途端に、参加しなかった龍驤が張り切り始めて、一味は嫌な予感を共有した
時間にして、三十分もなかったことだろう。バロックワークスと麦わらの一味の戦いは終わった。
どちらが勝ったとも言えないが、見届けたニコ・ロビンは微笑みを浮かべて踵を返した。この海に彼女の居場所はないのだ。
「どこへ行く?」
だから、彼らが立ち塞がったときには、純粋に驚きで目を丸くした。
「早いわね」
「彼女、のおかげだろうな」
アラバスタの守護者。護衛隊副官の二人。王都にいたはずだ。情報と現実との齟齬に混乱する。なによりも、だ。ニコ・ロビンは違和感を持った。二人は能力者であり、重要人物だが、彼女の敵ではない。
しかし、感じる雰囲気は強者のものである。危機感が首をもたげる。ニコ・ロビンは油断せずに語りかける。
「見逃してくれないかしら」
「逃がすな、と言われている」
「我が国にとって、その知識は必要だ」
ニコ・ロビンの眉が歪む。
「勝手ね」
「貴様らに言われる筋合いはない」
「出来ると思って?」
二人は顔を見合わせた。
「出来る」
その瞬間に、二人のあちこちからニコ・ロビンが咲かせた彼女の手が生えた。瞬く間に絡みつき、拘束するはずのそれらは、虚空を掴んで消えた。
「え?」
「我ら、アラバスタの守護神」
「古より伝わる、ジャッカルとファルコンの化身」
ポンと、後ろから両肩に手を置かれた。視界の外に、屈強な男二人。もはやなにも出来ない。
「なにをしたの?」
「うむ。神のくせに、なぜ幻獣種ではないのかと言われてはな」
「盲点だった。ファルコンとは、ジャッカルとはこのようなものだ」
意味がわからない。ただ、ちょっと自慢げなところが苛立たしい。
「ふざけてるわ」
背後から、困ったような気配を感じる。彼らも戸惑ってはいるようだ。
「悪いようにはしない」
「陛下は彼女の提案に乗った。この混迷の時代に、いつまでも無防備ではいられない」
「二十年の無策は我らの罪だ。ならば、功も認めねばなるまい」
それが誰のことを言っているかわかった。このアラバスタ周辺において、海賊の被害は通常航路以外に集中している。要は海賊が海賊らしく、逃げ隠れしながら活動している。例外的に加盟国は平和だった。
クロコダイルがいるからだ。最近はバロックワークスによってアラバスタへ誘導することもあったが、伊達や酔狂で英雄視されていたわけではない。
「私たちは、この国から雨を奪ったのよ?」
「舐めるな」
「たかが三年。そんなことで滅びるほど、浅い歴史を歩んではおらん」
「それが時代であるなら、人災か天災かなど些細なこと」
「もちろん、許せぬ。だが、海賊ではないのだ。命のやり取りだけが解決策ではあるまい」
ニコ・ロビンは構えを解いた。そして、後ろを見上げる。
「あの子、なにをしたの?」
「非常識なことだ」
「もっとも、本番はこれからだそうだが」
なぜ同情されているのだろう。ニコ・ロビンは最後まで、困惑から抜け出せなかった。
「仲良くしたら、争いは起こらん。常識や」
龍驤は常識を語る。向かう先には地面に大の字になったルフィ。葉巻をくわえ、瓦礫に腰かけたクロコダイル。あとをついて行く一味の顔は苦い。
チョッパーがルフィに駆け寄った。龍驤に促されて、クロコダイルが渋々、懐から瓶を取り出す。寝ていても、ルフィは口元に添えられた解毒剤をこぼすことなく、飲み干した。
「でも、仲良く出来んやろ?」
足りないものがあればどうしようもない。人は生きねばならない。
争いたくなかったアラバスタでさえ、こうなってしまった。衣食足りて礼節を知ると言うように、まずお腹がいっぱいで温かくないと、人は隣人すら味方だとは思えない。
島国で、それは顕著だ。
ただ、アラバスタだけの話なら、龍驤がやったようにあるところから集めて来たらいい。
取引とか交易だ。
もちろん、海賊のように奪うのもありだが、相手も奪われないよう備える。まさか、二十年も海上警備隊を置かないとかない。まあ、80年近く空母さえ用意しなかった海洋国家もある。
とにかく、普通は反撃や防衛を考える。奪えなくなる。すると、対等の関係が築ける。殺し合える。恨みというのはなくならないが、まあいきなり仲良くなるわけではない。交易やら取引が出来る頃には、どっちもどっちな状態になる。
そうすると、ルールが出来る。常識はもちろん、戦術も生まれるし、技術も進む。法と書いてのりと読んだり、掟だとか倫理だとか、あるいは誇りなんかも生まれる。
歴史が様々なものを生む。それは殴り合いや殺し合いという、超原始的コミュニケーションの結果である。
とても高い生産性があるが、代償は命である。
そういう物騒なのを避けるなら、挨拶をするべきだ。
挨拶は魚もする。友好を示す手段として、生命の歴史46億年が培ってきた知恵だ。まずは挨拶から、話し合いは始まる。
ところで、この世界は海で隔てられている。行き来する手段は船である。
空と海と水平線の世界では、旗を挨拶の代わりにする。
翻っているのは、ジョリー・ロジャー。殺してやるという意味である。どうも、自慢であるらしい。
初対面で、死ねと言い合う世界なのだ。コミュ障に過ぎる。
「キミらに言っても仕方ないけどな? なんで魚人を差別しとんの? 魚以下の社会性しかないくせに」
一行は真顔である。龍驤も真顔である。視線は治療中の船長にむけられている。
「それで言うと、誰とでも友達になれるこいつはなんなんやろな?」
海賊なのに。死ねって言いながら、全力で飯とかたかってくるのに。
理論通りにいかないことなどいくらでもあるが、実に理不尽を感じる。人徳としか説明出来ない。
よって、真似出来ない。つまり、役に立たない。
ルフィ以外の人間が、誰かと仲良くなりたくても、同じ方法を試せないのだ。
「人との仲良くなり方。付き合いの仕方。コミュニケーションの試行錯誤。それが歴史であり、常識や。けど、あらへんもんはしゃーない。奪うか、作るか、それとも取引するか」
コミュニケーションが群れを作り、集団を作り、国になる。コミュニケーションの積み重ねが歴史であり、知識である。
コミュニケーションの色んな形態が挨拶や旗であり、文字であり、本として知識を伝え、ルールや法を敷く。
歴史を奪われると、コミュニケーションが毀損する。
だって、それは知識だから。旗の意味も知らずに航海して、トラブルを避けることは出来ないのだ。
歴史を奪われ、コミュニケーションが途絶えると、技術が失われる。挨拶のやり方すら、この世界の住人はわからない。
仲良くなれない。
これは非常にマズい。
ルフィはもちろん、ゾロやサンジにも師匠はいる。ナミはグランドライン出身の魚人海賊と長く暮らした。
なのに、覇気を知らない。武術という技術体系に、必ず含まれているはずのものだ。この世界における戦術の根幹だ。なにせ、物理法則なのだから。
クロコダイルが集めた人材も、能力の制御は素晴らしいのに、対抗手段である覇気については未熟だった。
覇気のあるなしだけでも対等ではなく、分断が起きている。
なぜか。
人材が失われているのだ。
お金も水も、食べ物も大事だが、技術とそれを習得した人材というのも大変に重要だ。
いなくなると、二度と復活しない技術だってある。
また、対等だから競争が起こる。一方的に殺されたり殺したりする存在がする工夫なんて、ろくなものではない。
努力するのは人間だから、人材さえあれば、工夫次第で足りないものを補うことも、出来なくもない。
真珠湾がそうだ。
アメリカが妥協しないとわかったとき、日本は開戦を決意した。勝てないとわかったからだ。
つまり、殺し合いではなく、一方的に殺されてしまう。それは絶望だ。
戦う必要があった。なにせ、戦いにならないのだから。
資源を確保するために、大東亜共栄圏が必要だ。足りないから戦争をするのに、戦争をして手に入れないと戦争にならないという現実。白目をむきながら最初、日本は常識的に防衛戦争を選んだ。閣議決定までした。
そして、放り投げた。
無理だからだ。太平洋戦力だけで、アメリカは日本の十倍を用意出来る国力がある。
最初の一撃で大損害を与えないと、大東亜共栄圏なんてそもそも実現は不可能だった。よって真珠湾を画策した。
だが、無理だった。水上艦を狙った攻撃の命中率は、どれもおよそ1%だ。当時は世界中が狂っていたので、なんとか水平爆撃なら一割に乗せられた。それも訓練の数字だ。急降下爆撃では、そもそも主力戦艦を撃破出来ない。魚雷は少ない。
ざっくり、空母六隻による350機の爆撃は、命中弾35発である。倍でも70発。大和型2隻を沈められるか、というところ。
理論値、理想値でそれである。実戦でどうなるかなど、考えたくもなかった。
相手は覇権国家アメリカの太平洋艦隊だ。結果は明々白々だ。そんな日本の悪あがきを察知したアメリカ大統領は、本当に大事なものだけ、真珠湾から退避させた。
それでも、トラ・トラ・トラの合図で、日本は真珠湾へ襲いかかる。立ち塞がるのは物理法則。そして、厳格な数学による計算。
結果、真珠湾は成功。当たった爆弾や魚雷、およそ300発。命中率は八割から九割である。バカな。
限度ってあるだろう。訓練でも八割だったじゃない。なんで、上回って。
アメリカは恐怖に陥った。日本は最初から絶望してた。
真珠湾ですら奇跡なのに、アメリカ本土上陸を本気で警戒しだした。日本は自分たちを滅ぼすつもりなのだと信じた。
両者はすれ違い、総力戦を戦い、死体を積み上げた。
ハル・ノートを受諾した場合の被害は、餓死者を含めて1500万人だったので、300万人ですんだ日本の勝利と言えなくもないかも知れないという、頭のおかしくなるような歴史が刻まれた。
話し合えば、ちゃんと対等に話し合えれば、なかったはずの被害である。
コミュニケーションは大事。
そして、人材も大事。
人材は不可能を可能にする。
夢でも幻想でもなく、マジで。
イカれたメンバー、帝国海軍航空隊の母は、龍驤である。
無謀な戦争に一抹の勝機を作った女。計算結果をバグらせた張本人。
真珠湾のため、加賀と赤城に搭乗員を奪われた。そして、一隻で南方に飛ばされた。なんで。
龍驤は腕を組んで、顎をしゃくる。
「今のウチなら、誰が相手でも勝つ」
足元には鉢巻を巻いた妖精さんたち。世界に誇る熟練搭乗員たち。龍驤と同じポーズでドヤっている。多分だが、ご本人たちではない。妖精さんは例外なく、女の子。ノリノリなわけが。
理解されない国民性である。
「ダメよ」
しかし、ナミはけんもほろろだ。龍驤はすがりついた。避ける暇もない。
「なんで!? だって、包囲されてんのよ!? メリーじゃ逃げれんやん!? あの子、遊覧船やで!? 海賊旗掲げとるだけで!!」
流石に春日丸は連れて行けなかったのだ。グランドラインはもっと魔海である。
実際、そう言われると弱い。包帯を巻き過ぎて、丸いウソップが加勢する。
「そうだ!! メリーに無理させるな!!」
「龍驤でも同じだろ」
「無理ちゃう!! 無理ちゃうもん!! 海戦なら負けへんもん!!」
「それで大将相手に!? バカじゃないの!?」
「来てんのか!?」
クロコダイルが驚いた。そりゃそうだ。海軍の最高戦力が、アラバスタを包囲していると言うのだ。なんでそうなったのか。
クロコダイルは考えて、空を見上げて、顔をしかめて、ヤサグレた。龍驤が酒瓶を手渡した。
いつの間にと思ったが、一味は触れないと決めた。さっきまで戦っていた敵の首領が、こっちの船長を目の前に転がしてやけ酒している。
絶対に触りたくない。
戦争がしたい龍驤と、面倒を嫌う一味との攻防が続く。
だが、現実は人の願望など加味しない。
スモーカーが血相を変えて走ってきた。そして叫ぶ。
「どういうことだ!? アラバスタに派遣された海軍が襲われた!!」
視線が龍驤に集まる。スモーカーは龍驤を吊り上げた。
「なにをした!? 半壊だぞ!? 大将が率いた戦力だ!!」
「いや、ウチに言われても」
「報告じゃ、空から襲われたと言っている!! お前だろう!?」
「ここにおるけど」
妖精さんが勢揃いする。ポーズを決めて、誇らしげに存在をアピールする。可愛い。
スモーカーは鼻白んだが、怯まなかった。
「じゃあ、他に誰がいるんだ!?」
「金獅子とか?」
スモーカーから力が抜けた。龍驤が地面に降ろされた。地味に高くて、膝へ衝撃がきた。龍驤は震えた。
スモーカーは絶望している。
龍驤の能力は、既存の悪魔の実由来ではない。だから、説明が難しい。加えて、妖精さん由来である。
説明が非常に難しいのだ。
しかも、ルーキーで、東の海出身で、船長でもなくて、こんな小娘なわけだ。
白ひげの秘蔵っ子が楽園をうろついている現在、派手な新人デビューと、伝説の復活。
あのアホウドリがどっちに飛びつくか。どっちに飛びついても最悪だが、その前にだ。
バスターコールすら凌ぐ戦力が、一方的に被害を受けた事実とか、公表出来るのだろうか。七武海が裏切った事実込みで。
公表するしないに関わらず、この小娘を敵に回したら、金獅子の噂を流されるのか。
じゃあ、船長は、他のクルーはと見渡したとき、こんな爆弾どもに注目が集まっちゃうのか。特にナミとか、まんま七武海案件なんだが。
麦わらの一味は一度、英雄として新聞に載っている。まったく知られていないというわけではない。スモーカーは混乱した。
現場でそうなら、上層部はもっと混乱する。世界はそれに輪をかける。
「どうすりゃいいんだ?」
龍驤自身、そんなことされたらどうしていいかわからない。というか、見て見ぬふりをする。しょうがない。
対処出来なくて放置していた白ひげ。同格の金獅子。対抗手段として用意した七武海。海賊時代に、流行とまで言われる革命軍。
無理だってば。無理だからみんな放置してたんだから。
しかも実際は、誰も動いていないという。白ひげは黒ひげとエースに好き勝手されているだけだし、金獅子は名前が出ただけだし、七武海は振り回されてるし、革命軍はそこにいるだけ。
情報が一人歩きしている。
これまで、情報戦でカウンターを撃ってくる相手などいなかった。歴史さえ葬り、政府は世界を統制してきた。常に優位だった。
対等な相手がいなかったのだから、工夫や戦術なんて育っているはずがない。対抗手段は欠片もない。
「ざまぁ」
龍驤は笑う。それは楽しそうに、いやらしく、皮肉を込めて、傲慢に。
「思い出させたるよ、キミら海軍に。軍靴の足音ってやつを。叩き起こしたる。平和ボケした世界を。燃やしてやるわ、夢も忘れた海賊どもを。この龍驤が」
笑う。一味とクロコダイルは見物する。
「麦わらの一味、観測手。海賊の龍驤がな」
ナミがゲンコツを落として黙らせた。スモーカーは気にしない。考えているが、真っ白だ。煙を吹いている。
「スモーカーさん!!」
部下が来た。呆然としていたスモーカーだが、情報収集という慣れない任務に、頭が働いていなかったようだ。スモーカーは自分を取り戻した。
簡単なことだった。
振り向いた海軍大佐は、ふてぶてしく宣った。
「つまり、なんだ。ここで全員、捕まえちまえばいいんだな?」
「え? もう半分、逃げたで?」
バロックワークスはもうここにいない。スモーカーは耐えられなかった。まさかこの光景を見て、バロックワークスと麦わらの間になんの協力体制もないとか、気づけるはずもない。
寝てる船長と、目の前で酒を飲んでるカジノオーナー。加盟国要人が二人と、海賊一味。正体不明小娘。消えた秘密結社。
捕まえなきゃいけない相手。
「スモーカーさん!?」
崩れ落ちる上司に、軍曹がすがりついた。
龍驤が一味を振り返ると、態度を決めかねてみんな困っていた。