しょうがねぇな」
「任せて」
ドルトンさんにも一言。
「無理はせんと、出来れば城に誘導し。こっちで片付ける。訓練された兵士と、ただの市民の自警団を戦わせん方がええ」
「だが、我々は」
「なに、報酬は貰う。なんなら、治療費でも肩代わりして」
色々と、思うところはあるだろう。海賊に滅ぼされて、海賊に助けられる。問答無用で。
この国の意思や想いなど、置いていかれるようだ。
だが、それが国だ。
そもそも、たくさんの国民がいて、同じようにたくさんの国があって。意思だの想いだのを汲むのは、至難なのだ。
現実と理想の間には、恐るべき断絶がある。
ドルトンさんは理不尽を飲み込んで、笑顔を向けた。
「魔女の要求は法外なのだがな」
「まさか、あの城」
「まぁ、そんなものかも知れない」
あの城は、きっと墓標だ。ある男の、ある生き方についての。
それで国が救われたわけでも、よくなったわけでもない。
ただ、こうして滅びた後でも立ち上がれたのは、あのバカ野郎のことを、国民が覚えていたからだろう。
魔女が住処をあそこに変えたとき、この国にあったのはある種の納得だった。
てっぺんにはためく旗を見て、傍らのトナカイの帽子を見て、新しい国造りの話題から、城は消えた。
あれは魔女と、あの男の息子のものになった。
「私は戦う」
ドルトンさんも覚えている。バカのことも、先代のことも。
「ご武運を」
「頑張れよー」
「ウソップ、頼むぞ!! ビビちゃんを!!」
「ゾロを迎えに行くっての!!」
ルフィたちは出発した。医者を探しに。
「あのおっさん、死ぬ気だな」
「せやな」
サンジが驚いた。誰のことか。ドルトンさんだ。
「オイオイ」
「助けるのか?」
「今はナミや。ウソップもおる」
「別に、俺たちだけでも大丈夫だぞ?」
「で、どうすんねん。そんな裸足で、山登るんやろ? ナミ背負って」
「だから、大丈夫だって」
「わかっとるよ」
龍驤があれこれ段取りを組まなくたって、運だとかそんなものを味方にして、無理矢理に勢いと力技で解決して行くのだろう。
だが、そんな神だの運命だの、物理法則だのを味方にした麦わらの一味でさえ、ナミがいなければ詰む。
能天気に手漕ぎボートで漕ぎ出して、海の藻屑と消える。
ナミは大事だから、大事にしたいのだ。本人がなんと言おうとも。
龍驤の戦友とは艦娘のことだから、同じにしたくない。死んだらもう会えないのだ。
「海賊は自由だからな。やりたいなら、なにをやってもいいさ。でもよ、仲間がいなけりゃなんにも出来ねぇぞ?」
「そんなこともわかってんねん」
社会とは信頼で成り立っている。信頼をしないというのは、社会からも、組織からも背を向ける行為だ。
信頼はするけれど、なにも言わずに通じ合うのは熟年夫婦だけ。仲間でも、ちゃんと伝えなければいけないことはある。
船番には妖精さんもいる。ゾロが船を放っぽり出したとかではなく、段取りをしておきながら、きちんとゾロに伝達しなかった龍驤のやらかしだ。
いや、だからといってゾロが迷子になってよいわけではないが。
船番で残っておいて、その辺ちゃんとしろよと念を押さないと雪というか、川の中に消えて行方不明になるの、それはそれでどうかと思う。
しかし、相手はルフィ。もっと本質的な話だ。サンジらからは龍驤の背中しか見えないにも関わらず、それでもなお、視線を逸らす仕草が見て取れた。
「オイ、なんだ? また、なにを隠してる?」
ルフィがニシシと笑っている。龍驤はポツリと言った。
「艦娘って、女社会やねん」
男慣れしていない。
女好きのサンジ、友達感覚のルフィとウソップ。その辺までは対応出来ても、男らしい、父性溢れる厳格なタイプのゾロは、なんというか、龍驤のマニュアルにない。
龍驤、思春期に突入。
麦わらの一味との距離を取りかねて、コミュニュケーションエラーを起こす。
ナミが包まれている毛布に沈み込んだ。
「なんなのよ、あんた」
「頼むから、こんなんで力尽きんでくれよ」
つい、遠慮がちになる理由は、それ。
器用なので、なんとなく誤魔化せはするが、不器用なので、やり過ぎる。
ルフィ、サンジ、ウソップの、譲ってくれるタイプならなんとかなるが、ゾロやナミみたいに、ぶつかって来たり、筋を通すタイプだと、龍驤が逃げる。
逃さないが。
なんなら、躾けるが。
よって、怒られないように立ち回り始めた龍驤は、隠し事をしたり、主導権を手放したりする。
なのに、怒られるのだ。重大な齟齬がある。
じゃあ、どうするかで、ぶつかって行くことを選んだので、ルフィは認めた。が、暴走の勢いがなくなって、ちょっと日和っている。ナミを守りたくて仕方がないし、ゾロにはちょっと、引いてしまう。
「こいつ、ゾロ怖いんだよ」
「ちゃうねん。大和撫子の血が、三歩後ろを行かすねん」
「ああ、あいつ、確かに、厳しいっていや、厳しいよな」
サンジは目を白黒している。そもそも問題があるとすら思っていなかった。自分もさっき、怒ったし。
当たり前だが、そんなものはトラブルでさえない。そんなことをいちいち気にしていたら、まず船長がどうなんだという話である。
それなのにまさか、ナミどころか、ゾロとまでなんかトラブルを起こした、つもりになっていたとは。
年頃の女の子を船に乗せるのだから、難しいのは当然と言えば当然だ。だが、複雑過ぎてよくわからない。
むしろ、こんなになるまでトラブルらしいトラブルを起こさず、男所帯に馴染んでいた、ナミが並外れているのかも知れない。
ただ、困惑する。
「なんでお前、変なとこだけ普通なんだ?」
「ウチは普通や」
さっきからルフィがツボって止まらない。だがまぁ、問題はわかったが、解決はしていない。
というか、問題でないことがわかっただけで、現実は依然として立ち塞がる。
「で、どうすんだ? 見捨てるのか?」
見捨てるわけがない。なんだかんだ、人助けに一番熱心なのは龍驤だ。ルフィがなにも言わないことをいい事に、あれやこれやと口を出して、言い訳のように稼いでいる。
ココヤシ村でなんか、ノジコがああして捕まえなければ、ずっと海軍といっしょに復興に励んでいた。
アーロンの懸賞金を島への投資に回すと言い出して、ナミに冷たく見下されていた。
厳しいというよりも、露悪的な龍驤の言葉の数々は、ほとんど自分に向けられている。
現実と向きあってヤサグレるのは、いつも現実に喧嘩を売っているからだ。
負けまいと気を張って、なんでか勝ってしまうから、拗ねているのだ。
そんな龍驤を、麦わらの一味は笑うのだ。
「城まで送る。場所がわかっとんねん。なんとでもなる。問題はこの雪。そんで、クロコダイルや」
あの男がこの寄り道をどう評価し、どう生かすか。
龍驤にもまだ読めない。
既存の戦力は足止めした。やって来るのは未知だ。
もちろん、龍驤がちゃんと女の子なのはそうだし、それもまぁ、なんとかしていけばいい。二十歳以下の若者たちだ。人間関係で悩む時期である。
人助けも別に龍驤だけがどうこうという話でもなく、海賊らしくないのは今さらだ。
ルフィは鋭いので悩みがあることはわかるが、どんな悩みかはわからない。
価値がないからだ。
悩むぐらいなら、死ぬような危険へ飛び込んでいく男である。
行動が命と等価なら、逆は無価値だ。
実際、発破はかけたので、龍驤の悩みは半ば以上解決している。男である以上、勝手に強くなるだろう。
ただ、組織としては必要な情報共有ではあった。なんだかんだ、龍驤も中枢メンバーだ。中枢しかいないともいうが、コミュニケーションエラーはマズい。
一人で悩んでどうにかなる話でもないし。
敵が強過ぎて、味方が弱過ぎる。これが一番で、他はオマケだ。だが、龍驤は単純な強い弱いを問題としていない。
鉄の檻に手も足も出なかったのが、一ヶ月前である。
今はトン単位の恐竜や重りを振り回す。
これ以上は、むしろやめてほしい。力は十分なのだ。
人に格差があるのは、そうした能力の有無ではなく、技術と知識の差だ。
競技ならば、一秒は高い壁だ。しかし、実社会で一秒にどれだけ意味を持たせられるのか。
才能や能力など、そんな微妙な差異を争う勝負事でもなければ意味がない。生き死にのかかる戦いでは、確かに重要だろう。
しかし、仕事で効率が一時間違えば、それはもう、やり方が違うだけだ。
同じ技術と同じ知識を元にすれば、よほどのことがない限り、人による違いは誤差の範囲に収まる。
じゃあ、大砲を撃たれて生き死にが変わるのは誤差だろうか。
奇跡である。
神のご加護でもあったのだ。
誤差で高射砲を防がれては、たまったものではない。
しかし、奇跡がある一定の階層で連続して起こるなら、それはもはやなんらかの恣意が働いているか、物理法則を用いたシステムなのだ。
要は自然環境下で、刀が出来るわけがないという話だ。気が狂ったように折り返し、脱酸して加炭して加圧、精練した鉄のミルフィーユを、焼入れして研ぎ出すのは、自然現象ではなく、人の意思であり、技術でしかない。
偶然は重ならない。
それは神の御業なんかでは絶対にないのだ。
大砲が効かないのも同じだ。なにをどう考えたところで、自然に起こる現象ではない。異世界の常識で片付けられるものではない。
怪獣として生まれたのではなく、人として生まれたのならそうであるはずだ。
物理法則と、それに裏付けされた技術の問題なのだ。
そして、この技術がないとどうなるかは明快である。
大砲を撃たれて死ぬのだ。
こんな火薬だらけの世界なのに。
あまりにも決定的な格差であり、分断である。
中世の貴族と農民どころではない。アリが、怪獣と暮らすようなものだ。同じ生物とすら認識されまい。
これが技術と知識が生み出す格差である。
そんなのが統治者として支配し、海賊として跋扈している世界なのだ。
地獄。いや、もっと悪い。
鬼や悪魔は獄吏であるから、どれだけ理不尽であっても法に従っている。
だが、海賊は法に従わず、統治者は法を作るのだ。
龍驤の恐怖がわかるだろうか。
弱いということが、どれほどの苦しみと屈辱をもたらすか、想像が出来るだろうか。
同じサイズの、同じ姿形をした存在に、玩具として扱われる日常や暮らし、生活、政治、経済。
人生をイメージ出来るだろうか。
龍驤には出来る。艦娘だからだ。
逃がすしかない。仲間たちを。
それが、この世界の常識だとしても。
よくも、善人が、この世界に生き残っているものである。
虫のように、半ば機械的かつ本能的な人間以外のなにかになっていてもおかしくない。社会がまともに存在出来るはずがない。
ガープやセンゴクが想定した世界の終わりとは、そのようなものなのだ。
そうなっていない理由は、今ある社会。つまり、国がそうではない統治をもたらしたからだ。連綿と続けてきたからだ。
ならば国を、そうしたシステムを破壊してはならない。
それらが織りなす社会と、人々の暮らしを守らなければならない。
自由で楽しい旅路のために。
そのためには、龍驤も、麦わらの一味も、技術を習得しなければならない。
三刀流じゃないけど、なんかそんなめちゃくちゃなやつを。
どうすりゃいいんだか。
少なくとも、未熟ではあっても、扱える人材はいる。
ルフィはある意味で謎なので除くと、一番使いこなしているのはウソップである。
ゾロはなんか足踏みしているし、サンジは料理の方が本業だ。
百発百中の狙撃手。命中率を、常に当たるか当たらないかの二択でしか用意出来ない男。
それは現実の改変か、イメージの実現か。
龍驤は誰にも告げずに、じっと観察をし続ける。
「キミら、物理ってわかる?」
「鳥か? 貝か? あんまり美味くないが、痔には効くらしい」
「じゃあ、イラネ」
雪景色は輝きに満ちている。白というのは、全ての光を反射して作られる色だ。
眩しい。
あらゆるものの輪郭が曖昧になる。降っていたら、視界がモザイクのようになる。
高低差すら判別出来ず、地図があっても役に立たない。雪の中では、誰もが迷子になる。
迷子は遭難する。
「どう? ウソップさん」
「妖精さんからの合図はないな。まだ、見つけられないらしい」
「ワポルはどうかね?」
「近いよ。ただ、そっちも教えてくれるはずだ」
ゾロよりは見つけやすい。付き合ってくれるドルトンさんは、自然と二人の風よけになりながら、先頭を行く。
「しかし、困ったな。龍驤が便利過ぎて忘れてたぜ。こういうとき、合流するのも一苦労だ」
「リトルガーデンでも、分断されちゃったわね」
警戒もせず船から降りて、全てを龍驤に任せ過ぎた。目が一つだけなら、誤魔化しようもある。
龍驤だって、一味全員で見張っているから、逆に堂々と悪巧みをし始めた。いい事だと思う。
リアルタイムでウンザリするが、後から知ってビックリするのも腹立たしい。ルフィも龍驤も、他のクルーも、先に進み過ぎてついて行くのがやっとだ。
龍驤の力を借りて開発を進めても、いまいち強くなった気がしない。なんとなく、自分の限界が訪れた気分になる。
狙撃だけで、この海を渡っていく自信が持てない。
頼られる価値がないように思える。
あのときも、結局、我先にと逃げ出して、身動きが出来ないルフィといっしょにやられてしまった。ウソップはお荷物だ。
ウソップでは、龍驤の代わりにはならない。龍驤が上手く偵察出来ない、こんな視界の悪い場所で、隠れている敵だったり、迷った味方を探すのは無理だ。
「ちょっと待て」
ドルトンさんが立ち止まる。ビビが訝しげにウソップを見る。
ウソップは集中する。
ここはジャングルではない。だが、遠くまで見通せず、姿を隠すには絶好のロケーションで、逆にこちらの姿は目立つ。
似ている。あのときの状況と。
一味が分散して別行動をとり、合流を企図している。
あのとき、龍驤に頼られて、裏切ったのは誰だったか。
そのせいで、一味の敗北を背負ったのは、誰だったのか。
おおよそ、船とさっきの街を繋ぐ直線上にあり、かつ中間点である。
ウソップが待ち伏せを、狙撃をするならここだ。一味の誰かが船に戻るという情報があれば、間違いなくここで待つ。
「伏せろ、ドルトンさん!!」
ビビを捕まえて、地面に押しつける。疑問を浮かべたドルトンさんは、間に合わなかった。
肩を押さえてうずくまる。
「ドルトンさん!!」
「手当ては後だ!! 地面に貼りつけろ!!」
二人がかりで引っ張る。銃声が、弾丸がドルトンさんの頭を掠めた。
「なんなの!?」
「狙撃手だ!! 俺たちを待ち伏せしてやがった!!」
「どうしてわかった?」
「なんとなくだ!!」
ウソップは二人からの視線に気づかない。とにかく集中して、位置を探る。考える。
「弾丸と音に時間差はほとんどない。近い。どっちからだった? 掠めたのは見えた。どっちだ? 右か? 左か?」
「左だ。左から弾丸の擦過音がした」
「左だな。よーし、助かる。つまり、この視界のどこかに、敵がいる」
「ウソップさん」
「大丈夫だ。狙撃なら負けねぇよ。それよりも大変だ。この国には、スパイが、バロックワークスが入り込んでるぞ。でなきゃ、こんなところで待ち伏せなんかしねぇ」
「ウソップさん」
印象が違う。楽しくて、陽気で、優しいだけの、頼りない青年だった。なんなら、女であるナミや龍驤よりも弱いと思っていた。臆病だった。
今見せる笑顔は、問答無用で人を安心させる、優しいだけじゃない、男の顔だった。ビビは見たことがある。
「しっかり押さえてろ。すぐに片付けて手当てしてやるからな。今は止血だけして、寝転んでろ」
「しかし、」
「あんたの敵はワポルだろ? こいつは、俺たちの敵だ」
舌なめずりして、懐からパチンコを取り出す。ドルトンさんの目が点になる。
「それは」
「俺の相棒さ。俺は、狙った獲物を外さない」
そのまま、ウソップは極めて高い集中に入った。傍目からでもわかる。自分の世界に潜り、外界からの余計な情報をシャットダウンした。
ドルトンさんとビビは、互いに目線を交わし合った。
風が強い。