「フッフッフッ、どういうことだ!? なにが起こった!? アラバスタとワニ野郎が手を組むだと!?」
ある島の王宮で、その鳥は楽しげに大混乱していた。
新聞は握手をするコブラ王とクロコダイルの写真を一面にしている。
「白ひげも思い切ったね。失態の落とし前に、息子を一人で送り出したのかい。こいつはまた荒れるね。うんざりだよ」
お菓子を食べながら、偉大な母は憂鬱を弄んでいた。
開いた新聞には、楽園で姿を確認されたエースの背景が記されている。
「ふざけるなァ!! 違うだろう!? こんなつまらねぇ政治は!! そんなやり方は違うだろうが!! バカヤローが!!」
自殺を止めた怪物は、怒りに身を任せた。
魚人島の移民計画。その裏にあるものに思いを馳せた記事は、微睡みを破った。
「マジか、ルフィ」
どっかの無人島で、二日酔いを越える頭痛に、赤髪がうずくまる。
海賊になるはずの友だちが、なんか英雄になってる。
「麦わらァ〜!! やりやがったな、あのヤロウ!!」
「落ち着いて下さい、バギー船長!!」
「褒めてつかわす!!」
道化が錯乱している。
「オヤジ、どう思うよ?」
「誰か、裏で絵を描いてるやつがいるな」
ややこしいこと言ってる。
「これでも最悪ではないだと!?」
センゴクは呼び出されて、叱られていた。顔は殊勝だが、内心は鼻くそでもほじっている。なんなら忙しい仕事の合間の、休憩時間ぐらいに思っている。
「落ち着いていただきたい」
大きな声を出すと、部屋の外まで聞こえる。古過ぎて防諜も出来ないのだ。建て替えとかリフォームぐらいはして欲しい。くだらない贅沢なんかしてないで。
「海軍は戦艦、二十隻を越える被害を出しました」
「どう責任を取るのだ!?」
「本部戦力だぞ!?」
「その通り。今、この世界にそれほどの被害を出せる勢力や個人がいますか?」
やっと理解したらしい。人間を虫としか思っていないバカども。虫を侮るな。この世界で最も繁栄し、最も数が多いのだ。彼らを敵に回せば、マリージョアに引きこもることしか出来ない豚など、大挙して食い尽くす。
集られてしまえば、象も鯨も、海王類さえ骨と化す。怪獣など敵にもならない。食い物にされる。
踏み潰されるだけが、蟻ではない。
黙り込む五老星を見下ろし、センゴクは続ける。
「金獅子の関与が疑われています」
「金獅子だと!?」
権力の間の住人たちは、額を突き合わせて話しはじめた。放置である。センゴクは軍人だ。休めの体勢であれば、十分に休める。ガープほど上手くはないが。
そんな職場環境。
「どういうことだ?」
戻ってきたらしい。センゴクは真面目な顔で、考えを整理するよう、口元をさりげなく拭いた。よだれが。
「四皇は新世界。他の七武海や有力海賊たちも、所在は割れています。例外があるとすれば」
「やつか」
「あやつなら、こんな姿を隠すようなやり方はしないと思いますが」
あのバカが、挨拶の仕方を間違えるわけがない。
「では、誰だと言うんだ!?」
「それが問題なのです」
わかっていればいい。探し出して殺す。例え、金獅子であろうが、四皇の誰かであろうが構わない。必ず、殺す。
二十年前ではないのだ。センゴク、ガープ、おつる。
赤犬、黄猿、青雉。茶豚、桃兎、黒馬。他にも、他にも。若いやつも、年寄りも、なんだって揃っている。
誰が負けても、誰かが殺す。戦争さえ決意すれば、白ひげだとて負けはしない。そして、それに加えてまだまだあり余る戦艦がある。訓練された海兵たちがいる。海に出れば沈める。島にこもれば、何年だろうとバスターコールを続けてやる。
相手が相手だ。絶対とは言わない。だが、誰が勝ちきれる。センゴクが育てあげた巨大組織海軍を、どうやって滅ぼすのだ。
でも、敵がわからない。誰であろうととは言ったが、本当に誰なんだ。赤いのか、ちっこいのか、平たいのか。
容疑者を上から並べてみればいい。筆頭は四皇。金獅子も含めて、調べるだけで大変だ。
敵がわかっているなら戦争も迷わないが、わからない段階でわかろうとすると戦争が始まってしまう。じゃあ、わかっちゃダメ。
五老星は頭を抱えた。ざまあみろと、センゴクは思っている。
「こんなものが噂にでもなれば、どうなるかおわかりですね?」
四皇クラスにしか出来ないことをやってのけたやつが、正体もわからないままうろついているのに、どこにいるかもわからない金獅子にケンカを売らなきゃいけない。
もしも海軍の被害を公にしたら、そうなる。舐められてしまうからだ。
スケープゴートを用意したくても、候補は最低でも七武海クラス。なんで問題を解決するために、大問題を起こさなければならないのか。
「貴様の首ですますという手もある」
「国が落ちても、誰も責任を取らなかったのに?」
五老星はうめき声を上げた。犯人を明らかにしない場合、数はともかく、船が沈んだだけになる。別に誰と戦ったわけでも、なにか失敗したわけでもない。アラバスタとクロコダイルは和解した。海軍が大規模にお散歩した結果である。それで元帥更迭。そんな前例作ったら、海軍なくなっちゃう。
世界は失政で溢れている。原因が困ってやがる。
「隠すしかあるまい。幸い、海上での出来事だ」
「大将直下となれば、精鋭だろう。手間はないはずだ」
「それがよろしいでしょうな」
恨みがましく睨まれたが、心外である。結論を出したのは五老星で、こっちはそれを追認しただけだ。反対して欲しいのか。
「だが、放置はマズいぞ。そのような個人が、誰知られることもなく、隠れているなど」
「その点につきましては、CPで。最近はなにかと騒がしくありますので」
「白ひげの秘蔵っ子か」
「白ひげはなにを考えている!?」
「やめろ!! 今は関係ない!!」
大変そうだなと、センゴクは他人事である。情報で優位に立つことが、これほど気持ちに余裕を生むなんて知らなかった。
またまた喧々諤々である。うるさくて休めない。やがて、なんだか五老星の機嫌が戻った。僅かではあるが、なにか利用出来る都合の良いタネでも見つけたのだろう。
「よかろう。こちらで探る」
まったく、実にたわいない。内心ぐらい隠せ。
「お願いします。では、仕事がありますので、私は失礼させていただきます」
部屋を立ち去ろうとしたセンゴクに、五老星が声をかけた。覇気を込めた、威圧的な口調だ。
「貸しておくぞ、センゴク」
センゴクは立ち止まり、眼鏡を外した。いつからか、徹夜で書類を片付けるうちに、手放せなくなったものだ。
海兵は目がいい。なにもない水平線を見つめて過ごすのだ。夜の闇の中、星を探すこともある。
それが、机の書類ばかり見つめる日々になった。そんな生活を、何十年と積み重ねた。なんのために。なにを求めて。
鍛えた拳も、練り上げた戦術も、学んだ航海術も捨てて。
「誤解があるようですが、我々は世界政府の名の下、それぞれの役割に従って仕事をしておるはずです」
センゴクは振り向く。笑え。にこやかに。愛想よく。
権力の間での武器は、拳ではない。
「海軍という暴力装置。得てして暴走しかねないそれに、首輪と鎖をつける。それが私です」
にっこりと、仏のセンゴクは笑う。好々爺然として、なんのてらいもなく。
だが五老星たちは、下から睨めるようにしか、彼を見返せない。
センゴクは思う。クズどもめ。なんの意思もない、走狗どもめが。
笑顔の下にすべてを押し込んで、センゴクは笑うのだ。
「私の仕事ぶりに、ご不満がありますか?」
「……いや、ない」
「皆様も、お仕事していただけますな?」
「……もちろんだ」
「では?」
威圧感など欠片もない。だが、覇気など足元にも及ばない常識的礼節と、模範的社会人仕草が、権力の間を重苦しく支配する。
誰かなんて興味もないが、長い沈黙のあと、やっとこさ五老星が口を開いた。忍耐力ないな。センゴクはがっかりする。
「センゴク、貴様には感謝している。CPは、情報組織は政府の管轄。その、貸しというのはなしだ」
言質いただきました。センゴクは踊り出したい。チョロいぜ、五老星。
センゴクは部屋を去った。
見送りなどいない。最高権力であるはずの五老星に、護衛すらいない。
この城に詰める兵は、ただ城そのものを守っているだけだ。
そんなだから、自分の副官すら連れていない。センゴクは一人、本部へと帰っていく。
「なるほどな、バカバカしい」
センゴクは呟いた。独り言のつもりはない。センゴクは常に戦っている。
寝ていてものしかかり、起きていればいつも眼前に立ち塞がる。
センゴクの相手は、世界だ。
「政治、政治か」
笑う。愛想よくではない。思いっ切りふてぶてしく、傲慢に、切なさを添えて。無理矢理にでも。
「犠牲は出た。しかし、海軍だ。逃れられるものでもない。味方ではないし、まして仲間でもない」
抑えなければならない。このマリージョアで、覇気など垂れ流しにしては問題になる。
「だが、使える。ならば使おう。えり好み出来る立場でもない。楽しもう。逃れられぬとあらば」
それでも溢れる。迸る。ガープさえ従える男が、世界と対峙する。
ここは、世界を見下ろす、マリージョア。
「俺は逃げんぞ、ガープ。おつるさん」
「お? 朝か?」
起きたルフィは、傍らに転がる龍驤を見つけて、首を傾げた。
「生きてるか?」
龍驤は答えず、息も絶え絶えに言った。
「ルフィ、ウチにも敵が出来たで」
ルフィはなにも言わなかった。龍驤をただ、透明なまま、見つめるだけだ。
やがてニカリと笑った。
「よかったじゃん」
「ああ、生きる甲斐があるわ。きっと、きっとなぁ、全力で殺しに来るで」
「ニッシッシ。楽しみだ」
船長は言祝ぐ。
周りには誰もいない。太陽は沈み、星が顔を出す。
戦いは終わり、そして始まった。
「腹が減ったなぁ」
だから、船長は次に備える。
二人は寝転んで、空をずっと眺めていた。
『久しぶりだな。親父』
「なんじゃ。ドラゴンか」
海軍中将執務室で、ガープはなんにも考えずに電伝虫を取って、一切のためらいもなく言った。
声の大きな男である。軍人として、提督として、通りのよい発声を自然としている。
部下たちが慌てて逃げ出した。扉をバタンと閉めた。彼らはなんにも聞いていないし、考えない。パンゲア城と違って、海軍本部は軽率な盗み聞きなど許さない。
つまり、こいつは海軍ではない。英雄である。
厄介な。
『あまり下に苦労をかけるな』
「うるさいわい。貴様も人のことは言えんじゃろうが」
なら、電伝虫するなという話。親子である。
『ルフィと会った』
「ほう? どうじゃった?」
『よい男に育っていた』
「そうじゃろう、そうじゃろう」
『ローグタウンで旅立ちに立ち会ったのだ。まったく、大変な騒ぎでな』
ジジイは相好を崩す。電伝虫が笑顔を返す。和やかな空気だった。互いに当たり障りのない近況を、どこか不器用に交わしていた。
ふっと、ガープが言った。
「そう言えば、お前のところにサボがおるんじゃと?」
『いるが、なぜ知っている?』
ドラゴンはともかく、ガープは息子の動静から目を逸らしている。いちいち見なくても、耳に入ってくるのだ。詳しくは知らない。知ろうとしなかった。
軍人だから、もう敵としてしか見れないのだ。どうしてもそのように分析し、評価してしまう。だから、サボったのだ。
「貴様こそ知らんのか?」
『ふむ。サボは記憶喪失だ。むしろ、知っていることがあるなら、教えてもらいたい』
「ルフィの兄弟じゃ」
絶句する気配がした。ガープはたっぷり時間をかけて、言葉を重ねた。
「よく知っておる。わしが鍛えた」
『道理で』
強さだけではない。頭脳も、心も、なにもかもが最上級だ。才能だと思っていた。もちろん才能なのだろうが、それを伸ばした人間がいた。
「エースやルフィと比べれば、関わりは薄いがな。それでも、わしの孫じゃよ」
『そうか』
無言のときを過ごした。親子といえど、敵同士にまでなった。推し量れないこともある。ガープは待った。
かすかな笑い声が返った。
『ならば、俺は知らず、息子と過ごしていたのだな』
「はっ、マヌケめ。自分から離れておきながら」
『アンタのせいさ。いつもアンタが、俺の思惑を狂わせる』
「人のせいにするでないわい」
もう、一言、二言交わして、受話器を置いた。ガープは微動だにせず、眠りについた電伝虫を眺めた。
練兵の声が聞こえて、やがて静かになった。隊列の過ぎる音。怒鳴り声と返事。カモメの鳴き声。
ようやっと動き出したときには、かなり時間が過ぎていた。茶碗を掴んで、口に運ぶ。
「冷めちまったな」
ガープは部下を呼んだ。
仕事が待っている。サボりは終わりだ。
その日の夜に、アラバスタでは盛大な宴が催された。あれだけの新聞報道があったのに、目的も明かされず、参加者もわからない。身内だけの、だが、本当に盛大な宴が。
記者たちは探りを入れたが、国民も兵士たちも笑って誤魔化した。
幸せパンチで、ワニを倒した。