誘拐され監禁され救出されるがヒロインは別にいる
龍驤は疲れていた。
異世界転生という大イベントに加え、兵器から少女に変わってしまったアイディンティティの再構築など、あまりにも面倒で厄介な作業を強いられたからだ。
様々に情報を集める中で一つの決断をしたが、やはりこれまでの自分と決別するのは寂しいものである。
ほんの一晩だけだが、海軍基地に滞在が許されたので、龍驤はそこで軍官僚として最後の仕事をした。
あまりにもお節介だったが、感傷を振り払うためにもそうした。これからは賊としての人生である。
納得など絶対に得られないだろう。だが、おそらく、ルフィという少年と敵対する道を選べば、殺して殺して殺し尽くすような人生しか選べないような気がした。
耐えられるとは思えない。
艦船としての龍驤はともかく、人間としての龍驤は弱いのだ。
海軍と友好的な関係を築けたおかげで、船出にも余裕が出来た。食糧だけでなく、酒や金まである。やはりというか、ゾロにも航海術はなかったので、航海は楽をするために妖精さんに任せた。
徹夜をした龍驤は眠りこけた。
起きたとき、船に積んだはずの食糧は欠片も残っていなかった。
どうして我慢が出来なかったのか、という話ではない。物理的にどうやって腹に収めたか、という話だ。三人で一週間分はあったのだ。
海賊らしくマストに二人を吊るした龍驤は、ゴムであっても逃れられぬエゲツない制裁を科した。次は肛門を狙う。うずくまる男連中の尻に足をかけて、龍驤は勝利宣言した。
つまりは漂流である。
その後、なんやかんやあって、ルフィが鳥に攫われて海賊の人質になった。航海士が加入して、ゾロの腹に穴が開いて、鉄の檻を龍驤が無理矢理なんとかすると、男どもが真剣になった。
それを見た龍驤が煽り散らかし、犬に噛まれて、町長の老人に叱られて、航海士がため息をついているのが現在だ。
「で、金と当分の食糧は船に積んできたし、グランドラインの海図も手に入れた。多分、写しやけど」
「いつの間に」
「お前らがオモシロおかしくやられてる間に」
手も足も出なかった鉄の檻を龍驤がどうにかしたことで、男二人は自分の不甲斐なさを自覚した。それを指差して笑う龍驤の頭を、シュシュが齧っている。
「じゃ、さっさと逃げましょ」
「逃げたままじゃいられねぇ」
「まだ、ケンカの決着がついてねぇ」
「あ、そ。わたしは付き合わないわよ」
「一応、言っておくけどお嬢さん。バギーは大砲の扱いがウマい海賊でな。海に出て大丈夫?」
「足止めよろしくっ!」
「仲間でもない、詐欺師風情のためにか? ウチらは気にせんし、やってやっても構わんが、本当に構わんのやな?」
ナミは唇を噛んだ。やっぱり、なんだかんだと倫理観がしっかりした世界である。強かで抜け目がないように見えて、この歳でスレていない。海賊として街は壊すが、やたら火付けをしたり、逃げた住民を追うこともない。ケンカに命をかけても、殺しには慣れていないから見かけの勝敗で油断する。
それでも、負けはしないだろうと送り出した。ナミという航海士も渋々、付き合っている。
「ええ子らやろ?」
「なんで海賊なんぞに」
「わかるやろ? それに、若者ってのは無鉄砲なもんや」
「ま、さながら、ワシも心当たりがないわけではない。この町を興した時も」
「それ、長なる?」
「聞け!!」
龍驤はカラカラ笑って立ち上がった。
「シュシュと一緒にそこにおり」
路地から現れたのは、巨大な獅子と、それに跨がった変な髪型のおっさん。
「艤装、壊れたまんまなんよな」
入渠施設もバケツもない。ここは陸で、そもそも艦娘のテリトリーではない。対空砲や高角砲は使えるが、そのつもりはなかった。
この世界で、この世界のルールで、仲間とともに。
「誰だ、お前は?」
「龍驤」
言うなり、身体全体を振りきった。袖口から伸びたのは、ルフィたちを吊るした龍驤の錨。一万トンクラスを停泊させる代物である。獅子はそれを撃ち落とす。
「アカンか」
実際にそれだけの質量があるわけではないが、この世界では珍しい密度の金属塊である。家一軒どころではなく破壊出来るつもりだったが、かなり軽々と迎撃された。
身のこなしは早くないが、かなりの怪力と耐久性を持っている。それはある意味で、龍驤と同じ性質だ。
ゾロは斬鉄すら出来ず、ルフィは鉄棒を曲げる力もない。モーガンの斬撃は軌道上のものすら切り裂いたが、今は誰も真似出来ないことだ。
それでも、ルフィやゾロの方が強い。龍驤はそれに付いて行かなければならない。作戦の立案能力も、書類の処理能力も、砲や航法に関わる計算能力も、全部いらない。
いや、そんなこともないかも知れないが、とにかく、まあ、色々試してみないことには始まらない。
彼女の人生、これからなのだ。
「生意気な!! バギー一味に逆らったことを後悔するがいい!!」
「せんよ。負けても、死ぬだけの話やろ?」
こちとら、とっくに経験済みである。それこそ、あんな後悔だらけの戦争なんぞ、他にはない自信がある。
引き戻した錨を手元で回し、まっすぐ打ち出す。線や面であった軌道が急に点になるのだ。まるで消えたように錯覚しただろうが、獅子は避けた。グイッと引っ張ると錨が浮き上がり、スルリと獅子が避けた方に落ちかかる。獅子はそれを待つことなく、龍驤に踊りかかった。鎖を引き戻すが、間に合わない。ギラリと鋭い爪が光るが龍驤は自ら後ろに飛んで、それに引っかかった。左手が弾けたように裂ける。
「どうだ!!」
変な髪型のおっさんは喜んだが、獅子に吹き飛ばされた勢いまで加わった錨が、獅子の後頭部に突き刺さる。あまりに硬い頭蓋なので中身までは届かないが、昏倒するには充分だ。獅子は倒れた。おっさんもじいさんも、シュシュまであんぐり口を開けている。
「さて、なんやったかな? 何を後悔するって?」
「な、なんなんだ?! 俺はバギー一味の、“猛獣使いのモージ”様だぞ?! こんな、“海賊狩り”ですらない女のガキに!!」
「悪いけど、知らんな」
「そうだ!! 宝ならやる!! おれを倒してもそんな名は挙げられないぞ?!」
「すまんな、まだ自分が何者かすらわからんねん」
「はっ?! どういうっ!!」
鎖を握ったまま、拳を思いっきり振り抜いた。腰を抜かしていたので、実に顔面が狙いやすくて助かった。
「勝ったか」
思うよりもギリギリだった。やはり、空母でない自分は弱い。それがわかっただけでも収穫だ。
「オイ!! 大丈夫か?! さながら、大怪我じゃ!!」
「ウチは人間やないからな。気にせんと。それよか、じいさん。そろそろ戻らんとみんな心配しとるで?」
「訳のわからんことを!! さながら、ワシは町長じゃ!! 自分の心配をせい!!」
「おお、シュシュ。なんや、噛みつかんのか?」
寄って来た犬の頭を撫でる。その様子に、流石のブードルも黙り込んだ。
「本当に、人間とは違うんや。なんなら、首がモゲたこともあるんやで?」
「さながら、バケモノじゃないか」
「そや」
にっこり笑う龍驤に、毒気を抜かれた。
二人と一匹は、再び店先に座る。
「さーて、あっちはどうなったかな?」
偵察機に意識を飛ばす。決着はすぐのようだ。
「で、穴を大きくして帰ってきたんか?」
「仕方がないことだった」
「男には意地がある」
「ほな、尻拭いまでしっかりせぇ」
「イタタ!!」
龍驤がゾロの傷を縫いつけ、パチンと叩く。悲鳴を無視して、担架に蹴り込んだ。
「運べや」
「オウ」
ルフィが頭の方を持って引きずる。妖精さんがまとわりついて、手伝っているのかよくわからない状態になっていた。
「なんなの、これ?」
「絶対に失礼はするな。この世で一番エグいで」
龍驤の脅しに、ナミは恐る恐る距離を取った。それを面白がって、妖精さんがさらに群がる。ルフィがそれを笑っていた。
「宝、まだあったわよ?」
「それ、この町のやろ? ウチが捕ったのはあっちの船からや」
「え?! 本当に?! どんなもん?!」
「二、三千万かそこらか?」
「お姉様!!」
「気持ち悪い」
「俺、置いて来た」
「ハァあ?! アタシの宝よ!!」
「あの町、色々、金いるだろ?」
「海賊、むいてへんて」
「いや、俺はなるね」
「酒が欲しい」
「傷治せ」
「取って来い、このバカ!!」
「自分で行けよ」
龍驤の見た目は、もはやいつもの通りだ。ワチャワチャしながら、出航の準備に取り掛かる。
「食糧はそっちに積んで。コイツら、放っておくと全部食うから」
「バカなの?」
「バカなの」
ルフィは笑って誤魔化し、ゾロはいびきをかいている。
「待ちやがれ、小僧ども!!」
「あ、町長のおっさん」
「もしかして、取り戻しに来たのかしら?」
龍驤は何も言わず、適当に誤魔化して置いてきた。心配した住民に知らされて、やっとバギー海賊団が撃退されたことに気がついた。
何もかも、自分の与り知らないところで終わってしまった。
偶然、居合わせただけの若者に救われて、引き止める術もなく、言葉もない。もし、あのまま海賊たちが町を破壊していたら、自分は無茶を承知で戦いを挑んだだろう。
もう一度、復興のために立ち上がるには歳を取り過ぎた。もう、かつての仲間も残り少ない。
絶望するぐらいなら命を捨てたはずだ。町長にはわかっていた。
だが、そうした想いを口に出すには、時間もなにもかもが足りない。それでも、礼は言わねばならない。
「すまん!! 恩にきる!!」
「気にすんな!! 楽にいこう!!」
龍驤は左手を掲げた。もう、見た目は華奢なだけの細腕だ。立ち尽くす町長からの返事は聞こえないが、きっと伝わっただろう。
「とにかく、次やったら殺すからね?!」
「殺されねぇよ」
「バーカ」
「助太刀しよか?」
「ヤメロ、バカ」
「バーカ」
いびき高らかに次の航海へ、笑顔で出発した。