「で、どうするんだよ?」
「どうするもなにも、船長がそこで役立たずしとるから」
「俺か?」
最近の海賊は暴走族。なのにヤクザと問題を起こした。
ヤクザはそれなりに営利団体なので話も通じるが、暴走族は肉体言語オンリーだ。
大人の人の苦労を感じる。
「だって、ここにはそれなりの立場のやつしかおらんもん。船長が話さな。うちの船で船長以外やと、航海士か医者? ウソップを掌帆長ってことにしても、なんでウチが相手しとるねん」
「いや、お前うちに渉外担当で研修に来たんじゃなかったか?」
海賊の流儀を学ぶと、確かに言った。龍驤はムカつく顔で、大げさに肩をすくめた。
「オーナーゼフのやり方って時代遅れやし」
サンジの踵落としが刺さる。龍驤は白状した。
まず、侠客から数えて、ヤクザというのは千年近い歴史のある稼業である。日本に限っても、火消しや次郎長、戦国時代の蜂屋など、何百年もある。
それだけの文化を積み重ねているのだ。
だから文化的に、仲直りとか手打ちとか、話し合いだって出来る。
ところが海賊というのは新しいもので、日本だと水軍にまでなる。こっちだとヤクザにも暴走族にもなる。
同じ海賊で、文化が違うのだ。流儀とかないし、通じない。
大海賊時代が始まって二十年。ドリーさん、ブロギーさんをお手本としても、たかが百年。
常識がない。物理的に。海賊という界隈そのものに。リテラシーが。
そうなると、無法者同士、なんともならない。
バラティエみたいに、保険もないのに事故を起こして、払いきれないと嫌だとなる。
嫌だ嫌だで世間が渡れるかと言ったところで、水も食糧も燃料もお金だって、ないものはない。
戦うしかなくなる。
みんながルフィを見る。
非常識なのは、うちの船長じゃなくて世間だったらしい。時代には適応していたらしい。なんか納得がいかない。
「そりゃ陸には歴史のある犯罪組織とかあるやろうけど、島で文化も文明まで違うんや。海っちゅう舞台でそれを擦り合わせるには年月が足らん。けど、そうも言っとれんから、真似して常識のフリをする。本当はルフィが正しいんにな。今の海賊は」
誰が相手でも、どんな事情があろうと、やりたいようにやる。
実際にそうしているくせして、まるでそうではないように、陸の常識を振りかざしてむしろトラブルを増やしているのが、今の海賊だ。
それでも別にいいのだが、今回ばかりはビビの助太刀なのだ。
やりたいことと、なってほしい結果は違う。
理想と現実を擦り合わせるのは大人の仕事だ。大人じゃなくても、責任者の仕事だ。
ビビの意見を聞いた上で、船長が判断しないといけない。
「ぶっちゃけ、ウチもどうしてええかわからん」
前例がないと、官僚は動けない。
「お前も役立たずじゃねぇか」
だって、学ぶべき常識がないし。
艦娘である以上、龍驤は有能だ。しかし、能力を支えているのは、艦娘という器に注がれた乗組員たちの記憶や、現代知識である。
この世界でも出来る限り情報は集めている。
要はチートだ。カンニングだ。
答えのある問題なら膨大な事例から探して来れるが、そうでないものを新しく構築することは出来ない。
出来てたらヤサグレてない。夢も希望も持てず、後悔を引きずっているのは、人間らしい創造性以前に、自意識すら確立していないため、天秤がそっちに傾くからだ。
やっと思春期を越えた辺りである。艦娘なのでないと思うが、反抗期とかも来るかも知れない。
困ったものである。
「どうもあの白ひげでさえ、落とし前は自分自身でってやり方なわけやん? ウチの世界なら絶縁状でも回して終わりやで。生き死にやなくて、立場を利用するんや。やられたらよっぽどのことがない限り、二度とは立てんようになる」
「ちょっと待て。まさか、白ひげんとこのトラブルを把握してんのか?」
「え? しとらんの?」
先輩たちの視線が他の新人たちに集まる。なんだ、この海賊団。
刺される新人たちは居場所がない。
「ま、そっちはよくて。このまんまやと被害を覚悟して戦うか、被害の保障もなく泣き寝入りするかになるしな。ウチが判断していいことちゃうやろ?」
「よくねえよ。ちょっと待て」
龍驤以外が集まる。改めて事情聴取である。珍しく、ルフィも同席する。
「白ひげの。なんで来たんだって?」
「仲間殺しを追って」
クロコダイルは忌々しげに額を覆う。最悪が過ぎる。
「お前の独断なんだな? あいつが言うように、他所に依頼やらはしてないんだな?」
「あいつは、俺の手で始末をつける」
覚悟を持ってそう答えた。麦わらの一味も味方する気でいた。
「絶縁状。なるほど。白ひげの敵となりゃ、誰も相手にはしねえか」
なんか無視された。エースがキョトンとしている。そこに一番反対されたのだ。
「確かに俺たちに、自分の敵を他人に始末させる文化はねえ。お前のやってることは真っ当さ。むしろ、白ひげの対応こそ甘っちょろい」
「それ、文化か?」
「手続きなんてめんどくせーもんはそうだ」
仲間を殺した人間を追って、後半の海から白ひげ海賊団が大挙して押し寄せて来てたかも知れない。そうじゃなくてよかったが、よくはないのだ。
ビビの怒りだって正当だし、スモーカーだって間違ってるとまでは言えない。みんな正しいことをしているのに、当の白ひげだけが間違ったことをしようとしている。クロコダイルと龍驤は別に。
「逃がしたことも、逃がしたテメェが無事なこともな。クソが」
なんか嫌いなんだなと、みんな思った。龍驤はチョッパーとせっせっせーのよいよいしている。
「今の均衡を作ったのは白ひげだ。壊すはずもねえ。だが、わからねえ男じゃねえ。そうか、世界より息子を選んだか」
「お前、龍驤みたいだな」
ビキリと血管が浮く。エースは構わない。
「どういうことだよ?」
「戦争するつもりなんだよ」
白ひげが衰えていることは誰でも知っている。ある意味で、白ひげだけは強さではなく、敬意によって勢力を守っている。
なんというか、自分たちの憧れの中にある白ひげに匹敵しなければ、弱っていることがわかっていても挑むのは気が咎めるのだ。
要はガープ級になったら勝負しようという、ロマンを抱かせるような存在が白ひげだ。
実質無理だけど、現実必要なので、なんとも言い難いのだが、それぞれのやり方で目指している。
クロコダイルもそうだ。
能力とか部下とか頑張ってはいるけど諦めて、戦略やシステムで対抗しようとしている。
白ひげを上回ったと胸を張れるように。
この時代、白ひげは象徴だ。戦士としても、戦略家としても、なんなら政治家や商売人にとっても、一番は白ひげということになる。海賊だけの上に君臨しているわけではない。
海賊は自分自身が理解も出来ない倫理観やルールで動いている。海軍にはガープいて、理不尽なだけ。世界政府は無関心。各国はめちゃくちゃ。尊敬に値する存在がいない。
白ひげは常識的なのだ。誰もが理解しやすい。だから、敬意をもたれて、手本になっている。
というより、白ひげ以外が認められていない。なら、認められるには白ひげをどうにかしないといけない。
「仲間殺しの名前は?」
「黒ひげ。マーシャル・D・ティーチ」
「古株だな」
詳しい。ちょっと、麦わらの一味もクロコダイルがわかってきた。
こいつ、ツンデレだ。汚染は進んでいる。
「信頼。信頼か。そうか、そういうことか。テメェら、なんてもんを連れて来やがった」
「いや、拾われたんだ、俺は」
「そうなの?」
「船出したら渦潮に巻き込まれて、龍驤が助けてくれたんだ」
「それも、覇気だっつうのか?」
「え? ウチ?」
アルプス一万尺が胡麻味噌ずいと合体して、チョッパーはハテナを大量に浮かべながらなんとか龍驤について行こうとする。あらゆる地域の手遊びと童謡が混ぜ合わさって、意味のわからないものになっている。
日本でさえ、龍驤という船の一隻の中にさえ、様々な文化や価値観が混在する。この世界で共通の価値観を持ったルールとか、作れるわけがない。
「覇気とは違うけど、ウチの世界にもカオス理論とかバタフライ・エフェクトとかあってな。意思とか想い、魂なんかの情報は、分解していくとエネルギーになるんや。エネルギーなら伝播する。で、この世界、覇気みたいに、ウチの世界とはエネルギーの伝播条件が違う。ほな、なんか起こるやろ」
「わかんねぇから、短く」
「世界も殴れる」
蝶の羽ばたきですら、遠くに嵐を起こす。ならば、感度三千倍の世界を、人の意思というやつで殴りつけたら、なにが起こるのか。
「まぁ、だからなんやねんって話やけど。ルフィとかビビみたいに、なんかめっちゃ運のええやつがおるだけや。運だけで世の中渡れるか? 少なくとも、ウチが敵なら渡らせん」
覇気は肉体の強化にしか役に立たなくて、殴り合いが多少有利になるぐらいにしか使えない。悪魔の実と同じことが出来るならともかく、一瞬一瞬に命をかけるような使い方なのだ。
効果は凄いが、強い力というのは遠くまで届かない。距離的な影響はそこまででもない。悪魔の実なら可能かも知れないが、悪魔の実の能力にはちゃんと限界がある。
嵐はすぐに消えてしまうし、ご都合主義なストーリーなんか描けない。ただ、戦いの中では、紙一重が重要なこともあるし、一つの勝ち負けが世界を動かすこともある。
カッコいい場面は作れるのだ。
だから、この世界は劇的で、びっくりがいっぱいなのだろう。
油断しなきゃいいだけだ。非常識なことが起こるのだとわかっていれば、それがどんな非常識でも最悪は避けられる。龍驤の防空圏に近づかないようにするとか。
確かにアラバスタへ来たタイミングはルフィとビビにとって最高だったが、それだけではクロコダイルになんの影響もない。
そのタイミングを利用したのも、バロックワークスを壊滅させたのも龍驤で、異世界人である。タイミングがよくても、それに合わせてカッコいい場面にする能力があるとは限らない。白ひげの隊長がいても、海軍が寄港していても、魚群を追う海ねこと出会っても、それだけではダメなのだ。
クロコダイルはまだ最終作戦を実行出来るだけの手札が残っており、発動は任意でいつでも出来る。アラバスタは倒せる。
ルフィは航海を続けるし、ビビは一般人とそうは変わらない。
リスクだと理解さえしていれば、対処は難しくない。
つまり、龍驤にばかり目を向けてたクロコダイルは、いつこの二人に裏をかかれたかわからないわけで。
組織を失っても、まだ自分が有利と思っていた状況が、実は罠だらけだった。問題は勝負の行方ではなく、自分の都合だと考えていた。だから、軍事力を捨ててゲリラ戦へ移行することに迷いがあった。
負けるとは思わないが、本当にルーキーたちが自分を追い詰めていたのだと自覚する。てか、龍驤の性格が悪過ぎる。
妙な生き物に連れられてきた不良集団ではない。リトルガーデンの帰りに食べた料理。よく知らない狙撃手。
他のメンバーもみんな、覇気に手が届いているという。
クロコダイルだけが鬼札のバロックワークスとは違う。龍驤というド派手な戦力の裏で、クロコダイルにすら届く刃を仕込んだ手駒が、龍驤に率いられることもなく揃っている。
独立して、各個に判断して、自由に襲ってくる。
というより、麦わらの一味が届くように、支援していただけなのだ。これだけの手管すべてが。
非常に手強い。
負けるのは気にいらないが、かと言って麦わらの一味に勝ってどうするのか。
彼らが負けても、失うのはワンピースや最強の剣士という無謀な夢だけ。そんな下らないものを賭け札にされても、勝った方はなにも得るものがない。他人の夢なんかいらない。
戦うだけ損だ。それを理解出来る人間がどれほどいるかわからないが、組織としては完成されている。
クロコダイルは、麦わらの一味の夢までは知らないが、本当に選び抜かれたメンバーなのだと察することは出来た。
バカじゃなければ、これまでの話の触りだけで世界が激動に沈むのだとわかる。そして、彼らもそれぐらいは理解している。
スモーカーは額にシワを寄せているし、エースは心配そうにしている。なのに麦わらの一味だけは、それがどうしたと、無関係だと態度で示している。目的に対して団結しており、他に目を向けない。
彼らは営利目的でないだけで、ワンピースを目指すという事業を完遂するに足る、専門家集団だ。ビジネスが成り立っている。
メンタルはそりゃ、若いけども。
ビジネスがなにかすら、知りもしないだろう。過酷な旅や戦いを越えていくこと。船を、組織を運営する難しさなど、自覚もしていないだろう。世界や社会といった陸にしかないものが、自分の人生とどう関わるのかなど、興味もないのだろう。
まともな人間ではそうはいかない。
だが、それが出来なければ、このグランドラインを渡れない。必ず途中で崩壊する。命をかけることに疑問が湧く。
夢を裏切る。
命をかけても足らない道行きであるにも関わらず。
なるほど。ゴムという能力。叩かれても叩かれても、死なないでいられる。覇気があろうと、悪魔の実の影響をなかったことには出来ないのだ。失敗を前提にすら、苦難に挑める。
クロコダイルの中で、ピースがはまっていく。
「黒ひげってやつは悪魔の実の能力を無効化でもすんのか?」
「ヤミヤミの実らしいで?」
「クックック」
「ヒッヒッヒ」
「クハハハ」
「アハハハ」
「クァハッハッハ!!」
「アーハッハッハ!!」
怖い。いきなり笑い出した。みんなドン引きしている。
「海軍だな?」
「おそらく、二十年以上前や」
「なるほど。間に合わねぇ。ちくしょう、出遅れた」
「野望はない。入り込めるやろさ」
「きっかけは白ひげの死か?」
「オイ!! どういうことだよ!?」
エースが過剰反応する。そりゃ、こんなやつらが人の死をきっかけと呼んだら不安になる。
「それが一番想定しやすい。が、なんでもええやろ」
「待て待て待て!!」
「オヤジが死ぬって!? そんなことあるわけねぇ!!」
「歳だろ?」
「歳やん」
なんか思ってたのと違う。エースはスンとなる。
「キミ、はよ親孝行したりや。敵討ちなんていつでも出来るで?」
「甘えてねぇで、ちゃんと組織運営のやり方を学べ。お前、一応、後継者候補だろ?」
「そりゃ、周りは頼りになる兄貴分ばっかりなんやろけど」
「自分の部下を育てろ。白ひげに楽をさせてやれ」
まるで親戚のおじさん、おばさんである。あんまり会いたくない部類の。余計なことを言ったせいで、説教の矛先が向いたみたいになって、なんかみんなから責められている。
「船長がいなくなったら、海賊団なんて解散ってなもんやで。それはイヤやろ?」
「白ひげも白ひげだ。バカは叱っても学ばねぇんだからよ」
「そうなんよなぁ」
「テメェが言うな」
「七武海にまでなっておいて」
叱られて言うことを聞くのはよい子である。悪い子の二人は、揃って鼻で笑う。
「どないする? 王下七武海、サー・クロコダイル。本当に、うちらを敵にするか?」
「海賊なんて落ち目の稼業、未練はねぇな」
「コンサル料は高いでえ?」
「いいだろう。話してみろ」
「まだ、話始まってなかったのか!?」
サンディ島に衝撃が走った。二人はキョトンとした。
「そういや。自己紹介もしとらんな」
「互いに知っている前提だったな」
「ルフィ、もう放っとこう」
「エースさんだった? ルフィの昔の話とか聞かせて?」
「こっちも最近の話とかしてやるから」
「お、いいな。じゃあ、酒を頼もう」
「頼む。俺も混ぜてくれ」
海軍が白旗を上げた。