「ビビはあっちに混ざらなくていいのか?」
「無理、無理よ。なにを言っているかさっぱりわからないもの。龍驤ちゃんなら、悪いようにはしないでしょ?」
「それでいいのか、王女様」
「いいも悪いも」
同じテーブルで小さくなっているスモーカーを見る。
「私たちが海軍に助けを求めないのは、証拠がないからよ」
「やっぱりないのか?」
「ないわね。王家としてはダンスパウダーの使用も製造もしていないことは証明出来るけど、それがクロコダイルの仕業とまでは」
現時点だと、もしクロコダイルが逃げるつもりなら、アラバスタは泣き寝入りするしかない。それが嫌なら、麦わらの一味が命をかけるしかない。当然、さらなる被害が見込まれる。
交渉が出来るなら、それは悪いことではないが。
「したらいいじゃねえか」
不思議そうな顔をされた。ビビは困ってしまう。
「世界政府に信用がねえのさ。あちこちで革命騒ぎが起こってるのを知らねえか?」
ちゃんと新聞に目を通すメンバーはなるほどと頷き、そうでないやつらは飲み物に手を伸ばす。
世界政府が加盟国を擁護しても、火に油を注ぐだけだ。なんの意味もない。むしろ、利用される。スモーカーはポツリとつぶやく。
「そうか。しかし、ダンスパウダーか」
当たり前だが、実は知らないでいた。一応、疑ってはいた。聞き込みなどもやっていた。色々と、色々と思うところがある。
麦わらの一味も気づいて、どうしたものかと悩んでしまう。
みんな、それぞれの事情を、それとなく察しながら、そうだという確信もないまま話をしている。
不便だ。
でも、説明とかメンドイ。
「まぁまぁ、思ってる通りよ。違ったら訂正したげる」
「そうか」
違ってる部分があっても別にいいかなと思って、スモーカーは黙った。勘違いしておくと、死にかける小娘とかいるし。
話が進まない。
「なんか、お前らも大変そうだな」
「いや、どう考えても大変なのはお前だよ」
あの二人の話題の中心になってしまったのだ。白ひげさんは災難である。
「どういうことなんだろうな?」
「わからねえが、俺たちにはあんまり関係ねえな」
「いや、兄弟なんだろ? ルフィはどうなんだよ?」
視線を集めた船長はしばらく間を置いて、あっけらかんと言った。
「エースの人生だしな」
「一端の口を利くようになったな」
兄貴は嬉しそうである。なるほど。ああやって甘やかされたから、龍驤に甘いのか。わかりやす過ぎてわかっていなかったが、実は謎だった船長のことを、一味は理解し始めている。
「しかし、海賊旗の意味なんて考えてもいなかったな。このドクロは、俺の人生だ。他人がどう見るとか、気にしたこともねえ」
「エースは間違っちゃいねえよ。あれは龍驤が間違ってる」
「間違ってねえよ。本来、旗ってのはそう言う意味だよ」
「いーや、違うね」
「じゃあ、龍驤にそう言う? あの子が知恵を絞って、一味のためにってやってることを否定するの?」
ルフィはムスっとする。
「どうでもいいじゃねえか。他人にどう見られても気にしねえんだろ? じゃあ、気にするやつに任せとけ。下ろせなんて言われたことねえだろ?」
「それもそうだな」
ウソップは解決したとばかりに茶をすする。
「なんか気にいらねえ」
多分、兄貴が説教されたからだなと、みんな察した。エースは面映ゆそうに笑っている。
「でも、ちゃんと理解してほしいの。白ひげという名前は、本当に凄いのよ? こんなこと、海軍さんの前で言うのもあれだけど」
「気にしねえでくれ。なんならいないものと思ってくれ」
スモーカーは任務中。大将直下で情報収集だ。全部、押し付ける。
「白ひげのナワバリには、魚人島も入ってるわ。あそこは加盟国よ? レッドポートを除けば、唯一と言っていい前半と後半を結ぶ航路。その意味がわかるかしら?」
「さぁ」
兄弟で首を傾げるな。兄弟だけならともかく、一味の大半がそうなのなんなんだ。
「海賊には、みんな苦しめられてるわ。ケンカは増えただけで、略奪や強奪事件が少なくなったわけじゃない。中でも、魚人島の被害は大きかった。そこに白ひげが現れたの」
「そうか。今、世界の治安を守ってるのは、白ひげなのか」
「少なくとも、頼りになるのはね」
スモーカーはいない。なので、流し目にも刺されない。そう思い込もうとするが、受け流せるほど、面の皮が厚くない。
一味の情報は、頭に入れてある。
革命騒ぎはもちろん、乱れているのは世界政府加盟国側だ。圧政なんかどちらにもあるが、四皇に逆らう人間よりも政府に逆らう人間の方が多い。
「誰も、はっきりと口にはしないわ。でもね? それって、白ひげの名前が、海軍や世界政府を上回ったってことなのよ?」
「それだけは絶対に認められねえ。認めたら、俺たちはなんなんだ?」
いないはずが、思わず口にした。
「正義すら、大義すら海賊に奪われたんだ。俺たちだって、背中に背負うもんには誇りを持ってる。取り返してえさ。だがよ、そのために平和を犠牲にすんのか? それが誇りか?」
「迷ってんのかよ」
「迷ってるだと? そんなんじゃねえ。力がねえんだ!!」
血を吐くような叫びだった。スモーカーは再び、背中を丸める。
「すまねえ。続けてくれ」
「えー、ことほどさように、白ひげって名前の持つ意味は複雑なの!!」
「終わらせるな」
「どうしろっていうのよー!?」
この王女様、実に好感度が高い。
「まぁ、旗の意味ってより、名前の意味だな。で、その名前を背負ってるわけだ、お前さんは」
「つまり、後継者なのか?」
「そんなこと、考えたこともなかった」
エースは頭をかく。考えたことのないことが多過ぎる。
「俺は、白ひげを海賊王にしたいんだ」
「いつでもなれたはずよ」
ワンピースに一番近いのは白ひげだ。
しかし、白ひげはナワバリを作った。しかも、非加盟国を中心に。
素人が溢れただけの大海賊時代。白ひげに倣って、伝説だのと言われる海賊はみな、どこかに引き込もった。
おかげで、素人が溢れただけの大海賊時代に、加盟国の被害が拡大した。
追いかければよかったこれまでと違って、攻め込まなければならなくなった。
そして、常に攻め込まれているのと同じ状況になってしまった。
世界政府や加盟国よりも、白ひげを始めとした海賊の方が怖いからだ。強いと思われているのだ。
それは事実でもある。各国に海上戦力はない。海軍はグランドラインだけでなく、広い四方の海まで単独で守らなければならない。
普通に無理だ。
ロジャーが生きていた時代、ゼフと同世代辺りまでの海賊たちは、ちゃんと航路で待ち受けて船を襲った。広い海が戦場だった。よほどのことがなければ、陸になど見向きもしなかった。
だから、海軍も対応出来たし、そのように体制を築いていた。
ところが、白ひげがナワバリを定めただけで、それが一切変わってしまった。
対象が非加盟国でも船でもなく、無防備な加盟国の陸地になったのだ。
いきなり過ぎて、どうにもならない。船は船でないと防げない。船は動く砲台であり、水に浮いた建築物なのだ。有り体に言って、移動要塞である。
素手でどうにかしないでほしい。いくらこの世界が非常識で、悪魔の実とかがあったとしても、まさか全員が鎌倉武士ではあるまい。例えそうだとしても、海軍だけであってほしい。
その海軍は、当たり前だが、海で戦うように出来ている。
とんでもない大転換である。海賊という侵略者への対応が主だったのに、いきなり身内のど真ん中に敵が大量発生したのだ。
しかも、沖にすら満足に出られず、陸地にしがみついて、民間人ばっかり襲うようなの。
船は移動要塞なので、街の近くで戦うと危ないのだ。それなのに、なぜか海賊は街を背にして戦いよるのである。
立場が逆だ。海軍がそっちにいないと、誤射だけで街が死ぬ。艦隊運動とか、夢のまた夢。追い詰めたら追い詰めたで、そこは民間人の住む街。
どうしたらいいんだ。
ということが、白ひげ一人のせいで起こった。一番の被害者であろう魚人島に責任を持つのは、罪悪感からかも知れない。
ロジャーが煽ったのなど、ついでのようなものである。海軍は一気に拡大しなければならなくなった。
海軍として、艦隊戦力もいる。沿岸警備隊や航路警備の、巡視艇もいる。人もいる。なんなら、非常識な世界なので、腕っぷしもいる。
大変だ。
ところで、移動要塞って、量産していいものだろうか。要塞だけなら、量産したフランスなんて国もあるが、運動戦にはなんの役にも立たない。海賊は、まあ、自由だ。アメリカは弁えろ。
魚人島の二の舞だって防ぎたい。白ひげのような大海賊とは戦えないが、フリゲート艦なども数を揃えていく。
それでも、船が建築物であることには変わりないのだ。訓練にだって金はいるし。
要塞でなくても、船を揃えるのは街を作るようなものだ。
で、七武海が出来た。
クロコダイル、鷹の目、くま。半分ぐらい、組織どころか、まともに航海しないメンツなの、本当にしゅごい。
というか、九蛇姫ぐらいじゃないか。まともな、普通の海賊やってるの。
それで、海洋世界の抑止力が成り立ってしまうのだ。
今、現在ある世界の状況や体制など全部、白ひげが作っているのである。時代の勝者だ。
そりゃ認めざるを得ない。
今さらワンピースになんの意味があるだろう。この世のすべてなんて手に入れても、白ひげがいる限り、だからなに、ってなもんである。白ひげがいらないと思っているようなものだし、なくても白ひげだし。
ロジャーは死んだが、白ひげは生きているのだ。
むしろ、ナワバリとか勢力とかがほしい。
しかし、息子さんはそうは思ってないらしい。
なんの冗談だろうか。
エースは考え込んでしまう。それが大嫌いな男がいる。
「エースがなったらいいじゃん」
「お前」
自己紹介が海賊王になる男のくせして、兄貴とはいえ、他人に向けてなんでもないことのように言う。
「いや、俺は白ひげを超えたいとは」
「別に、なってもオヤジさんなんだろ? じゃあ、超えたらいいんじゃねえか?」
「コイツ」
本当になんでもないことのように。海賊王であり、白ひげの話をしているのだ。
だが、その通りでもある。超えようがなにしようが、関係性は変わらない。ルフィはいつになく、キリっとした表情をしている。
「龍驤を見てたらわかるよ。強くなきゃ守れない。強くなきゃいけない。でもよ、弱くても次の島には行けちまうんだ」
腹さえ膨らんでなければよかった。
「いつかなのか、そのときなのかはわかんねえけどよ。まず、目指してなきゃ始まらねえんだ。俺は、エースにだって勝つぞ?」
「お前が? 俺に?」
ルフィはニッカリ笑った。
「俺は海賊王になるんだ。白ひげだって超えていく。エースなんか楽勝だね」
「まぁ、白ひげに勝てるんなら、兄貴でもな」
「生意気な」
エースも笑う。なるほど。自分はとても甘やかされていたらしい。大事にされていたらしい。
あの二人の言ったことは、本当らしい。
「白ひげは、オヤジは死ぬんだな」
「間違いなく、今度のことは弱みだ。俺たち海軍は、それを見逃さない」
白ひげの船から裏切り者が出た。それだけでなく、対応も中途半端だ。海軍だけでなく、世界中が白ひげを突っつき始めるだろう。
敬意を失ってしまえば、白ひげと言えど実際の実力だけが頼りとなる。白ひげは一人。敵は世界。
どうなるかなど目に見えている。
「そうか。そうだな。俺が海に出た理由ってのは、そうだったな」
「行くのか?」
「用があるからな。さっさとすませちまわないと。帰りたいんだ、無性にな」
「反対されてんだろ?」
「言ってただろ? 甘いんだよ。でも、白ひげはそれでいいんだ。俺が許せねえし、許さねえ。だから、やるんだ」
ルフィは拳を伸ばした。エースは嬉しそうに、それに自分のをぶつけた。そして、一味を見渡す。帽子を取り、頭を下げた。
「ルフィを頼んだぜ。俺の弟なんだ。心配でよぉ。でも、大丈夫なんだろうな。お前らを見てて思った。ちょっとは安心だな。よろしく頼むよ」
帽子を被って、エースは出て行った。
一味は感動した。なんて立派な兄貴なんだろう。船長のワガママぶりとは大違いである。これだけ白ひげの凄さを話したのに、最後まで偉ぶることなく、弟を託していった。
頭を下げた。
「会計はしてないけどね」
「追うか?」
「やめとけ。貧乏だぞ、白ひげ」
四皇なのに。
爽やかな別れ。アラバスタの日差しの中に、誇りを刻んだ背中が消えていく。
後ろでは悪巧み。不気味な笑い声。
みんな、振り向きたくない。
「どう思う?」
「そんな甘かねえよ。俺ほどでなくとも、準備はしてるだろうさ」
「想定外があればひっくり返る」
「知り合いだ。しかも若い。成長を見越してねえなら、それまでさ。テメェとは違う」
「知恵はつけたで?」
「あの程度でどうにかなるもんでもねぇ。ロギアってのは強力なだけに、難しいのさ。出来ることしか出来ねえ他と一緒にされても困る」
龍驤の眉が動いた。クロコダイルは気づいたが、黙っている。
「ルフィは扱いにコツがいると言うた」
「コツ、コツねえ?」
「ゴムは伸び縮みするが、確かに伸ばすのは大変かも知れんな」
「そうだな。俺も、大変だった」
クロコダイルはニヤリとする。龍驤は考える。
「強みは規模やなかった?」
「可能性の話さ。人のままでいるなら、それまでなんだ」
「覇気か」
「根性論など、下らねえ」
クロコダイルは離れた場所に、砂を集めて手を生やせる。体積を増やして、手を伸ばすのとは違う。
だが、本来のロギアは、人間の身体がそのまま自然となるのだ。
スナスナの実なら、砂で出来た人間になる。だが、クロコダイルは砂漠の風にすらなれる。例えば流砂を作るにしても、腹に収めるのではなく、その場に作ってしまえる。一部を砂に、一部を人間にも戻せる。
ロギアはそんな器用なものではない。そして、そんな器用に覇気とは纏えるものではない。覇気はロギアの強みである流動性を失わせてしまう。
また、流動性であって、密度変化ともちょっと違うのだ。
「保護、か。なるほど」
「ウチかて専門家やない。しかも異世界人。わかるように解釈しとるだけや」
「『人間が空想出来るすべての出来事は、起こりうる現実である』」
「それは?」
「どっかの物理学者の戯言さ」
龍驤の顔はどんよりとする。
「勘弁してくれ」
「クハハハ」
仲いい。
「あの子が勝てば、多分、うちはすり潰されるだけやろな」
「させねえさ。白ひげの首を狙うチャンスなんだ」
「協力はしてやれん。でも、船長の方針は決まっとる」
「薄情だな」
「信頼と感傷は違う。目標と願いも違う」
「俺はどっちでもいい。久しぶりに滾ってきた。退屈だったんだ」
「せやろな」
二人にしてみれば、均衡が成立した時点で勝負は終わっている。世界政府の、海軍の勝ちだ。
組織の強度が違う。世代交代という混乱を、簡単に乗り越えられる。時間をかければかけるだけ、海賊など弱体化していくに決まっている。船長が老いるだけでいいのだ。
後は取り戻していけばいい。ロジャーやシキ、白ひげによって失われた戦力を、海賊被害の裏で、確実に。
海の支配者。海図と天候を読む技術者。戦術と戦略を操る軍隊に、素人は太刀打ち出来ない。
だが、白ひげに後継者が出来れば、話は変わる。土台が白ひげなのだ。それを受け継ぐことになる。
やがて、世界は真っ二つになるだろう。四皇も、七武海もそこには存在しない。世界政府と、白ひげの子供たちや孫しかいない。
麦わらの一味も、きっと存在しない。
「あと五年。でなくとも、三年。それだけあれば、なにもせずともうちらが勝った」
「残念だな。時代は動くぜ」
「エースじゃ、ちゃんと死なせてくれんやろな。ええ子やし。けど、雑魚しかおらんから、他はなぁ。八宝水軍ぐらいか? もう、海軍にケンカ売るかあ」
「死に方まで、テメェが決めてんのか?」
「ダメなら死ぬと決めとんねん。ウチは船長の決定を、実現するだけや」
「ま、杞憂だな。アレにはまだ無理だ」
「残念や」
「僥倖だぜ。俺にはな」
クロコダイルは嬉しそうにし、龍驤は虚空を見つめる。
「世界が、平和になりますように」
「下らねえ」
「だが、負けた。覚えとけ。もはやこの流れから外れて、生き残れるやつはおらん。もうどんな混乱も、戦乱も続かん」
「わかってるさ。忌々しいことだがな」
「ほな、提案してくる。出来んでも恨むなよ?」
「まさか」
クロコダイルはニヤニヤと龍驤を見送った。龍驤は足取り重く、一味の下に戻る。
麦わらの一味は自由を愛する一味。
龍驤の示せる選択肢は少ない。