海兵が続々集まり始めて、なんか修羅場が形成されていく。麦わらの一味は転がっている船長の元に集まり、額を突き合わせた。
自然、クロコダイルの目前で屯することになり、胡乱な目で見られたが、彼らは一切合切、気にしない。
しろ。
「ちょっと、なに考えてんのよ!? 海軍大将よ!?」
「だから、放っといたら、その海軍大将にメリー接収されんで!?」
「ああ、船番お前か」
「ちゃう、妖精さんや」
一味は黙り込む。
「な? ウチがやった方が得やろ?」
納得ではあるが、一味は耐えた。誤魔化されてはいけない。
「だからって、どうすんだ? 完全に政府や海軍と敵対することになるぞ?」
別に構わないが、という態度でサンジが聞く。ちょっとワクワクしているゾロに、口は出させない。こいつは、良くも悪くも船長の相棒だ。
「いや、むしろ味方にする」
「は?」
「ついに狂ったか?」
「いつもや」
辛辣なツッコミが事実の指摘になるのやめろ。
「サボ調べたんやが、革命軍の参謀や。実質、ナンバー2と言ってええ。今は目立たんが、ハタチそこそこでここまで出世しとるやつ、他にエースぐらいしか思い当たらん」
うん、狂ってた。
グランドラインで名を上げるような人間だ。普通、注目が集まるのは、若くとも二十代後半からだ。それもルーキーとしてであり、なんならクロコダイルは若手の海賊である。
芸人みたいだ。
人材が育たないことが問題なのに、若くて活躍出来るはずがない。教育ではなく、経験に頼らなければならない状況だからだ。
海軍で若手のエースと呼ばれるのはスモーカー辺りから。なのに、たしぎ軍曹がブイブイしていると思えばいい。それでも辺境にいたのだ。かなり、常識外れなのだとわかるだろう。世界情勢と、まったくマッチしていない。超天才である。
そんな稀有な人材が、兄弟。関係のないクロコダイルまでが冷や汗を流す。
マリアンヌは未成年。麦わらは同年代。世界の特異点、その九割を知っている。
「ヤッバいねん。今、時代の中心は白ひげからエースに変わろうっちゅう場面や。そこに政府と明確に敵対するサボってのが加わって、ウチの船長が無関係でいられるか?」
そもそも、みんな立場や所属がヤバい。そのヤバい組織に、有能な若いやつがいる。
人材がいな過ぎて、役に立つかもわからないような悪魔の実を集めてたりする現状。その悪魔の実さえ、大して見つからない。
つまり、若い人材はものすごい警戒される。なにせ、二十年も膠着しているのだ。現状の人材に、誰も希望など持っていない。
「アホみたいな話、七武海にヒーコラ言っとる場合ちゃうねん。ワンピース狙うって、完璧、世界の敵や。このアホがどういうつもりかは知らんが、ウチとしては時間を稼ぐしか出来ん」
龍驤が寝ているルフィの額を叩きながら答える。七武海は、世界トップレベルである。ただでさえ色々足りない世界で、自分からもっと足りない状況へ突き進んでいる。なんでなのか、こうなってしまった。
情報が流れた。世経新聞など、ウソだとみんなわかっているのだ。新聞のせいではなく、エースと海軍と七武海とルーキーが、たまたま同じ日に出会い、酒場で駄弁ってただけだ。一人だけ組織を背負わずに来たが、そうは問屋が卸さない。どっちかと言うと、白ひげは巻き込まれた。
で、海軍の人の任務が情報収集だった。海軍という巨大な組織でありながら、その情報は即座にトップまで届いた。
あそこで精神崩壊している。スモーカーは常識的な人間なので、常識的に世界がどうなるかわかってしまう。
「だから、ろくでもない言うたやろが」
龍驤がクロコダイルを睨む。あのとき、龍驤は止めた。止めたけど、まさかこうなるとは。現実は常に、斜め下を行く。
クロコダイルは憮然とした。
「テメェらの家庭問題だろが」
育てたのがガープで、革命軍トップは息子。こちとら、無関係の未成年がいる。変に余波が及びそうだ。迷惑である。一味はぐうの音も出ない。
「そやで。キミ、それに首を突っ込んだんや」
クロコダイルはヤサグレた。麦わらの一味は同情する。
一番、当事者である。
「海軍や政府のクセやが、都合の悪いことは隠す傾向にある。よって、都合の悪いことをウチらが起こせば、まとめて隠してくれるはずや」
一味は考えた。考えて、クロコダイルを見た。
「まあ、そうだろうな」
「ウソやろ? そっち信頼する?」
自業自得ではある。クロコダイルはなんだかんだ、尊敬すべき敵だ。龍驤は警戒すべき味方。
厄介である。
「要は、あれか。簡単に口封じ出来ないと思い知らせんのか」
龍驤は頷く。口封じもそうだが、情報の操作がしにくいと思わせるだけでもいい。黙ってないぞと知らせるのだ。あっちでヤサグレている海軍大佐は、部下ごと始末されそうで可哀想。
「なんか、不憫で」
ルフィに聞いても、助けてやりそうだとは思う。全体の状況と、やりたいことはわかった。
なんか変な爆弾があることを世界の上層部が知った。これを世界全体に知られないように、みんなで頑張る姿勢を無理矢理作る。爆弾の本人たちで。
そういうことだ。
ここまで黙っていたゾロが、嬉しそうにまとめた。
「ま、遅かれ早かれだ。なってやろうぜ、世界の敵」
一味が襲いかかる。
「だから!!」
「まだ!!」
「無理だってんだろが!!」
「それを避ける話をしてんのよ!!」
「聞いてたか!? ちゃんと聞いてたのか!?」
ボコボコである。ゾロも重傷なのだが。
間違いなく、船長の身代わりである。ルフィもそう言う。
龍驤は改めて、クロコダイルに向き合う。
「で、どうする? 仲介はしたるで?」
切り捨てればいいと思っていた。いくらでも代わりはいると。
だが、切り捨てたところで、もういないのだ。この世界に人材はない。代わりは見つからない。
クロコダイルが信頼していた世界に、海賊はいないのだ。
もはや、古代兵器に対する期待もない。情勢を改めて見てみれば、たぶん、世界政府も持っている。軍事力では、対等にしかなれない。政治では敵わない。
となれば、話は逆に簡単だ。政府には明確な弱点がある。
「クソったれが。考えてたプランが台無しだぜ」
「秘密結社を続けるだけやん。プラン通りやろ」
なんか、世界の危機っぽい。海軍大佐は今すぐ復帰するべき。
金獅子の噂なんか流されたらの想像で、頭を抱えている場合ではない。
いや、もう、そんなの知ったら、嬉々として楽園に雪崩込みそうな四皇が二人もいるけど。
彼らも一勢力の長だ。自重したりなんなり出来るはずだ。
ただ、ロジャーとかガープの世代でもある。
要はルフィとかゾロみたいな気質。
ケンカが大好きなのだ。
今の世の中、彼らはきっとつまらないんだと思う。引きこもっているのも、あれやこれやの理由以前に、冒険する価値が見出せないことが大きい。
夢もなく、旗だけは威勢よく掲げて、野望だなんだと言いつつ、ワンピースや未知になど目もくれないで弱者を襲い、雨後の筍のように生えては消えて、栄えては消える。
身の丈どころか、強さを知らない。覇気をまとうこともなく、能力に甘え、義理にも人情にも誇りにも背を向け、意地も張れない軟弱さ。
そのくせなにを勘違いしたのか、挑んでくるのだ。四皇である彼らに。
わかるだろうか。この海に漕ぎ出し、この海を越えてきたのに、海の広さも知らないバカどもに絡まれる気持ちが。
結局、海賊の頂点にも立てなかった人間が、海賊のなりそこないの世話をさせられる気持ちが。
本当にうんざりだ。人も腐ろうというものである。
そこに金獅子。同窓会の知らせ。白ひげも若いの使って、なんか画策してるって。ガープが家族総出で、お祭りするんだって。
はしゃいじゃうね。間違いない。龍驤は確信する。
「悪魔かテメェ」
「外道」
「チビ」
「まな板」
「よっしゃ!! 買ったるわ!! そのケンカ!!」
なぜか第二ラウンドが始まった。今度はクロコダイルではなく、龍驤討伐戦である。
もう、間に合わない。
それはなんの前触れもなく、順調で退屈な航海に花を添えた。
異世界の徒花。鉄火の一輪。
砲声もなく、突然咲いた真っ赤な爆炎は、そこにいたはずの僚艦を消し飛ばして、儚く消えた。
七武海の存在理由。加盟国の保護。相反する利害をどう調整するか。事態を止めることそのものに疑問はなく、むしろ後始末の厄介さが脳裏を巡る。
なんでなのかわからないが、船首甲板にドカリと座って沈思黙考するサカズキ大将。艦橋とか指揮甲板とかないのだろうか。
てか、帆船なのに砲塔甲板って、なんだろう。
帆船なら当然、甲板仕事というのは山程ある。帆は動力であり、速度と進路を決定するものなのだから当たり前だ。ただ、そのデカい大砲が側舷から甲板に移動されたのは、威力が大きくなり過ぎて、砲声という名の衝撃だけで人を殺せるようになったからだ。甲板で血の花が咲く。
堂々と足元で寛いでいるんじゃない。つーか、よく見りゃなんだその側舷大砲の列。船体のど真ん中に、半ば密閉する形で破裂する音響兵器並べてんのか。本当にもう、覇気ってやつは。
赤犬にはここが戦場であるという意識はなかった。束の間の時間を、今後という未来に振り向けていた。
政治という難問に頭を痛めていた赤犬は、だから突然の光景に目をパチクリとして疑問を浮かべた。
驚くことすらない。それが現実と認識することも、今はまだ無理だ。
戦艦が、消えたのだ。
赤犬は立ち上がった。音というより、同じ気配がした。振り返ると、僅かな爆炎の名残と波紋を残して、やはり僚艦が消えていた。高い貫通力と衝撃が、木造の船を容易く割っている。音の発生や爆発より早く、爆弾が船底まで届いているのだ。
まるで、サイレンサー越しの銃声のように、気が抜けていた。木の破砕音の方が派手だ。
それでもやはり、一撃で戦艦は消えた。それが三隻、四隻と増えていく。
赤犬の艦隊は集結している。
見た目は鶴翼のようだが、単純な並列の単縦陣である。これより散開し、横陣に変化しながらアラバスタを包囲する。一つの単縦陣を分艦隊として、それぞれを主要港に向かわせる手筈だ。
そこまでするかとの意見もあったが、そこまでしなければクロコダイルへの抑止力にはならないと思った。
脅しの効かない海賊でも、戦争は避けるだろうと。
苛烈でなければ、命知らずを相手に平和など守れないと。
動かせる限界の本部戦力を連れてきた。
もう、五分の一がない。
「なにが起こっちょる?」
答えを寄越す部下はいない。その声に確認作業を始める参謀もいない。
まずは現実を飲み込むのに、多大な労力が必要だった。グランドラインの海兵だ。海王類にだって立ち向かう。不可思議な波や海流にも慣れている。
それでもわからない。混乱すらしない。今、彼らは、なにをされている。
至近で、水柱が生じた。
「狙われちょるぞ!! 全艦、回避運動!!」
赤犬の耳に舌打ちが聞こえた。幻聴だ。しかし、その意味を赤犬はまったく誤解しなかった。それは、これまで隠されてきた殺意の残滓。
「誰じゃァ!?」
姿は見えない。だが、わざとだ。確信があった。赤犬が見聞したのではない。これ見よがしに聞かされた。
挑発されたのだ。
コートの肩が沸き上がる。マグマだ。赤犬が戦闘体制に入った。鍛えられ、研ぎ澄まされた海兵たちは即座に疑問を捨てた。
これより彼らは人間ではない。軍という名の暴力装置だ。命令に従い、叩き込まれた戦術を実行するだけの機械だ。
赤犬ではなく、その下の中将が声を張り上げる。
「本艦は進路そのまま!! 各分艦隊に伝達!! 先頭の分艦隊旗艦へ追随し、単縦陣を維持せよ!! 回避運動始め!!」
赤犬が個人として戦おうとしている。ならば、部下たちが艦隊を動かす。全員ではないが、艦隊に覇気が溢れた。
可能な海兵たちが全力で見聞色を発動した。その瞬間に、叩きつけられた。
歴戦の気迫。大戦の記憶。実戦経験者の胆力。
赤い龍の咆哮が。巨大な顎の幻影が。
「火山弾!!」
見せられたのは、全艦への同時攻撃。だが、赤犬は惑わされない。自らに向けて落とされた爆弾を、正確に撃ち落とした。空に爆炎が咲き、これまでとは桁違いの爆発が帆を叩いた。初めて、現実感が湧いた。夢から覚めたようだ。
しかし、遅かった。
本艦は無事だ。
だが、部下たちはそうもいかなかった。
それぞれの見聞色を利用した、擬似的な覇王色の再現。驚きで空白となった海兵たちの隙間に、するりと爆弾が落ちた。
もはや、艦隊は存在しなかった。三分の一が消え、残りは最低でも中破。浮いているだけの彼らは戦力ではない。
最初の攻撃から何分が経ったのか。赤犬をして呆然とする他ない。
七武海と戦いに来た戦力なのだ。それがこの短い間に。
「どこじゃァ!! 姿を現さんか!!」
無理だ。本人はアラバスタ奥地にいる。この頃はマリアンヌの前で、四つん這いに項垂れている。
怒りに満ちた姿だ。沸き立つマグマに、理性など吹っ飛んだかに見えた。
赤犬は空を見上げている。幻の龍は空から襲ってきた。敵はそこにいるはずだ。
赤犬の目が海面に流れる。
「小賢しい」
そこには冷徹な指揮官がいた。怒りは本物でも、態度は見せかけだ。波の下を潜る、なにかを察知して腕を振るった。弾かれたマグマの雫は、礫となってそのなにかを破壊した。
艦が揺さぶられる。
「艦尾爆発!! 舵がやられました!!」
「おのれ」
再び舌打ちが聞こえた。赤犬は空を見上げた。もはや、敵は影も形もないのだとわかっていた。とっくに逃げられた。なんという手際だろう。
いわば、ただの一撃でこのザマだ。挨拶でしかない。世界に誇る海軍の、その本部艦隊が、それだけで半壊したのだ。
味方の損害。自らの使命。今回の任務。浮かんでは消えるそれらを横に置いて、赤犬は考える。
「鳥?」
確かに見た。帆柱の間を飛び去っていくなにかを。赤犬にはそれがなんなのかわからない。
だが、見たのだ。見慣れぬなにかがそこにいたのを。
「作戦は中止する。救助作業を始めぇ。損害は?」
「詳細は報告させます。見る限り、全滅ですが」
赤犬の部下らしく、ふてぶてしいまでに平静だ。それでも、切なさは隠せていない。事態の重さにまったく相応しくないにしても、動揺はしている。
「航行可能な船に、生存者を集めぃ。可能なら修理せよ。わしは本部へ報告する」
話しながら、赤犬は踵を返す。その表情に動揺も、怒りも、悲しみさえ見えない。
「はっ。しかし、なんと?」
赤犬は立ち止まり、聞いた。
「お前も見ちょろう?」
龍に襲われた。幻覚だからこそ、間違いなかった。心当たりがないとは言わないが、明らかに別のなにかだった。
「信じますかね?」
赤犬は答えない。代わりに、命令した。
「確か、ヒナが先行しちょったな」
「はっ」
「逃がすな」
「クロコダイルをですか?」
「そがいな話はしとらん」
チリリと、なにかが焼ける音がした。
「ええか? 逃がすなよ?」
部下は息を呑んだ。それ以上、尋ねることなど出来ない。ただ汗が。滝のような汗が吹き出していく。
サカズキは自室に戻った。上等な部屋だが、カーテンは閉められ、電力系統に異常があるのか、明かりもつかない。
サカズキはしばし、その場所で佇んだ。なにもしなかった。
部下たちの慟哭が、悲鳴が、騒ぎが聞こえる。
備え付けのテーブルが吹き飛んだ。窓が割れ、明かりがわずかに差し込む。
サカズキは歯を食い締めていた。見ようによっては、笑っているようだった。それほどに凶相だった。
「誰ぞ知らんが」
噴煙を上げながら、サカズキは呟く。
「必ず、落とし前はつけちゃる」
湖の上を走りながら、龍驤は言った。
「捕まえてみぃ、ノロマども!!」
斬撃と蹴りと火薬とフラスコと雷と、砂が龍驤を襲った。
煙はいなかった。