龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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もうないか、もういいよ

 ナミの武器から、船長たちのオモチャに降格したクリマ・タクトは、再びナミの手に戻っている。

「思ったより、使えるわね」

 十字に組み合わせた棒がブーメランのように飛び、犬のように食いついた船長を海へ吹き飛ばした。

「そんな機能、いや、だろう!? 天才発明家、ウソップ様を称えてもいいぜ?」

 ウソップが胸を張る。船長はドボン。

「さっさと助けろ!!」

「なんで、チョッパーが行くんや!!」

「ルフィ、今助けるぞ!!」

「エースさんまで!?」

 大騒ぎである。

「回転が止まると気泡の中の空気がぶつかって、気流を産むのね。それで爆発的な風が」

「モワッとしたり、ヒヤッとするぐらいで、船長殺しかけるなや」

 能力者三人をサンジといっしょに引き上げながら、龍驤はうんざりと言った。

 ついでのように、二番隊隊長を二度目の撃破である。

 人間を吹き飛ばす風は、宇宙から確認出来るような前線や台風のような、大規模過ぎる温度差で生まれるものだ。

 ボール一個で実現されたらたまらない。

 では、なにが起こったのか。

 覇気はエネルギーを選択的に通す。ヒートボールは熱を閉じ込め、クールボールは熱を逃がす。

 二つがぶつかると、冷えたクールボールからさらに熱が奪われ、ヒートボールが加熱される。互いの性質により、加速度的にエネルギーが交換される。

 すると、片方は膨張し、片方は収縮する。耐えきれなくなった気泡という力場が崩壊したとき、そこにあるのは、なんかとんでもない温度差と気圧差である。

 で、気流が起きて爆発的な風が。

 今はあんなんだが、さらに技術が進むとどうなるか。気泡の耐久が上がって、もっとエネルギーを保存出来るようになったら。

 それを、天候の天才であるナミが使ったら。

「裏切り者どもめ」

「そうでもないだろうよ」

「ウチはな、小賢しいだけで、スペックだけなら最弱の部類やねん」

 軽空母だし。

 大戦中にはなかったカテゴリーを、わざわざ割り振られるぐらいには、微妙な戦力である。主力を担う艦娘ではない。

 それがどうして南方戦線で、ああも酷使されたのか。

 それはともかく、龍驤の世界でそれなら、この世界だともっと微妙だ。異世界という、ビックリドッキリ要素で主導権を握っているだけである。

 いずれ、龍驤は二線級に落ちる。ナミやウソップと同じ立場になる。化け物トリオの非常識を、遠くで愚痴る仲間になる。

 そのはずだった。

「スペックだけなら、この船の一番はナミや。次点がウソップ」

 筋力とかスピードとか、肉体的なあれこれを、火力が飛び越えた。最強が決まってしまった。こんな技術を持っていると、生身ではいかんともし難い。悪魔の実があってもだ。

「俺は俺は?」

 どうしてだか、馴染んでいる兄貴がワクワクしながら聞いてくる。てめえ長男だろと思いつつ、これが可愛いがられる秘密か、と納得する。

 甘え方がルフィそっくり。

「炎は雑魚やて。スペックだけならウチでも勝てるわ」

 炎というのは、熱や燃焼などの化学変化によって、空気の色が変わる現象である。揺らめいているのは空気だからで、炭が赤くなったり、鉄が赤くなったりと同じである。

 熱で起こる現象ではあるが、熱源ではないのだ。

 熱源としての炎の場合、激しい酸化運動としての燃焼でも、核反応でも、本人が酸欠か被爆で死ぬ。核融合でもガンマ線とかあるのだ。

 当然、周りも死ぬ。

 生い立ちに加えて、そんな呪いみたいな能力、不幸過ぎるだろう。揺らめいているのが能力で、熱は副次効果だ。それならば、熱以外で周囲に余計な被害をまき散らすことはない。逆に言えば、山火事から太陽まで工夫と鍛え方次第だ。デメリットなしで。

 悪魔の実とは、都合のいい力なのだ。

 よって、基本性能が木材の燃焼温度くらいだと、龍驤に傷一つつけられない。熱というのは、エネルギーを伝達するはずの電子がアッチャコッチャに走り出す運動なので、とても伝わりにくいのだ。

 普通の人間でも火傷の追加効果は厄介だが、致命的な深度まで施そうとすれば、パンチのような接触時間の短い攻撃ではダメだ。しゃぶしゃぶや焼き肉で考えればわかる。熱伝導率というのがある。どれだけ肉を薄く切っても、江戸っ子が蕎麦を食うようには火が通らない。寝技でもしないと。

「一方、雷はなぁ」

 一撃で致死。雷速で通り抜ける。火傷だけを比較しても、炎では実現出来ない深度まで一瞬だ。電気は電子がある方向へ流れる運動だ。つまり、伝導するためにあるようなエネルギーなのだ。

 みんなで並んで、それを見る。

 メリー号の上空に発生したミニ雷雲が、なんかバリバリしている。妖精さんが楽しげに打たれている。ドッカンドッカン、気軽に落ちている。

 船長以下、エースも龍驤も真顔である。楽しげにしている、チョッパー以下、後方支援組だったはずのメイン火力どもを、遠い目で眺めてる。

 あんな四皇いる。

「勢力ある海賊相手やと、もうケンカやなくて戦争やからな。そうなったら火力よ。キミらが前線支えて、ナミとウソップがトドメ刺してきゃ、三大勢力以外で耐えられると思えんわ」

 火力だけで言えば、戦車より自走砲とかの方が強い。それでも戦場の王と戦車が呼ばれるのは、機動力があるからだ。

 きちんと配置された砲兵は、戦場の神である。

「一味を守るためや。勝てるかもわからんタイマンなんぞ、させるつもりはないからな。仲間といっしょに、みんなで乗り越えるんやで? キミらの仕事は足止めな」

 不満そう。とても不満そうである。でも、仲間を否定して、全部自分たちで片付けるとなれば、ケンカでも戦争でもなく、決闘にでも持ち込まなければいけない。

 海賊は無法なので、決闘の作法すら曖昧で、相手に信頼がないと成り立たない。なにより、龍驤に信頼はない。

 裏切るというより、男どものプライドを無視して、生きててほしいを優先するのが目に見えている。

 麦わらの一味は自由だし、仲間は大事だし、弱いのが悪いので、それを責められない。厄介である。

 成文法でもない、なんとなくだった麦わらの一味の掟を、十全に活用してワガママを通している。ドヤってやがる。

 強くなる以外に、アレの専横を防ぐ術はない。

「ウソップもか?」

「殺しに回ったら、一番怖いわ」

 飾らずに言えば、腰の抜けたウソップだ。目指すべきところとは関係なく、殺しが出来ない男である。

 しかし、戦場で人が引き金を引く主な理由は、怖いからだ。なんなら、引き金すら引かない。弾込めは手伝ってくれるのに。

 勇敢な人間だけが、弾を当てられる。敵を見据えてキチンと狙える。

 それで充分である。

 覇気をまとわせた主砲徹甲弾を、百発百中でばら撒くウソップなどいない。

「え? おかしい。ウソップとウチがおって世界制覇出来んの?」

 なんか物騒なことを言い始めた。しかし、龍驤は真剣である。

 悪魔の実があるとは言え、航空戦力のない世界に、空母一隻と弩級戦艦クラスの砲兵が揃っているのだ。

 そりゃパチンコで本物の大砲と同じ威力は期待出来ないだろうが、だったら魚雷でも投げればいい。

 投げればいいなら化け物トリオにもやらせて、さらに天候兵器ナミも控えている。チョッパーにBC兵器を作らせてもいい。

 なんならアメリカにだって勝てそうな気がするのに、この世界だと確実に勝てるイメージが湧かない。

 なんだろう。ドリーさん、ブロギーさんを沈められる気がしない。爆炎と雷の向こうから、二人がのっそり武器を担いで歩いてくる光景がありありと。

 その後ろから、盾を掲げた巨人の皆さんが続々と。

「あかん。怪獣怖い。シャレになっとらん」

 病気とか毒とか、覇気関係なく、バカだからで無効化しそう。物理学における悪魔は、海賊なんぞ足元にも及ばないぐらい無法である。

 もちろん、麦わらの一味がそんな風に戦うことはない。彼らには誇りや矜持がある。なりふり構わない、うんこの投げ合いのような、龍驤が想定する戦争はしないだろう。

 でも、可能か不可能かで言えば、可能なはずだ。

 でも、不可能なのだ。可能なのに。

 龍驤は混乱している。

「火力じゃ無理? あ、覇気は物体由来やから、形を失う爆弾って不利なんや。ほな、ロギア弱いん? ちゃうわ、ロギアちゃう。変化は本質やない、遊びなんや。ロギアの本質は、質量とエネルギーのシームレスな変換。え? じゃあ、エネルギーはどこから? 鼻から?」

 宇宙的謎エネルギーが鼻から出る世界は嫌である。

 物質を変換することで莫大なエネルギーを生み出す。これはいい。よくないが。エネルギーから莫大な物質を生み出すのはおかしい。

 ドルドルしてるのと同じようにモクモク、スナスナ、メラメラしやがるが、疎にはなっても現象として目に見えるのなら、そこに物質があるはずである。

 特にスナスナ。小さいだけで、岩石だ。物質が生まれる過程というのは、宇宙が生まれる過程と同じで。

「よし!! やーめた!! 全部、ウソップが悪い!!」

「ええ!?」

「なんで味方にわからん殺しされなアカンねん!!」

 龍驤は錯乱している。ウソップは殺さない。じゃれ合いが始まった。

「それはその通りだな」

 サンジがボソッと言った。声をかけづらい。

「いや、気にすんな。ま、実際、ナミさんのアレを、足以外でどうこうすんのは無理だろ」

「足だからってどうこうするもんじゃねえが」

 そこで冷静になってもいけない。

「舐めてたな。マジで」

「俺も、なんか海賊の高みとか言えなくなった」

 化け物組が意気消沈である。ビビがオロオロしてる。

 ここはナノハナのある入り江で、通行する他の船が、いきなり現れた雷雲にアタフタしている。逃げ出してるし、港の方も騒がしい。

 止めないのはなんか意味があるんだろうなぁ、ぐらいはわかるようになってきた麦わらの一味である。

「最強はウソップだぞ」

 サンジが言った。ルフィもゾロも、なにも言わない。

 龍驤がナミを最強だと評したのは、せめてもの気遣いだ。

「俺たちが遊んでいる間に、アイツだけが工夫を凝らしてた。弱いからだ。強いつもりの俺たちは、置いていかれてんだ」

 ウソップに負けるとは思わない。なぜなら、ウソップは殺さないから。

 甘い人間の甘いやり方に甘えて、勝ちを拾う。

 それが麦わらの一味の現実だ。

 敵は、ウソップじゃない。

「龍驤がなにを言いたいのか、わからないわけじゃないよな? ウソップに、殺させるつもりなのかって聞いてんだぜ、ルフィ?」

「ウソップが殺さなくても、龍驤が殺すだろ」

 その意味は、日誌に記されていた。

 艦娘は、殺すことで強くなる。戦って成長する。

 経験値システムをリアルで搭載した生き物を育てようとしたら、虐殺が起こるに決まっている。周回はする。

 深海棲艦の存在する世界ならばいい。

 海は世界の外だ。無法だ。海賊が蔓延っている。海軍と戦っている。

 龍驤がそうだったように、艦娘はちゃんと育てないと、自分でなにも判断出来ない、命令に忠実なだけのお人形になる。

 艦娘は美しいので、榛名がダメになることもあれば、不幸姉妹が本当に不幸なこともある。

 深海棲艦がいた世界ですら、捨て艦とか養殖とかあった。

 人間同士が争ってて、提督候補がバカかクズで、周回必須な艦娘がいたら、この世界滅びちゃう。

 艦娘の薄い本が厚くなる。艦娘には数ある人間性の中で、乙女心だけは最初から実装されているので、いつかは人形じゃなくなって、深海棲艦になる。

 そして、深海棲艦は多分、恨みつらみじゃなくて、お腹が空いていて人間を襲っている。

 口でなにを言おうと、水着のバカンス姿で迎撃されたらそうとしか思えない。

 なんなの、本当に。電波技術を妖精さんに依存しているせいで、索敵環境が制限された結果、羅針盤とかいうランダム謎要素を加えた進撃。溢れかえる深海棲艦と艦載機。失われる資材と時間。お風呂と海を行き来する生活。積み上がる書類。

 さあ、最奥へ。決戦だと踏み込んでみれば、艤装をビーチチェアに変えて、サマードリンク飲んでる、日焼けとは無縁のナイスバディ。

 こっちは煤と海水で汚れた戦装束なのに。その装束もはだけてるのに。

 それでキレた主力艦隊でも勝てないことがあるとか、正義は一体どこにあるんだ。

 艦娘はこうしてヤサグレていく。

 シーレーンが破壊されると世界は強制的に末期戦へ突入するのだが、敵がそんな態度で許されていいわけない。

 一時期、丼物やコンビニスイーツ片手に突撃するのが流行ったのもむべなるかな。深海棲艦には味わえない、文明の味である。

 菱餅取り合ってないで、さっさと講和したらいいのに。

 もちろん、そんな単純ではない殺意を漲らせてもいるのだが。

 やめてください。強い量産機で、工業力の差を見せつけるの。

 普通、ワンオフで職人が手組した試作機の方が、精度が高くて強いのだ。量産で遜色ないとか、勝ち目がない。

 でも、勝ってはいる。深海棲艦は減ってないのに、打通作戦は進んでいる。

 何年たっても、深海棲艦の敵対理由は謎である。

 そんな文化を、この世界に導入してはいけない。ただでさえ恨みつらみを買いそうな環境で、深海棲艦は腹を空かせたらやって来る。

 この世界は貧乏で、そもそもみんな食うに困っている。龍驤世界みたいに団結はしないだろう。争いをそのまま持ち込むはずだ。龍驤世界だって、隣の大陸についてはもう、ずっと触れていない。

 龍驤は絶対に、この世界でただ一人の、異邦人でなければいけない。

 誰が裏切り者なのか。

 龍驤を追い抜いていくウソップか、龍驤を強くしてしまいそうなルフィなのか。

「ちょっとこの船、世界の危機が乗り過ぎじゃねえか?」

「そうか?」

 筆頭の兄弟がトボケている。戦争の引き金になりそうなだけじゃなく、広げてしまいそうな家族が何一つ理解してない。

 ナミの航海術もそうだし、ウソップの技術も追加された。肉弾戦から遠距離戦に人類が完全に移行したとき、総力戦となった。一味の目的はワンピースである。

 予定では、オハラの末裔を勧誘する。

「もうねえよな? 言い忘れたことはないか?」

 サンジが顔を逸らしてる。兄弟と、ゾロの視線が突き刺さる。

「なんだ? なにかあるのか?」

「なんでもねえよ」

 ルフィほどでなくとも、一味の男はみんなウソが下手である。

「おい、吐け」

「なんだ? どした?」

「退屈しねえな、お前の一味!!」

「なんでもねえって言ってんだろが!!」

 サンジは、チョロいという汚名を返上した。

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