龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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怒りとは理不尽なもの

「エースが負けるってどういうことだよ!?」

 ルフィの怒りに、ウソップとサンジが止めに入る。龍驤は平然と言った。

「誰に負けるかは知らんが、仲間も連れずにこの海は渡れんよ。それはキミが、一番よくわかっとるやろ?」

「そんなことねえ!! エースは強いんだ!!」

 額を突き合わせ、二人は対峙する。

 そして、龍驤は一人、アラバスタを出港した。

 

 

 地球において海賊というものは、時代によって姿を変えて来た。バイキングなどの侵略者。村上水軍などの土豪。現代にもいる、略奪者。

 暴走族のような若者たちは、いわば開拓者であり、海上のカウボーイだろう。技術進歩が、人々に新天地を求めさせた。しかし、国は関与しない。共通するのは、無法者ということだけである。

 なぜ、国が関与しないかと言えば、大陸国家思想だからだ。難しいことではない。世界は陸地だけで完結する。そんな思い込みのことである。

 まあまあ、普通ならそうである。交易にもっとも向かない商品が食糧であり、人が生きる上で必須である以上、陸地で完結しないことには国など作れない。水すら腐るから、発酵させて飲むのだ。生鮮が得られないというだけで、人は病気にもなる。

 どんな小さな島であろうと、人と国がある限り、そうであるべきと言えるかも知れない。

 海は、国や世界の外側に存在しているのだ。

 法は国を治めるためにある。よって、国でもない場所に法など存在しない。海賊が無法なのは当たり前だ。

 では、懸賞金ってなんであるのでしょう。

 法のない世界で、海賊とはなにに違反した犯罪者なのか。

 王様がすげ変わっても気にしない世界政府の敵とは。

 海軍の存在意義とはなにか。

 実は海賊、犯罪者ではない。

 法体系の整備された現代人には理解が難しいが、そんなものである。

 地球では時代によって海賊がその意味を変えて来たように、この世界でも変わってはいるのだ。

 まず、最初に冒険家。天上金で貨幣が吸い上げられるのだ。自国で限界があるなら、他所から貴金属とか手に入れたいよね。

 当然だが、自国にない以上、鉱物資源など外に探しに行く他ない。採掘には街もいる。移民だ。

 しかし、厳しい航海事情が、そうした動きを許さない。

 面倒になってしまった。

 普通に植民地とか探してたはずが、非加盟国とか、なんなら別の加盟国から奪うようになる。私掠船である。

 交易よりも先に、私掠船だ。バッカニア。海賊の本流。

 大陸国家思想だから、交易とかあんまり考えなかったのだ。本当に大陸があれば、領土を巡ってヨーロッパみたいに国境が入り乱れるような状況になっただろうが、この世界には広い海があった。自然発生するような人々の交流はない。すべて、国主導だ。

 収奪による経済が成りたってしまう。

 やがて、技術が発展し、食糧だけ生産していればなんとかなる時代は終わる。鉄量の時代だ。

 まず、燃料の木が国から消える。森がなくなったら、水も、土も、砂すらも流されて消える。岩山になる。

 様々な鉱石だって、島一つでまかないきれるものではない。そんなのが出来るチート大陸はアメリカだけだ。

 交易とか、今さらするだろうか。

 しなかったのだ。私掠船大活躍。他人の天上金にまで手をつけた。人身売買が禁止されているのに、鉱山労働者や荒れた土地を耕すプランテーション経営など、奴隷も調達した。

 懸賞金制度の誕生である。海軍も拡大した。

 各国は知らんぷりだ。どうせ、世界の外でのことである。船だけ与えて、他人の足を引っ張り、自分に利益を寄越したらいい。

 で、放っておいたら、世界が荒れて、海賊の中に世界政府や加盟国に反感を持つ者たちが現れた。

 貿易って儲かるから、彼らは地位が低いのに力だけはある。陸の中だけで世界が完結しているようなバカの言うことなんか聞かなくても、自分で好きにやりたくなって、煽られただけでグランドラインに殺到する。

 自由を愛する反逆者である。

 世界政府の敵だ。でも、加盟国にとっては他人事。革命家ドラゴンの対応にすら、濃淡があって当たり前の認識しかなかった。

 それが海賊の歴史である。大海賊時代は二十年。

 時代で移り変わってくれればよかったのにと、本当に思う。

 全部いる。

 冒険家で、私掠船で、土豪で、侵略者で、挙げ句に暴走族だ。全部、海賊で一括り。

 ややこしい。

 あと、発展が急過ぎる。海軍すらなくてペリーに来航された日本が、あっという間に有数の海軍国家になったように。みんな一気に海へ出ている。

 地球じゃ日本にしか起こらなかった特殊事例が、この世界だと非加盟国においてすら発生している。

 まるで、最初からそうした技術を持っていたかのように。

 なにせアラバスタにすら、海軍や公安を含めて、海外諜報機関がないのだ。商社も企業もない。どうやって技術を得、また広めたのか。まさか、海賊だけで技術を発展させたのか。

 それはそれで謎ではある。

 ただ今の問題は、懸賞金がかかっていても、実は犯罪者でないという部分だ。

 もちろん、厳密には犯罪者だ。しかし、各国には主権も法律もあるが、海は対象外なのである。裁くのはもちろん、取り締まるのも世界政府しかやらない。

 加盟国にとっての犯罪者かというと、そうでもないのである。私掠船として自分たちが送り出してるかもだし。

 彼らは自分たちがやったことを、把握すらしていない。

 そんなわけで、クリークなんて小物が経済制裁の対象になるのに、港町の酒場ですら気づかれない白ひげ海賊団二番隊隊長っていう意味不明な状況が発生する。

 本当に意味不明である。真剣にエースを叱っていたのがバカみたいである。ある時代では、海賊は漁師と同じく職業だったみたいな話である。全然、受け入れられている。

 盗賊だってジョブなのだ。世の中って適当なのだ。

 そんな適当な世界でも、許されない犯罪者というものが存在する。

 それがまさにテロリスト。革命家だ。ロジャーもそうだし、白ひげたち四皇本人もそうだ。本人だけだけど。

 世界政府を含めて、加盟国を揺るがす存在になれば、流石に犯罪者という意識も生まれる。

 襲われるまで生まれないもんだから、何度港町を襲撃されてもコーストガードすら整備しない。ただ、思想って思い込みだから。

 一味が目にする、世界の外側を報じる世界経済新聞。世界の内側である、そうした犯罪者のことはたまにしか報じない。加盟国にとって不都合だし、手配書をチラシにもしない。

 だから、知らなかった。そもそも興味もなかった。そのはずだった。船長は白ひげも知らない。

 なにも知ろうとしなかった男が、世界を知ろうとしている。

 

 

 対峙する二人の海賊。仲間のはずだが、互いの視線は殺気にも似て緊迫していた。

「黒ひげ。白ひげのナワバリから逃げおおせとる男や。もしもエースが負けんでも、一日は戦い続けるやろ。急行する海軍に囲まれて、傷ついたエースはどうなる? 逃げても逃げても、結局、辿り着くのは魚人島や。海軍も世界政府も、まとめて潰すのに遠慮はせんやろな」

 四皇のナワバリであり、七武海の拠点であり、加盟国でもある。なんなら、グランドライン唯一の抜け道であり、魚人島を潰せば、前半と後半の行き来を、ほとんど完全に政府の統制下に入れられるようになる。

 隊長が世界政府の支配下に白ひげのドクロを掲げてやって来て、ケンカという名の破壊活動をした事実を突きつけ、袂を分かてと迫れば、魚人島は身動きが出来なくなる。

 そうなれば、エースの身柄すらいらない。

 引き込もっていた白ひげを、確実に引きずり出せる。

 攻撃三倍の法則。単純に、万全に準備した場所に誘い込めれば、三倍の敵だって倒せるし倒されちゃうよねって原則だ。

 孫子にも書いてある。

 だが、そんなことはどうでもいいのだ。もっと麦わらの一味にとってマズいことがある。

「問題は、むしろエースが勝った場合や。白ひげの後継者がワンピース目指したら、地理的にもすぐそこや」

 ラスダン手前で待機しているラスボスが、なぜか勇者を迎えてゲームクリアを目指すのだ。

 そこに冒険はない。

「エースは強いんだとか言っとる場合ちゃうねん。キミ、勝てるつもりなん? 真剣に考えとる?」

 ルフィが困っている。口をへの字にしている。サンジもウソップも、ルフィから手を離した。

「とりあえず、他人のケンカの行方なんてどーでもええねん。うちらがまず、どうしよって話でな?」

「ど、どうすんだ?」

 エースが負けたら、世界が大変なことになりそうだ。大事件である。

 でも、勝ったらワンピースに王手がかかるのだ。麦わらの一味の旅は終わってしまう。

「ん? ん~~?」

 ルフィは混乱している。

「エースの件は置いといて。クロコダイルの望みは白ひげとの戦争。そのための七武海残留や。攻め込むつもりが、向こうから来る。しかも、戦力は海軍を使えるとなりゃ、アラバスタに手を出す理由もないわけで」

「だから、エースは負けねえ!!」

「だから、どーでもええちゅうとんねん!!」

 エースが勝つにせよ負けるにせよ、まだ先の話である。今、どうするかという話をしているのだ。

「キミの兄貴やろうが、ビビにもアラバスタにも関係ないやろ? さっきそこの大佐が叱られたんは、海軍と海賊の事情に国を巻き込んだからや。キミも、家族の事情にビビを巻き込んだらアカン」

「いや、賞金首だろ? 無関係ってことあるか?」

「海賊やん。海は世界政府の管轄やもん」

「そういう問題?」

「だから、なんで知らんねん」

 そして、龍驤は説明する。海賊というものを。

 なんでみんな、自覚もなく好き勝手にしているのか。その背景を。

 海賊は海賊なだけでは、世界中に手配されても世界的犯罪者ではない。

「海軍って政府の中だとそんな扱いなの?」

「政治はわからねえ」

「正義がそもそも政治の概念や」

 政治とは現実を都合よく書き換える手段である。物理法則でもないので、現実なんて簡単に変えられる。

 絶対的正義を掲げ、何者なのか自分たちでも曖昧な海賊に悪のレッテルを貼らなければ、現実的に海軍は治安を守れない。

 現実は、脳みそが作り出した幻影である。

「お前、幻影に振り回されてんのか?」

「異世界来とるのに、自前の脳みそは元の世界のままやもん。振り回されて当然やろが」

 そんなもんだろうか。わからない。

 とにかく、海軍がほしがる首と、政府がほしがる首は、建前はともかく、本音では違うのだ。

「だからまぁ、悪名でも広めたいとキミらが思っとんのは知っとるけど、海賊として手配されても別に広まらんからな。ほな、出来る限り、賞金稼ぎで行こうとしとるわけや」

 悪名より、勇名の方が、スポンサー様にとって価値が高いというのもある。

「ちゃんと理由があったのか」

「あるわ」

 ナミと同じ守銭奴だと思ってた、麦わらの一味である。

 スモーカーは黙ってるけど、冷や汗を流す。

 こいつら、世界的犯罪者になるつもりでいるんだ。

「世界的犯罪者って、どんなやつなんだ?」

「とりあえず、アラバスタのことすませよっか!!」

 龍驤は大声を出した。ルフィの疑問を無視した。

 ネタバレ禁止とかされてはいるが、クルーが知りたいことにはちゃんと答えてきた龍驤である。特に、船長を無視することはしない。態度以上に不自然だった。

「ど、どうした?」

「他人の事情も立場も気にせんやつが、興味を持ったんやぞ? 後にしよ? な? そうしよ?」

「なにを焦ってんだよ?」

「ウチかて勘は働くねん。絶対ろくでもないからやめよ?」

 ヌッと、龍驤の背後に巨漢が立った。クロコダイルがニヤニヤしてた。

「俺が教えてやろう。なに、ここは酒場だからな。手配書も転がってる」

 砂が飛んで、一味のテーブルに紙が舞い降りた。

 世界的犯罪者の代表格。革命軍の面々がそこにいた。龍驤は息を飲んでいる。

「革命家ドラゴンと、その配下だ。一番有名なやつはもう、捕まったが、」

「あ、サボだ」

「あああァァァ!!」

 龍驤が絶叫した。ルフィが騒ごうとしたらしいが、ビクッてなった。もはや問答無用で立ち上がる。なんか、みんな感情が迷子になった。

「エース呼び戻してくる」

「おう。殺すなよ?」

「保障は出来んなぁ」 

 ヤサグレた態度で、龍驤はフラフラと出て行った。

「なんだ? どういうことだ?」

「誰なの?」

「死んだ兄ちゃんだ。いや、死んだって思ってた。生きてたのか」

 情報の共有をする麦わらの一味を一瞥して、クロコダイルはスモーカーに声をかけた。

「捕まえた方がいいんじゃねえか? 少なくとも今の小娘は、俺より凶悪だろう?」

「今日はもう休暇だ。知らねえよ」

 たしぎも部下も、全然来ない。

 話も進まない。

 スモーカーはもう嫌になっていた。

 龍驤は連続殺人鬼の顔でエースを追った。まるで王子様を食べようとする、ワニみたいに苦い顔だった。

 

 

 で、海に出たはいいが、エースがまたとんでもなく速いわけである。メラメラの力を使っているので、まさにジェットエンジンで海を渡りやがっているのである。

 龍驤はヤサグレを越えて、キレちゃっていた。お前ら兄弟家族、本当に許さんとプッツンしてた。仏すらキレるのだから、仕方がない。また、話が進まない。

 そしたら、高速船に該当する龍驤すらブッチするスピードで遠ざかっていくのだ。

 龍驤の我慢は限界だ。

「なにが兄貴は強いや。この海の覇者が誰か、教えたる」

 逆恨みである。まごうことなき、八つ当たりである。生まれなんて選べない。過去は振り返らない。

 ヤクザ者であるなら、そうやって生きていくものである。どんな事情があったって、それが悪いわけではない。

 でも、理不尽なのは確かである。上陸してこっち、船長の家族関係に振り回されてなんにも進まない。

 うんざりである。

 龍驤の出港と同時に、エースに襲いかかる艦載機の群れ。ふっと顔を上げても、違和感の正体を見つけるまでに時間があった。

 翼のあるなにかが迫ってきて、丸いなにかを切り離して飛んで行った。そのなにかがなんなのか、なにも知らないエースでも想像がついた。

「ウソだろ?」

 サーフボードを滑らせる。回避はしたが、大きさに似合わぬ爆発力に、バランスが崩れる。

「ちくしょうめ!!」

 実の力を使って、空中にあえて飛び出す。荒れた海面ではかえって自由に動けない。腹の底から寒気がした。そこに穴が開いた。弾丸のようなものが通り過ぎた。その弾丸は、海面で爆発を起こした。小さいだけの砲弾だ。

「なんだ!? なんなんだ!?」

 体もボードも炎に変えた。間に合わなければ、砲弾が彼を海に叩き落としていた。どこから飛んできたかわからないが、あの砲弾には覇気のような感触があった。

「どこから!? 誰だ!? 大砲!? 船!? 見えねえぞ!?」

 そんなことはあり得ない。落ち着こうとした。苦手だが、見聞色を発動させようとした。戸惑いや怒りで荒立つ心では集中出来ない。兄貴分たちと、エースでは戦い方が違う。

 エースは冷静になれない。戦うとなればカッとなってしまう。だからって、こんな世界と一体化も出来ない。溶け込めない。エースは世界から拒絶されている。どう、見聞を広げたらいいのか。飛び込んでいくしかエースには出来ないのに、いつも止められた。

 それでも、なんとか敵を見極めようとする。気配を、敵の威を、感じようとして、気づいた。

「囲まれてる」

 逃げ場は、海中にしかない。能力者であるエースには選べない道だ。エースは覚悟を決めた。

 殺意で世界が染まったように感じられた。見聞色など大して広げられないのに、相手がわかった。

「教えたばっかだぞ!?」

 右上空からだ。反射的に動いた。いつもと違う。相手の動きが読める。読まされる。エースは見聞色を押しつけられていた。威圧感が攻撃の前から突き刺してくる。

「こんな使い方があんのかよ!?」

 再び落ちてきた爆弾を避け、砲弾の雨を潜る。切り抜けたと思った場所に、翼のあるなにかがいた。プロペラの奥が瞬いて、エースは撃たれた。炎に変化させたので傷はない。だが、ダメージが入った。読まされていると思ったのは間違いだ。追い詰められた。当てられた。ロギアなのに。

 自分が誘導され、動かされているのがわかる。こんなことは初めてだ。強いやつとはたくさん戦ってきた。達人の技術も体感した。

 だが、これではまるで、支配されているようだった。足掻いても足掻いても、弱点である海が立ちふさがり、覆いかぶさって、エースの自由を奪っていく。

 嫌だと思った。なんのために海へ出たのだ。それなのに、その海で誰かの好きにされるなんて、我慢が出来なかった。

「やってやるよ!!」

 迸る火力に任せていた、エースの技。実の能力に頼っただけの、単なる拳。自分の二つ名でありながら、なんて適当に繰り出していたのだろう。

 ただ、上から襲われるだけでも、無数の選択肢があった。前に後ろに、左右。三次元は広い。水柱に隠れ、太陽を背にし、かと思えば真正面から水平に爆弾や銃弾が飛んでくる。

 覇気だと思ったが、冷静になってくるとそこまでのものでもない。当たったという感覚をロギアに与えるのは凄いが、それだけだ。

 問題は海水である。ロギアの規模だとか、火力だとかを発揮する余裕がない。そもそも、エースは人間の形以外になって、水柱をすり抜けることも出来ない。

 マルコなら、器用に飛び去っただろう。ジョズなら水柱ごと吹き飛ばしただろう。クロコダイルやスモーカーは、変化させた体をくねらせるように飛んでみせるだろう。エースにはそれが出来る技量もパワーもない。破れかぶれに生み出した炎を投げつけて、避けられるか海水にかき消されるだけだ。

 多少熱いだけで、エースは揺らめく気体に過ぎなかった。そのようにしか能力を操れていなかった。

 それは別にいい。仕方がない。上手くないのはどうしょうもない。エースは若い。

 だが、弱いのはダメだ。

 太陽が頭上にあるのに、まるで嵐の中にいるような波に囲まれていた。閉じ込められた。エースは拳を握った。突き出すために。

 檻の中にいるようだ。苦しかった。飛び出したかった。弱いままでは無理だとわかっていた。強ければ、晴れるのだ。

 生まれもしがらみも、なにもかもがうっとおしい。親だろうが海だろうが、体に絡みつく鎖が重苦しい。

 自由になりたかった。エースは怒りを込めて、その技を放った。全身に覇気をまとわせて、弟のように、ただ腕を伸ばした。

「火拳!!」

 計算された爆撃と砲撃によって生み出された、エースを飲み込むはずの大波は、その一撃によって消滅した。それどころか、周りの荒れた海でさえ凪のように静めた。余波が広範囲にわたって、海の表面を水蒸気に変え、さらに吹き飛ばした。

 上空からは、巨大な波紋が広がっていく様が見えた。炎が環境を書き換えた。

 本当の意味で、そこに炎のロギアが立っていた。

 太陽が再び、エースを完全に照らす。見渡す限りの水平線。エースはどこにでも行ける。

 会心の一撃だった。もはや、襲ってくる艦載機もいない。戦場に訪れた空白が、満足感でいっぱいになった。

 たった一つの疑問を除いては。

「なんだったんだ?」

 まるで嘘のように、殺気も砲弾も来ない。

 ところで、ルフィとエースはよい子である。

 悪ガキで、ワガママで、頑固で、人の言うことなど聞かない。海賊であり、暴力にためらいがなく、自分の倫理にしか従わない。

 それでもよい子なのは、二人がガープに育てられたからだ。

 過ごした時間ではない。叩き込まれ、刻みこまれた。

 絶対に諦めず、なにものにでも立ち向かう二人を叱り、怒って教育したのは、間違いなくガープなのだ。

 だから、怒られるとわかったとき、二人は無条件で心が折れる。悪いことをしたかも知れないと思ったとき、一気に弱くなる。嘘がつけず、誰にでも謝る。罰をちゃんと受ける。

 だからよい子なのだ。

 水平線の向こうに龍驤が見えた。その姿を見て、エースは白ひげの船では末っ子だったことを思い出した。

 はるか昔、三人であしらわれた子供時代に戻ってしまった。なにをしてもビクともしない巨体と、抵抗しても無駄だと、どうしようもないものがこの世に存在するんだと、わからされた過去がフラッシュバックした。

 南海を戦場にした提督であり、将軍であり、軍人だったものの写し身が、そこにいた。

 なんで襲われてんだろうという疑問に、答えが出た。

 龍驤の額に、血管が浮いている。

「え? 怒ってる?」

「別に?」

 ウソだと思った。眩しいぐらいの笑顔を浴びて、エースは海に叩き込まれた。

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