いまさら悪魔の実の能力で龍驤の爆撃が無効化される程度のこと、驚きすらない。爆弾が美味しいと言うのは、その能力を評価し、説明する情報である。
嬉しくないのはもちろん、なんか気持ち悪いが。
ワポルの能力であるバクバクの実は、口に入ったものなら、物質のみならず、現象すら美味しく食べられるのだ。
つまり、風や熱と言った、ただのエネルギーも。
美味しいから異様な物でも食べる。嫌いなものやマズいものはそもそも食べられない。味も含めて、食べることを可能にするという能力なのだ。とんでもなく都合がいい。それで味のわかるワポルは、本当にグルメである。
能力が与えた感覚の、先を行っている。
驚異的な能力だが、口という限界もわかりやすい。そして、エネルギーと質量が本質的に同じであるという物理法則が、龍驤の世界と共通していることも教えてくれた。
同時に、それらの境界が龍驤の世界ほど明確ではないことも意味している。
ルフィの能力を見ているだけではわからなかったことだ。ワポルには感謝すらしている。敵対しているようで、出会いからずっと麦わらの一味と龍驤にとって助けになることしかしていない。
嫌う理由はなかった。
結婚する理由もないが。
だが、龍驤はチョッパー相手に同じことをした。もちろん冗談だったが、愛してもいないし、尊重する気もないのに、相手の人生を所望した。
それは悪いことだ。
なにせ、結婚は墓場である。生きている人間が墓に葬られないように、死んだ人間しか家庭には入らない。
この世でもっとも夢のない契約が結婚なのだ。
もちろん、この契約はいつでも一緒だと誓うものだから、合意の上であれば、天国に住む可能性だってある。
ただ、現実は無情なので、合意の上で地獄へ並んで突撃する。
地獄はなかなか楽しいところだが、二度と夢など見られずに、後悔ばかりを抱え込むことになる。龍驤は知っている。
だって艦娘にとっての結婚は、限界を突破する手段だから。
もう無理ってところから、さらに先へ進ませる手段だから。
後でチョッパーには、改めて謝ろうと思う。
思ってたより、クル。
「毎日、俺様のために食事を用意しろ!! この世のすべてを、あの爆弾で味付けしたい!!」
「マヨネーズか」
「そんな感じだ!!」
「遠い遠い。なんで、コミュニケーション成立させてんだ」
サンジたちを挟んで、山頂の端と端ぐらいに離れている。城が一つ建つ広さである。真ん中の一味は、話を聞きづらい。
「そんなん、飯炊きか給仕やん。結婚する必要ある?」
「メイドは退職自由だぞ?」
変なところで白い。割に離婚はダメっぽい。この国ぐらい真っ白になるか、いっそ本物の外道でいてほしい。
「ルフィ、どう思う?」
「え? 俺に聞くのか?」
「別に結婚なんか誰としても構わんし」
「ついさっきまで、思春期がどうとか言ってただろうが」
「情が生えただけで、ウチ、戦艦やで?」
本当に面倒くさい娘である。
「一応、ウチら仲間募集中やん? ソイツの能力は、ウチとめちゃめちゃ相性ええで?」
「そうなのか?」
「ウチとウソップが増やしとるガラクタ。ウチも使えんやつばっかやけど、こいつに食わしたら強化パーツになるんよ」
「どういうことだ?」
「変形する」
「変形!?」
「食いつくな、バカ」
「食うのは俺様だ、カバ!!」
「なんか、厄介なことになったねぇ」
敵と味方の両方から突っ込まれた。婆さんとチョッパーは置いていかれている。当事者なのに。
「試してみよか?」
「どんな風に変形するんだ!? ロボか? 巨大化するのか!?」
龍驤はトコトコと山頂を横断して、ワポルの前に立った。
「あーんして」
「アァーン?」
ワポルが口を開けた。ルフィ以外が、ちょっと気持ち悪そうに顔をしかめた。
龍驤も恐る恐る、手持ちの装備を入れた。予備だ。鎮守府がないので、逆にどこでも自由に装備を付け替えられた。思わぬ利点である。
ワポルが装備を咀嚼する。
「あっまーい!!」
龍驤は逃げ出した。また、城の端っこだ。
「面倒くさいから、こっち来い」
サンジに呼ばれて、後ろに隠れた。
アイツ、怖い。
「なんだ、この歯応えは!? なんだ、この旨味溢れる甘さは!? まるで宝石箱をひっくり返したような煌びやかさ!!」
「その食レポいる?」
「龍驤って、美味いのか?」
「こっち見んな」
龍驤は、王様と船長から熱い視線を注がれた。
なんか貞操以外が危機である。
「そろそろ、飯の時間か」
「いいさ。アイツらをぶっ飛ばして、宴にしよう」
ルフィが腕を回し、サンジが首を鳴らす。
「ちょ、ちょっと待てよ!! なんでドクターのことを無視して、お前たちだけで戦うんだ!? これは、俺たちの戦いだぞ!?」
チョッパーが叫んだ。怒っているようだ。
「なんだ、戦いたいのか?」
「戦いたいって」
サンジに言われて、自分でもどうしたいのかわからなくなってしまった。チョッパーのドクターは、アイツらも救おうとしたのだ。
「関係ねぇよ。お前に戦う理由があんのか?」
「戦う理由」
「あるんなら戦え。俺たちのことなんか気にすんな。お前はアイツを、ぶっ飛ばしたいのか?」
「アイツは、アイツはだって、ドクターをバカにした」
「あるじゃねぇか、戦う理由。だったら、ぶっ飛ばしてやれ」
「歓迎するぜ。なんせ、アイツはうちのクルーを奪おうとしてんだからな」
「奪う」
「海賊から奪うなんて、ふてぇ輩だ」
「海賊」
「悩むなよ。それより、そんな蹄で拳が握れんのか? ちゃんとケンカは出来るか?」
チョッパーはバッと顔を上げて、ルフィを見返した。ドクターとだってケンカした。チョッパーは一人前のトナカイだ。
「俺の鉄の蹄は!! 岩だって砕くんだ!!」
ルフィは笑った。そして、手を伸ばす。チョッパーは戸惑いながら、蹄を重ねようとした。
「じゃ、仲間だな!!」
ルフィはチョッパーの蹄をパチンと叩いた。固まるチョッパーの蹄に、今度はサンジが拳をぶつける。
「頼りにしてるぜ、チョッパー」
名前を呼ばれた。世界で一番、偉大な医者に付けられた、大事な名前を。
仲間だと言われた。誰も、ドクター以外、受け入れてはくれなかったのに。
ドクトリーヌは弟子にしてくれたけど、対等じゃなかった。ドクターは慕ってはいたけど、後ろに付いて行くばかりだった。
並んで立つのは初めてだ。チョッパーに、友達が出来た。
「ウチを守ってな。ウチの力やけど」
後ろにもう一人いた。人間はみんなチョッパーよりも大きいが、唯一、ちっこいなと思う人間だった。
「そういえば、なに食わせたんだよ」
「防御用のバルジと、近接用の副砲。要は盾と、ウチの大砲」
「バッカじゃねぇか?」
ガレオン船を粉々にするアレである。鷹の目でさえ避けた代物だ。
そして龍驤の装甲は、最近までゾロが斬れなかった。
「ウチの砲弾刺さるから、ルフィでも千切れるで」
「バッカじゃねぇのか!?」
知らないうちに、敵が超強化されている。味方の手で。
そいつが守ってとか抜かす。
「お前がヤれよ!!」
「いや、ほら、ウチ、ナミと仲直りせな」
「ケンカしたのか?」
チョッパーが純粋かつ、心配そうに聞いた。
「ウチって、誤解されやすいから」
「テメェに関しては、誤解はねぇよ。腹黒小娘が」
「仲直りは、笑ってプレゼントを渡すんだぞ!!」
チョッパーと龍驤は笑顔を交わす。
「なるほど。やってみるわ」
「え? お前ら、ケンカしてたか?」
ルフィだけ話についていけない。一味の船長と医者。本当に人間じゃないのと、人間。カテゴリが二つあって両方に属しているのに、仲間外れである。
龍驤はルフィに勝ち申した。龍驤には仲間がいる。
「なんだ、コイツ」
急にドヤる龍驤を、サンジは胡散臭そうに見つめた。チョッパーは、外の世界って凄いんだなーと思っている。
外とか関係なく、麦わらの一味は変だ。
その誤解は道を踏み外す。
つまり、海賊に誘う。龍驤はニゴリとする。
「本当に性格悪いな、お前」
「褒め言葉やな」
「王様を無視するなァ!!」
なんかワポルが、城に掲げられた旗に文句を言っている。チョッパーが反論するが、龍驤はそれらに背を向けた。
ナミの命が助かった以上、龍驤の敵はクロコダイルだけである。ワポルなんて小物を相手する気にはならない。
怖いし。
意味わかんないし。
いきなりプロポーズとかバカみたい。
麦わらの一味と一緒に旅はするが、やりたいこともやれることも違う。
龍驤は自由で、それはルフィが保障してくれた。異世界だから、艦娘として戦う敵はいない。
ただ、龍驤として、こんな世界で生きるのだ。
思春期で血迷ったところで、その恩は忘れない。
最初から、結婚なんかに縛られるつもりもない。
そんな龍驤の意思をまるっと無視してるくせして、なんの悪意もないのが理解出来ないだけだ。
善人ばかりだと思っていたこの世界。実は、悪意が足りないだけかも知れない。
悪意もないのに、愛の結論である結婚を、奴隷契約と同じに扱える無邪気さというのは、とんでもない。
別に実際には怖くないし、逃げるわけでもないが、因縁とかもあるし、男たちに任せる。
なによりこの島は、すでに龍驤の支配下である。雪の積もった階段を登りながら、ロープウェイに向かうウソップたちも、逃げ出すオカマも、ルフィたちの戦いの様子も、すべて把握している。
ゆったりと余裕を見せながら、龍驤はナミのいる部屋に向かう。本当に、ゆっくり向かう。
途中、高射砲に変形したワポルの攻撃で血を流すルフィを見て、龍驤は笑い出した。
千切れてない。
ルフィは仁王立ちしている。
「ええぞ!! 現実なんぞ、捻じ曲げてまえ!!」
龍驤は足が重い。現実とナミが待ってる。
「こりゃ、本格的に焦んないとな」
仲間であるちんちくりん。最近、急に育ったようだが、やはり子供の域を出ない、自称異世界転生者。
あれが言うには、常識を歪める物理法則があるらしい。なんのことだかわからないが、ウソップの狙撃。ゾロの三刀流。
そして、目の前の光景という実際の事例を見ると、そんなものかも知れないと思う。
隠したり、誤魔化したり、本当のことを言わない娘だが、ウソはつかないのだ。少なくとも、戦いに関しては。
両肘と額から角のように砲身を生やし、発射時には曲げた肘を顔の横に揃えるように構えるワポルは、ルフィでなくとも心躍るものがある。
ただ変形しただけではない。攻撃動作に光る、ギミックの妙。
長砲身を畳むことで、移動や白兵戦をスムーズにする工夫が、そこには見える。ついでに妖精さんが見える。
一緒に食べられて、でもただでは起きずに、ワポルの改造に手を貸したらしい。超楽しそう。信じられないぐらいはしゃいでいる。めちゃくちゃ旗を振っている。
あのR.Rのロゴはなんだろう。おそらくだが、龍驤の艤装に付いている日の丸の亜種だと思うのだが。
「素晴らしいボディだ!! これならば!!」
「避けろよ、ルフィ!!」
城に掲げられた海賊旗。それを守るために、船長はボロボロである。
グランドライン突入以来のことだ。それほどの危機と考えることも出来る。だが、龍驤が千切れると警告した通りにはならなかった。
怪我だらけだが。
強くなったのは、その通りだろう。サンジはそのようにメニューを組んでいるし、クルーは努力を怠っていない。ルフィはもう、メリー号では狭苦しいと言わんばかりの機動性を手に入れているし、ウソップは毎日飽きずに手札の研究をしているし、ゾロは暑苦しいトレーニングを繰り返している。
では、自分はどうだろう。サンジは振り返る。存分に料理の腕は振るって来たが、強くなろうとしただろうか。
してはいたが、他のクルーに並ぶ程だろうか。
あの龍驤が、勝てないと言ったクロコダイル。よくは知らないが、グランドラインの代表的な海賊らしい。
ワンピースを目指すなら、対峙して当然の相手である。
舐めていなかったか。グランドラインの危険さを、甘く見積っていなかったか。
サンジは真面目に、少し考えた。
意味のないことだ。危機というのは、そもそも準備万端なところには襲って来ない。サンジは海上レストランのコックである。
誰に、なにに襲われても、戦うコックさんは退いたりしない。むしろ、そんな目にあってしまった誰かがこの海の上で、座って、落ち着けて、助かったとか、よかったと思えるレストランこそ、ゼフとサンジが提供したかった物である。
なのに、嵐や海賊に負けるわけにはいかない。
城の前で仁王立ちする婆さんと、まだまだ未熟なトナカイのフォローをしながら、サンジは足を止めた。
ワポルの放つ砲弾の狙いは甘い。だが、威力はとんでもない。当たれば粉々だろう。少し残念に思いながら振り返ると、城は無傷だった。スノウバードがピヨピヨしている。
そんなわけ。
ワポルは構わず連射している。サンジは呆然としている。
当たりそうだった砲弾が、直前で消えるのを目にした。
ちょっと、咥えていたタバコがズレる。
もう一度振り返ると、妖精さんたちが揃って親指を立ててきた。頭が痛い。
妖精さんがわからない。
異世界ってここまで違うのだろうか。
流石、龍驤すら考えるのをやめる不思議の筆頭である。サンジも考えないようにした。
「要は、疑わなきゃいいんだろ?」
千切れるはずの砲弾で、ルフィが無事だったのは意地や信念だろうか。
ゾロの三刀流は、ゾロが無理矢理に実現しているものか。
ウソップは自分が放った弾の行方を、祈りに任せたりするだろうか。
料理と同じなのだ。
龍驤がそう言った。
あのウソつき、ワポルが怖くてイヤなくせに、有用だからとルフィに判断させる余地を与えた。まかり間違って変形に転んだら、文句も言わずにアレの妻として義務を果たしただろう。仲間にするために。
そんなとんでもないアホウが、弱音とともに例に出したのがサンジの料理だ。
勝てないと認めた相手の対抗策が、サンジだった。
七武海とかわからないが、要はあの鷹の目に並ぶ猛者ということだ。
そんなのに対抗出来るのが、サンジだけ。
嬉しくないはずがない。
誰かより強いとか、そんな話ではない。
その猛者の率いる秘密結社が、食糧不足で悩む。
かつて最強だった二人が、酒も飲めない日々を過ごす。
世界有数の大国が、水が飲めないと内乱になる。
そんな世界で、人に飯を食わせてやることがなによりも好きでいられる男だ。
一番に頼られたら。
そして、そんな男が、料理をするように戦ったのなら。
「え~い、埒が明かん!! 合体だ!! チェス!! クロマーリモ!!」
「合体!?」
また船長が役に立たなくなった。さっきまで、砲弾をくぐり抜けて、ほとんど一人で三人を相手していたのだが。
「え? なんのことです?」
しかし、言われた本人たちがわかっていなかった。疑問符を大量に浮かべながら振り返ると、目の前に口があった。
あれは怖い。部下たちも悲鳴を上げている。
なんか陣営に関わらず、味方に振り回される島である。
ルフィやサンジはもちろん、医者の二人も顔を青ざめさせていた。
「化け物だ。人を食べた」
なにか、トナカイが怖じ気づいている。しょうがないと思いつつ、タバコを深く吸い込む。
「さぁ!! 恐れ慄け!! 王技、バクバクファクトリー!!」
空に突き立つ砲身から蒸気を出しながら、砲塔となった胴体の扉が開く。
暗闇の中に、四つの眼光が輝いた。
「まさか!?」
「二人の人間が!?」
「究極合体!! チェスマーリモ!!」
「肩車しただけじゃねぇか!!」
期待してたのに。
ワポルの上で、妖精さんたちが肩を竦めている。そんなんじゃダメだと言うように。
じゃあ手を貸してやれとも言えないし、サンジは苦々しい顔で前に出た。
そいつらの両腕は、どこかで見たような鉄甲で覆われている。
船の舳先にも似た巨大なそれが、なにを由来にしているかなど考えるまでもない。
「アフロには劣るが、貴様らの仲間から奪った力!! 存分に味わうがいい」
「与えられたの間違いだろ」
与えたことがそもそもの間違いだ。本当に大間違いである。
あと、アフロはどうでもいい。サンジは精神的にも触りたくないので無視する。
ドクトリーヌがチョッパーをフォローする。
「どうせ、あの小娘だろう。なにを吹き込まれたんだい、チョッパー?」
牽制で放たれた矢を、話の邪魔になるものだけ逸らし、前へ進む。
「小癪な!!」
「ヘイヘイ、小粋に踊ろうぜ?」
鉄甲で殴りかかるのを、やはり足で捌く。勢いだけならどうにでもなるが、やはり硬い。砕ける気がしない。
「教えてもらったんだ。本当の化け物は人を食うって。人間じゃあ、倒せないって」
「へぇ、そうなのかい?」
確かに、ただの人間なら倒せないだろう。だが、サンジは違う。
「じゃあ、どうするんだい? 逃げるのか、諦めるかい?」
「倒す方法があるんだ。学問が、医学があれば倒せるって言うんだ。化け物って病気なのかな?」
「ヒーヒッヒ。確かに、そうかも知れないねぇ」
サンジはコック。戦うコックさん。赫足のゼフに、育てられた男である。
「貴様に、この装甲は破れまい!!」
「決めつけるな。たかが、戦艦の装甲だろう?」
「強がりを!?」
サンジの蹴りが、体勢を崩す。両腕が宙を泳ぐ。
「ポワントゥ・デゼル」
「くらえッ!!」
耐えて、そのまま叩き付けようとしたそれを、渾身で迎撃する。
「シュートっ!!」
チェスマーリモに填められたバルジは、まとめてひしゃげて、花が咲くように両腕から取れてしまった。
先端にはくっきりと、サンジの足型が刻まれている。
妖精さんが拍手している。
「下拵えはすんだ。あとは任せるぜ、チョッパー」
「え? 俺が?」
「化け物退治さ。お前の医学を見せてやりな」
ドクトリーヌに発破をかけられ、トナカイは走り出した。
サンジは婆さんの前で、護衛をする。なんだか、こんな役回りばかりである。
「殊勝な心がけだね」
「何歳だろうと、レディに怪我はさせねぇよ」
今日は実に気分がいい。
サンジはもはや、赫足を越えたつもりでいる。
ちなみにとある中将の日課らしい。