ナミの提案を確認する。
「村やん」
「大丈夫よ。どこにだって避難船ぐらいあるわ。普段は使わないから、交渉しだいね」
高価なものだという思い込みがあるため、懸念を表明したが、問題ないらしい。軍港に軍艦ないのにと思わないでもないが、本当に高価なのは大型船であり、少人数で運用出来るようなものなら、かなり流通しているものらしい。
確かにこの自然環境で、近海に使う程度の船が一般人の手に届かないというのも問題に思える。漁船もあるし、避難するだけならそれで十分なのだろう。
ちょっと海に出て姿を晦まし、数日で戻る。それで襲撃は終わっているのだ。
バギーやアルビダ程度の分別を、他の海賊も身に着けている証拠だ。
そして、人間が商品になっていない証拠でもある。大航海時代とは、奴隷貿易の時代だった。それが植民地となり、帝国主義へと繋がる。賊の時代はもっと恐ろしいはずだ。
やはり、東の海は平和で豊かだ。
それに武装にもかなり開きがあるようだ。民間船であってもまったく非武装というわけにはいかないが、最新鋭のものにはちゃんと網がかけてあるらしい。
質の悪いものを安く売り出して、海軍との格差を意図的に作り出しているのだろう。
思いがけず、バギーの評価が上がる龍驤である。アイツ、頑張ってる。
だが、それだと結局、グランドラインには向かない。
ただ、新規なら建造には年単位の時間がかかるし、外洋船の中古だって色々と難しい。入ってから考えた方がいいのは変わらないが、それにしたってということだ。
そうした船と村についての知識というのは、程度の差はあれ、常識らしい。
そんなことも知らないのか、という顔で龍驤を見てくる。
迷子のくせに。妖精さんをけしかける。
「ゾロの服ってダサない? 着飾ったげて」
「オイ、バカ、やめろ!!」
振り払うことも出来ず、珍妙になっていく剣士を、船長が指を差して笑っている。龍驤もしっかり加わった。笑い過ぎと、ゾロがブチキレて二人は船底に沈む。
「ふざけてないで聞きなさい!!」
結局、三人して正座することになった。ナミに見えないように、脇腹を突っつき合う。彼女の正論など誰も聞いていない。
「聞けっつってんだろが!!」
「要はグランドラインまで付いて来てくれるんやろ?」
「当たり前だな。航海士だし」
「よろしく頼む」
船底に転がる生モノが増えた。
ムクリ、と龍驤が起き上がる。
「行くんは、この先やっけ?」
「そうよ。シロップ村」
「近くに海賊船が停泊しとる」
「襲われてるのか?」
「いや、上陸地点やない。そんな守りの硬そうな村でもないし。ダラダラ酒飲んどるし。こりゃ、引き込みか?」
「なんだ、それ?」
「根こそぎ奪うためにスパイを仕込んどくねん」
「逃げる暇を与えねぇってか」
「なんか意味あるか?」
ルフィの言葉に考え込んでしまう。大して稼ぎが変わらないのに、手間だけは何倍もかかるからだ。
開けたい蔵なりなんなりがあったとして、火薬の有り余る世界である。騒ぎを嫌うにしても、舞台は島だ。
そもそも、余所者を受け入れるというのが難しい。そのハードルを越えられるなら、海賊なんぞを続ける理由もない。揺れない地面で寝られるというのは、とんでもなく素晴らしいことなのだ。
「キナ臭いな」
「警戒していきましょう。とりあえず、村人にはナイショで」
「どうすんだ?」
「メシ食って仲間を探し。敵が来たらぶっ飛ばせ」
「ん、了解」
「わかりやすくていいな」
「え? 私らだけで探るの?」
「役に立つとでも?」
力コブを作るルフィ。鍔を鳴らすゾロ。
「無理ね」
「失礼だな」
「ま、腹芸は任せる」
「お腹弱いもんな。腹巻きしとるし、すぐ穴開くし」
ゾロの抜き打ちを、海に飛び込んで回避する。
「いつか斬る」
「鉄も斬れんうちは無理やなぁ」
じゃれ合うというには剣呑なやり取りを無視して、しっかり進路を見据える。
「助けるのね?」
「その方が船貰いやすいだろ。あと、肉!!」
ゾロの意地は龍驤を中破に追い込んだ。
「こいつに剥かれた」
「お前、こんないたいけな少女を……」
「誤解を生む言動はやめろ!!」
「事実やん」
長鼻の少年と出会い、自己紹介の傍ら、仲間を貶める作業に勤しむ。とても、楽しい。
同時に、ヤサグレたものだと自覚する。
「ま、気にすんな」
どこからか取り出したバケツを頭から被ると、龍驤は元通りになった。全員がギョッとする。
「ウチ、不思議生物やねん」
「噂に聞く悪魔の実か? すげぇな」
「能力者はこっち」
ゾロとの連携で船長を抓る。痛くないので平然とするルフィと、異様な光景にドン引くナミとウソップ。
バチンと戻すと、びっくりしたルフィが文句を言い始めた。その仲裁に入るウソップ。龍驤は早々に逃げて、ナミと傍観者をしている。小さいというのは便利だ。
「見張りはアンタだけか?」
「俺様は目がいいからな、それより」
「上陸出来そうなとこは、ここと向こうか」
「そうだけど、やっぱりお前ら海賊か?!」
「海賊は海賊やけどな。船がほしいねん」
「どこかに隠してるんでしょ。こんなところに置いてたら真っ先に沈められちゃうじゃない」
「まあな。つっても、ウチの村じゃ船を持ってんのは場違いな富豪だけだ。いや、それよりアイツらを」
「メシ食うでー」
「オウ」
「ヨッシャ!!」
「なんなんだ、お前ら?」
ウソップが困惑している。その背中を押しつつ、店へ。二人にはタオルを投げて、泥を落とさせた。
船を持ってそうな富豪の話を聞き、ナミは弱味に付け込むようでイヤなようだ。手漕ぎボートで向かうつもりだった船長が反対するわけもない。
ウソップの船長就任は、丁重に謝絶した。
「船は諦めるにしても、お屋敷には行かなアカンのでは?」
ウソップが時間だと言って店を出た後、龍驤がナプキンを畳みつつ言った。汚い食い方が許せないのか、食事中はルフィの世話をしていた。
「近くの海賊船のこと? 確かに、知らせた方がいいんだろうけど」
「俺たちが言ったところで信用はされねぇだろうさ」
「肉、おかわり!!」
懐に余裕があるため、ルフィに遠慮がない。再び、龍驤が切り分ける。ルフィは大人しく待っている。
「見張りがあのウソつき小僧やしな」
「おもしれーヤツだよな」
「度胸はある」
男連中の評価は高いようだ。ナミは鼻を鳴らすが、ウソップがこちらを観察するために選んだ場所は、狙撃なり射撃なりに有利な場所だ。
上陸地点を見渡せて、広く射界が取れて、遮蔽もあり、近づきにくく、逃げ場は村に続く坂道しかない。その坂道も隘路で、少し移動すれば背中を撃ち放題に出来る位置だった。
坂道は切通しらしく、思った以上に守りの硬い村だ。両側から石を投げるだけで、下手な海賊など撃退出来てしまう。誰の意図かは知らないが、そうした戦いに長けた人物がいたのだろう。
壁や堀のような施設に頼らず、立地と地形だけで防衛力を確保している。龍驤でも直接見るまではわからなかった。もはや、村自体が奇襲のようなものだ。
孤児のようなのに、見張りをしていたというならウソップはその末裔かもしれない。それが単なる悪ガキ扱いなのは、家が落ちぶれたか、それとも。
「やっぱり、引き込みがおるな」
「そうなのか?」
「ちゃんと見張りさえ置いとけば、海賊なんか怖ないよ、この村」
「アイツと、ガキだけだったな」
そのガキどもが店に入ってきた。他の客も店員も苦笑いをしている。オレンジの町のような団結はないが、いい村のようだ。
やはり、ウソップの扱いが腑に落ちない。例え、ウソつきの不良でもだ。むしろ、そんなことなど気にしない空気があるのに、その仕事にだけ敬意がない。
海賊への警戒心を殺されている。だとするなら、下手な警告など一顧だにされまい。
だが、子供たちの話を聞いて、まずルフィが考えを変えた。船を貰いに行こうと言い出す。
龍驤も賛成した。船が貰えるかはともかく、村一番の権力者に会う必要はある。
「何、企んでやがる」
「ウソップがええ男やと証明したる」
ゾロは鼻を鳴らして黙った。思った以上に気に入っているようだ。強さを力でしか表せない男である。ルフィが対等だとするなら、ウソップのあり方が新鮮なのかも知れない。
出会ったとき、逃げた子供たちを見送って、ウソップは四人の前に立ち塞がった。間違いなく命をかけた行動であり、仲間を助けるためだった。勝算はなかった。しかし、襲撃であったなら失敗させられた。
力などなくても、強さを発揮した。そんな場面だった。
ゾロやルフィとは対角に存在する。
そして、龍驤がそうありたいと思う存在だ。なにせ、相手があのアメリカなのだから、逆立ちしても力では敵わないという前提があった。様々に横たわる死が、誇り高いものであってほしいと思う。
今も願っている。