クロコダイルは七武海に残留した。まあ、被害者が被害を訴えなければ、そうなる。海軍は困った。
よって、バロックワークスの面々は王都郊外で傷が癒えるまで、麦わらの一味と殺し合っている。
なんでだろうと思うが、なんでだか、その方が傷の治りが早い。よくわからないが、たまに砂嵐がすべてを制圧している。
諦めたチョッパーは、ドロフィーの腰を治療している。体の軽くなった婆さんが、はしゃいで砂を撒き散らして、また腰を折っている。それを見たベーブは、ずっとツボから出られない。
「フォ~~~フォ~~~フォ~~~」
「笑ってねえで付き合え、四番バッター。打ち込みだ」
ボールはゾロである。金属バットをいなし、流し、受け止める。下手な筋トレよりも効果は高いだろう。その剣、誰が研いでいると。
その傍らで、龍驤はロビンと遺跡調査である。
「反応はあるな。やっぱ、水が枯れたわけやない」
「それ、信用出来るの?」
「由緒正しいダウジングや」
再現性はないが、当たらなくもないという、現代の不思議。なお、龍驤には妖精さんがついている。だからこそ疑ってもいる。
「不自然よね? 周辺には農地もある」
「都市は、いつからかあの岩上に移動しとる」
二人はそちらを見上げた。あの急な階段。人の行き来はもちろん、どんな荷物の搬入にも手間がかかる。本来なら、それこそが王家の権威だっただろう。無駄こそが贅沢だ。紫禁城が広いのは、まさにそのためだ。
だが、庶民にとっては不便なだけだ。権威などなんの役にも立たない。あの階段の周辺から、どんどん街が発展していくはずだ。ところが、広がっているのは朽ち果てた遺跡である。
「なんで、ネフェルタリ家は王宮を開放したんや?」
「さあ? 興味深いわ」
あの岩全体が、王宮だったはずだ。あの階段を見ればわかる。あんなもの、見栄えを気にする人間しか作らない。
でなければ、もうちょっと使いやすくする。王ではなく、人が暮らしているのだ。あれは生活道路ではない。
ウソップの故郷。シロップ村の超強化版である。
そんな感じで、ロビンがヌルッと加入した。古代兵器の在処を知ったクロコダイルが、ゴム人間をサンドバッグにした。
ちなみに、スモーカーは王宮で歓待されている。どういうわけか、クロコダイルとアラバスタの仲を取り持った英雄ということで、とても歓迎されている。
麦わらの一味は協力者だ。海軍大佐と若い賞金稼ぎを繋いだのは、ローグタウン襲撃事件。
バギーの懸賞金が上がった。
世界が疑問にまみれている。
そんなわけで、麦わらの一味は英雄なのである。黒檻と白猟が並んで歯ぎしりする中、バロックワークスだのビビ王女だのに見送られ、港を出港する。
ちなみに、そこに龍驤とロビンの姿はない。あくまでも、出るのはナノハナで、再び東の港に寄港することになっているからだ。
二人は今、歴史の書に埋もれて、幸せなときを過ごしている。
「来ねえのか?」
「ええ、ここが私の国だもの。私の冒険は、ここにしかないわ」
「そうか。でも、覚えとけよ? もう、仲間だからな」
ビビは嬉しそうに頷いた。笑顔だったが、こぼれた涙を掬った。ルフィは名残り惜しそうに離れた。他の一味も、一人ずつ別れの言葉を交わしていく。
「後から来るんだろ?」
「勘違いするな。先を行ってるのは俺だ、ルーキー。お前が、俺に、追いついて来い。また邪魔になれば、相手をしてやらんでもない」
「素直じゃねえな」
「せいぜい楽しみな。俺のいない海をな」
「そういや、お前。船あんのか?」
ルフィが潰された。ゴムだから無意味だ。笑い声が響いた。それぞれバロックワークスの面々も、思い思いの相手を捕まえる。
サンジの正面にはオカマ。かわいそう。逃げようとしても、逃げられない。
チョッパーはおじいちゃんたちのアイドルになってた。全部、医者。背後にドクトリーヌがいるのだと思えば、納得の世代。
マリアンヌが龍驤を探して、がっかりしていた。やはり大物、とみんなの評価が上がった。
真剣に、どう彼女と対抗していったらいいかわからない。
なんでも、次の四皇候補らしい。龍驤曰く、扱えるエネルギー量が桁違いなんだと。
なんのことやらわからないが、物騒な予測だけは当てる女である。長くパートナーだったギャルディーノが、一番ビビっている。
「じゃあな!! また会おう!!」
麦わらの一味は去った。
街にはいくつもの旗がひらめいている。
世界政府、アラバスタ、バロックワークス。白ひげや魚人島のものもある。
まるで展覧会だ。誰もが知っているはずの旗を、好き勝手にみんなが掲げた。この港はそんなあり方を選んだ。
その酒場は、ただ一つ、まだ知られていない旗を飾った。
なんでだと問われるや、店主の自慢話が始まる。
この国の裏側で繰り広げられた、陰謀と野望。海を越えて出会った、異邦人たちの宴。
「ここで伝説は始まったのさ!!」
酔っ払いたちは、今日も酒器を掲げる。
一日の終わりを祝って。日々の暮らしを思って。
仕事の終わりにご褒美を。
ここは誇りを掲げる街。
海軍の大艦隊を見たという噂を耳にした。真偽は不明だが、黒ひげは待っていたものが来たと喜んだ。情報を集めるために、急いでジャヤへと向かった。
そして、蔓延る噂と情報の量に、目を丸くした。
どう考えてもウソだとわかる。白ひげがクロコダイルと組んで、マリージョアを囲むらしい。
どこから突っ込んでいいかわからないが、なんかついで扱いで自分の名前も広がっている。
どうにも、思惑とズレている。
「やべぇな。エースのヤロウ。思ったより迫ってやがる」
タイミングだ。七武海に空きさえあれば、まったく問題がなかった。むしろウェルカムだ。きっとよい踏み台になった。
だが、この状況でさらに白ひげと事を起こしては、七武海へ誘われることも、売り込むことも出来ないだろう。
「やはり、モリヤを狙いますか?」
「モリアな。それが早いか」
白ひげの船を逃げ出して世界をうろついている間に出会った、イカレた保安官。ラフィットが話しかける。他のメンツは、好き勝手に遊んでいる。
この島で人死には気にされない。子供のようにはしゃいではいないが、羽を伸ばしているはずだ。
「いや、身を隠すか? 混乱に乗じた方が都合はいい」
「今年のルーキーは、期待出来ると思ったのですが」
「使えねえ」
逆だ。素人が運だけを頼りにグランドラインを進む、例年のシャボンディ到達レースではない。もちろんそうではあるのだが、黒ひげが目をつけたルーキーたちは、騒ぎこそ起こすものの、どうにも通常航路を避けている節がある。
ちゃんと航海術を持っているのだ。それも経験則頼りではなく、自分がどこにいるのか算出方法を知っている。
おかげで、海軍が追いきれていない。となると、通常航路を塞いでいる七武海とかち合わない。例外があるとすれば。
「ジンベエはやめて欲しいんだよな」
魚人島が政府の手を離れるとなると、黒ひげも起こる混乱を予測出来ない。
また、出来たとしても魚人島周辺だけの局地的なものになる。
深海の島など、世界とはそもそも関わりがないのだ。それでは黒ひげの暗躍出来る隙がなくなってしまう。
「どうもうまくねえな」
「運に見放されましたか?」
「いや、運じゃねえ。時代ってやつには流れがある。時流にさえ乗れれば、物事はうまくいくんだ。失敗しても、大したことにはならねえ」
「時代が変わったと?」
「そんなはずはねえんだがな」
時代の寵児である、白ひげの船に長く乗ってきた男だ。海賊なのだから、ナワバリと簡単に言えるものではないことも知っている。外でどう見られようと、トラブルも諍いも数限りなく乗り越えてきた。大過なく過ごせたのは白ひげの度量だろうが、だからこそ技量などではないことも知っている。
「この麦わらってのはなんだ?」
「さあ?」
お目が高い。でも、わからない。なにせ、隠そうとしていないのだ。ただ、聞かれたことしか答えてないし、ルーキーに相応しく謙遜もしている。
あまりにもやってることが不自然過ぎて、情報公開すると、誰も信じない。
ウソップみたいに自分の手柄を過剰に申告するのは、どこの海賊でもやることである。だから記者たちは裏を取るのだが、それはもう関係者の口が重い。説明が面倒くさいからだ。
謙遜されてそれだと、扱いは小さくなる。小さくはなるが、扱われてはいる。
そうすると、情報を扱う人間はなんだこれとなる。とりあえず頭の片隅に置いて、全般状況の分析にかかりきりになる。
当然だが、船長の陰に隠れた小娘になど注目しない。
だが、黒ひげは時代を読み切って、白ひげの船に潜伏していた男である。全般状況などより、細部が気になった。
「いや、ちょっと待て。こいつら、俺らより後に入ったやつらだよな?」
「そうでしたか? 出身はどこです?」
「東の海だ」
ドラムを襲ったのが数ヶ月前。急いで来たわけではないが、あえて時間をかけたわけでもない。その情報が新世界まで伝わって、エースがこちらに来たのがアーロンパークを出た辺りだ。
ジェットエンジンを積んだエースでそれである。
「ん?」
「あれ?」
わからない。全然、わからない。なんでそこにいる。
「なんかな、覚えがあるんだよ。最近だ」
「そうですね。ああ、これです。道化のバギーの賞金額が上がった事件」
「先週じゃねえか」
凄い。先週の出来事を覚えているなんて。
そうだ。なにも不自然ではない。報告があって、精査して、決定がされるのだから、お役所的に一週間はおかしくない。一日二日ですぐさま手配がかかる方が、色々と疑わしいのだ。なのに、なぜかみんなが疑った。これだけは誤算だ。これをバギー効果と呼ぶ。
二人して首を傾げる。
「エターナルポースでしょうか?」
「ルーキーがおいそれと手に入れていいもんじゃ」
常識が迷子。黒ひげは混乱している。
「スモーカーとは、この事件だろう。じゃあ、王女とはどこで出会った?」
「白ひげとは関わりが?」
「東の海にも、こんなガキにも心当たりはねえ。だが、そうか。聞いたことがある。こいつは弟か」
「火拳の?」
「ああ。問題は王女様だ。このメンツで顔を合わせるなら、こいつが鍵になる」
海賊はもちろん、海軍や政府も自分の都合を押し付けるだけだ。お互いの利害を突き合わせるなら、確かに仲介は利益がある。
利益はあるが、じゃあどうしてこうなった。こいつらは集まった。なんでクロコダイルまで参加した。
本人たちですらわからない。
「ややこしいな。海賊が考えることじゃねえよ」
「間違いありませんね」
二人は笑った。ヤケである。なんだか計算違いが発生している気配はあるのだが、それがなんなのか全然わからない。
わからないと、死ぬ。
ただでさえ、白ひげにケンカを売っている。
でも、どうしたらいい。
黒ひげはマジになった。
「仲間を集めろ。今すぐ身を隠す」
「それほどですか?」
「ああ、ビリビリ来る。手遅れかも知れねえ」
それは本当に、ただの予感とか、勘の類だった。そのビッグネームの到来に、誰も気づいていなかった。
酒場に新しい客が来た。立ち去ろうとしていた黒ひげは諦めて席に座り直し、ラフィットはさり気なく逃げた。
彼は黒ひげしか見ていなかった。
「よう!! 久しぶりだな、エース、隊長」
「おう、さよなら。マーシャル・D・ティーチ船長」
エースは学んだ。そうだった。なぜ忘れていたのか。
怒りを示すのに、言葉を交わす必要などない。いつも怒りに任せていた。そうやって生きてきた。
命なんかより、誇りなんかより、親や兄弟よりも優先して、常にこの身体を支配していたのは怒りだった。
だから、海へ出た。自由になるために。怒りから解放されるために。
仲間を見つけて、冒険に身を預けて、白ひげをオヤジと仰いで。
忘れていたけど、エースの半身だ。強くなったし、成長した。
オヤジたちが鍛えてくれた。龍驤が思い出させた。
もはや怒りに支配されるエースではないが、自分自身から目を背けるようなガキでもない。
「火拳!!」
ムカつくやつは、ぶっ飛ばす。
拳の握り方とか、パンチの撃ち方とか、どうでもいい。なによりも基本に忠実な一撃は、酒場はおろか、島の半分を消滅させた。生き残ったのは、それなりに腕のあるやつだけ。
それらもまた、黒焦げのまま逃げ出した。戦場は二人になった。
「ゼッ、ゼハハハ。強くなったな、エース隊長?」
「ありがとう。死ね。十字火」
それはスペシウム。
「どぅわっはぁッ!!」
黒ひげは奇声を上げて逃げた。なんか、覚えてたんと違う。背後にキノコ雲なんだが。
黒ひげはなんとか余裕を取り戻そうとした。いつものように、挑発した。エースの怒りを引き出そうとした。
今、以上に。
「なぁ!? 聞けよ!! 仲間にならねえか!? もう、計画は出来上がってる!! 成り上がるのに丁度いい首も見つけたんだ!! 麦わらっていう」
最後まで言えなかった。エースが殴りかかってきた。
おかしい。能力に頼った中距離戦が、エースの持ち味だ。こんな闇雲に殴りかかってくる男じゃなかった。肉弾戦は好まなかったはずだ。
「俺の弟にまで手を出そうってのか?」
間違えた。黒ひげは悟った。ふざけた態度をかなぐり捨てた。舐めていい相手でないことは確かだが、舐めた態度でいた方が勝てるはずの男だった。
ガキだったのだ。いったい、なにが起こったのか。誰がエースを男にした。
「変わったな。どうしたんだ? エース隊長」
「その隊長ってのをやめろ。バカにしやがる」
エースは帽子を外した。どこかに投げて、髪をかきあげた。そして握った。怒りが火力を高めていく。
だが、エースは揺らがない。エースが世界を揺るがすのだ。周辺が炎のように揺らめいていく。
「どうしただと? お前が尋ねんのか? 俺に?」
黒ひげは背の高い男だが、エースは見下した。心底軽蔑した視線を向けて、絞り出した。黒ひげの心胆が冷えていく。
「お前がサッチを殺したんだろうが!!」
「ゼハハハっ!! そうだったなぁッ、エース!!」
モックタウンの決闘。
歴史に名を残す戦いの火蓋が、切られた。