魚人と接する機会のある人間の、およそ九割が海賊である。
だって、行くのに必要な準備をする場所が、そもそも無法地帯だし。
海賊じゃなくたって、海賊になってしまう。どこぞのバカが海賊だからという理由で、そいつの些細な関係者まで皆殺しにしたからだ。
それがどれだけバカな行いか。
海賊は犯罪者ではないのだ。法を破らないと犯罪者にはなれないわけだが、無法者である。破る法がない。
それでは海賊がなんなのかもよくわからないし、そいつがどう悪いのかもわからない。
そもそもどんな海賊であろうと、スポット流通を担う重要な交易者だ。どこから持って来たのか不明な荷物を売りさばくわけだから、そうなる。
所有権は権利なので、裏腹に管理義務もある。法によって国が財産の保護を明記しない限り、盗まれたやつが悪い。国が守らないのだから、自分で守ることはそいつ自身の義務だ。
神様と同じで、権利は存在していて認められていても、なにかをしてくれるわけではない。行動するのは、常に自分自身である。
つまり、海でなにか強奪しても、泥棒ですらない。行動したやつ偉い。
世界は、海賊と当たり前に取引を行ってきたのだ。
しかし、例外が生まれた。
ゴール・D・ロジャーである。
世界は思い知った。海賊ヤバい。だが、どうヤバいのかわからない。
まず、海賊とはの段階で首を捻っている。私掠船なら非公式でも国の所属だし、暴走族はケンカを売らなければ普通の若者だ。奪われたやつが悪いのだから、ほしいものを運んで来てくれたのは、いいやつである。それが世界の常識だ。
海は危険だ。海賊であるからこそ、ある意味で流通を担うことが出来る。命がけの仕事なのだ。
実際、物流関係者とヤクザの違いは、法律を守っているか否かでしかない。士農工商と日本でも身分が低いように、ユダヤをはじめ西欧でもどこでも、商人の地位は低い。
ヤカラだからである。
店を持つ。土地を所有する商人というのは珍しい。生産地と消費地を繋ぐのが商人の役割だからだ。商人だと思っていたら、表が店なだけで、実は家内制手工業を営む職人だったりもする。つまり、生産者の直売。料理人、薬師、武器屋。みんな、商人ではない。流れ者こそ、商人だ。
封建制は土地の所有権を認めることで成り立つ身分制度。貴族か、貴族並みにしか許されない場合もある。
そうなのだ。港で、倉庫を持っていたり、荷物を受け取ってくれる人間というのは、貴族並みなのに身分の低い、苛められっ子気質な方々なのだ。
本物の貴族は、世界の外側である海になど近づかない。
海賊と取引するのは、そんな人たちである。
このように、船で荷物を運ぶ人を、海賊かそうでないかなど、区別していなかったし、する必要もなかった。
ところがロジャーが現れて、ヤバいとなったのに、みんなわかりやすく旗を掲げ始めた。俺海賊って、誰から見てもわかるように自己紹介し始めた。
どうしたもんかと。
海賊は頭も悪いやつのようである。
どうにかして、ロジャーとそうでない海賊を区別しなくてはならない。
世界政府が定めた、無法者でも守るべき決まりが、だいたい四つある。
天竜人に逆らってはいけない。
まず、会えないし、逆らえばその場で死ぬし、でなくとも大将飛んできて生きてないし、逃げたやつなら流石にわかる。知っている。そんなのはロジャーと四皇だけだ。生きて、存在している四皇以外の海賊は、自動的に天竜人に逆らってはいないと判断出来る。
人身売買。
ロジャーはむしろ、反対というか、その件で天竜人と敵対したというか、なんというか。
無視する。
名前じゃなくて、そっちの評判を変えろ。
大人しく。
暴れたらダメである。でも、船乗りはずっと荒くれ者だし、国だって戦争をしているし、よっぽどじゃないと海軍も介入しないし、わからない。
というか、鷹の目レベルの暴力沙汰が大丈夫なら、なんでもよかろう。海賊から加盟国国王になって、非加盟国国王で、暴君で革命軍なら、むしろなにがダメなんだ。七武海がある限り、常識的な人間には、とても理解が及ばない。
少なくとも、ロジャーはこいつらよりもっと悪いのだと判断するしかない。
空白の百年と言われても、昨日の夕食を覚えている人間がどれだけいるか。少なくとも、記録はしない。庶民の感覚において、歴史に空白があることは常識である。
思い出してはいけないと言われても、もう忘れている。もはや、なにを言っているのか。
その文字は読めないのだ。みんな、同じ言葉を喋っているのに。
世界はとっくに、それが空白の百年に関わるものかどうかなど、区別が出来なくなっている。
それなのに、区別が出来るようにしろというのか。
もし、それが求められていたなら、ニコ・ロビンはなぜ、一人なのだ。
関わってしまえば死ぬというなら、その知識をなぜ誰も求めないのだ。
どうでもいいからである。つまり、知らんぷりが通用する。要は勉強を前提とする犯罪なわけだ。もちろん、喜んで勉強しない。海賊は頭が悪い。安心だ。
そうなると、ワンピースを探してダメな理由もない。空白の百年との関わりがあろうとなかろうと、悪いこと、勉強をしていなければ気づかないからだ。
実際、ニコ・ロビンでさえ気づいていなかった。彼女より勉強している人間が、この世に存在するはずもない。
なにせ、バスターコールが発動されている。
こうなると、ロジャーだけがとんでもなくヤバいということだ。どうヤバいのかは、よくわからないが。
そして、大海賊時代は、ロジャーの一言で始まった。
よって、海にいる無法者は、例外なく海賊という括りにされる。未来のロジャーというわけだ。
だが、荷物をほしがっているのは、金はあるけど身分の低い港湾関係者ではない。内陸のお貴族様なのだ。いじめられる。
付き合いを断つというわけにもいかない。生産が出来ないから、消費地になっている。しかも、自分は海に出たくはない。死んでしまう。でもお金はほしい。商人だからだ。
こうして具体的な行為がわからず、人物だけが糾弾されて、仕組みも変わらないし、変えられない状況になった。
そうするとどうなるかと言うと、海賊を見ても一般人はこう決めつける。
あいつらがロジャーになれるわけがない。ワンピースなど見つけられない。
つまり、取引しても死刑にはならない。大丈夫というわけである。
なんという不幸であろうか。
一種のおまじないなのだが、言われた海賊たちはどう思うだろう。バカにされたと思うはずだ。彼らは若く、無法で、暴走族だけど、真剣だ。航海という、命がけの行動を実際にやって来た、実績と自負がある。
行動するやつ偉い。
そりゃ、トラブルになる。
世界政府は、最高級のバカである。心から滅んでほしい。
滞っている場所をなんとかするのが統治者の役割なのに、滞らせてどうするというのだ。
物流が麻痺したら大変なことになるのは自明だろう。
そして、わざわざ魚人島を通るのは、ロジャーを目指す海賊たちなわけで、魚人島には必ず立ち寄って、なんらかの取引をする。
魚人にとって、人間がどれだけ理不尽で話が通じなくて、乱暴かわかるだろうか。しかも、そうしないと島の経済が成り立たないという。
例外として縁がある一割が天竜人なのは、もう諦めていい。加盟国だけど、レヴェリーに参加しなくていい。
海軍はダメだ。シャボンディ諸島を無法地帯にして、拠点すら置かない。シャボンディは見て見ぬふりをしないといけない場所なのだ。レッドポートと本部が目の前で、かつ重要航路だけど。
それで数日かかるコーティングを含めたパトロールなんかのローテーションを組めるわけがない。軍艦を動かすことの意味と苦労を舐めてはいけない。よって、魚人島に行かない。
龍驤は確信している。
世界政府の役割は、統治でも支配でもない。君臨だ。
ジンベエは迷っている。
そんな魚人島の現状を考えるに、移民など早すぎる気もするし、友好国に名乗りをあげてもらった恩に応えるべきとも思える。
国と国ではまだ難しくとも、アラバスタでは七武海が英雄扱いなのだ。ジンベエも関わりやすい。なんなら、望まれてすらいる。
政治だけでなく、心情にまで配慮が見える。
理想的過ぎて、裏を疑ってみた。
「裏だらけに決まっとるやん。外交やぞ?」
海に分断された世界で、なお海底に引き込もっている種族だ。負け組ではあっても、ヨーロッパやアジアを相手にしていた異世界人に、太刀打ち出来るわけもなかった。
裏なのに、こんな真正面から肯定されたら、もうジンベエではどうしたらいいか。
「反乱はクロコダイルの仕掛けや。王家との間には確執がある。ウチらはクロコダイルと敵対しとるし、クロコダイルは白ひげを狙っとる。ビビは友達やけど、ウチら海賊やし、敵味方、白黒、なんにもはっきりしとらんで?」
「どうせいっちゅうんじゃ」
口に出して言っちゃった。弱音が出た。七武海である、海侠のジンベエからだ。
「面倒くせえな。みんな友達でいいじゃんか」
「同感だ。邪魔なら、斬ればいい」
「ちょっと、黙ってて」
海賊は極端である。ジンベエも例に漏れない。
エースのことがあって横に置いていたが、クロコダイルはそうだった。
「あのガキ。まだ、諦めとらんのか。ちょいと、シメてくるか」
「あ!? ウチらの獲物を横取りする気か?」
「威勢はいいのう」
ものすごい身長差で、メンチを切り合っている。
「やめろ!! ケンカすんな!!」
「さっきまで抱きついてただろ!?」
喧騒は盛り上がらなかった。すうっと急に、空気が冷えた。
「ジンベエさん。魚人島を代表して来られたこと、お忘れではないですか?」
ビビが怖い。コーザが口を出した。
「アラバスタを、そういう争いに巻き込む気か?」
キョトンと見返した龍驤は、意外だったのか、ちょっとバツが悪そうに言った。
「これの処理がな。難しい」
エースを指差す。兄弟はまだ食っている。
「ナワバリから離れたんが、海軍にバレてん。下手したら、エースの行方を追う名目で、海軍の強硬派がアラバスタにちょっかいを出しかねん。クロコダイルは後ろ暗いし、もう一人ぐらい七武海クラスが口出せんと、なにされるかわかったもんやない」
「そんな!!」
「俺たちは無関係だろう?」
「で、ロジャーのときはどうなった? その言い訳、通じた?」
みんな黙り込む。麦わらの一味は首を傾げる。出身地なのに、実は一番そういう被害に遭わなかった東の海の若者だからだ。
でなければ、流石にエースを隠せない。もちろん、それだけではない。
「海軍も大変やねん。海賊はダメやと言っとるのに、誰も気にせんと付き合うもんやから、懸賞金ばっか高なる。白ひげ二番隊隊長がうろついとったら、通報せな。なんで知りもせんのや。言ってダメなら、もう思い知らすしかないやろ。と、そう考えとる奴らに利用されかねん」
「海賊を嫌えというのか?」
嫌われている魚人として、思うところがある。
本当に一般人から嫌われたら、魚人のように扱われるのだ。取引は断られて、住処を追われて、おひさまの下になど居場所がなくなってしまう。
「嫌ってほしいと思うで。でも、結局、ロジャーのことがあっても、こんなもんや。嫌われるのは海軍やろな」
「そんなわけねえ!!」
エースが怒鳴る。みんなびっくりする。
「あいつが!! あいつのせいで!! こんな世界なんだ」
ジンベエは沈痛な表情だが、麦わらの一味はよくわかっていない。ルフィはシレっとしている。
全員、龍驤の日誌を最後まで読んでいない。
「ま、その辺は、キミのオヤジさんと話したらええんでない?」
「オヤジと?」
エースが意外そうな顔をする。
「そら、生涯の敵やもん。目的も違うから、ライバルですらない。大っ嫌いやと思うで。保証してもええ」
昔、ガープから話を聞いたことがある。憎めない男だと言っていた。
だからだろうか。エースはその話題を避けていた。白ひげから、ロジャーを認めるような話は、聞きたくなかった。
「そうなのかな?」
「年寄りの昔話は長いで。悪口ならなおさらや。酒でも持って、きっちり覚悟して聞くことやな。まぁ、親孝行や」
「親孝行」
エースが呟く。怒りは収まったようだ。ジンベエは驚きの目で、龍驤を見下ろす。
「生きて戻れよ、エース。キミには、やることがある」
「ああ、当然だ」
猛禽類の鳴き声が響いた。どうやら迎えが来たようだ。
同時に、別れのときも。
兄弟は拳をぶつけた。
「勝てよ、エース」
「俺が負けるかよ、ルフィ」
エースは旅立った。
「わしは、この話を断るつもりじゃったんじゃが。一体、どうなっとる?」
「そうなんですか?」
ビビが目を丸くした。ジンベエの様子から、むしろ乗り気なのではないかと感じていた。
「人間以上に、わしら魚人こそが人間を恐れとる。魚人島から出ようとはせん。無理じゃろう」
「構わんよ。差し伸べた手すら払うなら、自分らでどうにかせえ。それが筋でもある」
「貴様」
ジンベエは険悪な雰囲気になるが、龍驤は相手をしない。遠ざかるエースの後ろ姿を見ている。ジンベエに焦燥が生まれる。
「落ち着け。龍驤も煽るな」
「親切やのに」
助太刀、落とし前、恩と友好、仇としがらみ、過去と未来。ジンベエはアラバスタに来て、嵐のように揺さぶられた。
選択肢がいくつも与えられ、混乱している。
タイヨウの下で生きることは、魚人の悲願だ。今回の話は降って湧いたような幸運である。魚人の署名などいくら集めても、結局、それは住民たちの気持ちを高めるだけの効果しかない。国の外には通用しないのだ。
オトヒメは理想主義者だが、夢想家ではなかった。世界を変える前に、自分たちが変わろうと、そう呼びかけた女傑だった。
自分の夢を押しつけるのではなく、国民で共有して、それを背負って戦うつもりだったのだ。彼女は魚人を世界に認めさせようとした。
ジンベエはこの機会を生かすか殺すかを決めねばならない。それも早急に。
エースが行ってしまった。不気味な野心を露わにした男、黒ひげを追って行った。
弟だ身内だでは、親の仇でも無関係と断ずる一味である。エースの手助けをするのは自分しかいない。
それでなくとも世界情勢は不安で、海軍にも動きがあり、白ひげは老いた。
今日も明日も同じだと思っていたところで、急にひと月先が見えなくなった。ひと月というのは長いようで短い。
なにが出来るわけでもないのに、なにもしないではいられない期間だ。
それでなくとも、エースは遠ざかって行く。決断を迫られている。水平線のあたりで、うろちょろしている。
おかしい。エースのボードはジェットエンジンだ。なんでまだ、見える。
振り返ると、麦わらの一味が迎えに来たペルに頼み込んで空を飛んでいる。
エースは無邪気な男ではあるが、あそこまではっちゃけていただろうか。
「え? 羨ましい。ウチもあれやりたい」
「諦めろ」
「なんで!?」
「仕事だ、仕事」
サンジに留め置かれた。ナミの仇ではないということに納得してしまえば、恩義に悩むジンベエは、サンジにとって他人事とは思えない。ゾロはチョッパーを肩車して並んでいる。一人ずつと言われたが、完全に同行するつもりである。
「迷っとらんと、呼んで来い。で、相談し。一人で決めれんことなら、仲間を頼ればええやんか」
「それはわかるが」
「ウチは驚いとるんよ。ルフィの無鉄砲は、あれ、エースの真似やで。生来のもんとちゃうねん。キミ、ウチらが結成してふた月かそこらって信じられるか?」
「本当か!?」
そんな海賊団が、アーロンを仕留めてグランドラインに入り、クロコダイルと敵対して、ジンベエやエースと同じ食卓を囲んだのか。王女のおまけつきで。
ちょっと無鉄砲なぐらいで至れる領域ではない。
「あれが、未だ二番隊隊長なんかに収まっとるのが、わけわからん。手当たり次第にケンカを売っとるはずや。死ぬか、もっと上り詰めとらなおかしい」
「オヤジさんの船員はみな家族じゃ。あたら命は捨てさせん」
「ほな、忍耐を覚えたんやな。悪いことやないが、ええ事とも思えん。エースに必要なんは、無茶を後ろから支えてやる誰かや」
白ひげの庇護から外れて、頭を押さえられなくなったエースは、あんなにも欲求に忠実だ。自由になってはしゃいでいる。
まだ見える。こっちをうかがっている。自分である程度、飛べる男である。マルコもいる。
「俺様のようなか?」
じゃんけん勝者、一番手のウソップが、帰ってくるなり口を挟んできた。ルフィはゾロとチョッパーの二人がかりに負けている。当たり前だ。
話など聞いていなかっただろうにぴったり過ぎて、龍驤は笑った。化け物を並べて四人も支える、名狙撃手である。
「そら、百人力やな」
「だろう?」
サンジは呆れているが、否定出来なくて胸を張るウソップにツッコめない。自己評価が高いのか低いのか、わからない男である。
ジンベエは、目を白黒させている。
「つーか、エースに黒ひげの居場所教えたんはウチやで? キミも魚人なら、多少遅れても追いつけるんちゃうの? そんな悩むこと?」
そんなことを言われても。
ジンベエの経験上、先送りしていいような事態は稀である。先送りしても答えなどないので、ずっと思い悩むことにもなる。ジンベエは気づかない。
「移民言うて、いっしょに住むわけでもない。最初から中洲に住居を構えてもええ。なんなら、最初は観光ツアーみたいなんから始めてもええ。キミにクロコダイルの当て馬になってほしいだけなんや。いくらでもやり方は考えるで?」
話が進むうちに、前提が巧みに変わっている。相談相手がエースだけでなくなり、ここに来た目的がボヤかされ、アラバスタや麦わらの都合が、ジンベエの都合のように誘導される。
いつの間にか助太刀が既定路線にされて、断るつもりだった話を持ち帰ることになった。
それが魚人島のため、白ひげのため、エースのためと思い込まされた。
ジンベエは真面目だ。自分が出来ることなら、やらなければならないと思ってしまう。
詐欺師だと思いつつも、別にジンベエが損をするわけでもない。義理を果たし、人情に殉じ、魚人島に未来を拓くという龍驤の弁を、否定する理屈はない。アラバスタにだって悪くはないのだ。
どう止めたものか。ビビにも、コーザにも、サンジにもわからない。
ゾロとチョッパーは満足そうに降りてきて、ルフィがナミを連れて空を飛んだ。
最終的にジンベエの悩みは、あの隠れているエースを引きずり出すかどうかというところまで貶められた。流石にちょっと気まずいらしい。
それを救うか見逃すか。ジンベエは決断しなければならない。
ペルはご苦労さまである。