雪に佇む、荘厳な城。開け放たれた扉と、スノウバードの巣。
暖かみのある城だ。積み重ねた歴史とともに、今の持ち主の人柄も偲ばれる。
名君が続いたのだとわかる。滅びたとしても国は国を守ったのだと、そうした感傷が浮かぶ。
名前や政治が変わっても城がある限り、この国はこの国だと胸を張れるはずだ。そうであってほしいと、龍驤は思う。
雪と氷のダンジョンと化したホールにワクワクしてしまうのは、日本人だからだろうか。焚き火したりしたい。
気分だけソウルを高めつつ、登って行くと部屋をのぞき込む仲間たちが見えた。だから、尻を蹴飛ばす。
「入れ、アホが」
治療の邪魔をしないようにだろうが、寒いのだ。扉を閉めて、床を舐めるバカどもをスルーする。
「どや?」
なんか言われているが知らない。こんな寒冷地の、標高5000mである。そこにいるだけで凍傷になるはずだ。ならないことにいまさら驚いたりしないが、だからなんなのだ。
冗談抜きで、危険なことをしないでほしい。一般人もいるのだ。
「落ち着いたよ。もう少ししたら薬も効いて、熱も下がり始めるだろうさ」
一般人だろうか。この婆さん、ヘソ出してるけど。
「腹巻きいる?」
「いらないよ」
残念だ。なんでか後生大事にしているゾロの持ち物を処分したかったのに。
あれはダサい。怒るかもだが、ちゃんとカッコよくしてほしくもある。難しい。
「で、あれはなんのギャグ?」
「チョッパー、逆だよ」
片目隠して、全身を晒すヌイグルミ。かわいい。龍驤はペットを飼いたい。
トナカイは慌てふためいて、全身を隠して片目を覗かせる。角があるので、とっても目立つ。
「変形トナカイ!!」
「待て、ルフィ!! そいつ、一応、医者だった!!」
「医療用変形トナカイ!?」
ルフィが嬉し過ぎてアヘりながら走り始めた。なにか、琴線に引っかかるものがあったのだろう。トナカイは純粋に恐怖した。
サンジも龍驤も、今のルフィはなんか怖い。
三人の姿が消えていった。悲鳴が後を引いたが、雪のおかげか、あっという間に静かになる。
「うちのに一目ぼれかい?」
「結婚すると強くなんねん。子供も出来ん。愛されとるかもわからん。でも、間違いなくウチは愛するようになる。敵を殺すためにな」
「ケッタイな生き物だね」
龍驤は笑った。そんなものが、思春期を迎えている。艦娘にしたら別に珍しくもないが、幸運ではあるのだろう。
ルフィのおかげだ。だからこそ、冗談なのだ。そんな選択肢を取らなくてすむように、龍驤は生きなければならない。
そもそも、今選べるような選択肢でもない。途方もなく積み上げていった先の、最後の手段だ。
それでも、手っ取り早く愛なら乗り越えられるのではないかと、夢を見た。思春期は恐ろしい。
あと一週間でアラバスタである。
「男ってのは、本当に」
「一端の口を利くじゃないか」
「関係あらへんさ。何歳だろうが、女は女。男は男やよ」
花の139歳を名乗る老婆は笑った。頷く他ない。まさか、0歳とは思うまい。寝ているナミの顔は、穏やかだ。
生きている。治るのだ。
「助けられると、思わなんだ。仲間を失って、どう生きていくかと、そればっかり。ウチはキミに、なにもしてやれなんだ」
「また、大層なことを」
「筋金入りやよ。そうして死んで、生まれ変わったんや。いまさら、変えようもない。なら、後悔さえも楽しんで生きていくさ。どや? なんとも女々しいやろ?」
「そうだね」
「実に贅沢な生き方や。幸福でありながら、不幸を弄んで」
「真面目だねぇ」
「ナイショやで? バレたら、修正されてまう」
「ヒーヒッヒッ。仕方がないね。口止め料は貰うよ?」
「期待してくれ」
龍驤は礼を言って、部屋を出た。
年の功は素晴らしい。なにも言わずに、龍驤を肯定してくれた。麦わらの一味では否定することしか出来ない、龍驤の生き方を。
心が軽い。迷いが晴れた。龍驤は無敵だ。
「ナミを頼むで。ウチは、この国の邪魔者を始末する」
「行っといで」
老婆は見送った。城は、やはり静かだった。
「なんなんだい? あの子は」
寝ているナミは、返事をしない。
「なにをしてんだ、カバ野郎!!」
ワポルが喚いている。自分の国に戻り、上陸した。なのに、街に入れないのだ。
「防壁が突破出来ません!! いつの間にあんなものを」
「ただの雪じゃねぇか!!」
その通りだが、同量の水でもある。雪を固めて壁にすれば、土嚢と似たような効果を見込める。
銃が効かないといって、じゃあ戦争の役に立つかと問われれば、そうでもない。
それが技術であれば限界はあるし、発揮出来ない状況もあるし、それぞれで練度が違う。
寄って集って飽和してしまえば、同じ人間だ。海賊から逃げるような半端な集団、どうとでもなる。
防壁に姿を隠して戦列を組めば、大砲でもなければ突破は出来ない。
「ウヌぅ。ならば、バクバクショック!!」
ワポルの両腕が大砲になった。そして、まっすぐ水平に、雪壁に向けて発射する。
「無駄だ」
ところがどっこい。大砲をどうにか出来る人材なら、こちらにもいる。ドルトンさんが飛び出し、鉾なのか斧なのか団扇なのかよくわからない武器を振るう。
もしかしたら、スコップかも知れない。パトロールの最中に、雪かきとかするための。
砲弾はその場で破裂した。実に頼もしい。だが、見ていたウソップは気づいた。
あれ、うちのクルーが出来ないの、間違いなく物理法則が乱れている。龍驤がヤサグレるわけである。
「ま、それはいい。このまま、近づけさせるな!! 弾は足りるか!? 狙わなくていい!! とにかく、バラ撒け!!」
「勝てる!! 勝てるぞ!!」
「勝たなくていいから、近づけさせるな!! ビビ!!」
「どうしたの!?」
「みんな勝つ気だ。突っ込まないように念を」
遅かった。離れた場所で集まった人たちが、ワポルへ横撃を加えようと、森から雄叫びをあげた。
「マズい!!」
ウソップは煙幕で、彼らの足を止めた。殴り合いになってしまって、負けそうになったり、凄惨な光景を見せられたら、誰も耐えられない。せっかくの防壁から引きずり出されてしまう。
「やはり、民衆は愚かだな」
ピエロっぽい奴が、弓を引き絞る。見えないはずだが、十分だ。三本もつがえている上に、太過ぎる。バリスタ並だ。それを手持ちの弓で実現している。
要は大砲なわけで、群衆に向けて放つにはぴったりだ。邪魔をしようにも、ウソップのパチンコでは弾速が足りない。
「ドルトンさん!!」
「心得た!! フィドルバンフ!!」
「なッ!?」
味方の弾幕すら乗り越えて、最前線で喚くワポルへ突撃する。それだけで攻撃の意志を逸らせた。あのバカ王は、明確な弱点だ。ドルトンさんは自分を狙う矢を、冷静に斬り払う。
「諦めろ。私とお前たちは互角。国を背負い、地の利と協力者を得た私に、貴様らが敵う道理などない」
「ウヌぅッ。生意気なァ!!」
「城へ行け。今、この国には海賊がいる。お前たちが統治者だと言うなら、立ち向かってみせろ」
「そうだ!! 奴らのせいで、朝食が貧相なモノになってしまった!! 教えてやれ、チェス!!」
「えー、ワポル様の今朝の献立は、大砲のバターソテー。砲弾と火薬のサラダのみとなっております」
「なに食ってんだ?」
「どこがどう、足りないのかしら?」
「オードブルがないだろうが!!」
「まず、メインはどれだよ」
「相変わらずだな」
ウソップの耳元で、妖精さんが鈴のようなものを鳴らす。
「じゃあ、ご馳走してやるよ。口を開けな」
「お前、いい奴だな!!」
なんか、船長と似ててヤダなと思った。素直に口を開けたワポルに向かって、艦爆が急降下する。
「あれは?」
ワポルの船をボロカスにした、よくわからない玩具である。ワポルはそれが口に飛び込んで来るものと、満足そうに目を閉じる。
部下たちは逃げ出した。
超弩級戦艦の水平装甲や主砲天井すら抜く運動量と、その船体すら折る炸薬は、さぞかし美味であるだろう。
艦爆は爆弾だけ切り離して、スルリと上空に消えた。ワポルも爆炎に消えた。非常に恐ろしい、破壊力に満ちた光景だったが、なぜかみんな真顔でそれを見ていた。
「バカだな、あいつ」
「実は素直ないい人なのかしら?」
「一応は、我が国の王だったのだが」
「ワポル様ァァァ!!」
そこだけ雪が溶けてなくなるぐらいの大爆発だった。ワポルはトドのように横たわっていた。
「ご無事で!?」
「食い損ねたァ!!」
ドルトンさんすら、ビクッとした。ワポルが元気に起き上がる。
「なんだ、今の爆発は。濃厚で、コクがあって、雑味のない、超絶スパイシー」
「わかるのか」
「グルメね」
初めて、妖精さんがちょっと引いた。つまり、まぁ、なんだ。
本当に、美味しいと言われたわけで。
「あいつら、城にいるのか!?」
「お、おう」
「行くぞ!! チェス!! クロマーリモ!!」
「あの、よろしいので?」
「ちょっとしか味わえなかった!! 今度は食い尽くす!!」
ワポルがカバに乗り込む。そして、ちゃんと街を避けて歩き始めた。
「お前ら覚えとけよ!?」
「後で絶対、やっつけるからな!?」
「リメンバー!!」
「リメンバー・アス!!」
「ドルトン!!」
ワポルが振り返った。
「なんだ?」
「じゃあ!!」
ワポル一味は立ち去った。雪と風が、人々に吹きすさぶ。
「憎めない人ね」
「やめてくれ」
ドルトンさんは座り込んだ。
ゾロは再び迷い、山の中にいた。途中、ウサギを見つけて、龍驤のお土産にしようと捕まえたら、その親に襲われた。白熊だった。
まぁ、敵にはならなかったので、殺さずに伸した。ウサギも置いて行った。
ゾロはまだ、迷っている。ウサギたちは遠巻きにしながら、早く出ていかないかなと思っている。
抜き身の刀を両手にしながら彷徨う様は、間違いなくなんらかの魔獣だった。近づいてはいけない生き物である。
「ワポルって奴はどっちだ?」
なんか、おかしなセリフだと思うのだが、具体的にどうと言えないぐらいには、全体的におかしなことを言っている。
まず、自分がどこにいるかを把握してほしい。なんで海岸に向かって、こんな山奥にいるのだ。
ワポルが誰かもゾロは知らないが、海岸だと知っているのだから、どっちなのかはわかる。
なんでわからないことをわかっているように言って、わかっていることがわからないのだ。
白い世界で、ただでさえ幻惑されて、しなくてもいい混乱をするゾロは立ち止まる。
目の前に口があった。口だ。
雪の平原のど真ん中に、でっかい口だけがバックリと開いている。ゾロは目を擦った。
「なんだこりゃ?」
「雪国名物、雪化粧」
「オワァ!!」
ゾロは慌てて飛び退いた。そこを両サイドから、アフロと弓矢で襲われる。
「アフロ!?」
斬れない。斬れたかも知れないが、くっついた。
「なんだこりゃ!?」
二度目である。説明は難しい。
「フフフ、エレキマーリモだ」
「言っておくが、そいつはよく燃えるぞ?」
「なんかの能力かよ」
「失礼な。地毛だ」
「お前の毛か、コレ!?」
なんかバッチィので、振りほどこうとするが、取れない。そこに火矢が撃たれて、刀が燃えた。
「お、いいねぇ。いや、微妙か?」
思ってたのと違う。これでは松明だ。
「まだまだ、行くぞ!!」
ゾロはスパンと斬り伏せた。エレキマーリモは雪に転がった。無言の時間が流れた。
「なんなんだ、お前ら?」
「撤退!!」
「はぁ!? いや、待て待て!!」
「うるさい!! 忙しいのだ!! 王様の邪魔をするな!!」
「お前らが襲って来たんだろうが!!」
「ロブソン、本気モード!!」
「また、うちのクルーが喜びそうな」
ドラムには、変形する奴が多過ぎる。流石に追えない速さで、山を登って行った。
と、思ったら帰ってきた。
「お早いお戻りで」
「言ってる場合かァ!! ラパーンめ、やりおった!!」
よく見ると、雪崩が迫っている。はるか上で、白熊がピョンピョンしている。
「お前もさっさと逃げろ!!」
「ご親切にどうも」
ゾロはバンダナを頭に巻くと、雪崩に向きあった。
「なにをしているんだ!!」
「丁度、腕試しをしたかったんだ」
「言ってる場合かァ!! 何度目だ、コラぁ!!」
「眼・耳・鼻・舌・身・意……人の六根に好・悪・平。またおのおのに浄と染。一世三十六煩悩」
首に巻くように構えた鬼徹に、ボウっと鬼火が宿る。
「おおう!?」
「一世三十六煩悩、ニ世七十二煩悩、三世百八煩悩」
鬼火は雪走にも、和道一文字にも灯る。
「なんか、格好イイぞ!? やっちまうのか!?」
「三刀流、百八煩悩鳳ッ!!」
斬撃が、飛んだ。
「やったか!?」
「うーん。半分ってとこだな」
「ダメじゃねぇか!?」
「ウッシ、逃げるぞ」
「なんなんだ、テメェは!?」
仲良く山を下りながら、仲良く雪崩に巻き込まれていった。