龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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じいちゃんの過剰な愛情

 ルフィはジャングルに放置されるような育てられ方をした。

 世間話の合間にそうした過去を聞き出した龍驤は、ドン引きした。

「チョッパー!?」

「ゴメン、失敗だ!! あんな暴れたら注射出来ねぇ!!」

「クソっ、ウチが四つ足にさせたせいかっ!!」

 殺す気かと思った。ジャングルはこの世の地獄である。

 高温多湿の環境ではなにもかもが腐り果てるため、果物の皮は胡桃なんかより分厚くて固い。だから、どこぞのリトルガーデンと違い、落ち葉の積もる川辺は危険な沼地のようになっていたりと、安全な川岸が少なく、アラバスタとは別の意味で利水しにくい。というか、水のある場所は洪水の危険があるだけでなく、病気を媒介する毒虫の巣窟だ。

「岩陰はかえって危ない!! コーザ!! 二人を砂漠へ!!」

「わかった!!」

 砂漠と違って、日影すら避難場所にならず、汗は乾かないので放熱もしない。

 文明を手に入れた人類は周辺を砂漠化させて滅ぶのだが、ジャングルはその文明ごと飲み込む。

 火を起こすのも難しく、穴も掘れず、石が道具でなく財産だったりもする。

 なんなら、生命の恒常性に腐敗とカビが勝つ。

 アルプスも砂漠も越えたバカはいるが、ジャングルを越えられた中国はいない。

 ついでに、カニバリズムとジャングルの分布は、奇妙な一致を見る。

 地獄である。

「あの鳥!! 俺の水を!!」

「この忙しいときにィッ。ウソップ、やるで!?」

「ラジャー!!」

「そこまでするのか!? ただのサギだぞ!?」

「ええ、詐欺だもの」

 そんな幼少期で、冒険がしたいとはどうしたことだ。嫌になって当たり前だろう。

 好奇心に任せ、子供らしさを発揮し、考えもなく行動するとどうなるかは、日本軍が存分に証明している。

 アメリカさんをこの世界の猛獣と捉えれば、まあまあ、似た感じにはなる。兵隊さんたちだって、最初からしょぼくれていたわけではない。溢れんばかりの使命感を抱いて、ルフィみたいに目をキラキラさせながらガダルカナルへ上陸したのだ。

 龍驤は知っている。

 ルフィは臆病で思慮深く、大人しいよい子なのだ。

 そんなバカなと、一味は言うだろうが、そうでないとガープの教育から生き残れない。

 自分の弱さや頼りなさを見つめ、浅い考えに身を任せず、放り出されたその場でうずくまって動かないような子供でなければ、ルフィはジャングルで死んでいる。

 お腹を壊すからと空腹に耐え、じっと我慢が出来る子供でなければ、あっという間に嘔吐と下痢で干からびる。

 幼少期の経験は、その後の人生へ容易に影を落とす。

 ルフィが我慢出来ない嫌なことは、寂しいことと空腹である。

 つまり、ジャングルに投げ出されながら、ルフィが経験した嫌なことは、それだけなのだ。食べることの苦しみも、冒険の恐怖も味わわなかった。

 凄いやつである。

「なんか来た!!」

「なんで、ラクダが!?」

「後ろのトカゲに驚けや!!」

 反面、ルフィは海賊に憧れるような、好奇心旺盛な一面を持っていた。普通の、どこにでもいるような子供でもあった。

 海賊が普通なのは変かも知れないが、海軍がガープなのだ。相対的に普通である。赤髪は後の四皇。普通だって。

「星!!」

「巻き!!」

「シュート!!」

「化け物だな」

 普通が劣っているかのように考えた龍驤は、一度精神的に死んだ。普通が一番だ。

 そうだ。ルフィは普通だった。普通の子供をジャングルに放り込んで、無事でいられるはずがない。

 しかし、ルフィは普通ではなかった。龍驤でさえ未だ完全には推し量れない我らが船長の、その普通だった子供姿に、ガープはなにを見たのだ。

 強くなるように教えた。仲間が必要だと刷り込んだ。なのに、能力の使い方も、覇気も教えていない。武術も戦術も自己流。常識もなにもかもない。

 サボテンを食べて、きのこに警戒する以上、多少のサバイバル知識は与えたのだろうが、それだけだ。

 あと、ルフィは肉が好きだ。味ではなく、食べるのが。そもそも、嫌いなものがないし。

 この世界の動物を、子供のルフィが仕留められたとは思えない。まして、解体や血抜きなど、今でも下手だ。自分の手で得ようという、努力が見えない。面倒という認識であり、嫌ってすらいる。

 自由のため、手漕ぎボートで海に出る男なのに。

 きっと、ガープの良心だったのだと思う。本当は食糧など与えるつもりもなかった。だから、その手に食糧の類はない。だが、姿を隠して見守るうち、泣きわめくルフィを見かねて、それを狙う猛獣をこっそりと仕留めて、余った体でルフィに食べさせたのではなかろうか。孤独なジャングルで、ルフィが唯一味わえたじいちゃんの温もりだから、肉が好きなんじゃないかと、龍驤は思うのだ。

 だから、誰かがくれたり、焼いたりした肉が好きなのだ。自分だけだと、生で食おうとするし。

 ジャングルは海を諦めさせるためだと考えるのが自然だが、ガープこそ普通ではない。

 殺すためでなく、生かすためになにかをしたはずだ。

「ギャー!! じいちゃん!?」

「誰がじいちゃんだ!!」

 なぜジャングルである必要があったのだ。あのエースですら、疑いなくじいちゃんと認める人物がなぜ、あたら子供を苦しめるだけの選択を。それだけでなく、どうしてガープは実践しか教えなかったのだ。

 龍驤はルフィの先天的性格と、後天的に獲得した性質を精査した。味方を知ることは、補佐する上で重要な情報だ。本人に聞いてもわからない以上、英雄の教育方針を知る必要があった。

 臆病で思慮深いのが、生まれ持った性質。

 ルフィがジャングルで学んだのは、誰かがそばにいなければ、自分は一歩も動けないという実感と経験。

 いや、そんな。

 なんで一人っきりで、組織戦の奥義みたいなの身につけてんだ。

「とりあえず、ぶった斬れば大人しくなんだろ」

「あかん。怪我させたらユバへの支援物資まで食われるぞ」

「気にしてる場合か?」

「どうしても、クロコダイルに嫌がらせがしたいねん!!」

「知るか、ボケ!!」

 軍隊では若いやつにそういう意識を植えつけるため、連帯責任なる理不尽を強いる。その目的は明確だ。

 ランチェスターの法則では、武器効率と兵数のかけ算で戦力が決まる。

 かつて、武器効率はそのまま兵器の性能だったわけだが、どこぞの空自が腕だけで二世代差を埋めやがったせいで、ちょっと色々、本格的に修正された。

 個人の技術も、武器効率に多大な影響を与えるのである。これが多人数だと、さらに複雑になる。練度、連携、仲間との協力、戦術によって、武器効率は高められるのだ。

 有機的組織というやつで、はっきり言おう。

 ルフィに率いられてると、負ける気がしない。

 目的さえ共有すれば、各人、各部隊が、好き勝手行動していい。自由だ。

 空母である龍驤はもちろん、天候兵器や大砲で狙撃するバカに、近接戦闘で龍驤の空爆と同等な結果を出せる人間が三人もいる。こいつらが連携し、分散し、集合し、それぞれが勝ったり負けたりする。すると、いつの間にか敵は包囲される。

 わけわからんと思うだろうが、目前脅威の撃破や排除を目指す組織と有機的組織が戦うと、そうなってしまう。 アメーバのようなものだ。

 それが出来るなら、怪獣だって怖くない。

「ええから、足止めせぇ!! チョッパー!! 麻酔を経口薬に出来るか!?」

「やってみる!!」

「キャー!!」

「このッ。よくもナミさんを!!」

「ダメやって!?」

 そうなのだ。怪獣戦と現代戦の共通点は、散兵にある。戦力を集中しづらい技術や火力が発展した現代では、一点突破より包囲殲滅、浸透突破が強い。要は目的だけ共有して、みんなバラバラに動くのが強い。

 その強い組織にはデータリンクなどの電子装備が必要なものを、絆とかいうアナログで実現している。寄せ集めで、不良少年たちでしかない海賊が、スタンドプレーから生じる、チームワークを発揮する組織になっている。

 むしろ、海賊だからこそ、スタンドプレーへ走るのだ。それを繋げて纏めるのが、ルフィという船長である。

 つまり、この時代とルフィの夢に最適化しまくっている。

 これ、意図してやったんか。

 ジャングルに放り込んだ。一人じゃなにも出来ないとわかった。で、特殊部隊並みの指揮能力とか得られるんか。

 もの凄い雑に言えば、目的をはっきりさせて、余計なことは言わず、ちゃんと決断するというだけのことだ。素人の政治家だって、総司令官にはなれる。

 だが、二ヶ月程度の付き合いで、こんな癖の強い個人の集まりに目的など叩き込めるのか。

 余計なことを言わないために、現代の正確な情報で担保された信頼関係を、絆なるもので代用出来るのか。

 決断なんて、それ、一般人レベルでも人生が変わる重大事。簡単だなんて、口が裂けても言えない。

 データリンクなどない龍驤の時代。ルフィと同じ条件でそれが出来る名将を、まさに敬意を持って提督と呼んだわけだけど。

 海で戦うなら必須の能力かも知れないけど、普通、それ、将官レベルの経験か、佐官クラスが専門教育の果てに身につけるものなんですけれども。

 ガキが、どんだけ。

「邪魔だ!! 緑頭!!」

「テメェこそ、色ボケコック!!」

「怪獣だぁー!?」

「二対一やろ!? 三つ巴すんな!!」

「バカじゃないの?」

 有機的組織と格好良く言っても、データリンクがなければただの根性論だ。ドイツや日本が得意だったのだから、そりゃもう苦労を下に押し付けるようなやり方だ。

 それでも世界と戦えたのは事実である。アメーバのごとく、頭なんてなくとも義務を果たし続ける将兵を前提にした、とんでもない代物だ。

 で、その前提が揃っちゃっているわけだから、なんにも言えない。本当にバラバラじゃダメなのは当然で、クルーが優秀なだけでは無理な統率法だ。

 大日本帝国の勝利条件は、開戦から徹頭徹尾、条件講和である。

 つまり、最初から負けるつもりで、これ思ったより負けるなってなったのが第二次大戦だった。

 そんなのに参加していた龍驤が新人少数海賊団に所属して、四皇、海軍、七武海を見渡しながら、これワンチャン勝てるかもと思えているぐらいにはちゃんと機能している。

 そんなバカな。

 わからない。過程からでは、もう、なんにもわからない。だが、結果を見たらこの通りで、ルフィがいなきゃ、一味は全然まとまらない。

 怖いのは、偶然でもなんでもなさそうな点だ。コビーとヘルメッポが名を上げている。単純に正規の訓練を、頭おかしいレベルでこなして、新人ながら功績を立てている。

 二ヶ月で。

 待てよと。ちょっと待ってくれと。コビーとヘルメッポだ。

 ダルダルだったじゃない。なにをどうしたらそうなるの。いや、直接なにしたか聞いたけど。

 すごいまともな訓練で、驚いた。なにが、「ジャングルに放り込む? そんなバカな真似はせんわい」だ。

 したじゃん。孫に。

 で、なんか指揮能力だけ、異次元にワープさせた。異世界人の立場は。

 人に合わせて、あのじじいやり方を変えてやがる。覇気なんかよりも前に、基礎を積み上げている。兵士のコビーなら身体能力で、船長の基礎だから指揮能力なんだろう。わかる気はする。だからって納得は出来ない。

 臆病とか遠慮がちみたいな気質を利用するだけで、それ、教育出来ちゃうんだ。

 もちろん、副作用はある。教育の結果、好奇心や食欲を抑圧されたルフィは、海に出て解放された反動で、あんなことになっている。

「拾い食いで暴走って。え? これでウチら、崩壊せんよね?」

「バカなこと言ってないで、なんとかしなさいよ!!」

「その棒っきれは?」

「暑さと乾燥で必要な量の雲を作れないのよ!!」

「なぁ、お前らの船長を止めたところで、あの二人は止まるのか?」

「無理ちゃう?」

 ちょっと致命的すぎないか。厳しい家庭環境の反動でオタクになっちゃうと、命すら削り始める。推し活が生活を圧迫する。実際、ルフィの無鉄砲は、手漕ぎボートの一件だけでも充分過ぎる。

 ただ、白ひげの船で生活していたエースまでがそうだったところを見ると、あれだけ自由に振る舞っていて、なんと忍耐まで身についているらしい。

 あれでまだ我慢してるのかよ。あの兄弟。

 強くして大丈夫だろうか。

「ねぇ、あのまま砂嵐みたいに、ユバへ突撃していかないわよね?」

「それはなんとか止めるわ」

「落ち着け、ビビ。どれだけ化け物でも人間だ。やりようはある。確か、食い物に目がないんだったな? ちょうど、新鮮な肉もある。誘導出来ないか?」

「あんたより頼りになるんじゃない?」

「そりゃ、伊達に反乱軍でリーダーしとらんやろ」

 本当にそうか、と疑いは晴れない。じじ孫に聞いても、ジャングルと風船しか出て来ないので、推測だって不完全だ。本命は別にあるが、事実として麦わらの一味はそのような組織である。頼もしい。

 今はそれよりも、休憩するはずの岩陰が、どんどん小さくなっていることが重要だ。後方組は、砂漠に伏せたまま話している。

 さっきから頭上を、斬撃やら衝撃波やら岩の塊やらが飛び去っていく。

 危な過ぎて、一歩も動けない。真面目に対処しなければならないが、その気が起きない。

「出来た!! ウソップ!?」

「よっしゃッ、任せな!! 必殺!!」

「やっと休憩や。荷物、無事やろな」

「ホントバカなんだから。オヤツ抜きにしましょ」

「ガス睡星!!」

「ああ、なんだ。疲れた」

 チョッパーの機転で、経口薬ではなく、睡眠ガスを生成し、それをウソップが放った。三人が争うど真ん中に着弾したそれは、白い煙を吐き出して、化け物たちを鎮めた。

「でかしたで、チョッパー。ウソップも流石や。よう、届かせた」

「へへんッ」

「コノヤローっ」

 衝撃波が飛んでくるのだ。即席のガス弾みたいなものでよければ、龍驤が爆撃で冷水を浴びせている。

 ワルサギを完封した龍驤の艦載機は、とっくに退避させていた。砲撃も迎撃された。そんなときだけ、無駄に連携してた。

 ウソップはあの三人の隙をついたのだ。

 そして、短い間に限られた材料で、大人三人が昏倒する規模のガス弾を作ったチョッパー。

 本人は必死だったのだろうが、あの竜巻のような現場まで行って、こそこそメスカルサボテンを採取していた。

 勇気も、腕も、機転も備えた、立派な一味の戦力だ。

 すごい褒めておいた。素直じゃないのに素直な反応をして、とても面白い。チョッパーは調子に乗った。

「あの三人は龍驤が運びなさいよ」

「なんで!?」

「あんた、荷物係じゃない」

「あんだけ積み上げとんのに!?」

「自業自得でしょ?」

「せやろか?」

「あの、手伝うから」

 龍驤は笑顔で断った。コーザは休憩が終わっても、気分が悪そうに歩いていた。

 

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