カジノとはなにかと言えば、金融業である。預金の難しいところは、短期であることだ。いつ払い戻されるか、わかったものではない。振り込まれた給料はすぐに出ていってしまう。悲しい。
しかし、カジノに貯金したお金を引き出すのは、なかなか難儀である。よって、カジノはリスクを恐れず、長期の投資活動が可能だ。
しかも、ハウスエッジにより、金利も有利である。手数料も取れる。チップ、という為替を使うことで、海を渡ることもなく、ベリーも移動する。
なによりも、勝負というなんら具体的でない行為で、金銭をやり取り出来る。本当の取引を隠せる。
ギャンブルとは、つまりマネーロンダリングのことである。
賭け事で得たお金というのは、実はキレイに洗浄されている。決して汚い金などではない。浄財と言って、昔から胴元と言えば神様連中の十八番だった。
賭場と言えばお堂。宝くじと言えば神社。ルーレットと言えば、修道院である。
最後だけ破産している。カモられた。ヨーロッパよ。
クロコダイルが金融業をしている理由は明確だ。金の流れを隠したいのだ。それも大量に。
なら、引き出してやればいい。それも大量に。
とても単純な理屈である。
十億ベリーという巨額。海賊にとって馴染み深い懸賞金に直すと、四皇幹部級。
それをアラバスタから絞り出そうとした外道二人が、タッグを組んだ。レインディナーズに乗り込んだ。
出迎えから厳戒体制だった。
「なにしに来た?」
「遊びに」
「よう」
「邪魔するぜ」
「楽しそうなところだな、ワニ!!」
「そうだな!! 楽しませてもらうぜ!!」
「お世話になるゾ⁉」
クソガキどもがすり抜けていく。無視されたクロコダイルが、殺意をまき散らしている。ちゃんと、挨拶だけするのが小憎らしい。
龍驤とナミだけが、挑戦的な顔で仁王立ちしている。
「舐めてんのか?」
「バカなだけや」
「そこはゴメン」
締まらない。黒幕と相対しているのに、ビビとコーザが態度を決められない。なんて不憫なんだろう。七武海なのだ。ルーキーにそんな扱いされていいわけがない。
「まぁ、いい。多少は遊ばせてやる。だが、テメェはダメだ。出てけ」
「なんで!?」
「イカサマすんだろが!?」
「せえへん!! ブラックジャックでカウンティングして、カジノ本体から絞り取ろなんて思ってへん!!」
「思ってんじゃねえか!!」
「怪しげな客捕まえて、ポーカーでハメたろなんて、欠片も思ってへんて!!」
「どこまでだ、テメェ!?」
「バカラで!! バカラで我慢するから!!」
「うるせえ!! その妖精とかいうクソごと隔離だ!!」
「なんで!?」
「説明が必要か?」
「せやな」
ナミはツッコミを我慢した。こいつら面白い。
龍驤は納得した。反論は不可能だ。妖精さんはインチキである。
「ほな、ナミも楽しんでき。好きにしたらええから」
「そうするわ」
ナミは機嫌よく、カジノの奥へ消えていった。最初から高レート狙いだ。背中を見送り、ふと横を見ると、すぐそこのスロットでルソッチョが早速、ジャックポットを当てている。ただし、子供用なので、一万ベリーぐらいにしかならない。それでもジャラジャラ出てくるチップに、揃って目が飛び出している。
「マジかよ」
「うん。油断したらアカンよ」
クロコダイルがドン引きである。ある程度サービスしようとは思っていたからこそ、こんな入口の遊び場は手を入れてない。
スロットなんて、配当が違うだけで確率は変わらない。
それが、漫才の最中にジャックポットである。
「よかったなぁ。小遣い増えたで。あっちにドリンクとか食い物あるからな」
「わーい」
三人は歓声を上げて走り出した。残されたメンバーは言葉もない。
クロコダイルは苦虫を噛み潰しながら、黒服を呼ぶ。
「遊んでやれ。本気でな」
「かしこまりました、オーナー」
龍驤は口元を引き裂きながら、ビビとコーザを従える。
「ほな、ウチらも遊ぼかね」
「だから、出てけ」
クロコダイルはそう言って背を向けた。謎に凶ムーブをした龍驤はいい面の皮である。顔芸だけに。
「茶ぐらい出せやぁ!!」
追う龍驤。ビビもコーザも、どうしていいかわからない。
「なんでかはわからんけど、この世界滅ぶで」
「アホか、テメェ」
「根拠は三つ。地上及び海岸線に土砂の流出、堆積跡がない。要は砂浜やな。これは極端な海面上昇を意味しとる。言語の統一。千年も交流がなきゃ、普通は分化する。逆に言や、カタストロフでもなきゃこんな状況、存在し得ん。共通する歴史を持ちながら別文化を確立しとるのは、その周期範囲で繰り返される災害やっちゅうことや」
例えばファッションは二十年で繰り返されたりなど、文化の変遷には一定の周期がある。世代で話が合わないのは、古今東西いつどこでも変わらない。辞典もだいたい、十年で改訂される。
しかし、言語はどれだけ変わっても、統一することが難しい。あの中国ですら、微妙にやり遂げられていない。公用語を定め、複数の言語が同居する国家は少なくない。地続きのヨーロッパにいくつの言語があるか。
世界帝国を阻むのは、いつも民族であり、言語なのだ。
だが、この世界にはある。
「世界政府。一万メートルの標高にある、下界に興味のない統合政府。統治が役割でなきゃ、政府の仕事なんぞ二つしかあれへん」
クロコダイルが葉巻を咥える。
「戦争と災害対策」
煙を吐く。
レインベースの地下は、水中だった。湖面から降り注ぐ光のおかげで、地下特有の暗さはない。明るいわけでもないが。あちこちのランプと、ロウソクが雰囲気を演出する。
おしゃれだが、全面ガラス張りである。能力者の自覚がないのだろうか。
おそらく、だろうが、バロックワークスの面々があちらこちらで、思い思いに寛いでいる。ベンサムは笑っている。全員が厄介な能力を持っている。
クッソ広い広間だ。水密区画がない。入口も出口も一つ。そこに大集合。能力者の自覚があるのだろうか。
ガラスの向こうに見える景色に、岸壁や水底はない。とんでもなく、広くて深いのだ。代わりに、大型爬虫類であるバナナワニがたくさんいる。セキュリティはバッチリだが、絶対に能力者の自覚はない。
油断していると飼育員すら食いに来るのがワニだ。飼い慣らせない。つまり、あれが体当たりとかしてきたら終わる。
なんてところをVIPルームにしているんだ。秘密結社の社長らしく、もう部屋全体が余すことなく自爆仕様である。
ロマンは好きだが、流石の龍驤もここまでではない。ルフィやウソップだって否定する。龍驤はなんだこいつという目で、クロコダイルを見ている。
クロコダイルも同じ目をしている。同じテーブルについた、ビビもコーザもだ。ベンサム以外は、みんなそうである。
龍驤は檻の中にいた。
「巧妙な罠や」
「仕掛けてねえよ」
カナヅチとか関係ない。この部屋は死地である。おまけに閉じ込められた。龍驤は大ピンチだ。
その上で、世界滅亡をぶち上げた。終わっている。
「だから言ったのに」
「本当に遊びに来たんだな」
ビビとコーザが呆れている。クロコダイルを追って、龍驤がフラフラ寄り道して、見失ったところでVIPルームに案内されて、分かれ道に海賊はこちらの看板があった。
龍驤は迷わず突撃した。止める幼馴染コンビに向けて、龍驤はニヤリとして言った。
「ルフィならそうする」
そうかも知れないが。
みんなどうしていいかわからない。笑えない。笑ってるベンサムが羨ましい。
こいつが、一人で、バロックワークスを壊滅させたのだ。
「な〜んなの、こいつ!? 檻の中でゼロちゃんより偉そうジャな〜い!?」
唯一、直接、その脅威と正面から対峙したオカマなのだが。恐れてほしいとは思わないが、なんとも思われないのは腹立つ。
「ところで、コレなに?」
龍驤が格子を握りながら尋ねる。みんな戸惑いながら、助けを求めるようにクロコダイルを見る。
「海楼石。能力者の弱点、そのものを固めたような石だ」
「へぇ。なかなか、頑丈やな。鉄よりも硬いか」
「まあな」
その途端、檻が引き裂かれて弾けた。怪獣の叫び声のような耳障りな高音が、ガラスを震わせる。
「まあ、ウチには無意味や。つか、ん?」
格子はそのままに、檻を囲む外装が紙のように破れた。小さな手で、太くて大きな海楼石を持ちながら、龍驤が首を傾げる。
「これ、海なんか」
「そうだ」
龍驤の姿が白く染まった。目が煌々と赤く輝き、チンチクリンな小娘はそこにいなかった。髪型だけはツインテールの、まったく別の少女がそこにいた。胸は控えめだった。
淀んだ海水の臭いがする。汚れたというより、腐った鉄くずのような、爛れた生き物のような、砲台だか舳先だかもわからないなにかを生やして、深海棲艦がそこにいた。
「沈んでへんノニ、沈んダ判定ナンや」
ところどころ発音がおかしい。その場にいた全員が立ち上がり、警戒した。龍驤だったものが、ニィと笑った。
「ネェ、コレチョウダイ?」
Mr.1、ダズ・ボーネスが走った。ギャルディーノが壁を作って、味方を守っている。ワカメが前に出た。
ベンサムは顎も歯も目ん玉もマスカラも、肩のスワンまで外れているが、一応、クロコダイルがテーブルを回り込まれないようにしている。
腰の艤装が動いて、彼の斬撃を受け止める。びくともしなかった。背は伸びたとしても、華奢な少女であることは変わらない。
慌てたのは、龍驤、らしき者だった。
「アホちゃう!? ここでウチと戦うか!? 自殺でもしたいんか!?」
自爆部屋だった。中身は龍驤だった。比較的、付き合いの浅い者しかいなかったが、それだけはわかった。
明らかにこいつはバカである。お前のせいでこうなっている。
「下れ、ダズ」
「了解、ボス」
ガランと格子が床に転がって、元の赤い龍驤がそこにいた。
「ふぅ~、びっくりした」
「こっちのセリフよ!!」
ビビが怒鳴り、コーザが崩れ落ちるように座った。葉巻を楽しみながら、クロコダイルが聞いた。
「覇王色を持ってんのか?」
「覇王色がなんかわからんが、ウチが出した雰囲気みたいなんは、一種の呪いか怨念やな。これでも、人類の敵やねん。戦うか逃げるか。少なくとも、話し合う気にはなれん」
「アンタが世界を滅ぼすんじゃな〜い!?」
「かもな」
そう言えば、そんな話をしていた。なんか、どうでもいいことのように感じる。こんな部屋に集まっていても能力者たちだ。普通でないやつが変身しても、驚くだけである。よく見ると、妖精さんが海楼石に集って、なんか持ち運ぼうとしている。それを砂が蹴散らした。龍驤が舌打ちする。
「なにしに来たんだ、テメェは?」
「テメェ? ウチらは、一味で来たはずやが?」
電伝虫が鳴った。
地上のカジノはお祭り騒ぎだった。
あるテーブルでは、ナミがチップを積み上げていた。観客が熱狂し、男も女も黄色い歓声を上げていた。男連中が頭を下げて、遊ぶ金を借りていた。
あちこちに散っては、バカ勝ちして騒ぎになり、アホ負けして笑われた。一味で稼いだベリーは、数十万に過ぎない。一応は、まだプラスだ。
どこかの剣士とコックが、借金の方を積み重ねている。互いにいがみ合いながら、ディーラーと他の客にチップを献上している。仲間から借りるだけ、ルソッチョの方が分別がある。
それを眺めながら、ニコ・ロビンは受話器を取る。
『なんだ?』
「今日だけで一億動いたわ」
『なんだと?』
「このままだと、いったい何十億になるんでしょうね?」
『スモーカーは?』
「いるわ」
『まとめて招待しろ』
「了解。ところで」
『なんだ?』
ニコ・ロビンははにかんだ。
「罠にはかかった?」
『テメェのせいか!?』
『妖精さん、檻を直すんや!!』
『まだやる気か!?』
VIPルームも楽しそうである。
「政府の役割が戦争と言うてもやな。いったい、どこと戦争しとるって話でな。海賊? いや、犯罪者やん。戦争の相手と違う」
「続けるのカネ?」
バロックワークスの面々は、明らかに振り回されている。クロコダイルはヤサグレている。もう、天井しか見ていない。
「つーか、バカ過ぎん? 戦争しとるとしたら」
「マリージョアに生産力はない」
クロコダイルが呟く。龍驤は頷き、満足そうにポーズを決めた。
「3の人」
「ギャルディーノだ」
「知っとるよ?」
キョトンと龍驤が見つめた。不本意な沈黙が流れた。
「加盟国の数は?」
「178? 最近は増えたり減ったり激しいカラネ、170以上だろう」
龍驤はポーズを変える。
「そこの頭よさそうな方の女の人」
「私が頭悪そうだって言うの!?」
バレンタインが噛みついた。龍驤はキョトンと見つめた。不本意な沈黙が流れた。ここには女性が四人とオカマがいる。
「なにか言いなさいよ!!」
「ポーラと呼んで」
「白ひげのナワバリってどんなもん?」
無視された。ワカメと絵描きが慰めている。
「さぁ? 主な島の数なら40ぐらいかしら?」
「ま、他の四皇もそんなもんやろな。で、七武海がそれぞれ島一個ぐらい?」
ミホークですら、自分の島がある。ジンベエは白ひげの一部として、魚人島を管轄している。くまが元国王なことを考えると、一人だけ仲間外れっぽい、町長さんがいる。
「なにが言いたい?」
「ほな、海軍支部は?」
沈黙が流れた。今度は不本意ではない。龍驤が深海棲艦に変身したときよりも、足元から恐怖が這い寄ってくる。
「加盟国と同等か、それ以上だ」
クロコダイルが答えた。龍驤は嗤う。
「そうやんな。支部は世界中にあって、下手すりゃ地域と結びついとんな?」
それはもう楽しそうに。
「白ひげぇ? 四皇? 七武海!? 世界政府ゥ!? だからなんやねん!! 現実を見いや!! なあなあなあ、この世界で最強は誰や!?」
クレッシェンドを効かせながら、龍驤はノリノリである。さっき変身したときよりも邪悪に見える。鳳翔にメッてされたい。
世界中に広がる、海軍のネットワーク。独立採算で動く、政府とも国とも違う拠点群。
かつて、世界に冒険家がいた証。どの国とも明らかでない、一種の植民地。ウソップの村も、ナミの故郷もそうだ。天上金を払っているかどうかさえわからない。
なんとなく、どこかの勢力圏だと、誰ともなく認めた、小さな島々、街、村。グランドラインにも、アラバスタではないがアラバスタ国民が利用する、温泉の出ない温泉島がある。
キューカ島、ウィスキーピーク。みんなそうだ。国ではないが、人が住む島はたくさんある。そこに、海軍はいる。勢力を伸ばしている。小さかろうとなんだろうと、単体では維持出来るだけの生産力がなかろうと、後ろ盾は海軍なのだ。
交易を海賊に頼らなければならない加盟国より、よっぽど発展する余地がある。そして軍隊は連携し、団結して互いに補完し合う。制海権を生む。今はともかく、やがてはそうなる。基盤は出来ている。
土地を、海を支配する。戦線を作る。
本当なら、海賊がそっちに行くべきである。なんで、加盟国の方に行くのか。
簡単だ。ログが繋がっていない。繋がっていても、途切れている。素人には辿り着けない。海図を知らない者に、行ける場所ではない。
海賊が、四皇が引きこもるはずである。冒険なんて出来ないのだ。未知を探すどころか、ナワバリの中、知った庭しか歩けない腰抜けが四皇だ。もしくは年寄りか。
行くべき場所に行けなくて、新たな新天地も探せなくて、加盟国に押しつけられて、世界の敵になって、四皇と七武海に分断されて、戦わされて。海賊とは、なんて哀れな存在だろう。
その間に、海軍は強みを活かす。この海で唯一の、素人ではない海洋組織。プロフェッショナル。海洋世界なのに。
龍驤は哄笑する。この世界をバカにする。滅んで当たり前だと決めつける。
「軍隊に頼らな人も守れんか? 守れへんわ!! ド畜生が!!」
本土は焼け野原。南方で飢えて、大陸では犯された。戦争を、軍隊を使ったからだ。
世界の警察をやったアメリカが、誰を、どこを救えたのだ。憎まれた挙げ句、本土にグラウンドゼロを拵えただけではないか。
「まあ、つまり、治安維持目的や。こんだけ戦線を広げといて、特定の相手がおるわけない。四皇すら眼中にない。七武海は捨て駒や」
これが戦争なら、とっくに勝負はついている。ケンカを売られていないから、黙っているだけのこと。
それが戦争なら、ファニーウォーでも終わらせないと大変なのだ。少なくとも、休戦に持ち込まないと話にならない。
だが、誰も交渉しない。
「調子に乗るなよ?」
引き下がっていたはずのダズが、もう一度前に出た。龍驤は釣れたとばかりに笑みを深める。
「ウチに手も足も出なんだ“殺し屋”くん。ほなら、センゴクに勝てるん? キミのボス」
さっきの再現になった。刃物に変化した腕は、まるで偃月刀のようだ。近づき、振り下ろす動作を一呼吸で終えて、血が飛び散った。それは、掲げた龍驤の手を真っ二つに割って、二の腕で止まった。
まだ手に残る感触から、跳ね返されると思い込んだダズは青ざめた。まさに、直接、骨の感触が伝わる。龍驤は自分の血を浴びて、なおも嗤う。
「ウチ一人になにされたか、忘れておらんよな? 最近、一味じゃ五番手になってんやが。まさかキミこそ、調子に乗ってんちゃうか? Mr.1」
ちなみに、龍驤は間違いなく乗っている。内心、泣き叫んでいる。痩せ我慢とハッタリで、意図せず凄い狂人ムーブになってしまった。めちゃくちゃ後悔している。
「下れ」
「しかし、」
「三度目だ」
ダズが刃を引いた。痛みもだが、骨を擦られた不快感が、歯の根を走り抜けた。龍驤は悶絶した。全員に背を向けて踊りだす。床を舐め回す見苦しい、ブレイクダンスだ。妖精さんがバケツをぶっかけた。
振り返ったとき、龍驤は無傷だった。ビチョ濡れだが。
「そんなのも芸にするの?」
ベンサムが真面目に聞いた。
「そのつもりはない」
龍驤は真面目に言った。
もう、龍驤の言うことなど、誰も信じない。