「結局、こうなるか」
「多分、次の島までは保つと思うけど、パンだけよ?」
「なんだ? 肉ねぇのか?」
「俺は酒が欲しい」
「自分の欲求ばっかり優先してんじゃないわよ!! 海の上で食糧がなくなることの意味、わかってんの?!」
「無駄や。このバカどもはそれで生き延びとんねん」
「信じられないわ」
という話をしたところ、一応は反省したのか、補給のためにたまたま見つけた無人島へ漕ぎ出すバカ二人。
帆船において予定の航路を外れることがどれほどのロスになるかを知らない、本当に愚かな行為である。特に見知らぬ陸地に近づいてはならない。風や海流の事情で、とんでもないまわり道を強いられることもあるのだ。
余裕のある航海ならまだしも、それがないのだから絶対に避けるべきである。なにせ、それが水であっても飲用可能なものが見つかるとも、その状態で保存出来るとも限らないのだ。なんなら、そこに遭難者がいたとしても、港に着いてから然るべき機関に通報するのが普通である。
また、海図もなしに島に近づけば、座礁する危険が大きい。海賊だからと、むやみに冒険しない所以である。
もちろん、あの二人には関係がない。
「ああ、もう! こっちには地図しかないのに!!」
「いざとなりゃ、ウチが曳航する。そんな、心配せんでもええよ」
「ていうか、あんたもなんなの? それ、どうやってんの?」
艤装の修繕が終わった龍驤が、慣らしでナミの船と並走している。水面を軽々と疾走する様子は、速さも含めて奇怪極まりない。
「不思議生物や。なんか上手いことやっとる」
「答えになってないわよ」
「本当に知りたい?」
ナミは言葉を呑んだ。龍驤のあっちこっちから妖精さんが顔を出したからだ。見た目は可愛らしいが、不条理さではあのバカ二人さえも上回る。
いつの間にか、帆からバギーのシンボルが消えているのもそうだが、あれこれと不可思議な改造が施されている。
そう、いつの間にか、だ。寝ている間でもなんでもない。ちょっと目を離した隙に、何かが完成し、まるでごっこ遊びのように運用しているのだ。何気に居心地が良く便利だが、なんだか懐柔されているようで不気味である。
その関わりだと言われて、躊躇いが出た。踏み込むのはちょっと怖い。
ナミの表情から龍驤はふっと顔をそらし、先を行く二人を指す。
「なあなあ、この島。近づくの大変やないか」
「うん。あいつら、なんであんなにスイスイ近づいてんの?」
ナミ自身、全く気にしていなかったが、言われてみればいくつもの岩礁とさり気なく渦巻く海流で、非常に難易度の高い海域になっている。
本当に、この世には説明のつかないことがたくさんあると実感した。改めて見ると、何でもないように進むあの二人も怖い。
「いや、ゆうてあんたもやぞ」
龍驤からすれば、むしろちゃんとそれがわかるだけの知識と技量を、経験に頼らず、無意識レベルで発揮出来るナミの方が並外れて見える。あっちはただの怖いもの知らずだが、彼女はこの程度の困難なら欠片も怖いと思わないのだ。
生まれた瞬間から熟練でさえある龍驤でも、ここでは慎重になる。
「ま、わたしって天才だし」
「異論はない。だから、他に通すべき筋があるならちゃんと言い」
「どういう意味よ?」
「わからんフリされてもな」
船長の中ではとっくに仲間だが、ナミは一応、同盟扱いというか、手を組んでいるだけだ。
その辺をちゃんとしないと、ルフィと同じようで全く正反対の龍驤に、命をかけろよ、されてしまう。それはかわいそうなので、船長の意向に逆らうことになろうとも、ちゃんと線引きをしている。
未だに、自分の中の義務感というものに逆らえる気のしない龍驤だ。義理を欠いた行動をされれば、多少の情など無視してルフィにもゾロにも知られることなく、始末出来てしまう。
妖精さんとも共通する、そうした非人間的な部分を察して、ナミは怯えているのだろう。
なんで自分自身から誰かを守らねばならんのかと思いながらも、ままならないのが心である。ちゃんと言い聞かせてやらないと、この天の邪鬼は暴走しそうで龍驤も怖いのだ。
「本当に金で解決するなら、ウチらも出す。貸しにはせんし、恩に着る必要もない」
「都合のいい話ね」
「どっちがや。よく考ええ。誰が、お前を、金ごときで譲る?」
「どういう意味よ?」
「自分の価値を低く見積もるなっちゅうことや。ええか? 約束を守るのは一流だけ。三流は都合よく破るし、二流は穴を見つける。東の海で燻っとる奴が一流のわけないんよ」
「そんなこと」
「ないか? 本当に?」
「やめてよ……」
「ほな、やめる」
ナミの顔が苦虫を噛み潰したようになる。どれだけ修羅場を潜ったかは知らないが、所詮は小娘。龍驤はペロっと舌を出す。
押されると意地になる奴の扱いは、どうしてだか慣れたものなのだ。加賀はもちろん、あれで赤城も鳳翔もなんなら随伴艦も搭乗員も、上から下まで見事にそんなものである。
そこをうまいこと泳ぐのが、龍驤に与えられたパーソナリティだ。
なにより、防御の硬い拠点を攻めるのは大の得意であるからして、警戒を高めれば高めるほど手のひらの上だった。
実に苦労をするが、仕方がない。艦娘をやめようとまでは思わないが、だからこそ人間らしくもなりたいのだ。正しいかは知らないが、サボらなければいいだろうと修羅の道を行くのは最早、運命である。
「急ぐで。あいつらだけで上陸させたら、何をするかわからん」
「そうね」
それはそれとして、迷う若人に、笑いがとまらない龍驤だった。
ガイモンさんとの邂逅は、実を言って非常にデンジャラスだった。彼の見た目がミミックめいたものでなければ、龍驤は反射的に反撃していただろう。
的確にルフィの心臓を狙う射撃は見事の一言で、そこにあったのが宝箱だったから龍驤の意識に空白が出来た。
結果的にはよかったと言えるかも知れないが、つい最近、ゾロの油断を煽り散らかした身としては冷や汗ものである。ここに奴がいなくて誠に幸いだ。
咄嗟のことで艦載機を使ったのもよかった。錨を振り回していたら、止められなかったかもしれない。
一瞬叩きつけた殺気に怯えて、さっきからガイモンさんから距離を取られているが、些細なことだ。人手に渡った地図なんぞに価値を見いだせなかった龍驤は、散歩と称して島をぶらつく。
オモシロおかしいガイモンさんに、妖精さんのテンションが上がっていて危険だったのもある。
自分のようなイレギュラーをこれ以上、この世界にばら撒くわけにはいかない。今でも、龍驤は建造も開発も可能なのだ。艦娘と深海棲艦は表裏一体。妖精さんが人類の味方などと、勘違いしてはいけない。彼女らは不死身であるが故に、死の概念を理解出来ない。
彼女らの興味は兵器などの機械文明であり、それが振るわれる様なのだ。やり過ぎて、慌てて人類側でも活動しているが、滅ぼすべき邪悪である。
滅びないが。
一応、その点で合意も出来ているし、彼女らが興味を持つような技術は今のところ見当たらない。
だが、ガイモンさんのようにオモロい人間には無限に協力しそうで怖い。シェルズタウンに置いて来た妖精さんも回収はしたが、油断は出来ない。絶対にガープはオモロいからだ。後で確認しておこうと思う。
ところで、ガイモンさんはどのようにしてピストルを運用しているのだろう。フリントロックだから、弾にはそれほど拘らなくてもいいのだろうが、火薬はどうしたのか。
その答えが、目の前の硝石丘だ。つまり、ウンコの山である。
おそらく、畑の肥料なのだろうし、実際見事な畑があって、ニワトリのような何かが長閑に放し飼いになっているのだが、そこは問題ではない。
この島が珊瑚礁でないのは見た通りなので、硫黄の有無も問わない。
農民崩れの海賊が、火薬の製造法を知っているとか、もう絶望である。
農民一揆に鉄砲が加わるとどれだけ大変かは、織田さんの半生を学べば十分だろう。それにしたって、専門集団が独占していたからなんとかなっただけで、こんな普通に製造されたら、どれだけ刀狩りしてもどうしようもない。
だってウンコから爆発物が出来るのだ。食糧生産の傍らで。
あらゆる意味で止めようもない。ウンコは出る。
つまり、火薬を誰でも手に入れられるということだ。
少なくとも、元海賊がこの調子なのだ。織田さんみたいに、経済力にモノを言わせて軍事力を揃えるような世界ではない。
貧乏人でも、銃と大砲さえあれば戦争が出来るのだ。大変なことである。
いや、もう、海賊だけでなく、革命とか反乱でお祭り騒ぎになっているに違いない。
だって屋根がある。妖精さんがさっそく、立派にしている。いや、それ以外もなんなら立派にしているけれど。ニワトリもどきが嬉しそうに、小屋に飛び込んで行ったけど。
あんな宝箱にはまっているのに屋根を作るとか、技術として完全に継承されている証ではないのか。
バギーが凄いのだと思っていたが、事実、凄いのだが、これだけ火薬原料が溢れている世界なら、ああいう装薬なり爆薬なりが開発されていることにも違和感はない。
その割に町長の武器は槍だった。頑張っているんだなぁと、会ったこともない船長の祖父とそのお友達を思う。
こんな治安の悪い世界で人々から武器を取り上げると、逆に被害が拡大することだってある。なにせ、国家機関が対処しきれていないから、そうなっているのだ。
それを家や財産を置いてとりあえず逃げる選択をした町長と、追わなかったバギーという構図から、海軍が行う後処理が見える。
命が助かれば、またやり直せるのだ。命さえ奪わなければ、執拗に追われないのだ。それを当たり前としてこの海に叩き込むまで働いたのだ。
そりゃ、孫の側になど居られないはずだ。事後にしか対処出来ない無力に苛まれながら、ただただ人を救い、見知らぬ誰かの仇を取ることの繰り返し。
後世ではなく、今を生きる人間からすら大海賊時代呼ばわりされる世界で、こんな出鱈目なルールを一つの地域に押し付けるなど、いかなる剛腕が可能にするのか。
「なんじゃコリャぁ?!」
一人の軍人として溢れ出る敬意に身を浸していると、後ろから声をかけられた。
やはり、宝はなかったようだが、それほど気落ちしている様子はない。まあ、畑とか珍獣とか、どう考えてもこの島での暮らしのほうが生きがいになってそうだから、不思議ではないが。
「気にすんな。気まぐれやから」
「気まぐれったって、オイ。コレ、オレの家か?」
「多分」
ちょっとばかり考察に夢中になっていたせいで、止め時を失ってしまった。箱入りでも快適に過ごせる工夫がいっぱいの、素敵なログハウスが完成している。
「スッゲー!! これ、全部、妖精さんがやったのか?」
ちなみにルフィに妖精さんという呼び方を叩き込んだのは、本気になった彼女ら自身である。多分、洗脳とか催眠。
「ああ、このソファベッド。最高だな!!」
箱入りのまま埋もれても、立ち上がりに支障のでない大きなクッション。秒で寝入ってナミに叩かれていた。代わりにルフィが飛び込み、やはり叩かれる。
「窓はシャッターみたいに、下から棒で開け閉めするんやで」
「至れり尽くせりだな?!」
ドアは内側からも外側からも押し開けられ、自動で閉まるようになっている。
囲炉には軽くて丈夫な火かき棒が付いていて、鍋やヤカンにはそれらを引っ掛けやすい特別な取手が付いている。
井戸にはポンプが取り付けられ、箱入りでも動きを増幅して水汲みが楽になるようになっている。
他にも高枝切鋏だの、便利な道具がズラリ。龍驤は目を逸らす。
ガイモンさんの口が閉じなくなった。
「お礼はホントにいらんで。果物も分けてくれたしな」
「そんなわけには」
「ええんや、頼む」
「いや、まあ、恩人の頼みとあっちゃあな」
龍驤の苦しい顔を見て、ガイモンさんもそれ以上何も言わなくなった。
別れの時だ。
「じゃあな。誘ってくれて嬉しかったぜ。その上、家やら道具まで、な」
「森の番人、頑張ってな」
「ああ!! おかげで快適だ。ここでの暮らしも、今まで以上にのんびりやるさ」
龍驤は帽子の縁に手をかけ、お先に船へ向かう。ゾロはまだ寝ていた。腹巻きがあるので、放っておく。ルフィとナミは、ガイモンさんとまだ話している。
「誰も、残ってないな?」
妖精さんが点呼をし、敬礼する。
「ウソやないな? わかっとるよな?」
龍驤の視線に、冷や汗を流す妖精さん。ガイモンさんの髪に隠れていた一人が、こっそり合流した。
「約束は守れよ?」
見逃しはしない。だが、言葉にはせず、念だけを押す。妖精さんは露骨にガクブルした。
出航だ。
「妖精さんって、結構親切じゃない」
ナミに言われた龍驤は、彼女を見なかった。
「箱から出そうともせんのにか?」
波、風ともに穏やかに、晴れである。