雪崩に巻き込まれながらビッグホーンまで戻ったゾロによって、ワポル一味は掘り出されつつある。
制圧されているとか、耕されているとか、救出されているとか、色んな言い方が出来る。
ワポル本人は、側近といっしょに山を登っている。
叩き落としてもいいが、これ程の積雪だと再び表層雪崩が起こる危険もある。ドルトンさんも、こちらに向かう様子を見せている。
龍驤は待つことにした。
発揮出来る火力と、必要な火力と、最適な火力が実にアンバランスだ。
悪魔の実を含めて、火薬を用いた火力は時に巨人さえも打ち倒す。戦艦の一撃は、あらゆる同型艦を撃破可能な能力を、一応は持っている。
だが、本当に一撃ですむかと言えばそんなことはない。結果として、戦艦は島一つを真っ平らにする程の火力をその身に蓄えている。
だから、海の上ではなく、陸上の人間に向けるのだと考えるとあまりに過剰だ。
一人、もしくは数十人の海賊を仕留めるために、島の住人が全滅してしまう。
なんとも面倒くさい世界であると同時に、海軍の苦労がわかる。
大砲という安全に敵を打ち倒す手段は、住民を巻き込むために使えない。だから、同じ火力を発揮出来る個人を使って白兵戦をする。
実戦は負ければ死ぬが、確実に強くなる。海賊などそこら中から湧いて来るので、どんどん補充される。
しかし、海軍は訓練で強くなる。実戦より遅いし、金もかかるし、大変である。
なにせ、訓練によって超人にならなければならないのだ。
で、超人同士の戦いでも、雪崩ぐらいなら簡単に起こるわけで、最適な火力がビームになるという。
威力の割に、被害が集中するので、とっても便利。
やめてほしい。
常識を越えたところに合理性を用意するの。
必要だからって、人体で実現するの。
ビーム撃つのが正しくなってしまったら逃げられない。
ついに、ゾロが撃ち始めちゃったし。
ルフィもサンジもやるんだろうなと、龍驤は遠い目をする。
ウソップは撃たないかもだが、多分、よく考えたらもっとヒドいことをする。裏切り者だから。
ナミだけが龍驤の味方である。ナミは意識を取り戻し、呼吸も落ち着いた。それを知りながら、龍驤は城に入らず、雪の中で状況を見ている。
どこでも見れるのに。
まだ、ちょっと、こう、思春期から脱しきれていない。もともと素直でないだけに、より複雑になっている。龍驤もキチンと把握出来ない。
ただ、これからも前世を含めた後悔を引きずって生きようと決めただけである。ルフィはもちろん、ナミ相手にもなかなか打ち明けられない。
みんな、過去は過去として、夢に生きているからだ。龍驤に夢はないのである。
いやもう、本当に、結婚すらも艦娘というシステムに組み込まれていて、なにを夢見ればいいのか。
思いつくの世界征服とか影の黒幕とか、物騒なのばかりな上に、実際になった時の苦労とか考えちゃって、すぐに醒めるんだが。
人の幸せとはなんだろう。
龍驤は途方に暮れている。
やっとこさ、これまでの鬱憤をちょっと吐き出して、またこれから頑張ろうと思っていたところである。
一味の誰にも迷惑のかからない、ナイスな解決策だったのではないだろうか。
で、張り切って出てきたら、とっくに戦いが始まってたし、なんか雪に紛れられたし、見つけたら大雪崩だしで、完全に機先を制された。
今、龍驤が手を出したら、もっと大きな雪崩になって、ビッグホーンが埋まる。
積雪だけで埋まってるようなものなのに。
諦めきれなくて色々考えたら、出てきた解決策がビームで、実際にゾロがそうしたところも見たわけだ。
龍驤は首を傾げる。
船は波を舳先で切り裂いて進むが、波そのものを消したりしない。雪崩も同じで、斬るだけではほとんどなにも起こらない。斬撃で分かれた後に合流して、また同じように滑り落ちて行くはずだ。
ところが、雪崩の勢いはちゃんと半減して、下層のビックホーンに被害も出ていない。
つまり、ゾロは斬ったつもりで、斬ってない。本当に消した。
あの質量を即座に蒸気かなんかに変えるということは、多分、それだけの熱量を用意したというより、高周波かなんか使ったと解釈した方がいい。
なにせ、周辺の気温に変化がない。
水などは高周波に晒されると、振動に耐えきれず、分子間の繋がりを維持出来なくなって、霧になったりする。
噴霧器や電子タバコなどに利用され、熱をあまり生じさせないで、蒸気を生成出来る。
それを、刀を振って実現したらしい。
超音波メスとか使う怪獣がいたけど、ゾロはそれを軽々と越えたっぽい。
氷から水、水から蒸気への変換かつ一瞬なので、熱量よりも伝達効率がいいことを考えても。
「いや、ちょっと待って。熱よりも効率がいい? レーザーよりも?」
光のビームであるレーザーですら、エネルギーのうち、熱ぐらいしか伝えられない。振動は運動エネルギーである。
発振体を直接触れさせないと役に立たないものを、ビームにして飛ばしたと。
「なるほど、わからん」
龍驤はヤサグレた。本当にわからん。レーザーが運動エネルギーを伝えられちゃったら、それ光速の物体が衝突するのと同じである。
光速の物体は無限の質量を持つので、エネルギーも無限である。だから、物体は光速を越えられない。
高過ぎる運動エネルギーは様々な相互作用で維持される質量を失わせて、熱エネルギーに変換していくからだ。
速く動けば動くほど、氷が水になり、蒸気になり、プラズマになって、光速に到達する前に、エネルギーへ変わってしまう。
状態変化というのは、この過程なのだ。
よって、光速に達するのは量子とかいう、不思議なものだけになり、レーザーは熱だけを届ける。
音波は空気の振動であるから、速く動けば空気がプラズマ化する。プラズマ化した空気は一気に熱量を発散して、消えてしまう。つまり、飛ばないので、運動エネルギーを伝えられない。
エントロピーの法則という奴で、世界は均一になるために手段を選ばないから、質量、つまり世界を維持出来るのであるが。
もしかして、マクスウェルさんがいらっしゃるのだろうか。
もしかしなくても、相対性理論が通じないのだろうか。
「さ、寒くないのか?」
龍驤は自分で作った雪の玉座から、城の入口へ視線を投げた。トナカイが身を晒している。片目だけ隠して。
トナカイを含めた草食動物の目は、左右の正面に付いている。人間が正面とする鼻先は、むしろ視界の端であり、片目で世界を見るのが通常の状態である。
よって、身体を隠そうと左目だけ出すと、見ている方向へ身体の左側を向けないと不自然に感じるのだろう。
だから、あんな愉快なことになっている。
首を左に向けて右目を閉じた状態が、トナカイが左側を見る通常の状態だ。その姿勢で壁から覗くと、人間でも同じようにしかならない。
つまり、彼は本当にトナカイなのだ。
龍驤のSAN値が回復する。
「寒くはあるが、人間やないからな。平気やよ」
「に、人間じゃないのか!? 俺みたいな能力者か!?」
「いんや。異世界転生者」
「異世界!?」
龍驤はちょっとだけ考えて、トナカイを手招きした。
「お話しよか」
「変なこと言わないか?」
「ああ、結婚のことか。アホらし。誰になにを誓うんや。国か? 神か? 世界政府か?」
そこまで言われると、反論出来ない。善人相手に露悪的でリアリズムチックなことをまくし立てるのは、明日から使えるマウント術である。善人なら悩む。
反論出来ないトナカイは、渋々と隣に座った。龍驤は耐えきれずにニゴリとする。
「やっぱ、なんか企んでんだろ!?」
「企むことのなにが悪い?」
頭のいい奴に正面から善悪を問う。これも明日から使えるマウント術である。善悪に理屈はない。
「企むさ。それで仲間の安全が確保出来るならな」
「そ、そうなのか」
トナカイは考え込むように俯いた。龍驤のニゴリが止まらない。このトナカイは、チョロい。
「名前は?」
「トニートニー・チョッパー。世界で一番、偉大な医者がくれた名だ」
「龍驤や。世界で一番、長い歴史が紡いだ名やよ」
後出しはマウントの基本である。
なるほど。劣等感なのだなと、龍驤は自分への分析を終えた。みんな善人ばっかりで、悪人である自身が許せないのだ。
いまさら過ぎて、自分でも笑ってしまう。
悪の枢軸たる日本の軍艦が、善人になりたいとは。
向上心かも知れないが、やはり思春期は怖い。
なにか、真の仲間ではないみたいな思考になっている。あれだ。初心に戻って、麦わらの一味が龍驤を追い出したり裏切ったりなんかしたら、みんな殺そう。
海賊のケンカは殺し合いだと、リトルガーデンで学んだ。中途半端に死んでほしくないなんて思うから、現実と乖離するのだ。
人は死ぬんだから、出来るだけ全部、この手でヤろう。
甘えたり遠慮したりの立場では、対等ではない。だから、対等に戻るのだ。
ビーム以外で。
「楽しそうだな」
「生きるのは楽しいよ。まったく、そう思う」
嫌われたくなくて善人になりたかったのに、出した結論はこんなものである。
実に度し難い。龍驤は楽しくて仕方がない。
「ま、キミの悩みは知っとる。だから、端的に言っちゃる。人も食わんと怪物とか、思い上がりも甚だしい」
「おおう!?」
「この海には、化け物みたいな奴がたくさんおる。うちのクルーもそうやし、ウチもそうや。キミのお師匠も、見方によっては化け物やな。まさしく、魔女や」
「そ、そうなのか?」
「そりゃ確かに怖いわな。嫌われることもある。だからなんやねん。それで人間ごときに倒されるなら、そいつはただの獣に過ぎん。怪物は、もっと怖い」
「どんな風に?」
「言ったやろ? 人を食うんや。そしてな、人間ごときには倒されん」
「そんなのどうすんだ!? 大変じゃないか!!」
「だから、神がおる。理がある。誰も、怪物ですら逆らえん」
「か、神?」
「キミも仕えとるはずや。医学、学問のことや」
「そうだったのか!?」
「せやでー。学問って凄いんやでー」
このトナカイ。頭がいいのに、素直で超楽しい。
詭弁ではあるが、そもそもそんなのが化け物というのが思い込みである。
龍驤にかかれば、いくらでも誤魔化せる。そうして誤魔化して、思い込みを取り除いてやれば、簡単だ。
「あ、タヌキ」
「げっ!? 見つかった!!」
「仲間になれぇッ、タヌキ!!」
「タヌキじゃねぇよ!!」
ルフィの中でどんな変遷を経たのだろう。変形トナカイは、化けタヌキに変わった。
二人は追いかけっこを再開する。
あんな素直なトナカイ、ルフィなら簡単に口説き落とすだろう。後は任せればいい。
なにせ、素直でないことなら誰にも負けないサンジを仲間にしている。
ゾロもナミも厳しいし、ルフィとウソップはフォローはしてくれるが、対等というか、基本問題が起こるまで放置である。
問題が起こらないように、龍驤の味方をして、龍驤を庇うのはサンジしかいない。というか、サンジが甘やかすから、ルフィも龍驤もなんだかんだ許される。
船のスペースがルフィの食糧で埋まるのは、ルフィが船長なだけでなく、サンジがそうするからだ。クルーの命を預かることで与えられた権限を、腹一杯にさせることに使っている。
その上でまぁ、食べ物という意味ではクルー全員を不自由させないどころか、オヤツやドリンクまで用意する徹底ぶり。
あんなにも人のために働ける人間は、そうそういるものではない。
それでいて、見た目も態度もチンピラなのだからオモロい。
自分で追い込んでおいてなんだが、なんで海賊なんかやっているのだろう。実に疑問だ。
「現時点で引き出せるクロコダイルの手札は、これで仕舞いや」
クロコダイルと敵対する目的は、麦わらの一味の増強である。
可能な限り、ルフィと会わせた。会わせてしまえば、ルフィは判断出来る。よって、誰が仲間になるかはルフィの胸先三寸である。
誰だろうなと考える。
あのオカマは船に戻って、出航を待っていた。どうも、今までのエージェントと違って、一隊を率いることまで出来るようだ。この島に散らばって工作していた人員を回収している。
上空を旋回して監視する、龍驤の艦載機を睨みつけながら。
その視線を間接的に受けて、龍驤は笑う。
「さぁ、これでもう手加減はなし。さっさとすませてまうで」
もうすぐ、ワポルも到着する。
雪の中、チョッパーたち医者とサンジ、そして、ワポルは対峙した。龍驤は遠慮した。そして、ワポルは吹っ飛ばされた。
なんか、医者がいたらしい。国を救おうとした医者が。
医者のくせにとも、医者だからとも思うが、この国はその男をこの美しい城で弔うらしい。
墓は、死者との対話の場である。この国のどこからでも見えるこの場所を墓にするというのなら、国民の全てがその男と語らうのだろう。
その男の生き様を、人々は国と定めたのだ。
それをワポルがバカにしていたら、遅れてきたルフィがとりあえず殴っていた。
「フーっ、スッキリした!!」
「どうしたってんだよ?」
「なんか、みんなウダウダしやがってよ。どうでもいいじゃんか、なぁ?」
ルフィもストレスを溜めていたらしい。悩みと無縁なのではなく、無価値とする男だから、イラついていたのだろう。
それでも口を出さなかったのは、船長としての判断で、我慢していたのだ。暴れる機会が嬉しそうだ。
「殴っていいんだよな? アイツ、敵だよな?」
「殴ってから聞くな」
聞いてから出撃したゾロの方がマシなのか、どうなのか。
龍驤は判断出来ないし、サンジはもう、言葉もない。
ワポルの方はトドのように横たわっていて、部下が泣きながら喚いている。
なんか、デジャヴである。
「ハッ!? そうだ!! 爆弾娘はどこだ!?」
視線が龍驤に集まった。なんか、婆さんに呆れられている。まさか、文字通りとは思うまい。
「なんかウチに用か?」
「俺の后になれぇ!!」
龍驤は逃げ出した。
「お断りします」
龍驤ははるか城の端っこで、顔だけ覗かせて言った。
アイツ、怖い。