そろそろ、一味が来る。龍驤は天井を意識しながら、なおも演説をぶち上げる。主導権を握る。
いつの間にか、龍驤は広間を自由に歩き回る権利を得ていた。
「軍隊が独立しようとしとるのに、気づかんのや。なんかと戦争しとるとしたら、あんまりにも間抜け過ぎるやろ。海軍に興味がないんや。つまり、政府は戦っておらん」
「災害対策ってことか」
「だとしてもアホやけど。何百年単位の災害相手ならまあ、あり得るかな、と。人は忘れる生き物や」
そのために歴史がある。なのに空白にして、なにも語らない。それではなにも学べない。
勉強が出来ないならともかく、しないのはバカだからだ。仕事一つとっても、覚えることはたくさんある。数学が出来なくても、家の建て方、道具の作り方、仕事のやり方を覚えれば有能になれるのだ。
勉強が嫌いで、勉強をしていないと言うやつでも、勉強をしないなんてことはあり得ない。学ばねば人間ではない。
つまり、世界政府はバカである。存在意義さえないほどに。
「ホント、なんのためにあんの?」
「さあな」
テーブルにもたれて、クロス越しに感触を探る。特徴的な木目が、布越しでもわかる。クウイゴス科の木材。家具へ使うように硬くて丈夫で加工しにくいが、なぜか凄い浮く木だ。船の竜骨に、補強材や芯材として使うこともある。
なるほど。どんな密度だ。それともなんか不思議な樹脂か。木片一個で船ぐらい浮くので、この木を利用すればエースみたいにサーフボード一枚で海を渡ることも可能だ。
能力を使った手漕ぎの進化形。兄弟である。
表情には出さないが、安堵した。流石に生き残る手段はあった。まさか、レインベースがここまで死地だとは思わなかった。
上のホテルは、この地下室を含む構造物で支えられている。広間に水が流れ込んだだけでどうにかなるとまでは思わないが、明らかに脆弱な作りをしている。
柱が三本、正三角形の配置。中心に、この部屋。絶対、崩すつもりだ。
龍驤ならこんなジェンガタワーで過ごしたいなどと思わない。ホテルには泊まらない。不幸姉妹がまともに見えるレベルだ。
戦艦はホテル。
「バカな政府に、不自然に見える金の出入り。ヤレたはずやがな」
「残念だったな」
海楼石なるものの存在は知っていたが、実物は初めてだ。罠に飛びこめば、必ず使うと思っていた。
敵地で囲まれる趣味はない。龍驤は能力者ではないので、檻であればむしろ保護される。手が出せないのは彼らだ。拘束も意味がない。艤装は出し入れ自由だし、砲は飛び道具。むしろ、クロコダイルの弱点を入手出来る。
ビビとコーザを殺せば、クロコダイルは完全な世界の敵だ。二人を囮に、安全を確保しつつ、バロックワークスと対峙出来るはずだった。
そして、それすらも囮に、一味が派手に遊ぶ。本当に十億が引き出せればいいが、難しいだろう。しかし、龍驤が認めた常識外れどもだ。非常識な空母が悲鳴を上げるレベルの。
ワンゲームどころではない。複数のテーブルで、複数のメンバーが、複数回に渡ってビッグゲームを行う。
カジノというものの機能について、この世界がどこまで理解しているか知らないが、絶対に不自然である。確率で語れない。そうなるわけがない。なっとるやろがいじゃない。なると思っている龍驤が一番おかしいし、なりかけたのはもっとおかしい。
つまりは、言い訳が出来ない。だっておかしいから。
証拠のない騒乱誘致の疑惑。無名新人海賊モドキとの、カジノを経由した不自然なやり取り。
それを海軍の前で。
流石のクロコダイルも、ダンスパウダーの入手経路を本格的に調べられてはマズいだろうと、きっかけ作りのはずだったが、頓挫した。
自爆覚悟の抑止策。調査対象が物理的に消える仕様な上に、このままではカジノにいる一味まで危険だ。
予測など出来ないはずの手だったが、対応されてしまった。
逆に予測出来なかった。
こいつ、秘密結社のセオリーを、ロマンを理解してやがる。バレそうになったら丸ごと消すを、現実的かつ確実な手段で、実現してやがる。
この湖の底とか、誰も手を出せない。
ちょっと尊敬した。トトさんは、これと戦ったのか。どれだけのものが、この国から消えたのだ。
幼馴染コンビの国だし、多少の危険は仕方ないかなと割り切っていたのだが、この部屋を見てやってられなくなった。
この空間において、ビビもコーザも龍驤という異物と対峙する仲間である。危ないダズの注意は引いたので、他のメンバーなら仲間を手にかけるのはためらうはずだ。
その隙を狙う。
これでなんとか、生殺与奪の権を取り戻せた。不利ではあるが、勝負にはなる。
龍驤はそんなことを考えている。
焦燥と恐怖で混乱しながら、必死で目を反らしている。
なんか、深海棲艦になっちゃった。
転生とはなにか。生まれ変わることだ。では、生まれ変わるとはどういうことか。天国か地獄に行くことである。
輪廻転生は、仏教の概念だ。それにおける運命というやつは、容赦がなく、どうしようもない。
生まれたら虫だったとかなのだ。具体的な世界の話ではなく、その魂の生涯そのものが、天国か地獄である。
生き方の問題ではない。生まれなんて選べない。あがきようもなく、受け入れるだけ。だから、運命なのだ。
龍驤は船だった。兵器だ。そもそも生まれていない。生き物ではなく、器物だったのだ。化けるよりも早く沈んだ。命も魂もなかった。
では、艦娘や深海棲艦はなんなのだ。なにが生まれ変わって、人間モドキになっているのか。
そこには妖精さんの無理矢理があるのだろうが、無理矢理である以上、理解はしなくていい。
妖精さんも、命を理解出来ない。そして、あらゆる命は生まれ変わると、前世の業を受けて生涯が決まる。
虫とか、畜生とか、あるいは餓鬼とかである。
兵器である龍驤たちの業とはなにか。
心がないことだ。人を殺しても悔いず、資材を消費しても感謝せず、分け与えることもなく、信仰を持つどころか踏みにじった。
よって兵器はまず、餓鬼として、深海棲艦として生まれ変わる。海底の堆積物、つまり糞や腐り物を食べ、どんな美食をしても満足出来ず、人が残したり捨てた物、餓鬼供養された物でしか腹を満たせない。
人を恨み妬みで襲い、逃げ出したあとの文明を食らう。深海棲艦の生態はこのようにして決まる。
大変なことである。しかし、妖精さんは命を理解出来ない。深海棲艦に、死ぬという機能はない。なにせ船である。
沈むことが死であるのに、深海棲艦なのだ。沈んだ先は棲家である。
素晴らしい。命はわからないが、転生というシステムは理解した。太古より水とは境界であり、生と死、世界と異界を分かつものである。
水面に出して、擬似的に生死を超えれば、また生まれ変わる。解釈でゴリ押し出来る。した。
それが、艦娘である。
彼女らは人間になったわけではない。深海棲艦となって、恨みや後悔を知り、餓鬼ではなくなっただけだ。
彼女らは修羅となった。過去の妄執によって争い、兵器として役に立ったことは認められても、許されてはいない者。人間とあまり変わらない。
それでも人間ではない。戦いをやめられない。どれだけ資材を消費しても終わらない。愛を知らない。
よって、妖精さんは与えた。命は知らないが、愛なら知っている。好きなものはいっぱいある。いつか、修羅を解脱して、艦娘が人間になれるように、妖精さんは親切で実装した。
乙女心。
余計なことを。
結婚までシステムに組み込みやがって。
ところで、だ。深海棲艦は死なないが、艦娘と戦うときは水面に出て、負けると沈むのだ。要は、結構、頻繁に生まれ変わる。
艦娘が風呂で回復するように、またはドロップがあるように、傷が治ってしまったり、艦娘になったり、時間はかかった。
深海棲艦の中にも、餓鬼ではない、修羅が生まれはじめた。
そして、バカンスしだした。
艦娘がキレた。
どちらも修羅であるのなら、艦娘と深海棲艦の違いはなんだろうか。姿形か、生きる場所か。提督の有無か。
戦いはやめられない。しかし、被害は減っていった。打通作戦は進行していく。
いつか、いつか海に沈んだ恨みと後悔がすべて汲み出されたとき、艦娘と深海棲艦の戦いは、ただのゲームやスポーツになるのかも知れない。
それまで、悲劇を海に溶かしてはならない。
世界平和こそ、人類の祈り。
一番のネックはサンマ。
ファンタジーな妖精さんのいない時代に造られて常識を培い、オカルトな理屈で転生し、ファンタジーに見せかけたSF世界で生きる。
前世でなにをやったというのか。頑張った。負けたけど頑張ったのだ。
神も仏もあったものではない。
よって龍驤は笑う。檻に閉じ込められた仲間を指差して。
「一人ぐらい、踏みとどまらんのかい!?」
「や〜だァ。ま〜ぬ〜け〜ェ」
草が生えそうな勢いだ。ルフィは格子に触れて垂れ下がり、両翼は隅で渋い立ち姿を披露して誤魔化し、ウソッチョ、ナミは騒いでいる。
「ちょっと!? VIPルームって言えば最高レートのテーブルがあるもんでしょ!? こんな扱いなの!?」
「まさかッ!? 命か!? 命が賭け金なのか!?」
「え〜ッ!? 俺、ヤダぞ!?」
一番奥には、スモーカー。
「避けられた未来だ」
「同意する」
「クソ空母が」
クロコダイルに捕まったことより、龍驤に笑われたことが一番らしい。案内に従って正直に進み、この有り様だ。
海賊であることは誇りなのだろうが、だからってこんな罠を仕掛けるか。引っかかっておいてなんだが、引っかかると思った根拠を知りたい。
なんか友達になれそう。
実行した本人は、クロコダイルの隣でニコニコしている。龍驤はオカマと肩を、組んでいると言っていいのかわからない形でぶら下がっている。
「なんで仲良くなってんの!?」
「色々あって」
ドキドキワクワクしながら、二人して罠にかかるのを待ってたのを、色々と言うならそうだ。
「友情に、時間は関係ナッシングっ!!」
便利な言葉だ。それが正しいかの検証は、そうでない場合と同程度の期間を要するだろう。
「そうかな? そうかも!!」
早急にチョッパーを教育しないと、ダメな気がする。麦わらの船で、チョロいのは致命的である。
「龍驤の友達なら、俺の友達だな!!」
しかし、船長がそうなので手遅れだ。誰も助からない。
「あらァ? 素敵な心意気!!」
ルフィが伸ばした手を、ベンサムが握る。
「檻越しに結ぶ友誼!! 出会った途端に触れ合う手の平!! 愛じゃナ〜イ!?」
「敵やろ」
「そうだった!!」
でも、互いに手を離さない。目と舌をびよよんさせて驚いている。ヤバい。好きかも知れない。なんか、大爆笑している。ノリがいい。
「下らねえ」
「余裕と言うんや、“殺し屋”」
「やめなさい、ダズ」
流石にポーラが止める。ボスから三度目と、警告が出ているのだ。気持ちはわかるが。
本当に、味方の九割が捕縛されて、なんで敵を煽るのか。
「で、そこの野犬はなにをしに来た?」
「俺は海賊を信用しない」
格好をつけているが、檻の中である。しかも、ビビやコーザが大丈夫だったのに、スモーカーは入っている。
あの二人よりも世話焼きって、凄い気がする。なにせ龍驤がいなくて、ナミは頭がベリーになっている。
ゾロ、サンジは甘やかすというか、ルフィたちの好きにさせるだけなので、この面子だと引率はスモーカーになる。
目に浮かぶようだ。看板を見て走り出すルソッチョ。脳死でついて行くナミ。止めようとするスモーカー。付き合ってしまう両翼。
消える床。収監される一味。
なんという完成されたコントだ。これで真剣にやっているのだから、笑うしかない。
信用されたものだ。龍驤は頑張る。
「あんなこと言われとるで?」
「信用して下さいと、頭でも下げりゃ満足か?」
「白ひげと同じことすりゃええねん」
誰も白ひげを疑わない。なぜならば、強いからだ。
有言実行する力がある。我を通す力がある。その上で意志がある。やると決めたことをやり通す、自らに対する誠実さ。自分に嘘をつかない正直さ。誤魔化しのない生き方。
海賊王に必要とされるもの。龍驤には絶対に出来ない、人間のあり方。
ガープの世代が子供たちに叩き込んだ、人生の渡り方。
「出来るか? キミに? クロコダイル」
「まったく、ブチ殺してやりてぇぜ」
ほろ苦く笑いながら、クロコダイルは相手にしない。
クロコダイルの人生は、白ひげを否定するため。上回るためにある。白ひげと同じになどならない。
「変えられんよな。変わらんか」
「意味がわからねえよ。俺になにを期待してんだ?」
「信じる心?」
首を傾げられても、バロックワークスの面々にはわからない。
「信頼や信用は、最低限なんや。ないやつと、どう付き合う?」
「テメェの勝手さ。どう思ってもらっても構わねえ。俺は俺だ」
「そやよな」
エースの登場で、時間がないことがわかった。世界の不安定さと、世界政府のいい加減さと、海軍の手強さも示した。ジンベエも引き込んだ。ナノハナはパージして、ユバを蘇らせた。
一味の意外性だって、わかったはずだ。
「龍驤ちゃん?」
他に、なにを示せばいいのか。どうやってわからせれば。
「今頃、王都では討伐軍が編成されとる」
広間の時が止まった。全員が理解出来なかった。
「どういうことだ?」
「どういうことだも、疑惑のある海賊なんか、国に置けんやん」
部屋から、水気が失せていく。
「そうなの!?」
「聞いてないぞ!?」
「言ってへんし、知らんよ。ウチがしたのは、カルーに手紙を託して、イガラムさんからこいつらの目を逸らさせただけや。ただまあ、アラバスタ王ならそうするやろと思う」
麦わらの一味は、統一した行動を取らない。目的のために、独自に、それぞれが動く。
一味とは、仲間のことだ。クルーだけで終わらない。メリーでも足らないのだ。乗せられない。ルフィの器は、船の一隻に収まるような、そんなものではない。
「なんせウチらは、徹頭徹尾、囮やから」
それが出来る環境は、ルフィが用意している。ならば、その効果を最大限にするのが、龍驤の役割だ。
「裏切ったのか?」
「裏切る? キミ、ウチらがこの国出たらどうした?」
「ヤダ? お肌が」
部屋は水中にあるのに、まるで砂漠にいるようにカサつき始める。
「信用出来んやつのために、口利く理由はないなあ」
「テメェ」
「むしろ、なんでウチらと、王女や反乱軍リーダーと交渉して、戦いが止まる思ったんや? ウチがなにを裏切った? 頑張ったやん、仲介」
龍驤は頑張った。戦いを避けようとした。戦いが、避けられるものだと証明したかった。
シロップ村でも、バラティエでも、ココヤシ村でも、戦いは避けたかった。でも、無理だ。
誰かの誇りや尊厳を踏みにじらない限り、そんなことは無理なのだ。だったら、戦った方がいい。
戦いたい。この国を巡る、旅をしたから。懸命に働く人々を見た。ユバのために膨大な砂をかき分けた。鼻の下を伸ばしてビビからかき氷を受け取りながら、王女が語る通りに、ヘラヘラと命を賭けて外海へ出る決断をする。水が足らなくて材料も足りないのに、料理の腕だけで客を満足させる。傷だらけのコーザ。痩せこけたトトさん。
争い、奪い合うことでしか生きられなくなった国で、国民と国王が互いに信じたいと思うだけで、最後の一歩を踏みとどまり続けた。
ビビが出奔したのが五年前。雨がまったく降らなくなって三年。
追い詰めても耐えて、追い詰められても耐えて、それを何度繰り返しても、まだ諦めない。勝てると信じている男を、どうやって止めたらいい。信じることしかしないバカに、どうやって疑いを植えつけたらいいんだ。
「お前、どんだけアラバスタ舐めとんのや」
自分が、誰を敵にしたのかもわかっていないのか。どこに筋を通すべきかもわからないのか。
「龍驤、もういいよ」
ルフィが声をかけた。檻の中を見たら、全員が戦闘体制だった。スモーカーもだ。檻の中なのに。
なんら恥じることなく、堂々としている。どこにいても変わらない。変えられない。龍驤の知る海賊とは別の、この世界の海賊たちが、胸を張っている。
実に心地いい。それでこそだ。だからなのだ。笑って言える。
「ごめん。また負けた」
「構わねえさ。俺たちで勝つ」
ゾロが剣を抜いた。遅ればせながら、3や1が構える。他はまだ、状況を理解していない。ニコ・ロビンは微笑み、ベンサムは、よくわからない。隙だらけだけど。
「え? ドゥーぉゆうコトぉ?」
あの大げさなはてなリアクションには砲撃を入れたい。でも、死にそうになくて、無駄な気がする。
動揺しているのは、ビビとコーザもだ。龍驤は彼女らを守らなければ。
「ビビ、コーザ。命をかけるぞ。俺たちも、お前たちも。仲間だからな」
ルフィの一言で、二人は覚悟を決めた。龍驤は守ろうと。
「元より、そのつもりだ」
「この国のためですもの」
切り替える。仲間なのだ。保護対象でもなんでもない。なんで龍驤が出遅れた感じに。
「だってさ。お前、邪魔なんやわ」
「ヤレ、龍驤」
「はいな」
「やめ、クソ野郎がァ!!」
龍驤の砲撃が、ガラスを割った。ビビとコーザが走り、艤装の下に隠れる。
一味は檻の中。出られないが、手も出せない。ガラスが連鎖して割れていく。水が、部屋へ流れ込む。
「イヤ〜っ!! 溺れちゃうワ!!」
「脱出するガネ!? 早く!! バスケットとかゴザとかいらんガネ!?」
「社長!?」
怒りに震えるクロコダイルは葉巻を噛み千切り、踵を返した。階段に向かう傍ら、振り返る。
「追って来い。まずは、この国の軍隊を砂漠に埋めてやる」
「させるか、バーカ!!」
「ワーニ!!」
「オールバック!!」
「正直にハゲって言ったれ」
クロコダイルの秀でた額に、罅が走る。
「必ず、殺してやるッ」
「ハイハイ。ないって。キミに信用は」
「行くぞ!!」
バロックワークスは姿を消した。残されたのは、王女と幼馴染と、檻に入ったままのマヌケとバカ。
「え? どうすんだ?」
「どないしよ?」
さあ、楽しい戦争だ。