広間のエントランスを抜け、地上に向かうバロックワークス。クロコダイルを先頭に、副社長ニコ・ロビン。オフィサーエージェント筆頭ダズ・ボーネスと続き、末広がりに進む。
「すぐ出て来るぞ。Mr.4ペアは?」
「郊外で準備を進めているわ」
「ダズ、ギャルディーノ。協力して足止めをしろ。奴らは自然系への対処法を知っている」
「了解。仕留めても?」
「赤いのは残せ」
「私は街で、Mr.5ペアと。砂漠の暑さでは、蝋が固まらないのだガネ」
「では、分断しろ。始末はダズたちに任せていい」
「俺たちでも仕留められます!!」
「任せて下さい!!」
「Mr.5、ミス・バレンタイン。テメェらにはなにも期待してねぇ」
クロコダイルは面倒そうにそう言った。ニコ・ロビンが笑う。二人はうつむくだけだ。
「そんな言い方しなくても」
「事実だ」
ニコ・ロビンは振り向く。
「あのね? むしろ、生かしてほしいし、何人かは突破させてほしいの。分断して、常に後ろが気になるように。圧力をかけてね? リスクを冒す必要はないわ」
出来ないことは求めない。出来る役割を探して任す。クロコダイルはそういう男。
フォローに回るニコ・ロビンは楽しそうだ。ギャルディーノも言い添える。
「いつもの仕事と変わらんのだガネ。ただ、今回は共同任務。追い詰め、弱らせ、最後にトドメを刺せばいい。自ら手を汚す必要すらないのだガネ」
「セコいわ、Mr.3」
「頭脳的と言ってほしいのだガネ!?」
コードネームと名前がごっちゃだ。彼らも混乱している。
「ちょ、ちょっと待って下さい!! どうして、こんな!? なにが起こったんです!?」
「お前たちは犯罪者で、俺は海賊だ。それだけの話さ」
「そんな!? だって!!」
乗っ取り計画は凍結されたのだ。それは戦わないからではなかったのか。戦うのであれば、結局、なんの保証も与えられない立場のままなら、なんのために計画を捨てたのだ。
クロコダイルが向き直る。
「納得出来なきゃ降りろ。構ってる暇はない」
「そんな!?」
「俺たちが与えられることなんざない。この手で奪うだけだ。だから、この国を乗っ取る計画を立てた」
クロコダイルの視線が、ポーラを居竦ませる。
「それがわかってるから、バロックワークスへ来たんだろう?」
「ボス、カジノの始末はどうするのカネ?」
「俺たちが外に出てからだ」
頷いたギャルディーノが、ポーラの肩を握る。
「ここは湖に沈む。君は残って、客の避難を誘導するんだガネ。パニックと人ごみで、妨害にはなる」
「なにを言って」
「我々の邪魔にならず、市民を助けたとなれば、温情もあろうガネ。どうするかは、そのあとに考えたまえ」
クロコダイルが、ちょっと嬉しそうだ。ニコ・ロビンは、懸命に邪魔をしないよう努めた。ツンデレは貴重。ダズは呆れている。
「時間はない。なにもしなければ、捕まるだけだガネ」
しかし、ポーラは決められない。ギャルディーノは怒鳴りつける。
「海軍がいるんだぞ!?」
「……わかったわ」
ポーラは絞り出すように言った。他の面々は、再び歩き出した。ミス・ゴールデンウィークを残して。
「君もカネ!?」
「私は、足が遅いもの」
一瞬、誰かが肩車でもしようかと考えた。誰がの部分で躓いた。
これから、人のひしめくカジノへ出るのだ。
「それは、そうカネ?」
「客に紛れて、トラップを仕掛けるわ」
「頼む」
クロコダイルは背を向けた。ミス・ゴールデンウィークは見送り、ポーラは顔を上げない。
「元気でな」
「また、お会いしましょう。ボス」
別れを振り切って、バロックワークスは戦いに向かう。もはやなんの計画もないが、自らのユートピアを求めて、自分を証明するために。
「ドゥえ、アチシはどうするの?」
なぜか、どうしてだか、みんなが目をそらしていたオカマの巨漢が、不思議そうに尋ねる。そういえばいたな、と思っている。
今まで静かにしていたせいで、脳が認識を拒否していた。背中のアヒルが、ビヨンビヨンしている。
今、ちょっとシリアスだったのだ。
クロコダイルは考えて。
「好きにしろ」
「さっすが、ゼロちゃんねえ〜い。アチシは信頼には応えるオカマよ!!」
機嫌がよいようでなによりだ。クロコダイルは檻の鍵を、握りつぶした。
「さっきは出来たんや!!」
「今、出来なきゃ意味ねぇだろうが!!」
常識外れな能力者を捕らえる檻。格子はもちろんのこと、全体を覆う壁も頑丈である。外から手が出せないのなら、内側からならもっと手が出ない。
龍驤はその頑丈さを逆手に取って、連結部分を壊したわけだが、その時と違うことがある。
「さっきは、枠ハメただけやったやん!? これ、海楼石に直接リベット打ち込んだる!?」
妖精さんの素晴らしい技術により、檻は万全の性能を発揮している。格子が、外れない。
「なんで!? なんで、そんなことしたん!?」
「おーい、まだかー?」
「待って!? いや、待ってたら沈むんか!?」
大パニックである。スモーカーは呆れている。
「なにやってんだ。テメェら」
「手伝えよ!!」
「俺は能力者だ」
「そうだけど!?」
頑張っているチョッパーには申し訳ないが、むしろ邪魔である。和む。
妖精さんは胸を張っている。ルフィは落ち着いている。というか、力が抜けている。海楼石から手を離せ。
「いやいや、外して!? え!? 自信作やから!? アホ抜かしとんな!!」
なんというか。自業自得過ぎて、同情も出来ない。
「その腰の大砲使えよ!!」
「舐めんな!! この部屋全部、吹き飛ぶわ!!」
なんで、なにもせずにバロックワークスが出て行ったと思っているんだろう。敵の方が龍驤を理解しているというのは、まさか前世の業なのか。機関砲では跳弾が怖い。龍驤は諦めた。
「よーし、わかった。ちょっと離れて」
「どうした?」
「変身」
格子を握り、気合を入れる。までもなく、身体が白く染まる。
小娘が消えて、勝ち気そうな少女がそこにいた。思わず息を呑む。龍驤が艤装と呼んでいたものが、まさに化け物の質感を放ち、歯のようなものを噛み合わせる。不快な潮の香りが漂い、雰囲気は剣呑で陰鬱だ。
赤い目が一味を捉える。とても露出が激しいが、その白い肌に眩しさはない。造形として美しくは見えるのに、不安しか感じない。
誰もが身構えた。
ルフィ以外は。
「誰だ?」
「ウチや、ウチ。ウチウチ」
「ウチさん?」
「なんでさん付け?」
多分龍驤が格子を握ると、力を込めた。鉄枠が悲鳴を上げ、リベットが外れていく。あれだけびくともしなかった妖精さん改の檻が、端から歪んでいく。
誰も口を開くことなく、その様子を眺めている。
「よっしゃ。取れた」
格子がボチャンと水に沈む。白い少女がそうして手を離すと、いつものチンチクリンがいた。
「え? こんな気軽いん? ウチの努力は?」
仲間たちが命の危険にさらされて、背に腹は代えられないと、艦娘の姿を捨てたのだ。そりゃもう、本当に大ピンチだと。
捨ててないどころか、捨てられない。離れろと言ったのに、海楼石に張り付いて力の抜けているルフィが水に突っ込んで、慌てて顔を上げる。
「あれ? 龍驤、どこにいたんだ?」
二人は互いに疑問を浮かべながら見つめ合った。龍驤は面倒になる。
「説明頼む」
「お前がしろ!!」
怒られた。それはそう。しかし、時間はない。
「はい、能力者の皆さん。テーブルに乗って下さい。これ、凄い浮きますから」
「入口から出ないのか?」
「え? まだ罠にかかり足りん?」
そそくさと、みんな大人しくテーブルにしがみついた。
「本当に説明しろよ?」
「チョッパーと同じです」
「んなわけあるかぁ!!」
「オカルトって宗教やねん。理解出来んて」
要は自分の人生が地獄であるなど、説明する気にはなれない。というか、ここまで表裏一体だとは思っていなかった。
艦娘にしろ、深海棲艦にしろ、女性形である艦船を器に、死者の念を集めた船幽霊の類である。戦艦である以上、縁があるのはほとんどが男性なわけで、ただでさえ断片の集合に過ぎないのに、共通のアイデンティティを崩壊させたら狂いもする。
それを具体的な艦船の名前で自我だの所属だのを芽生えさせ、提督で括るのが艦娘である。
とりあえず、龍驤に自我はある。麦わらの一味という所属もある。ただ、括ってないので、安定してないっぽい。
もっとこう、恨みとか後悔とか、シリアスに考えていたのだが、違ったっぽい。
ラブーンのときとか、一味を失う恐怖でなりかけたとか思っていたが、無理矢理追いかけて海に潜ったのが原因っぽい。
あのとき、決死の勢いで我慢していたものが、無駄だったっぽい。
わからない。オカルトだもの。量子力学より彼方に存在する概念である。龍驤は否定出来ない事実として、確かに逝っちゃってはいる。
「どうしたのよ?」
「自分という存在の出鱈目さに絶望した」
十人ぐらい座れるデカいテーブルだ。無駄に広い上に、水まで浸かっている。
窓際へ動かすのも一苦労なのだが、龍驤が崩折れている。
「ていうか、浮き過ぎだ、このテーブル!!」
「押さえてねえと足まで飛び上がっちまうぞ!!」
「チョッパー!! 大きくなれるか!? いや、ひっくり返そう!!」
両翼がボヤき、コーザが指示する。能力者と女性陣はテーブルの上である。
龍驤以外。
「あれ? おかしくない?」
「早よ、押せ!!」
龍驤は手早くテーブルの足を折ると、一味の前まで艤装で浮いて行った。硬くて、水の中ではやりにくかったのだが。
「捕まってー」
「ヨーソロー」
ルフィがテーブルの上で、龍驤の肩に手を置く。その腰にチョッパー。そして、ウソップ。
「最初からやれ!!」
一瞬、呆然とした男三人から、罵声が飛ぶ。唯一、男の非能力者でテーブル便に乗っているウソップが警告する。
「おいでなすったぜ。待ち構えてやがる」
バナナワニの群れだ。窓越しに列をなしている。
「躾のいいワニだ」
「さぞ、いいエサを食わせてたんだろうぜ」
「なに食ってたんだ?」
「人間さ」
流石のルフィも、怖気が走ったようである。
「全員乗れ。カナヅチは足でも持っとれ。ビビもな」
「私は」
「いいから持て。俺たちは大丈夫だ」
コーザに言われて、ビビは頷いた。折ったテーブルの足を握り込む。スモーカーが苦虫を噛み潰す。
「俺はいらねえ」
「黙っとけ。水ん中じゃなんにも出来ねえだろうが。手間かけさすな」
せっかく前に出たのに、龍驤は後ろへ回る。ルフィが手持ち無沙汰に仁王立ち、ナミに座らされる。なんだか、凄い無駄な感じがする。
「ウチが反対側を砲撃する。一気に流れ込んでくるから、その波に乗って飛び出すで。前方はウソップに任す。タイミングでぶちかませ」
「任せな」
龍驤の砲弾をパチンコに挟み、ウソップが舌なめずりをする。
広間は一応、与圧されていて、今はまだ浸水も穏やかだ。麦わらの一味は身を寄せ合い、身体を強張らせた。
「準備はええか? 行くでえ? さんにぃ、はい」
独特過ぎて、準備が無駄だ。砲声に押されるように、テーブルが前に行く。何人か落ちそうになった。
「まだまだ。まだ~、今!!」
テーブルが波に乗った。壁が迫る。ウソップは揺れる足場でも、膝立ちになって上半身を安定させる。
「ちょっと!! ぶつかる!!」
悲鳴と同時に、弾が放たれた。指向性を持たされた砲弾は、思うよりも小さな穴を壁に開け、そこをテーブルが潜り抜けた。一味は水の中に突っ込んだ。
ナミが恐れた勢いなど、あっという間に打ち消される。残ったのは浮力だけ。周囲にはバナナワニ。もう一度悲鳴を上げようにも、空気がない。
「航空駆逐艦が、航空巡洋艦になっただけやけどな」
なのに、聞き慣れたその声は聞こえた。再び白くなった少女が、どこかで見たような笑みを浮かべる。声の方を見たクルーたちが、見慣れた表情だ。
「なんだ、龍驤か」
思わず口にしたルフィが本格的に溺れた。なにを言ったかわかったのは龍驤だけだが、みんな呆れた。
龍驤は嬉しそうに笑みを深めて、艤装を拡げる。
「魚雷が撃てんねん、この身体!!」
もはや、ただの潜水艦である。およそ、深海棲艦はみんなそうである。
艦娘なら、提督に向かって投げるべきである。
ところで、魚雷というのは使い捨てであり、あんまり浮く必要もない。だから、たくさん炸薬を積めるのだが、燃料を使う熱走式にしろ、バッテリーで動く電気式にしろ、もう構成しているほとんどが超危険な可燃物だ。ミサイルの原型と言っていい。
そんなものが、大した距離を走るわけでもなく、浮いてるだけの人間の周りで大量に爆発したらどうなるか。
水圧によって、破片などによる直接的な被害は、まあないのかも知れない。空気がないので、爆風もない。
それでも、水中だからこその余波からは逃れられない。
龍驤から放たれた六本の魚雷は、不思議な力により正確にバナナワニへ向かい、ワニたちは大して加速もしていない小さな棒っきれに警戒もせず、自ら突っ込む。というより、一味へ食いかかる。
まさに、至近で信管が発動した。
超弩級戦艦を真っ二つにする威力が解放され、バナナワニは四散した。一味は衝撃に殴られ、生まれた激流に錐揉みし、凄い浮くテーブルなんかなかったかのように、水中へ散らばった。
洗濯機に放り込まれるよりもヒドい。水中爆発の衝撃は、戦艦を折るのだ。つまり、余波こそが本命。巨人の一撃である。一味のみんなが、死んだようにプカァと水面へ上がっていく。
と、同時に、カジノを支える柱が爆破された。せっかく、正三角形に柱を配置したのに、時間差を作らなかったせいで、カジノは中央の広間を潰して止まった。入り込んだ水が、柔らかく衝撃を吸収する。
ダルマ落としというより、蛇腹が縮んだだけになった。
詰めが甘いと言うべきか、不要な完璧主義の賜物か。あれでは床上浸水がせいぜいだろう。
龍驤はしばし、現実逃避を楽しんだ。
「これ、ウチのせいか」
まだ戦いが始まっていないのに、なんか全滅した。