「こんにちわーっ。船くださーい」
呆れる子供たち。頭を押さえるナミ。龍驤もゾロも気にしない。
「さあ、入ろう」
ルフィが柵門を越えていった。挨拶の意味を問う声。
「意味なんていちいち気にしたらアカンよ?」
「子供に不埒なことを教えるな!!」
「怖いねぇちゃんやろ?」
鬼婆扱いされたばかりである。怒り心頭。ゾロが襟首を捕まえて引っ張っていった。龍驤と子供たちが笑いあう。
「でな、聞きたいことがあるんやけど」
「いいよ」
「なんか入るの怖いし」
「怒られそう」
実際、陰険なやり取りがなされた。侮辱に対して殴りかかったウソップを称えたい。なにせ、舐められたからと世界大戦を起こした国の軍艦だ。
「まあ、待ち。親が海賊やからと、なんで余所者にウソップが叩き出されなアカンねん」
「君は?」
「元大日本帝国海軍第四航空戦隊旗艦空母、龍驤」
「何?」
「なんかかっけぇ」
「父親が海賊だろうと、ガキの頃からこの村で暮らしとる人間やで? お前こそ、どこの誰ともわからん馬の骨やろ?」
「確かに、そうだが。だからこそ、お嬢様にこのような野蛮な」
「野蛮? 村の見張りやぞ、ウソップは。お嬢ちゃん、海賊に襲われたらどうするかわかるか?」
「え? 私ですか?」
「知らせを受けたら、男連中は総出で坂道に集まって撃退。そやな?」
「えっと……」
「お嬢ちゃんが知らんでも、アンタは知っとるな?」
「しかし、毎朝」
「本当に信頼出来んなら、代えたらええ。村の仕事を一日放り出して、いつ来るかわからん海賊の見張り。やらしてみぃよ、あぁ?」
「お前感じワリぃぞ」
「黙っとき。貧乏籤引かせた相手を野蛮呼ばわりか? ええご身分やな? それとも、お前が代わりにやるか?」
「そんなことは」
「出来んのなら、コイツは村の防衛の要。お嬢ちゃんに会うのに、なんの問題もないな?」
「しかし、」
「余所者が口を挟むことやないなぁ。なんなら、お嬢ちゃんだけやなく、村のみんなにも聞こか? 一人は大変やし? もしかしたら、手伝いを申し出る人もおるかもなぁ?」
「ぐっ、私は認めない!!」
「なら、出てけば? もう一度言うが、ウソップは村の守り神や。たかが執事ごとき、対等でおれるはずがないやろ?」
「おー」
子供たちが拍手する。いけ好かない執事がやり込められているのもさることながら、我らがキャプテンがなんか凄い人呼ばわりされているからだ。実際、若いとか色々あるにしても、村の中枢人物でもおかしくないと気付かされた。
本人もそうだったのか、という顔をしていて、ナミとゾロに呆れられている。
執事は苦渋に満ちていたが、分が悪いと見てお嬢様に向き直った。
「出過ぎたことを申しました。私は用があるので、これで」
「ウソップにも頭下げぇよ」
「そうだ、そうだ!!」
「キャプテンに謝れ!!」
「イーっだ!!」
ルフィも混ざるし、龍驤は煽り散らかすしで、ナミとゾロの両手が大変だ。執事はそれを無視して、早足に去っていく。
「なんか知らんが、許されたのか?」
「これからは大手を振って会いに行き」
「よくわかんねぇな」
「ごめんなさい、ウソップさん。クラハドールは、ただ私のためを思って」
「いーよ、いーよ。なんか大層なこと言われたけど、結局、村のみんなにとっちゃ、ただのホラ吹き小僧なのは変わりねぇ」
「そんなこと」
「そやで。あんさん、お似合いでっせ」
「やめなさい!! 下品なんだから」
「そういうのは、当人同士だけでやるもんだ」
「いや、それもう同じことやん?」
お嬢様は真っ赤な顔を両手で隠して、声も上げられなくなった。ウソップは逃げた。
「はーん。意気地なし」
「ホント、やめとけよ、お前」
ゾロの手刀が落ちる。龍驤の背が縮んだ。ルフィが何かに気づいて、ウソップを追いかける。
「なんだ、アイツ?」
「ま、どうでもええ。それより、お嬢ちゃん、船って持ってる?」
「はい、それは」
「お前、悪い顔してるぞ?」
「ヒーヒッヒッヒ」
龍驤は絶好調である。
「あれが引き込みやで」
「確証はあんのか?」
「見張りの話をしたら意地になった。今、監視しとる。すぐに馬脚を現すで」
「信じられないわ」
「目当ては、お嬢ちゃんの財産か。村の権力か。どうでもいいな」
「そうだな。あとは叩き潰すだけだ」
「なんの話をしてるんだ?」
付いてきた子供たちが首を傾げるが、三人とも曖昧に誤魔化し、キャプテンの行き先を尋ねる。どうやら海岸にいるらしい。
途中、変なおっさんとオモシロ催眠術で眠ってみたりと遊んでいると、慌てたウソップが走ってくる。
龍驤はその首を鎖で刈った。
「エゲツねぇ」
「キャプテン死んだんじゃないか?!」
「えーっ?!」
「じゃ、ちょっと借りてくわ」
大騒ぎする子供たちを置いて、堂々誘拐する龍驤。ゾロとナミは続いて歩き出すのに躊躇した。龍驤は鼻歌を歌う。
「救いはある。あるんやでぇ、なぁ、ルフィ?」
ウソップは泡を吹いている。
「村のみんなに知らせないってどういうことだよっ!!」
ウソップの怒号が響く。かなり乱暴にしたはずだが、元気があり余っているようだ。
崖下で眠っていたルフィは、自分でも経緯がわからず、しきりに首を捻っている。
「オオカミ少年って寓話があってな」
龍驤の語るところに、心当たりがないではない。屋敷で執事一人をやり込めたところで、日頃の行いがなかったことになるわけではないのだ。それは、これまで準備してきた執事にしても同じことである。
「あのお嬢ちゃんに、お前と執事の両天秤は辛いやろ。屋敷には帰さへんから、許してな」
「どうやるんだよ?」
龍驤が巻物を展開し、艦載機が発進する。ルフィとウソップが目を輝かし、ゾロとナミも口を開ける。
「見とき」
目の前の海岸線が二つに割れた。そう見えるぐらい、綺麗に水柱が彼方まで続く。龍驤の爆撃である。
あまりの威力と規模に、ゾロでさえ頬が引き攣った。
「お前さんがここを離れてから、こいつで襲っておいた。片方はともかく、執事の方は足が速くてな。捉えきれんかったが、屋敷には帰れんよ」
「ホントに悪い顔するわね」
「ウチは武人やなくて、軍人やからな。戦士でもない。敵がおったらハメ殺す」
「そういうの、ちょっとな」
「ええで。でも、意地を通すには力がいる。わかるな?」
「ああ、全部斬ってやるよ」
龍驤は嬉しそうである。奴らが撤退した海賊船だけなら、すぐにでも沈められる。多少足が速かろうと、皆殺しだ。伊達に大戦後も戦略兵器として生き残った艦種ではない。
だが、それをしないために、ルフィの仲間になったのだ。
「ウチはちゃんと仕事したやろ?」
「そうだな。お手柄だ」
「ほな、褒めて褒めてぇ」
ルフィは楽しげに、ゾロは嫌そうに、ナミは恐る恐る。ついでにウソップと子供たちにも撫でて貰った。龍驤はご機嫌である。
「いや、なんでいるんだ?」
戦いの相談に子供を巻き込んではいけない。
「今さら仲間外れはないよ?!」
「そうだ!! 僕たちも手伝う!!」
「なんでも言ってよ!!」
「あー、こんなところに手配書がぁ」
わざとらしく龍驤がチラシを一枚取り出す。そこにはあの執事の顔写真が載っていた。
「1600万?!」
「高いのか?」
「バギーより上よ」
「それってどうなんだ?」
弱いと言えば確かに弱いのだが、それはルフィとゾロを基準にしてである。あれでグランドラインでも通用するレベルなのだから、おかしいのは二人であって、バギーの責任ではない。
つまり、強いのだ。
「モーガンが出世したきっかけらしいで。なんか胡散臭いから、用心で持っとった」
「じゃあ、お前、最初から?」
「他人の空似ってあるやん?」
「ま、なんとかなるさっ」
ルフィは気楽である。ウソップは脂汗をダラダラ流している。高額賞金首に一発かましたからだ。
「絶対、殺される」
「キャプテン、いい人だった」
「惜しい人を亡くした」
「オレ、忘れないよ!!」
「勝手に殺すな!!」
「自分で言ったんじゃねぇか」
漫才の傍ら、手配書を子供たちに渡す。
「それ持って、屋敷でお嬢ちゃんを守れ。それ見せる相手とタイミングは任せる」
子供たちは喜んだ。自分たちで判断出来る裁量が与えられたからだ。逆に暴走する危険は少ないだろう。
しかし、屋敷に行かせて、秘密に出来るとも思えない。ゾロの視線が龍驤に突き刺さる。
「お前」
「お嬢ちゃんの病は心因性や。弱いコやない。なら、原因は執事や」
例えば、重度のマザコンと呼ばれる人間は、無自覚な虐待の結果生まれるといわれている。
子供の自由意思を縛り、何もさせないことで無力感を増大させ、依存心を煽る。
一種の洗脳だ。彼女の体調は、もしかしたらそうした執事の操作に対する、ささやかな抵抗なのかも知れない。悪辣な洗脳に抗えば、心身が変調を来すことはありえる。
船酔いのようなものだ。現実と与えられた学習結果との齟齬は、ときに狂人さえ生み出す。
執事は見張りという本来なら最重要の役割を、ここまで無意味にした。この村やウソップ自身にも事情があるとはいえ、大海賊時代にこうまでのどかな村など不自然だ。そこは間違いないだろう。
ならば、お嬢様にもやるだろうとは思う。なにせ、もっとも身近だ。しかし、確証はない。
身内に裏切られたことで、悪化することもある。だが、何も知らないまま、また身内を失えば、それで悪化することもありえる。どちらに転んでもダメなら、賭けに出るしかない。彼女なら一人で立てるはずだ。きっと大丈夫だと信じて。
ついさっき、両天秤がどうのと言った口でこれである。言い訳にしても酷い。
「しゃーないやん。どっちが正解かわからんもん」
「だからってよ」
「ほな、教えて?」
いつもの小馬鹿にしたような口調なら反論も出来たが、ゾロには帽子をぐちゃぐちゃにしてやることしか出来なかった。
ナミがへぇという顔をしたが、空気を読む。
「で、どうすんだ?」
視線が龍驤に集まる。龍驤はウソップを見る。
「え? 俺?」
「ウチ、キミが防衛の要って吹いたんやけど」
それはそうだ。村を守るのは、ウソップの役目。ウソで村人たちの信頼を裏切り続けた代償は、払わなくてはならない。
もっとも、そこで気負うような男でもなかった。
「海岸から村に続く道は一本だ。ここを死守すれば、村が襲われることはねぇ」
「海賊船は向こうにあるで?」
「え? あいつらここで密談してたぞ?」
「こっちより向こうの方が、船は着けやすいんやないか?」
「それもそうか」
「ウソ? あっちには私の宝が!!」
「ネギ鴨やん。多分、見向きもせぇへんから、ナミだけ船に伏せとるか?」
「うっ、それはちょっと」
「ま、船番ぐらい残すか」
ダラダラ移動する。緊張感の欠片もない。
「っていうか、普通に手助けしてくれんだな?」
ウソップが今さらなことを問う。実際、命がけではあるのだ。
「俺、お前好きだからな」
ルフィが笑って言う。
「立派だよ、お前は」
ゾロが呆れたように言う。
「私はお宝目当てね」
ナミがハンドサインを示す。
「え? 悪党の企みを台無しにするのって、最高やん?」
「お前、執事より悪いな」
「必要が全てを許容する。軍人以上の悪人なんぞ、そうはおらんよ」
「開き直るな」
ゾロの手刀が落ちる。また龍驤が縮んだ。
和気あいあいと準備は進む。
殺し合いはすぐだ。