人間のもっとも強靭な部位は、皮膚である。
ナイフで刺されて穴が開くが、骨だってナイフで折れる。証明するには、シェイカーに人体を入れて振ってみたらいい。
あらゆるものがジュースになるが、皮膚だけは原形を残す。
つまり、至近でたくさんの魚雷や機雷をドカンとすればいい。
「死ぬとこだ!!」
「むしろ、なんで死なん?」
怒られながら、なんとなく理不尽を感じる龍驤である。いや、理不尽なことをしたのは自分かも知れないが、納得が出来ない。
どんな強いやつも、脳震盪だけは防げない。どんな硬い防御も、中身が柔らかければ攻略は出来る。一寸法師から続く、弱者のセオリーである。
その境地を極めたのが、魚雷だ。水という流体を用いて衝撃を伝播させ、船体を折る。内部に被害をもたらす。
それが今、否定された。もう、どうすればいいんだろう。掟破りな強化が可能になったのに、当たり前に上回られたんだけど。
能力者どころか、ナミやビビまで無事である。ちょっと、目眩はあるようだが。
まあ、提督に投げても無事なのだ。一味が無事でおかしいことはなんにもない。
おかしいのは常に、妖精さんである。艦娘は、なんでこんなことをしちゃったんだろうと思うようなことも、ノリでする。そういう生き物なので。
龍驤が背負った運命は過酷である。
ボコスカポスと、一通り拳骨を振らせて、この話は終わりだ。順番はナミ、ゾロ、サンジである。
「クロコダイルはどこ!?」
父親やらなにやらがまとめて危険なビビの目が血走っている。本当に最近怖い。口の悪さは多少、矯正したはずだが。
「一応、聞け。クロコダイルが賢けりゃ、ウチらとは戦っても今さら国とは戦わん。海軍を巻き込んだからな」
王国軍を埋めるなど脅しに過ぎない。むしろ無理矢理にでも国王の御前に出て、誤解を解こうと頭を下げるだろう。どれだけ野心があろうと今はまだ個人。ほぼ壊滅した秘密結社の社長に過ぎない。
屈辱を呑んでも、やり過ごしてしまえれば一番だ。
ごめんなさいなんて、簡単だろう。
しかし、ルフィは笑う。
「賢いわけねえよ。あいつも海賊だ」
男たちも同意する。獰猛に笑う。
「待って。私たちも?」
ナミが抗議する。どちらかと言えば賢く生きたい。
「今さらじゃねえか?」
「今はまだ、賞金稼ぎじゃない?」
みんながスモーカーを見る。届け出を受け取った本人である。思い起こすと、色々となあなあになった感はある。
「誤魔化せると思うな」
個人の感想である。口惜しさに、元帥が思わず拳を振り下ろしている。しかし、この場にそれを知る人間はいない。
ナミは泣いた。つまり、七武海クラスを討伐するような戦いに巻き込まれたわけだ。海賊として。
引き起こしたとも言う。
「ほな、早めにしよか。下手したら、大将クラスが来るから」
「なんで!?」
「どうして知ってやがる?」
疑問を投げかけた同士が顔を見合わせた。ちょっとした譲り合いののち、スモーカーが代表する。
「どこで知った」
「どこでもなにも。野犬に待てが出来るかい」
猟犬を躾けたやつがいる。スモーカーはずっと上層部に楯突いてきたのだ。それなりの人物であることは、想像に難くない。
というか、あの報告を聞いて動かないなんて、むしろ考えたくない。
白ひげが動いて、七武海が二人も連動して、そこが大国のアラバスタで、世界に影響力を増す海軍が手薄な海域の入口で、なのに王国自体からなんにも話がなくて、クロコダイルは引き込もったまま、ジンベエだけが王国と接触して、エースは姿をくらました。
本当に、なにが起こっているんだろう。本人たちもわからない。
なんか、アラバスタと魚人島の間に、海軍が手を出せない回廊が出来ちゃいそうなんだが。
それを主導しているのが、白ひげとクロコダイル。そして、ジンベエとエース。関係性を考えたら、わかんない、わかんない。
そもそも、魚人島と一番近いのはマムの領土なんだけど、これはなにかね。白ひげさん戦争でも決意されましたか。
イレギュラーな新人海賊団を抜いたら、どうしてこうなった感が凄い。逆に抜いちゃったからわからないのだが、誰もこんなんが中心だと思わない。
なにせ、巻き込まれただけである。偶然の出会いがすべての始まりだ。まさか、スモーカーも逃げられた当日の午後とか、思いもしない。中心の自覚は、龍驤にすらない。
ここまでやって、やらかして、疑心暗鬼にならない人間がいたらお目にかかりたい。スモーカーがどれだけ正しく報告書を書いたとしても、それは変わらない。
多分、単純に世界政府の統治がいい加減過ぎて、組織や国家間の報連相とかめちゃくちゃなだけだと思うけど、だからこそ意思統一なんぞ欠片もしていない。
海軍は白ひげや七武海含めて海賊を警戒しているかも知れないが、加盟国は海賊を敵とも味方とも考えていない。シンボルすら民衆が知らないのだから、関心もない。七武海は英雄だし、情報は操作している。みんな持っている常識が違う。
誰もがバラバラに動いてカオスを増していく状況。
大将の出番だろう。ガープですら、鷹の目に物が言えない。ちょっとお話いいですかのレベルでも出てくる。
もちろん、政府の命令があれば別なのだろうが、そうであった場合は特に、早く解決しないとヤバい。
バカな政府に介入の余地を与えたら、絶対にめちゃくちゃにされる。
おかしい。それを防ぐために、長々と酒場で駄弁ってたはずだ。なんで、このバカそんなことしちゃったんだ。
「政府には頼らんと信じただけや。ルフィのじいちゃんと、その友達やからな」
一番、反論しにくい理屈を選びやがって。ドヤ顔が腹立つ。本当に、そこだけは変わらない。
実際に動いているのは弟子であるわけだが、そこまでは言わない。スモーカーも騙されたらいい。イタズラは大好きです。
よって、元帥の関与なく動いている事態を、現場の人間が元帥の認可を受けた行動と理解した。
カオスは加速する。どよめきが聞こえた。
「流石やなあ。でも、それじゃあかんで」
龍驤が呟いた。街の中から、悲鳴や驚きの声が上がっている。
砂嵐が突然、すぐそこで発生した。人々はそれを指差し、逃げようとする。一味だけが、原因をわかっていた。
「そんなんじゃアルバーナには行けん。ユバに流されてまう」
「まさか?」
だから、ビビが怖い。コーザも気づいた。龍驤は自分の手柄であるかのように笑う。
「そんな砂嵐の頻発する場所、オアシスにも開拓地にもならん」
トトさんの顔と、あそこで一緒に働いた人たちの顔が浮かぶ。ギリッと、噛みしめた歯の鳴る音がする。
「あんなん、どうにかなるのか?」
「やれるな、龍驤」
「足止めだけやで?」
「充分だ」
街の郊外に見える砂嵐。とても巨大に思えるが、周りは二階建てがせいぜいの街である。実際はドーム球場程度だ。
つまり、クロコダイルはあの力を使って、一般人を何万人と即座に殺せるわけだ。
その規模は、スモーカーがたじろぐほど。この世界の常識であれば、まさに戦略級の力である。だが、この世界で常識に囚われること以上の愚行はない。
なにより、規模だけなら負けない。
「ウチは空母やぞ? 水平線の高さから襲われたことはあるか?」
水平線までの距離は意外と近く、人間の身長なら4kmから6kmぐらいである。艦娘の戦闘距離は、これが基準である。
ただし、三次元で。
「え?」
一味が空を見上げた。見慣れた影はどこにも見えなかった。何度も、メリーを守れと戦わされた、艦爆の姿がない。
はるか彼方から急降下してきても、届かない高さでヒラリと爆弾を落としていく、妖精さんたちの姿が見えない。
当たり前だ。水平線の向こうというのは、見えないのだ。艦娘の装備は小さいし。
最初の一撃が、砂の幕に流された。次の一撃。次の一撃。勢いは増していき、もはや豪雨となった。クロコダイルは、爆撃の雨に撃たれている。
攻撃は終わらない。ドーム状の砂は、少しずつ貫かれ、削られ、高さを失っていく。
やがて砂嵐は消えて、ただただ、延々と続く爆撃の煙だけが、何度も何度も吹き散らされては上っていく。
遠い。郊外の景色が、ここからでも見える。最初、空気を震わせていた爆撃が、今は地面をビリビリと震わせている。
逃げようとしていた民衆が、不気味さに足を止めている。
「な、なにをやっているの!?」
わからない。なにもわからない。どこからか、なにかから、バスターコールにも匹敵する砲撃が、おそらくクロコダイルへと降り注いでいる。
龍驤は腕を組み、いつものチンチクリンなままだ。なにをしているわけでもない。変化したわけでもない。笑みだけがふてぶてしい。
「めっちゃ当たる」
地上目標だ。急降下爆撃でなければ、水平爆撃である。高さを武器にしたそれは、戦艦の主砲にも匹敵する威力だが、当たらないものである。命中率、およそ2%。
当たる気がする人間は、ガチャに毒されている。
深海棲艦は人間サイズ。艤装は巨大だが、なにより直立している。さらにもまして当たるわけがないのだが、艦娘なら当てるのだ。
それがドーム規模なら、外す方が難しい。そんな自分がちょっと不思議な龍驤。
「無駄無駄」
地面から竜巻が上昇していく。しかし、空は晴れ渡ったままだ。見上げるほどに高いが、それでは足らない。
規模で言うなら、富士山ほどでなければ、龍驤には届かない。むしろ、数多の爆弾を取り込んで、吹き散らされた。
「スモーカーくん。住民を避難させんと、知らんよ?」
これでわかっただろう。龍驤を始末しなければ、どこにも行けない。ならば、クロコダイルは龍驤を狙う。そして龍驤は、湖から出るつもりはない。
「ゾロ、サンジ。邪魔するやつはぶっ飛ばせ」
「了解」
「任せな。ことごとく、三枚に卸してやるぜ」
船長が出撃する。足止めは出来るが、龍驤ではクロコダイルを倒せない。どれだけの規模を誇っても、それだけで通用するなら巨人が技巧など凝らさない。自然系の能力者が負けるはずなどない。
この、街そのものを震わせて、人々を竦ませる覇気を貫くのは、物理法則以外のものだ。
ビビとコーザが、顔を青ざめさせる。
「これが、こんなものが七武海」
住民たちは腰を抜かしていた。非常識な光景に怯えたのではない。たった一人の怒気に当てられて、動けなくなったのだ。
「ナミは二人といろ。ウソップとチョッパーは、アレだ。どうしよう?」
「なんだ、コラぁ!? ビビっちゃ悪いのか!?」
「そうだぞ!? なんかもう、凄いビリビリするぞ!?」
二人は震えているが、立っている。頑張って立ち向かおうとしている。泣いてはいる。
これがどれだけ凄いことか、龍驤はわかっている。この空母、龍驤の航空爆撃に晒されたのだ。それでまったくの健在であることを、この距離で、姿も見せず、覇気だけで伝えてくる怪獣を相手に、二人は拳を握っているのだから。
ただである。はっきり言うとこの二人。ルフィとは別のベクトルで意外性の塊なので、ルフィでもなにさせたら正解かわかんないのだ。
当然、龍驤もわからない。適当に戦場にいたら、その場のノリであらゆる作戦行動が可能である。
逃げたと思ったら救援に来るし、敵を引きつけたと思ったら負けてるし、負けたと思ったらなんらかの罠だし。傷は治すし、元気にするし、デバフは撒くし、チョロチョロするし。
なんか知らんけど、戦場全体が有利になってたりする。
役割を決めるのが、もったいない。
ルフィならどんな格上を相手にしても、万に一つがあり得る。
タイマンが強い。
とりあえず、ボスに当てとけばいい。
この二人は誰にも勝てないかも知れない。だけど、一味を楽にする。
組織戦が強い。
味方にいたら、本当に助かる人材である。
ただし、どう役に立つのかは、ちょっと本当にわからない。本人たちも、ただ一生懸命なだけだし。
全員が首を傾げた。頼りになるのに、どう頼っていいのかわからないのだ。そんなことがあるのだろうか。
というか、状況に合わせた薬とか武器とか、戦場のど真ん中で、ありあわせで、自前で作り出すやつ、どう扱ったらいいんだ。戦場でこんなこともあろうかとはロマンだが、だったらこうしてやるは、単なる理不尽だ。いきなり新必殺は卑怯だ。
それをやると、ラスボスも死ぬ。
「まあ、出来ることをやれ」
「そだな。それがいい」
「期待してるぜ」
三人は歩き出した。二人は互いに見合って、その背中を見て、また見合わせた。
「ま、任せとけ!!」
「俺はやるぞ!!」
自分だけがまともだと、天候兵器と戦略兵器は思っている。
その眼前で砂塵が巻いた。
レインベースで観測された不自然な砂嵐は、世界を動かした。
まず、王都では反乱が収束したのちも、解散されずに集結したままだった国王軍に、出撃の命が下された。
復興や干ばつ対応のために、最も有効な戦力を温存していたのは、この事態を警戒してだった。
海賊は裏切る。約束を守るのは、白ひげだけだ。他の四皇も、七武海も、海軍や世界政府でさえも、そうではないのだ。
そしてクロコダイルは、その約束さえしなかった。この国の王の前で、この国に手を出さないと口にすることさえしなかった。
信頼や信用を結ぶ以前の話である。
海賊たちの話し合いで、子供たちの使命感だけで、国の行く末など決められてはたまらない。
それは大人の責任だ。
王も、護衛隊長も、親衛隊も、誰も彼も、責任から逃げたりはしない。
アラバスタ王の親征である。指揮は帰還したイガラム。ペルとチャカの二人は、能力を生かして先行した。
この国の守り神である幻獣の力を秘めた、この国最強の戦士たちが、空を切り裂き、大地を駆ける。
バロックワークス、総勢九人に対して、およそ十万を越える兵力が出発した。それでも勝てるかは微妙だった。
アラバスタの王がコブラなら、砂漠の王はクロコダイルだからだ。砂塵に消えるとしても、狙われたと言うなら戦う他にない。
この国は、国民のものだからだ。抗うことが出来なければどうなるか。あの赤い大地を見上げればわかる。
それが海の彼方でも、この世界の支配者が誰かを、海賊を超える数多の悲劇が、常に知らせている。
その彼らは傍観を決めた。七武海がトラブルを起こすのは当たり前だ。代わりが必要なのかどうかすらわからない。
ただ、白ひげの動向には警戒した。むしろ、赤髪との接触の気配に注目した。世界が動くのではないかと心配していた。
海軍はすでに動いていた。初めて三人の大将が協議し、方針を決めた。元帥の手は借りなかった。
出来れば、一言、注意ですませたかった。しかし、始まってしまった。
「急行せい。事態を素早く収める」
本物のバスターコールを越える戦力が、アラバスタの大地に向かう。
そしてそれを、アルバトロスが見ている。
「来たぜ!! 時代のうねり!!」