最後までグダグダだったが、本当にいい笑顔でエースは去っていった。楽しそうだった。ちゃんと飛んだ。龍驤といっしょに。
ジンベエも王宮へ向かい、断るはずだった話を山のような土産に変えて、魚人島に帰る予定だ。
龍驤が企画した移民までのロードマップは、様々な想定と分岐や終着点を揃えて、200種類以上ある。は、大げさだが、かなりを網羅している。ちょっと途方に暮れる。
「黒ひげの正確な居場所はわからん」
「推測出来ると言うんじゃな?」
「頭の切れる男は嫌いやない」
身長差をものともせず、二人は額を突き合わせている。龍驤は台に乗って、高下駄で背伸びをしている。
机の上には、地図がある。
「おそらく、現時点で黒ひげは、エースからも逃げる。身を隠したいはずや。一味には何度も言うたが、勝った負けたやないねん。白ひげに狙われた男なんぞ、それだけならなんの未来もない。となれば、狙いは一つ」
「生き残り。七武海か」
それ以外に、海賊が白ひげと対峙して拮抗出来る方策がない。噂を追うエースがアラバスタに寄ったのが無意味でないとしたら、黒ひげは傘下になるのではなく、自身がなるつもりだと考えた方がいい。
なにせ、まず傘下になるのにクロコダイル以外でまともな選択肢がない。誰一人、傘下として認めてくれそうにない。それでなくとも、ジンベエ以外はド外道だ。ケンカで島を滅ぼす辻斬りレベルMAXとか、大海賊時代を象徴する悪行である。
そんな追い詰められた思考の持ち主ではあるまい。
それでクロコダイルに察知されていない、姿を隠していたとするなら、きな臭い。海賊は逃げ隠れしない。
ルフィではないのだから、出会っていきなりお友達というわけにはいかない。なんらかのアピールをして知ってもらう必要がある。
しかし、そのような動きは見当たらなかった。
何年もかけてお目当てらしき力を手に入れながら、コソコソしている理由は一つ。黒ひげは既存の七武海から、称号を奪うつもりだ。
「ドラムは、まぁ、補給やろう。リバースマウンテンからこっち、まともな島なんかない。なんであんな派手にしたんかわからんと言えばわからんが、海賊に理屈を求めてもしゃーない。計画はあっても、実行はノリなんて珍しくもない」
計画もなく、ノリでしか動かない海賊もいる。龍驤は出来るだけ先回りをしているが、まともに計画など立てた試しがない。
しても潰れるし。
酒場で三大勢力プラス麦わら会議とか、誰が企画するんだ。
それに比べれば、まだマシだ。黒ひげの行動に合理性は見い出せないが、妥当性はある。推測は可能だ。親切で常識的で、とてもありがたい。
ないやつはなにしてもわからん。
「エースには正確に、アラバスタ東部からウォーターセブン間の島々を候補として教えた。海軍の手薄な地域や。通常航路からは外れとるが、アラバスタからは行きやすい。潜伏もしやすいはずや。と、同時に」
「なるほど。大半の七武海の動向に、目を光らせられるな」
「単なる潜伏なら、どこでもあり得る。せやけど、黒ひげが情報を求めとるとしたら、候補は一つ」
「ジャヤか」
「確かやないし、逃げるからな。一つずつ潰していくべきやとは思う。だからエースの勘さえ働かな、キミが仕事をすます猶予はある。後は自分で判断せえ」
「なるほど。心得た」
話は終わった。遊びに使われて、どこか切ない表情のペルの下へ向かう。
「姫様も乗りませんか?」
「どうしたの? 私たちは、ユバに向かうのよ?」
「わかってはいますが」
「待たせたのう」
「いえ」
ペルの表情が、本当に切ない。なにか、噛みしめているようだ。
ビビの隣には、コーザがいる。反乱はあったが、仲直りはすんでいる。砂砂団は事情を知っている。コーザは親しげにペルへ話しかけた。
「また、稽古でもつけてくれ」
クワッと猛禽の目で睨まれた。
「手加減はせん!!」
「どうした、お前?」
ペルの下げる賓客用の籠に、ジンベエが収まる。可愛い。麦わらの一味も、荷物をまとめる。
「ジンベエ、もう友達だぞ」
ルフィがそう声をかけた。ジンベエは不意を食らったように目を見張り、頷いた。
「お前さん方も、覚えとれ。わしは海侠のジンベエ。恩も、義理も忘れん」
「恩なんてないぞ?」
「義理もないわよ」
「わしが勝手に背負うだけじゃ。そうして生きてきた」
「ふーん。大変なんだな」
ルフィが鼻をほじる。ジンベエは笑う。
「ホントに気にしないでいいのよ? わたしはもう、助けてもらったんだから」
「では、なにかあればわしも助けてもらおうかの。お前たちは頼りになる」
ジンベエはニコニコしている。
「任せとけ」
「このキャプテン・ウソップ様にな!!」
「安請け合いすんな」
「次に会うときは、手合わせでもしようぜ」
「元気でな!! 怪我とか病気とか、気をつけるんだゾ!?」
「ほな」
ジンベエとペルは、空に消えて行った。
見送る麦わらの一味に、龍驤が背を向ける。
ダレダレなくせに、なぜか先頭を行く船長と長鼻。老人のように杖をつきながら、なぜか互いに譲らない。行程にして半日という近さだが、砂漠の道行きは辛い。
気温が50℃を越えたら、人は死ぬと言われている。40℃以上でもう、危険である。タンパク質が凝固するので、根性ではなんともならない。はずである。
病気のナミがこの状態であった。だからなのか、女性陣の方が元気に見える。
砂漠では暑すぎて、厚着が推奨される。直射日光から身を守るのと同時に、ゆったりとした服装で風を通す。
そうすると、乾燥のおかげで熱を逃がしやすくなる。
そして、熱を逃がすために水と、動き続けることが大事である。砂漠では歩けなくなった者から死ぬ。
チョッパーがヤバい。
「もう、マント以外脱げ。運んでやってもええが、かえって辛いぞ。キミらも、服の中で風を起こせ。多少はマシなはずや」
「本当に多少ね」
日差しを遮っていると言っても、所詮は服の中だ。体温とそうそう変わるものでもない。温度差のおかげで涼しくは感じるが、錯覚である。25℃を越える気温を、人は夏日と呼ぶ。
「ダレとっても大口を開けるな。空気は布越しに吸え。こんなん肺に入れたら、余計苦しいぞ」
「詳しいのね」
「お勉強は得意なんや」
これが正しいのか、龍驤にもわからない。知識は知恵に及ばない。それでも、ないよりは一味のためになるはずだ。
「体表面が大きけりゃ、熱の交換効率もええが、体積がでかなりゃ熱生産量も上がるか。チョッパーは四足になるか? 角が邪魔か」
「暑いのは苦手だ」
チョッパーは帽子があるので頭頂はいいが、トナカイ形態だと首が無防備になる。龍驤は布を使って、長めのトーブを作ってやる。
「ちょっとはマシだ」
「頑張れ」
「うん!!」
なかなか微笑ましい。先頭の二人組が振り返った。
「龍驤、水〜」
「水をくれ〜」
「またか!!」
「なんだ、この差」
ブツブツ言いながら、龍驤が水樽を下ろす。背中に三つも背負っている。さらに、食糧も積み上げている。見ていると精神が不調になりそうだ。一つの塊が龍驤よりも大きい。背負い主はちっこいのに、シルエットがジンベエを越えている。
ジンベエの身長は3メートル。平均的な建築物の一階の高さである。
龍驤は家一軒分を背負って歩いている。それを、そっと地面に置いた。
「暑いに決まっとるやろが。この期に及んで、サンダル、ハーフパンツとか」
「これは俺のポリスーだ」
「龍驤も似たようなもんだろ」
龍驤はいつもの水干姿である。高下駄も歩きにくいだろうし、ミニスカートだ。
しかし、あまり暑そうではない。
「いい加減、人間扱いするな。ウチを産んだのは妖精さんや」
そう言われると反論出来ない。龍驤にしても、文句しか言えない。
一味のポリシーに手を出して、大惨事を起こした直後である。直後ではあるが、物理法則に従うなら、そんな服装だと身体に不調をきたすのだ。
してないということは、なんか覇気的な解決をしているわけで、となると人間である以上、水や食い物の消費が増える。
増えた分は運ばないといけないのだが、アラバスタの砂漠における危険とは、暑さだけではない。だだっ広いがゆえに、むしろ奇襲を警戒しなければいけないという砂漠の特性上、男連中に過剰な荷物は持たせられない。女性陣はもっと無理。
よって、近接戦闘が不得意な割に頑強な龍驤が背負うわけだが、それが服装も相まって精神汚染を起こしそうな光景になっている。
こうしたシュールレアリスムを煮詰めたサイコホラーが、日本を代表してしまった例がある。
コーザが吐きそうである。
「頼む。少し、荷物をこっちに」
龍驤はニッコリ。
「気にせんで。ビビの身柄を頼んだで」
「いや、違う」
人間、極端に常識を破壊されると、脳みそがバグる。ビビは慣れてしまった自分に戦慄した。遅れがちなコーザを支える。龍驤は満足である。
「アホか、テメェ」
「そんなにいらねえだろ」
本来、食糧管理を担うサンジが苦言を呈する。
「どやろな。キミ、能力者の基礎代謝がどんなもんかわかる?」
「いや、知らねえが」
能力者などルフィが始めてだし、まず基礎代謝とは。
「身長って、遺伝的要素が強いんよ。ウチの知る限り、ルフィって2メーター越えてておかしくない血筋なんや。エースもやけど」
「へぇ」
龍驤より渡世の上手い両翼は、その情報を聞き流す。龍驤が口にした2メートルという数字は、実に控えめである。
「いっしょに育った二人が似たようなもんっちゅうことは、下手したら栄養失調による成長不全なんよな」
とてもそうは見えないが、栄養状態によって寿命や身体機能の変化は起こるものだ。
毎年平均寿命も世界記録も更新されているが、日本が長寿を達成したのは戦争を経験した世代でもある。若者よりもちっちゃいおじいちゃん、おばあちゃんは、健康に生きている。
力の割に細い手足をしているルフィだが、まず中肉中背と言っていい。健康過ぎる男子だ。でも、もっと育つかも知れない。
人間として普通なことが、異常を疑われる世界。龍驤は頭痛をこらえる仕草をする。
人間の身長は、そんなではない。
「わからん。異世界人のウチには。とりあえず、チョッパーと調べてみる」
「わかった」
ちなみに、生命活動でもっともエネルギーを消費するのは消化である。ルフィは食いすぎて、自家中毒を起こしている可能性もある。
消化の過程で生成される物質は、必ずしも安全ではない。排出したり中和したり、さらに消化を進めて無毒化しないといけない物質もある。過剰であれば水や空気だって有害だ。
人間は自ら身体を痛めながら、エネルギーを得ている。
身体機能を越えたドカ食いは、寿命を縮める。かと言って、能力だの覇気だのがあり、別に意識しなくてもそれらが発揮される場面があるなら、エネルギーはむしろ不自然に消費されるだろう。
能力も覇気も不自然だからだ。
ルフィの能力であるゴムの伸縮によって可能な大食いは、ルフィの食べたいという覇気によって消化を完遂している可能性がある。能力の使用も、覇気も、エネルギーを消費する。
要は、食べれば食べるほど腹が減るっぽい。そのせいで筋肉がつかず、背も伸びていない。
そんなバカなことがあるだろうか。龍驤は深刻な表情で告げる。
「ウチはこれを、改善させるべきやろうか」
ルフィはもはや、食べるために生きていると言っても過言ではない。ワンピースと肉。どっちを取るか、クルーでもわからない。
多分、ワンピースを選んでくれるはずだ。確証はない。
両翼は言葉もない。
「どう思うよ?」
「盗み食いが減るなら賛成だ」
なにげに、クルーの命運と直結していた。メリー号はいい船だが、積載量という意味で船長の器とあっていない。
「器って胃袋か?」
「身体を作るのは、食い物やからな」
心だとか魂などは、身体に搭載されている。間違いではないが、違う気もする。
とりあえず、龍驤の価値観だと、強くなるというのは自分を変えることと同義である。
なぜなら、一般人を兵士に変えないといけない。一般人は戦えない。よって、下手をすれば改造人間レベルでメンタルから再構築する。正しく、脳みそを洗う。
しかし、この世界の強さとは自分を貫くことである。変えてしまってはいけないのだ。不合理や理不尽を押しつけられる人間が強い。
単なる価値観の違いではない。それは文化を越えて、物理法則の域にまで通底する。
やりたいことがやるべきことなのだ。通常の物理現象に、覇気を上乗せしようとすれば、そうなる。
龍驤の感覚で合理的なことをさせると、効率はよくなるが出力が低下する。長く戦えるが、豆鉄砲ということになる。負けないが、勝てない。
勝つためには、効率や継戦能力よりも、決定力が必要だ。ワガママや意地を通じて、強さを発揮するのだ。ただ、ワガママだから強いのか、強いからワガママでいられるのか、その辺がわからない。
ルフィは食べたいせいで恵まれた体格を捨てたのか、体格に関わらない強さを手に入れたのか。
ついでに、龍驤の世界で局地的な戦況を決定づけるのは、ヘリや対地攻撃機などの航空戦力である。
おかしい。龍驤は空母なんだが。
なんで歩兵に役割を奪われて。
「どうせ、ウチなんて荷運びぐらいしか役に立てんのや」
「面倒くせえな」
「慰めるとこやろが!!」
「うるせえよ」
泣き真似して、ナミやビビに甘えようとするが、今の龍驤は静岡スタイルである。富士山を背負っている。凄い邪険にされた。
龍驤はヤサグレている。
「そう言えば、龍驤の夢ってなんだ? なにがしたいんだ?」
「旅?」
チョッパーと首を傾げあう。
「世界を滅ぼすとか言ってただろ」
「ウチがなにする必要があんねん?」
怖い。こいつ、なにもしていないつもりなのか。
「せ、世界って滅ぶのか?」
「そもそも成りたっとらんし」
世界標準が白ひげとか巨人な時点で、終わってはいる。怪獣は特別、オンリーワンであるべきだ。
「世界がなにかは置いといて、一つの言葉で括るには共通点がなけな。世界政府も、海軍も、海賊も、誤魔化しとるだけでないやん。共通点」
「あるだろ」
ところがない。
人は一人では出来ないから、集団を作る。世界政府は空白の百年が気に入らないようだが、その始末を加盟国に任せず、自分でやる。よって、加盟国は空白の百年になんの興味もない。
なにも共有していないから、アラバスタにはポーネグリフが放置されている。
加盟国はレヴェリーを行うが、好き勝手して海賊の対処も海軍任せ。自分たちで沿岸警備隊を組織しようとしない。良くも悪くも、自国民をどうこうすることにしか、興味がない。
海軍は正義を掲げるが、なにが正義かちっとも定まらない。力なのか、秩序なのか、平和なのか。
だから、白ひげと敵対するのかどうか、決断出来ない。
海賊はワンピースを目指すとか言って、ナワバリに引きこもるか、互いにケンカするかしかしない。
だから、反逆者なのか、暴走族なのか、ヤクザなのか、なんなのかはっきりしない。
「天上金なんて、みかじめ料やん。ほな、世界政府はヤクザか? 四皇とどう違うん? ある言う共通点で世界を括ると、むしろ大変やない?」
別に大変ではないが、言われてみるとこう、ろくでもないのが世界である。
「ほな、滅びたらええんとちゃう?」
「そっかー。そうだな!」
「待て、チョッパー。騙されるな」
「世界が滅ぶんだぞ?」
「サンジは世界がろくでもないままでいいってのか!?」
「そうじゃねえよ。コラ!! 龍驤!!」
仲間を陰謀論に染めて、龍驤はご機嫌である。最低だ。
「俺はこの世界楽しいけどな。アラバスタもいい国だし」
「メシがウメェ」
ダレながら下がってきた二人組も加わる。ウソップより、ルフィがやはり疲れきっている。
「暑いのはキチィけどな。ドラムは寒かったけど、雪が恋しいよ」
「龍驤、かき氷ないか?」
「もうないわ」
「アー」
本当に燃費が悪い。だが、見せかけだ。
「あの岩場まで歩いたら、日陰で休憩でもしよか。オヤツもあるで」
話半分で、二人とも走り去った。視界から消えた。
もう、岩場で待っている。仲がいいのはともかく、船長と暫定最強が、同レベルで好き勝手しているのはどうなのか。
麦わらの一味は呆れた。龍驤はポンとチョッパーを叩く。
「ほな、もうちょっとや。頑張れ」
「頑張る!」
一味は和やかに進む。笑顔があった。二人の待つ岩場に向かった。もうほとんどアラバスタの問題など解決したようなものなのだ。気楽な旅路だ。急ぐ理由もない。
二人は大人しく待ってはいなかった。船長がサボテンに手を出し、狙撃手が詐欺られた。
全力戦闘開始まで、あと3分。