ヤクザ者の過去を詮索しないというのは、定石である。
別に悲しい過去があるからではない。面倒だからだ。普通に考えて、脛に傷を持ったままのヤツとの付き合いなんか出来ない。ましてや、取引や商売、契約も貸し借りもリスクだ。
それを無視して後ろ暗いことをやろうというのだから、前歴不問は当たり前の話である。リスクどうこうは、まずこれから犯罪を行う自覚を持ってから心配しよう。
裏社会では自分の口では語られない評判、名声。知り合いからの紹介。そういうものが大事になる。信頼の証となる。
面子を潰されて困るのは、その信頼が毀損するからだ。取引も商売も、契約も貸し借りもなくなってしまう。社会というのは法のあるなしに関わらず、信頼で成り立っている。
よって海賊を含めた犯罪者になっておきながら、自分の目で判断するとかやってるのは、単なる臆病だ。
裏切りが怖いだけだろう。それ自体は一つの慎重さではあるが、経営者には向かない。
本当に嫌ならちゃんと履歴書出させて雇用出来る立場にでもなればいい。犯罪者の口からは嘘しか出てこない。
ところが、ルフィはその嘘がつけない。絶望的に無理である。あまりにも下手過ぎて、逆にそれが信頼になっているぐらいである。
イタズラも銀蝿もするが、ちゃんと発覚して罰を与える余地があるから、なにをしても船長の横暴にまではならない。船や一味に対して害を与えれば、それは船長でさえ例外なく糾弾の対象となる。罪を償えば、一応は信頼が回復する。
実は法治主義だった麦わらの一味。文明的な海賊団である。
これが船長かと、一味でさえ首を傾げることもあるルフィだが、組織運営はちゃんとしているのだ。
とても素晴らしい。そこに法があるのなら、裏をかくのは得意である。龍驤は好き勝手出来る。この世の春である。
そんな悪徳を僭称する龍驤だが、やはり艦娘なので迫力はない。敵にとったらうんこを投げてくるような悪夢かも知れないが、一味にとったら知らないうちに利益とか持ってきて、それを丸投げしてくるわけのわからないヤツである。
いつの間にか敵は弱体化しているし、金は増える。でも、龍驤のスペースは、女部屋のベッドと本棚一つ。そしてガラクタを置く船倉の一角だけである。手鏡すら持っていない。
メインマストの檣楼がそうなのかも知れないが、そこはルフィもお気に入りだし、ウソップもナミも使う。龍驤なら、別にそこにいなくてもいい。
これだけ好き勝手しながら、船員として誰よりも権限が少ないのだ。個人スペースがない。なんなら新人のチョッパーの方が、船医として地位が高いぐらいである。
下手をすると、お小遣いすら龍驤にはない。会計してることを悪用して、全部一味に回している。
夢も希望もない龍驤だが、欲望もないのだ。あらゆる意味で慎ましい艦娘である。
敵なんかなんぼ倒してもいい。手柄がほしければ、龍驤より強くなればいい。
そして龍驤がなにをやろうとも、ルフィが方針を決めた時点で事態は最初から最悪という。
龍驤も最近気づいたのだが、ルフィが取る進路は、近くで一番強いやつに向かっている。例外はドラムだけだ。
なんで海賊団など結成してしまったのか。ルフィが無鉄砲で、龍驤が戦争をする限り、最強を目指す剣士、つまり歩兵であるゾロとも一切対立しないというか、完全な協力関係である。
巻き込まれる他のクルーだけが、なんかこう、凄い苦労する。別に文句はないのだが。いや、文句だけはあるのだが。
言ってみれば、詐欺の手口ではある。アットホームの意味が、昭和の亭主関白を基準にしているというか。
海賊は楽しいはずである。
もっとちゃんと説明してほしいが、ここにも罠がある。
なんといってもこの世界、飛行機がない。説明しろと言われても、そもそもの素養がないのだ。クロコダイルすらわからない。じゃあ、もう誰もわからない。
戦略次元で対等かそれ以上なのは、センゴクぐらいだ。それにしたって、ちゃんと勉強もせずにいきなり三次元へ拡大した戦域に対応出来るはずもない。
地球で名を残すようなハンニバルやスキピオだってそうだろう。
よって仕方なく、断腸の思いで龍驤は一味に黙って色々やる。
残念だ。
本当なら全般状況の説明から作戦計画の立案、策定まで、三日三晩ぐらいぶっ続けでやりたいのに。数字と地図を広げて、殺し合い一歩手前の議論を交わしたいのに。
龍驤は我慢している。ルフィとゾロを将軍にして、サンジを主計に、ナミとウソップを参謀にするのを、血を吐く勢いで耐えている。軍医になるチョッパーだけが平和だ。
そのまま耐えてほしい。本当に巻き込まないでほしい。そして、ルフィだけはちゃんと聞いてほしいし、ゾロは迷子にならないでほしい。
官僚なんて軍官問わず、地獄の使者である。使者って実は、意思決定以外はなんでもする、恐ろしい立場である。
よって、別に命じられたわけでもなくこの場に揃った人間は、麦わらの一味以外、みんな使者である。
西、海賊代表、四皇の一角、白ひげ海賊団二番隊隊長、火拳のエースこと、ポートガス・D・エース。
東、世界政府代表、海軍所属、若手の出世頭、本部大佐、元ローグタウン駐在、白猟のスモーカー。
行司、アラバスタ王国王女、ネフェルタリ・ビビ。
「解説と実況は第四航空戦隊旗艦、龍驤でお送りします」
「遊んでんな、テメェ」
「間に合った、の?」
「手遅れだろ」
上陸後、ルフィの兄貴イコールで騒ぎを目指したのだが、騒ぎがない。
一味が船長を振り返ると、食い物だろということで探したら、人死にが出たらしい。突然死だ。かわいそうではあるが、目的のものではない。蘇生出来るかもとチョッパーが走り出して、どうしようかと話し合う。
「任せるか」
「どうなんだろうな」
「聞いた通りに砂漠のイチゴなら、無理でしょうね。本当に突然倒れるの。話している最中でも」
「それ、寝たんちゃう?」
ちっこいのがボソッと言った。なんだろう。心当たりが。
「ガキみたいに、電池切れたんちゃう?」
「ルフィみたいに?」
全員走り始めた。一味の共通認識が船長イコールでガキだった。ちなみに、同じ逸話はガープにもある。説教の途中で、ガックン行く。
龍驤はみんな忙しないなと思いながら、錨を投げてゾロを捕まえた。
「ウチが運転する」
「……おう。運転?」
肩車アンド耳掴みである。
で、到着したら一触即発だった。の割に、エースの方が弟に食いついた。
「おお!! ルフィ!! 久しぶりじゃねぇか!! ドラムで伝言は伝わったみてぇだな」
「よう!! エース!! ドラム? 伝言?」
「なんだ、違うのか。まぁ、それは忘れろ。とにかく、ここで会えてよかった」
「え? 患者は?」
「あ、いや、大丈夫だ。見ての通りピンピンしてる」
「よかったー」
チョッパーが胸をなで下ろして、小さくなった。早く、でも騒ぎにならないように大きくなっていたのだ。気が緩んで戻ってしまった。
教えてくれたおじさんがびっくりしている。
「どういうことだ? お前ら知り合いか? なら、まとめて捕まえるか」
「オイオイ、無理なことは口に出すもんじゃねぇよ」
「すぐに部隊も到着する。一網打尽だ」
「あの眼鏡の子、途中で買い物してはったけど?」
スモーカーはエースを見つめたまま、しばし停止した。なんか、全員から同情が集まった。
ビビが咳払いをする。
「ちょっと待って下さい。捕縛命令はあるんですか?」
「海賊を捕まえるのに、命令なんていらねえさ」
「ないんですね?」
スモーカーは黙り込む。
「ここは私たちの国です。勝手はお控え下さい」
食堂がざわつく。ビビがバレたのだ。エースが笑いだす。
「だとよ、海兵。宮仕えは辛いね?」
「あなたもです。白ひげが、私たちの国になんの御用ですか?」
「いや、別にこの国に用はないが」
「なら、せめて上着は羽織って頂けますか? それとも、お父上の威光がなければお外も歩けませんか?」
「アレ? 怒ってる?」
ビビは爆発した。
「当たり前でしょ!! アンタたち自分の立場わかってるの!? 人の国なんだから、ケンカだって勝手にするんじゃないわよ!!」
本当にそうである。街が滅ぶ。なんなら、アラバスタを舞台に全面戦争になる。
白ひげは一流の海賊であり、怖くて手が出せないと思われるような勢力である。そういう信頼で、世界が成り立っている。
海軍も世界政府も、それを理由に白ひげを放置しているのだから、手を出しちゃうと困るのだ。
今の平和が壊れてしまう。
手が出せないはずが出されてしまった白ひげは、怖いと証明し直さないといけないし、海軍はそれに付き合わないといけない。
海賊が怖い証明ってつまり、暴力だ。海兵や軍艦が海に沈むのである。
負けるわけにはいかないと意地を張れば、負かさないといけない白ひげは本気になって全面戦争。
でも、負けていいやと海兵やら軍艦が沈むのは色々と悲しい。
となると、被害を担当することになるのはどこか。
アラバスタなのである。
偶然集まっただけなのに。
マジで勘弁してほしい。なんで後半の海の勢力が、こんな前半も前半の入口辺りで戦うのだ。他所であろうとやってくれるなというレベルのバカどもが、自由気ままに生きるんじゃない。
「好き勝手にやりたかったら組織になんて所属するんじゃないわよ!! 誇りがあるんなら、ちゃんとしがらみを背負いなさい!!」
「す、すいません」
「すまねえ」
謝った。いや、それも困るんだが。でも、このビビ相手に頭を下げないとか無理なんだが。
たくましい王女様である。龍驤が育てた。
「厚かましい」
「ドサクサに紛れて師匠面すんな」
龍驤は一味に小突かれている。チョッパーもツンてした。龍驤は全てを許した。
実はヤサグレていた。
だって、嘘のつけないルフィの裏に、めっちゃくっちゃな身内関係と事情があるっぽいのだ。
ガープはまだいい。この世の理不尽、全ての原因だって驚かない。
なに、革命家ドラゴンって。
姓名が違うのは百歩譲るが、白ひげ二番隊隊長の兄貴ってどういうことだ。
家族が三つの勢力に分かれているのも然ることながら、敵対してるし。
挙げ句、ルフィは聞いても答えない。隠しているのではない。言わない。喋らない。どうでもいいという態度を取る。なんなら怒る。
ルフィが自然に出来るのなら、それは嘘でも隠し事でもなく、気遣いである。怒るのであれば、それは大事な人を傷つけるものだ。
人の事情を聞かないために、仲間の前からも立ち去るルフィを形作る過去。どうでもいいと、価値すら認めず切り捨てたくなる生い立ち。
そして、敵そのもの。
それが、名字の違う兄弟たちが背負ったしがらみである。
ルフィを育てたのはガープだ。ガープでもないのに、ルフィの人格形成に影響を与えたのだ。それも好きなものじゃなくて、嫌いなものに伸し上がったのだ。
大事件である。間違いなく、世界単位の。いや、本当に。
山賊に預けられて放って置かれたくせに、愛されていることへ疑問がない。ルフィは自分が隠されている自覚があり、納得し、その上でじいちゃんと向きあっているから、ひねくれていない。海軍にも入らなかったのは、自由に生きられないとわかっていたからだ。
そばにいなくても、目の前にいなくても、ルフィはガープに守られている実感があったのだ。
なにせ、龍驤はルフィが本当は怖がりで泣き虫で、甘えん坊なことを知っている。ネグレクトや虐待された子供は、感情表現が下手になり、物事に期待しなくなり、コミュニケーション能力が未熟で、内向的になるのだ。
ルフィとガープは、その人格と形成の段階から、ちょっと物理法則を超越している。非常識過ぎて、むしろそれを常識に置き換えて理解するしかないぐらい常軌を逸している。多分、テレパシーかなんか使える。
山賊と野生に囲まれ、おそらく兄弟と別れるような悲劇にもみまわれ、海賊になった現在でも、ルフィは仲間に助けてもらうことへのためらいも疑いもない。
ルフィはあんな環境で、普通に育った。先天的なものと後天的なものを選り分けて考えると、そうなのだ。
それだけルフィにとって、ガープは頼りになる存在だし、実際にそうだとしか評価出来ないぐらいには理不尽なのである。
心の成長に誤魔化しが効いたら、龍驤はこんなことになっていない。
そのガープでもダメかも知れないものが、ルフィの嫌いなもの、避けるものだとしたら、それはとんでもないことだ。
例えば、絶望していた龍驤とか。
流石に現在も存在しているものではない。四皇だって世界政府に放置されているのに、あの英雄。マジで誰も無視出来ないし、注目される。
東の海なんかに押し込められているのは、そういうわけである。グランドラインにガープがいたら、誰も信頼出来ないのだ。
世界の秩序を。
一人で壊せるから。ゴジラだから。
死んでくれないと困るが、どうしても死なない。そんなのは流石に四皇にも七武海にもいない。あんなでも、みんな死んだら困る人たちだ。
つまり、もう死んでいる誰かが、この家族の裏にいる。死んでるくせに、ガープに害を与えられるような。世界中が殺そうとしたり、止めようとした、ガープと同格な歴史上の人物が。
嫌な想像だけが膨らむ。龍驤はなにも気づきたくなかった。超忘れたい。でも、知ってないとヤバい。
確証なんかなんにもないのに。なんなら一番可能性としては低いのに。なんでそんな有り様で隠しきれたんだとか、疑問は山ほどあるのに。
こいつらならあり得るの、本当に止めてほしい。
確率は低いのに公算が高いとか意味がわからない。物理法則が歪んでいる。数学のくせに答えを出すのを拒んでいる。
計算結果を狂わせるこの世界の変数が恨めしい。
アラバスタに到着してしまったのに、まだわからない。
でも、ツンてされたので、龍驤はご機嫌である。チョッパーは怯えている。
「片思いよね」
「キメェ」
「チョッパーも止めろ。男だろ? からかってんだよ、こいつ」
「そうなのか?」
「しがらみからは自由やけど、業からは逃げられん」
「逃げなくていいから、洗い流せ」
「死んでも無理やったしなぁ」
「ああ、バカなんだな」
「バカは治せねえ」
「治るで。死ぬほど叩いて死ななけりゃ」
「死んでんじゃねえか」
「そこ、真面目にしてくれる?」
「ハイ」
一同、気を付けである。スモーカーは特に素晴らしい。新兵だった頃を思い出す。何気にそれに次ぐのが兄弟だから、おじいちゃんは凄いと思う。龍驤はゾロから降りてない。
ビビが怖くて、お見合いになった。
「そやな。まずは、自己紹介から始めよか」
「え? うちの店で?」
客はみんな逃げ出した。